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十一月 その二

-前回-

久しぶりにうだつと会い、謝礼をもらった命。その後メディウのお頭を決めるための投札へ。暈陰雲一家もメディウの街へ観光に来たのであった。


 「そういえば、」暈陰雲が言った。「お兄さまが暮夜ぼやに誘いをかけた話は知ってる?」


 「え?なんですかそれ?」命は目の間にシワを作る。


 「集会のあと、若頭になれば冴夜さよと照を探す指揮を執らせてやるって打診したそうよ」


 「そんなこと…」暮夜ぼやは一切言っていなかった。「知りませんでした」とヒゲを立てて驚く。


 「私もこの前お兄さまから聞いてびっくりしたわ。きっと暮夜ぼやはあなたに苦労を掛けたくなくて言わなかったのね」暈陰雲は困った顔をした。


「うららさんと話し合ったはずよ。どういう結果になったのかは分からないけど、暮夜ぼやはむず痒い思いをしたはず。あのお兄さまが無傷で帰すわけないもの」


 「親父…」その時の暮夜ぼやの気持ちを想像し、命はやるせなくなった。「なぜ誘夜いざよいさまはそのようなことを?」


 「自分の代だけ甥っ子になるのが恥ずべきことだって考えているのかも」彼女は低く唸った。


「一族の歴史の中で、第一子が跡を継げなくて二子や三子が継いだことは何度かあるけど、甥や姪がなったことは一度もないわ。


お頭になれるのは基本的に第一子のみで、お兄さまがお頭となった今、我美お姉さまが跡を継ぐことはできないし」


 先代の終夜よもすがらは第一子の誘夜いざよい以上に頑固な性格だったため、初孫が誕生してその子が血迷い症だと分かっても、若頭の座を第二子の我美に変えようとはしなかった。あくまで第一子にこだわり、一族の伝統としきたりに従おうとした。


誘夜いざよいは我美よりも優秀な子であったし、そのあとに生まれた二匹目の孫が抜きんでた才能を持っていたので、跡継ぎに問題はないと一時は安心していた。


だが、その孫たちが成長してどちらも国を出て行った頃には修正の利かない状態となっており、終夜よもすがらは嫌々仕方なく二匹目の孫と同じころに生まれた三匹目の孫、我美の息子を夜を継ぐ子に指定したのだった。


 終夜よもすがらの第二子、我美はそんな父親と兄の側で育ったせいか、強い劣等感を自分に抱くようになった。


父親は兄にかかりきり、母親は影が薄いうえ弟を身ごもっていたため誰も自分に注目してくれない。誰も自分を必要としていないと感じていた。


血迷い症の甥が生まれたときにはやっと自分にお鉢が回ってきたかと期待したが、頑固な父親のせいで叶わず、さらにその後に生まれた二匹目の甥があまりにもよくできた子だったため、我美の願望はついえてしまった。


それだけでなく、二匹目の甥のせいで自分の息子が劣っているような扱いを度々受ける。


 頑固な父、優秀な兄、才能のある甥、一方の自分は若頭の予備にすらなれず愛息子をけなされる。そうなると我美の中の劣等感や不満はむくむくと膨れ上がるばかり。


しかし甥がどちらとも国を出て行き、突然に自分の息子が夜を継ぐ子に指定されると、膨れ上がった思いは悪い形で破裂し、我美はあのような横柄で高飛車な態度を取るようになった。


 「暈陰雲さまからご覧になって、極夜きょくやさまはお頭に値しない方だと思われますか?」命は尋ねた。


「以前姐さんが、甥という立場にいて肩身が狭い思いをなさっていながらも、極夜きょくやさまは極夜きょくやさまなりに頑張っていると仰っていました」


 暈陰雲は首を振る。「私は極夜きょくやが不出来だとは思わないわ。どちらかというと、お頭になる能力は備わっているように見える。過去にはとても情けないお頭や独裁的なお頭もいたのよ」一族の歴史をよく知る彼女だからこその知見だった。


 「そうですか…」


 「照の言う通り、極夜きょくやは最善を尽くそうとしているわ。お兄さまに応えようと頑張ってる。私にも分かるくらいにね。


でもお兄さまはそれでは満足しない。極夜きょくやが努力していることをもたついていると捉えてしまうのよ。冴夜さよが優秀過ぎたから。冴夜さよのあとだったら誰だって自分が惨めに思えるわ」


 「えぇ。分かります」冴夜さよの側で仕事をしていた命にもそれに覚えがあった。


「ですが、血迷い症だった親父は猫の国の教育も作法も受けていません。極夜きょくやさまのほうがずっとよくご存じのはず。それなのになぜ誘夜いざよいさまは親父に打診なさったんでしょう?」


