表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/54

十一月 その三

-前回-

メディウへ観光に来た暈陰雲一家と共に命は事務所に泊まることに。暈陰雲と命が暮夜やひなたのことで話をしていると、暈陰雲の娘の天が夜泣きで起きてしまった。



 二日後、投札とうさつされたふだが数え終わり、住民に結果が知らされた。


白い旗を持った組合のものが街のあちこちを練り歩き、白い紙をばら撒いていく。


選挙は白組が大多数のふだを集めたということだ。猫又がメディウのお頭となる。


 その日の晩、命の元にゾエナが飛んできた。


 「招集、招集」ゾエナは独特な猫又の声を真似て歌うように告げた。


 命は道場で手伝いを終えたところで、照探しに出かけようかと思っていたがそのまま招集に従った。


ゾエナは飼い主の元へ帰る習性があるため、変えるゾエナに着いて行けばどこから飛んできたのかが分かる。


大きな三毛猫は高く飛び去るゾエナを追い、光石祭の時に猫又と面会した三階建ての建物に辿り着いた。建物の前にはあの大柄の犬が立っている。


 「猫又さまがお待ちだ」大柄の犬が言う。


 「なんのご用でしょう?」


 「ついて来い」犬は命の質問を無視して建物の中へ入って行った。


 命は付いて行く。前回と同じ部屋に通された。光石祭のときは沢山の側近がいたが、今日は二、三匹しかいない。


 「急に呼び出して悪いな。命殿」猫又は窓際にあるふかふかした椅子に座っていた。


 「いいえ。当選おめでとうございます」命は椅子の側に寄ると頭を下げた。


 老猫はふぇふぇと笑う。「大変喜ばしいことよ」


 「それで、ご用はなんでしょうか?」なるべく早く終わらせて照を探しに行こうという気持ちが命の中にあった。


 「そうそう。お主の相方の件だ」猫又は窓の外を見る。そこからは広場が見渡せた。


白組を応援していた動物が集まって、白い紙を舞い上げながら当選を祝っている。群衆の中心には猫又の息子がいた。


 「今すぐにというわけにはいかないが、少しずつ捜索の手を増やそう」猫又は言った。


 「本当ですか!」広場にいる群衆と同じように歓喜の気持ちが湧き上がる。「ありがとうございます!」頭が床に着くほど深々と下げた。


 「うむ。しかしあまり光を見過ぎぬようにな」丸いお腹を掻く猫又。


 「…どういうことでしょうか?」疑問を浮かべながらお頭を見る。


 「前にも言ったが、もしお主の相方が何かしらの事件がらみで敢えて身を隠しているのなら、探さぬ方が賢明というもの。吾輩もこの街のために尽くしてくれている者の邪魔はしたくない」


 「それは…。そう、ですよね…」舞い上がっていた気持ちが少し落ちたが、命としてはもう照が生きていると知れればそれでよかった。居場所が分からなくてもいい。ただどこかで生きているという事実が欲しかった。


 「根詰めすぎんことよ」猫又は同柄の猫に目を移した。「して、本題に入ろうぞ」


 「本題?」てっきり今のが本題だと思っていた。


 「あぁ。お主に手伝ってもらいたいことがあるのよ」ヒゲを撫でる。


 「なんでしょう?」


 「吾輩はこのたび見事にこの街のお頭となった。そしてこれからこの街は国へと成長する。お主にはその力となって欲しいのだ」


 「と言いますと…?側近になれということでしょうか?」話の全貌が掴めない。


 「いいや。お主も今の仕事を辞めたくはないだろう」豊かなお腹とヒゲ袋を揺らして笑う。「なに。そんなに難しいことではない。お主は桜組の者と交流があるな?」


 「はい…。そこまで深いわけではありませんが、知り合いです」なぜ猫又がそんなことまで知っているのかと疑問に思ったが、彼なら知っていてもおかしくないという気もした。


 「構わん。なればお主が桜組の者たちを吾輩の元へ勧誘してきて欲しいのだ。ぜひ一緒に仕事をしないかと」


 「え?俺が?どういうことですか?」命は驚いて短いヒゲを立てた。


 「メディウが異種の国として成長するにあたり、彼らの存在は必要不可欠なのだ。彼らにも力になって欲しいのよ。吾輩と彼ら、道は違うが向いている方向は同じ。協力できればより素晴らしい国になると思わんか?」


