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一月 その四

-前回-

いなくなった特異混血の久司を探すべく、探偵の照と助手の命は久司の友達であるふすまと話をしたあと、依頼主である夫妻の家へ向かった。


 (てる)(みこと)の二匹は三時を過ぎたところでうだつ一家の家に着いた。


 「ごめんください」照は家の戸に呼びかける。


 戸はすぐに開いた。「あ、照さん。こんにちは」仕事を終えて帰っていた藍真(らんま)が出てきた。


 「こんにちは!」照は元気に挨拶する。


 「どうぞ入ってください。狭いけど」


 「お邪魔します!」


 三匹は奥の部屋に落ち着いた。


 「すみません。夫はまだ帰ってきていなくて」藍真が言う。


 「いいえ。藍真さんにいくつか聞きたいことがあるのですが」探偵は(かしこ)まった。


 「なんでしょう?」


 「久司くんの通っている塾で、彼が特異だと知っているのはどなたですか?」


 「担当の先生とお友達のふすまくんだけです」


 「なるほど」肉球を口に当てる。「久司くんは塾を卒業したあとどうするつもりなのですか?」


 「具体的なことは決めていませんが、誰かの役に立つ仕事がしたいと常々言っていました。私としては塾の先生だったりお医者さんだったりになって欲しいと思っていますが、夫は同じ採掘者の仕事をしてほしいと言っていました。久司はそこまで体が強くないので私は反対しているんですけど」困ったように手を頬に当てる。


 「ふん…」照は考え事をしながら淡々と質問を続けた。「久司くんのイトコ、あなたの妹さんのお子さんについて教えてください」


 「あの…」藍真は探偵の側に控えている大きな三毛猫をチラリと見た。「昨夜もそちらの方に伺いましたけど、それで久司が見つかるのですか?」


 「どんなことでも知っておきたいんです」照は灰毛猫を安心させた。「どんな小さな情報にも価値はありますから」


 「そうですか…」藍真は不安そうにしながらも話した。「妹の子は二匹いて、上の子は架町(かまち)ちゃんという久司より少し(よわい)が下のメスです。下の子は葉風(はふ)くんといって最近生まれたばかりの嬰児(みどりご)なんですよ。久司は架町ちゃんとよく遊んでいました」


 肉球を舐める黒猫。「ふむ…。よろしければ紹介して頂けませんか?直接その妹さんとお子さんにもお話を伺いたくて」


 「えぇ。いいですよ。家にいると思いますから、行きましょう」


 「お願いします」


 三匹は外へ出た。歩いて数分の、うだつ一家の家がある場所から通りを数本抜けた先にある一軒家が立ち並ぶ地域へと入る。どの家も二階建てで頑丈な造りをしていた。


 「ここです」藍真はそのうちのひとつの前に立った。「彩里(いろり)?いる?」と戸を叩く。


 数秒待つと猫種のメスが現れた。


 「姉さん?どうしたの?」メスは言った。藍真とそっくりな灰色の毛をしており、背格好や顔もよく似ている。目の色は姉よりも薄い緑色。首には目と同じ色の石が付いた首飾りを着けていた。