 「お兄さまが何を企んでいるのか私には分からないわ」暈陰雲はお手上げという風に困った。


「それほどまでに極夜きょくやのことが気に入らないのか、体裁を保ちたいのか…。どちらともいえるわね」


 命はしばし悩んでからさらなる疑問を呈した。


「もし仮に親父が若頭になったとして、どうやって旦那と姐さんを探すのでしょう?影猫でも見つけられていないですし、つむぎさんのような鼻を持った猫が何十匹もあの国にいるとは思えません。


そもそも旦那と姐さんがメディウにいるとしたら、猫の国の方がメディウを捜索できるものなのでしょうか?」


 「う~ん」暈陰雲は低く唸った。「お兄さまには何か案があるのかも…」


 命はハッと気づいた。猫又と誘夜いざよいが猫の国の城で会っていたことを思い出したからだ。猫又の協力があればメディウの捜索ができるだろう。


 「どうしたの?」


 「いえ…」猫又から城にいたことは他言無用だと言われている。


 「やっぱりお兄さまは何か手を打っているのね?」聡い暈陰雲は勘付いた。


 「少し心当たりがあって…。お話はできないのですが」と三毛猫は曖昧に答えた。


 「まったく。お兄さまったら」彼女は呆れる。「捜す気があるならさっさとそうすればいいのに。わざわざ暮夜ぼやを引っ張ってくるなんて、どこまで傲慢なのかしら」


 ここまで明け透けに言う暈陰雲に命は少し心配になった。


 「昔どこかで読んだ書物にこう書いてあったわ。『猫という生き物は何を考えているのか分からない動物である。とても気まぐれで素っ気ないくせに、常に何かを企みながらこちらの寝首を狙っている』って。


誰が書いたのか忘れちゃったけど、失礼しちゃうわよね。お兄さまには当てはまるのかもしれないけど、そんな猫あまりいないわ。


そもそも考えてることなんて誰にも分からないでしょう?どの動物だってそう。心が読めるわけでもないと」


 「そうですね。確かに分かりません」命には思い当たる節があり深く同意した。「ひなたの奥さんがあのように考えていただなんて、全く分かりませんでしたから」


 「ねぇ。ひなたさんのこと詳しく教えてくれる?」暈陰雲は前のめりになった。「この前の集会でうちに来たとき聞きそびれちゃったから。彼女に何があったの?」


 命はひなたと路地裏で話した内容を全て説明した。


 「そんなことが…」暈陰雲は驚愕した。「死を偽装してまで…。照がその場に居なくて良かったわ。彼女の心痛を考えると…」


 「ですよね…」命も照の気持ちを想像し、改めてひなたと会ったことは絶対に黙っておこうと強く決心した。

 

 「世の中には自分の子を愛せない親もいるのね…。あっ」命を見る。「ごめんなさい」


 「いいんです。俺は親の影すら覚えていませんから」気にしなくていいと首を振る。「もん欲しさに子供を売るような親などいないほうが幸せです」


 「そうね。どんな事情があろうと自分の問題で子供に害が出るような真似は許されないわ」彼女は自分をいましめるように言った。


 「暈陰雲さまと樋成さんの元に生まれて、あまさんはとても幸せだと思いますよ」命は彼女の気を和らげようとした。「きっと素直で優しい成猫になられます」


 「ありがとう。そう言ってもらえると励みになるわ」暈陰雲は微笑んだ。


「やっと授かった子だから、あの子のことが好きで好きでたまらないの。可愛くて愛おしくて仕方ないわ。あの子のためならこの身を捧げたって構わない。そのくらい大切に想っているの。どんな姿形でも、どんな色柄でも、どんな病気だろうとずっとずっと支えるわ」


 命があたたかい気持ちに包まれて頷いたとき、どこからかしゃっくりのような高い音が聞こえた。


 「あら?」暈陰雲が音のしたほうを見る。「天?起きちゃったの?」


 事務所の隅にある階段に小さな子猫の天がいた。震えながら大粒の涙をボロボロと零し泣いている。


 「どうしたの?そんなに泣いて。怖い夢でも見ちゃった?」母は椅子から立ち上がって娘の側へ行った。


 「い…。いないの?」天は嗚咽の中で言った。


 「うん?」


 「どこに、行ったの?…もう、帰らない、の?」


 「あぁ。私が部屋にいなくて、帰ってしまったと思ったのね」意図を汲み取り、暈陰雲は娘を抱きしめた。


「ごめんなさい。かかはここにいるわ。大丈夫よ。どこにも行かない」と慰める。


 「か…。か、さん…」天はさらに泣いた。


 「命、今夜はもう寝るわね」暈陰雲は娘の背を撫でながら三毛猫に言った。


 「はい。おやすみなさい」命も立ち上がる。


 「おやすみなさい。さぁ、天。お部屋に戻りましょう。一緒に寝ましょうね」親子はゆっくりと階段を上って行った。


 命も静かで誰もいなくなった事務所を見回してから階段を上がった。



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