 「それは…」首を振る。「荷が勝ちます。なぜ俺なんかに…。ご自身で交渉なされたほうがよろしいのでは?」


 「もう既に息子に行かせたのよ」猫又はふぇふぇと笑う。「恋は実らずだったがな」


 「では俺が行っても同じなのでは…?」


 「吾輩は近々民の前に出る。その前に桜組の者たちと会って話がしたいのだ。それにはお主のような、彼らに信頼されている者が先に一言添えておくと、話が滞りなく進むと思うのよ。本当は照殿にも同席を願いたかったのだが、仕方ない」


 命はなおも首を振る。「お力添えは出来かねます」


 「なぜに?」猫又は薄目を開ける。


 「俺なんかにそのような役は務まりません」


 お頭は小さく鼻でため息をつくと目を閉じた。「お主は己の力を過少し過ぎておる」


 「しかし、」


 「この国にはお主が必要なのだ」猫又は低く唸るように告げた。「お主にはやり遂げる実力がある。吾輩には分かるのよ。必ずやり遂げてくれると」


 「俺の実力…?」命は自分に問いかけた。そんなものが自分にあるのか?


 「何も恐れることはない。誰かの助手ではなく、己の力でこなして見せよ。今がそのとき」同柄に喝を入れる。


 「あの…。なぜ俺にできると分かるのですか?」命は戸惑いと不安から質問した。


 「ただ分かるのだ。このくらいの能力がなければお頭など務まらんのよ」ふぇふぇ。「やってくれるな?」再び薄目を開けて命を見つめる。


 「……分かりました」命は何か強い力を感じて頷いた。本能が猫又に逆らってはいけないと告げている。それは肉体的な強さから来るものではなく、この街を統べるお頭の圧倒的な支配力から来るものだった。


それに一度は猫又に協力すると約束した手前、何もできませんでは済まされない。しかも照を探すのと引き換えに、つべこべ言わずに了承城という意味が言葉の裏に隠れている気がした。


 「協力に感謝する」猫又は満足そうに頷いた。


「交渉はお主の好きな時に行ってよいが、なるべく近日で頼みたい。必要であるなら桜組の者たちに吾輩が三毛猫のオスだということを伝えても構わん。どのような答えを彼らから貰っても良い。終わったら報告しにここへ来てくれ。そのとき吾輩がいるかどうかは分からんが、常にこやつをここに残しておく」と側近の大柄の犬を指す。


 「…承知しました」命は足元を見る。「猫又さまのご期待に応えられるよう頑張ります」


 「よろしい。頼んだぞ」ふぇふぇ。「今回も、吾輩と会ったとこは他言無用ゆえ」


 「はい」


 「下がってよい」


 「はい。…失礼します」命は建物をあとにした。



  「おかえりなさい。今夜は戻りが早いのね」事務所に帰ると暈陰雲が待っていた。


 「あ、戻りました」命は少し動揺する。猫又に頼まれたことで頭が一杯で、照探しには行けなかった。


 「どうかした?大丈夫?」暈陰雲は命の異変に気付いた。


 「まったく問題ありませんよ」精一杯の平静を装う。


 「そう?」首を傾げる。「ならいいけど…。あのね。明日は暮夜ぼやの所へ行こうと思ってるの。娘がだいぶ落ち着いて元気になってきたから」


 あまはあの大泣きした夜以降、体調が優れずここ二日間はずっと二階の部屋に籠っていた。


 「それは良かったです。では明日の朝、俺と一緒に道場へ行きましょう。きっと親父は喜びます」


 「えぇ。私も楽しみだわ」暈陰雲は微笑んだ。「ねぇ、命。ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかしら?」