 「急に来てごめんなさいね」藍真は言った。「実は久司を探すためにこちらの方々にご協力いただいたの」と連れの二匹を指す。


 「初めまして!」照は元気に言った。「探偵の照と申します。こっちは助手の命」


 命は頷くように頭を下げた。


 「あら…」妹は戸惑ったあと姉を見た。それは子供がいなくなってついに姉はおかしくなり怪しい動物に頼るようになってしまったのかいう憐れんだ表情だった。


「は、初めまして。藍真の妹の彩里といいます」それでも彼女は訪問者にちゃんと挨拶をした。


 「久司が架町ちゃんと仲がいいって話をしたら、こちらの照さんがぜひ話を聞きたいって。だから連れてきたの」姉は説明する。


 「そうだったのね」妹の彩里は怪しげに探偵と助手を観察したあと、ちょっとお待ちくださいと言って奥へ下がった。


 数分したのち彩里は二匹の猫を連れて戻ってきた。


一匹は体の大きなオス。赤茶色の毛に黒の縞模様が入った柄をしている。


もう一匹は若く小柄なメスで、明るい灰色の毛に黒の縞模様が入った柄だった。


 「夫の畳木(たたき)です」彩里が大きなオスを指した。「そして娘の架町です」と小柄なメスを指す。


 「葉風くんは?」姉の藍真が尋ねる。


 「奥で寝てるわ」彩里は息子がいる部屋のほうを見た。


 照の三角の耳が片方ピクリと跳ねる。


 「何か御用でしょうか?」大きな体のオス猫、畳木は警戒するような低い声で尋ねた。見知らぬ探偵と助手に対して警戒している。


 「初めまして。いきなり押しかけて申し訳ありません。私は探偵をやっている照と申します。こっちは命。久司くんを捜すために参りました」照は丁寧に挨拶した。


 「久司くんを?」畳木は(いぶか)る。


 「はい。架町ちゃんに話を聞きたくて」探偵は小柄なメスを見る。


 「え」娘の架町は動揺した。「あたし?」


 「はい。大丈夫ですよ」黒猫は畳木と架町を落ち着かせるように優しく話す。「お話をするだけです。久司くんのことについて。よろしいですか?」と確認を取る。


 夫の畳木は少し迷ったあと娘を見た。「まぁ、話すだけなら」


 娘の架町は緊張で目を泳がせた。「は、はい


 「ありがとうございます。ではさっそく質問させてください。架町ちゃんは久司くんと小さい時からよく一緒に遊んでいたと伺いましたが、そうなのですか?」


 「はい。仲良しです」小柄なメスは頷く。


 「架町ちゃんが最後に久司くんと会ったのはいつですか?」照は大きな青い目を輝かせて首を傾げる。


 「えっと…。確か二週間くらい前かな?」架町は母親を見た。「だよね?お母さん。久司くんがうちに遊びに来た日って」


 「えぇ。来ていました」母親の彩里が保証する。「私も彼を見たのはそれが最後です」


 「そのあとは一度も?」


 「はい」母娘は同時に言った。


 「最後に会ったとき、彼になにか変わった様子はありませんでしたか?いつもと違う話し方をしていたとか、何かを気にしていたとか。どんな些細なことでも構いません」照は長いヒゲを撫でる。


 「いいえ。そんなことは…」架町はうつむきがちで首をひねった。「すみません。あまりよく覚えていなくて」


 「いいんですよ。二週間前のことなんて誰も覚えてないですから」照は同調した。「久司くんは過去にどこかへ行きたいとか話していませんでした?」


 「いいえ」架町はヒゲをぴくぴくさせ、手をモジモジさせていた。


 「久司くんがいなくなったとき、どう思いました?」


 「え…?どうって…」急に感想を求められ架町は戸惑った。「それは、もちろん、悲しかったです。久司くん、本当に大丈夫なのかなって」


 「そうですか」照は架町ではなくどこか別の場所を注視していた。「では彼がいなくなった後はどうでしょう。何か変わったことは?」


 「えっ」小柄な娘はまたしても戸惑った。「特に…。何もなかったです」


 「誰かが彼の話をしていたとか?」探偵は架町に目を戻す。


 「さぁ…?誰もしていなかったかも…。家族とは話しましたけど…」


 「なるほど」照は満足して微笑んだ。「お話は以上です。ご協力ありがとうございました」


 「早く久司くんが見つかりますように」妹の彩里が心配そうに言った。「姉さんも、何かあったらすぐうちに来て。いつでも頼ってね」


 「ありがとう彩里。でも大丈夫よ」姉の藍真は弱々しく微笑んだ。


 「それでは失礼します」照は頭を下げた。命も倣う。


 三匹は彩里の家をあとにした。藍真の家に戻ろうと道を歩いていると、とつぜん照がピタリと立ち止まる。


 「姐さん?どうかしたんですか?」命は不思議に思ったあと辺りを見回した。


 「藍真さん」探偵は灰毛猫に言う。


 「なんでしょう?」藍真も不思議そうにした。


 「申し訳ないのですが少し聞き忘れたことがあって、妹さんとお話がしたいのです。呼んできていただけませんか?」


 「聞き忘れたこと?」


 「はい。妹さんだけを連れてきていただけると大変有難いです」


 「わかりました」どうしたのだろうと疑問を浮かべながらも藍真は妹の家に駆けて行った。


 「何か気になる事でも?」助手が聞く。


 「いやぁ。不思議だよね命」照はヒゲ袋を膨らませた。


 「なにがですか?」命には探偵の取っている行動がさっぱり理解できなかった。


 「あの姉妹、見た目はとっても似ているのに対照的だ」


 「そうですか?」命は藍真が去って行ったほうを見る。「俺にはどちらも丁寧な方々で、特に違いはないように見えますが」


 「見えない面というのは必ず存在するんだよ」長いヒゲを弄ぶ。


 「はぁ…」意図が組めずポカンと口を開ける助手。


 藍真が妹を連れて戻ってきた。


 「何か御用でしょうか?」妹の彩里は姉とそっくりな疑問の表情を浮かべていた。


 「ご足労頂きありがとうございます。少々お尋ねしたいことがあって。すぐ済みます」照は改まった。


 「はい。なんでしょう?」


 「娘の架町ちゃんのことなのですが、最近何か変わったことはありませんでしたか?」


 「架町が?」母の彩里は驚く。


 「はい」探偵は何も間違っていないと強く頷く。


 「いえ…。そんなことは…」と彩里は戸惑う。


 「それが久司と関係あるんですか?」姉の藍真が尋ねる。


 「まだ何とも言えません」照は首を振った。


 命は助手としての勘が働いた。この小さな探偵は何か重要な情報を引き出そうとしているのだ。


 「どうでしょう?」照は問う。


 「そうですね…」彩里は尾をゆったりと揺らした。「変なところはないんですよ。でも娘も年頃ですからあまり素直じゃなくて…」


 「なにかお困りで?」


 「いいえ。そこまで深刻ではないんです。ただ親離れする時期に入ってきているので変化はあります。私に何か隠し事をしたり、夫のことを邪険に扱ったり…。あとは見た目を気にしたりとか」


 「えぇ!とても美しい娘さんなのに!?」照は驚いた。


 「私もそう思っています」母は娘を褒められて喜んだ。


「とても可愛らしい子だと親ながらに思っていますが、娘は気にしているみたいで。近所のお店で働いている年上の綺麗なメス猫に憧れているんです。あんな毛並みになりたいとか、あんなヒゲになりたいとか言うんです」


 「誰かに憧れる気持ちは分かります」照はうんうんと同意した。「私も母さんのような美しい白毛になりたいと思った時期がありました。娘さんはきっとまだ自分の価値に気付いておられないんですね」


 「えぇ。あの子はそのままで十分可愛いのに」母の彩里は頬に手を当てた。「体形を気にしてあまり食事を摂りませんし…。あとは匂い袋を持つようになりました」


 「匂い袋?」


 「はい。若い子の間で流行っているそうです。乾燥させた草や花をすり潰したものが小さな巾着に入っているんです。いろんな香りが売っていて、娘は太陽の匂いがする匂い袋を持っています」


 「太陽の匂い?そんなのがあるのか?」照は助手を見上げる。


 命は首を振った。


 「例え表現だと思います。実際は何かの花の匂いでしょう」彩里が説明した。「他にも空の匂いや風の匂いなんかもあるそうです」


 「そうですか」探偵は納得した。「因みに少し話が変わりますが、彩里さんと娘さんはいつもおうちにいらっしゃるんですか?またお伺いする可能性があるかもしれないので確認しておきたくて」