 「はい。なんでしょう?」命は部屋の真ん中にある椅子に座る。


 命の対面に座った暈陰雲は少しためらってから話し出した。


 「この事務所、今後どうするか考えてる?ずっと閉めたままにはできないでしょう?」


 「あぁ、そうですね」三毛猫は背の低い机を見つめた。「奥さんは帰らないと断言していましたし、旦那も姐さんもいつ帰ってくるのか見当もつかないので…」


 「手放すつもりはないのね?」暈陰雲は尋ねた。


 「それはないです。もし旦那や姐さんが帰ってきた時に事務所が無くなっていたなんて事になったらお二匹とも悲しまれるはず。そもそも俺がこの事務所をどうこうできる権利はありませんから」

 

 ここは冴夜さよが買った家。命は冴夜さよに助け出されたあとしばらくは暮夜ぼやの家で生活していたが、冴夜さよの手伝いをするため事務所にも度々出入りしていた。


そのうち照も探偵として仕事をするようになったため、冴夜さよが娘の助手として命を雇い、命はこの事務所で生活を始めた。


 「俺はあくまで居候の身。家主の許可なく、血縁関係もない俺がここに住み続けることはできません」


 「なるほどね」暈陰雲は考えながら言った。「こんなこと言うのは厚かましくて図々しいと分かっているんだけど、よかったらこの事務所、私たちに預けてくれないかしら?」


 「え?」


 「誰かが出入りして使った方がいいと思うの。私たちに預けてくれたらここは探偵事務所ではなくなってしまうけど、場所は残せるわ。冴夜さよと照が戻ってきたら事務所を再開したらいいし、その間に私たちも済む場所を探せると思うの」


 「そうですね…」助手は迷った。「もちろん暈陰雲さまに使って頂けるなら姐さんも賛成なさると思いますが、家族でもない俺がそれを決めていいものかと…」


 「二匹ともあなたの決断を尊重してくれると思うわ。あなたもここに住んでいたんだから」


 「えぇ。しかし…」命は俯いた。この事務所が様変わりしたとしても冴夜さよと照の二匹が命を責めることはないと命自身も分かっている。けれど簡単に了承できない理由が命にはあった。


「俺はここが探偵事務所であることに意味があると思っています。ここは姐さんにとって思い出の宝箱ですから。それに、実は…。これは俺のわがままにもなるのですが…」


 「なに?」


 「怖いのです」三毛猫は暈陰雲をまっすぐに見つめた。


「この事務所が無くなってしまったら、旦那と姐さんは帰って来なくなるんじゃないかと。もうあの二匹が戻ってこないと認めてしまうことになるんじゃないかと。本当に…」口を閉じた。


 主のいない事務所を放っておくわけにもいかない。照がいなくなって一年以上経つ。そろそろ決めてしまわなければならないと分かっている。


だけどもし、もし明日あの小さな黒猫がひょっこりと帰ってきたら?ふらりと家主が現れたら?


そう考えてしまい、命は毎日ずるずると迷ってしまって踏ん切りがつかなかった。それに、ここを失えばもう頑張る理由が無くなってしまう。意味がなくなってしまう。


 暈陰雲は命の気持ちを察して頷いた。「分かったわ。ごめんなさい変なこと言って」


 「いいえ」助手は声を詰まらせた。ひとつ唾を飲み込む。「一度暮夜ぼやの親父に相談してもいいですか?俺も前向きに考えたいので」


 「えぇ。でも無理しなくていいのよ。あなたが残したいと思っているならそれでいいの」と優しく言った。


 「はい…。ありがとうございます」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