 「えぇ。架町はたまに遊びに行ったりしますけど、私はほとんど家にいます。あ、でも明日の朝は用事があって息子を連れて出掛けますが、架町が留守番してますから」


 「わかりました。ありがとうございます」照は頭を下げると姉の藍真を見た。「藍真さん」


 「はい?」


 「久司くんはどんな声をしていますか?」


 「声ですか?」藍真は驚く。


 「えぇ」


 「久司の声はそこまで低くないですよ。どちらかといえば高めで」


 「お友達のふすまくんと比べるとどちらが高いですか?」


 「ふすまくんのほうが高いです」


 「分かりました。命」助手を見上げる探偵。


 「はい」命は背を正した。


 「私は彩里さんを送ったあとそのまま行くよ。今夜は帰れそうにない。君は藍真さんを送ったあと事務所へ戻ってくれ」


 「モグ・モグを探しに行かれるのですか?」


 「いいや。やる事がある」照は何か考え事をした。


 「お一匹で?大丈夫なんですか?」また危険な場所へ行くのではと気を揉んだ。


 「大丈夫だよ。危ないことじゃないから」安心させるように言う。


 「…分かりました。お戻りはいつ頃で?」命は不満気に欠けた耳を下げる。


 「さぁね。でも必ず戻るよ。では藍真さん、また。行きましょう彩里さん」照は姉に挨拶をすると妹の背を押して歩き出した。


 相棒を心配する気持ちはありつつも命も行きましょうかと言って藍真を家まで送った。その後は事務所に戻り、小さな探偵が帰ってくるのを健気に待った。


  一方の照はもうすぐ彩里の家に着く、というところで彩里に話しかけた。


 「彩里さん」


 「はい?」

 

 「あなたのお姉さんについてちょっとお尋ねしたいことが」


 「姉さんのことですか?」さっきから変な質問ばかりするなと彩里は(いぶか)った。「なんでしょう?」


 「あなたとお姉さん、姉妹の仲はいかがでしょうか?」


 「仲?いいと思いますけど…?」


 「そうですか。いえ、私にはお二匹の間に何か(わだかま)りがあるように見えたので」照はなんの気なしを装い軽く言った。


 「えっ……。まぁ…。そうですね。仲は良いですけど、昔のような仲の良さではなくなったかなと思います」彩里は言い当てられてシュンとなった。

 

 「よろしければお聞きしても?」そっと尋ねる黒猫。


 「はい…。私と姉さんは双子だと言われるほどよく似ています。性格も昔は似ていました。でも久司くんが生まれてからは変わってしまって…」


 「そうですねぇ」照はある程度察していた。


 「私たちの両親はうだつさんと姉さんの結婚を反対していました。うだつさんは優しくて働き者で真面目な方なのですが、犬種なので…」


 「えぇ、えぇ」


 「姉さんは異種婚を理解してもらおうと何度も両親の説得を試みていました。けれど受け入れてもらえず、結局は反対を押し切る形で結婚したんです。それほど姉さんはうだつさんのことが大好きだったんです。


両親は結婚に怒って姉さんとの縁を切りました。姉さんは両親のことを慕っていたのでとても落ち込んでいましたが、久司くんを授かってからは元気になりました。


でもそこからガラッと性格が変わってしまって…。すごく神経質で心配性になってしまったんです。昔は大らかで穏やかだったのに。特異混血が生まれたので無理もない話なのですが…」


 「でしょうねぇ」はいはいと頷く。


 「姉さんは私に対しても遠慮がちになってしまいました。私は両親と繋がっていますし、猫種の方と結婚して子供も二匹います。


多分姉さんから見たら私は上手くいってるように見えるのかもしれません。だから負い目というか、引け目というか…。そういうものを感じているんじゃないかと思います。


私は姉さんに対して何とも思っていないんですよ。異種の方と結婚して特異が生まれても、姉さんが幸せならそれでいいって。また昔みたいに仲良くできたらなって…」


 「とてもよく分かりました」照は満足したように頷いた。


 「照さん」彩里は小さな黒猫を見つめる。「どうか久司くんを見つけてください。もし彼がもう戻ってこないとなったら姉さんは…」


 「もちろんです。必ずや見つけてみせますよ」照は約束した。「離してくださってありがとうございました」


 「えぇ。では私はこれで」彩里は家に帰った。


 照はそれを見届けるとその辺の通りや路地裏をぷらぷらと散歩した。その後、彩里家へ戻ってくると足音を立てずに家の裏へ回った。


 裏にはゴミ置き場があり、そのための木箱も置いてあった。照は木箱が空であるのを確認すると、まるで液体のようにしなやかに体の形を変え、木箱の中にピッタリと収まった。そしてじっと宙を見つめながら夜を過ごした。




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