十月 その四
-前回-
集会が終わり暮夜の様子を見に行った命だったが、勘違いで誘夜と猫又の密会を知る。その後、猫又と再び面会し、猫又の思想に感銘を受けながら己の決意を新たにするのであった。
またまた所変わって、大広間で一匹悩んでいた暮夜は、晴れない気持ちを抱えたまま大広間を出た。のっそりと歩いて暈陰雲の家に行く。
「あら?暮夜」家には暈陰雲と樋成の二匹だけがいた。「一匹?命と会わなかったの?」
「命?いいえ。会っていません」暮夜は首を傾げる。
「おかしいわね。集会が終わったあと、あなたの様子を見てきてって頼んだのよ。どこかですれ違っちゃったのかしら?」
「そのようですね」暮夜は少し嫌な予感を覚えた。
「待っていましょうか。すぐ戻ってくるかもしれないわ」と暈陰雲。「お兄さまと何を話したの?」
「叱られただけです」大きな黒猫は誤魔化す。
「本当に?お兄さまは口が上手いから、色々と言われたんじゃない?」甥っ子が傷ついているのではないかと心配する。
「えぇ。まぁ…。でも気にしてませんので」暮夜は父親である誘夜の手腕の凄さを忘れていた。誘夜は交渉能力が高く、言葉を巧みに使って誘うのが得意だった。
「それならいいけど…」何か酷いことを言われたのだと暈陰雲は察した。
あの兄がただ息子を叱っただけとは考えられない。暮夜はそれを悟られないように振る舞っている。
暈陰雲はそうと分かっていても、彼が話したくないのであれば無理に聞くことはしなかった。
「うららと子供たちは?」暮夜は家の中を見回す。
「散歩に行っているわ。もう帰ってくると思う」暈陰雲は答えた。「私たちは今から娘の所へ行ってくるわね」
「はい。お気をつけて」
そのとき、ちょうどうららと子供たちが帰ってきた。
「あ、お父さん!ここって本当にすごいね!」第一子のかすみが言った。
「本当に猫しかいないや!」第二子のほのも興奮していた。子供たちが猫の国に来るのはこれが初めてなので、はしゃいでいる。
「あぁ。すごい所だろ。あっちもこっちも猫しかいねえ」暮夜は調子を合わせて話したあと、妻を見た。「うらら」
「なあに?」うららは抱いていた第三子のおぼろを床に降ろした。
「あとで話がある。二匹きりの時に」父は子の頭を撫でる。
「みんな、私たちと一緒に出掛けない?」暈陰雲が気を聞かせて子供たちに聞いた。「私の娘と会って欲しいの。お友達になってくれない?」
「いいよ!」第二子のほのは即答した。
「分かりました」かすみは弟のおぼろを抱っこする。ほのとおぼろはまだよく分かっていないが、かすみは成猫たちの空気を理解していた。
「じゃあ行きましょう」暈陰雲はほのと手を繋ぎ、樋成と他の子たちと一緒に家を出て行った。
「あの子たち、迷惑をかけないといいけど」うららは心配した。「あとで暈陰雲さまにお礼をしなきゃね」
「そうだな」暮夜は叔母に感謝した。
「で、話ってなに?」うららは夫を見上げる。
「あ~」暮夜は気まずく思い、頭を掻いた。「絶対に怒ることなんだが」
「なによ?」うららは察した。「言ってみないと分からないでしょ。なに?」
「…さっきオヤジと話してきたんだ」暮夜は父親との会話を妻に話した。
「...なによそれ」妻は予想通り牙をむいた。「それで若頭になりたいっていうの?みんなで猫の国で暮らそうって?かすみを夜を継ぐ子にしたいの?」
「いや。例え俺が若頭になっても、かすみは夜を継ぐ子にはならない。あの子は白猫だし、」
「じゃあおぼろがなるってこと?あの子は黒毛よ」
「いや、違う。俺が言いたいのはそう言うことじゃなくて、」暮夜は言葉に行き詰った。「だから、俺が若頭になったとしても、どの子も跡継ぎにはさせないってことだ」
「あなたがさせなくても周りがさせてくるのよ!」うららは毛を逆立てて怒った。
「暈陰雲さまから聞いたわ。血族以外は冷遇されるって。例え番だろうとね。あなた、私がどうなってもいいって言うの?私にそうなって欲しいの?あなたはそれで平気なの?子供たちに厳しい教育を受けさせたいって?」
「違う!そんなこと俺がさせない」
「違うことないでしょ!あなたはいつもそうやって自分のことばっかり!私や子供たちのことなんて二の次よ。
そんなに弟と姪っ子が大事なら、どうして私と結婚したの?どうして子供たちは生まれたの?
あなたはもう三匹の子の父親なのよ。もっとその自覚を持ってよ!もう昔みたいに一匹で好き勝手できる立場じゃないって分かってよ!
結婚したなら、子供を持ったなら、その責任を取りなさい!
子供を見捨てるなんてことをしたら、あなたの父親とやってることが同じになってしまうわ!」
「うらら!」暮夜も牙を見せる。「俺はオヤジとは違う!必ず俺がお前たちを守ってみせる」
「でも若頭になりたいと思ってるんでしょ?」うららはきつく夫を責めた。
「あなたは私たち家族より一族のほうを信じるの?彼らの言ってることが本当だと思ってるの?上手く乗せられてるって分からない?」
「俺もそれは考えたよ。でもこれが最後の機会かもしれないんだ。冴夜と照を探す最後の手!」
「だったら一匹でやればいいでしょ!私たちはメディウに帰るわ。あなた一匹でここに残ればいい。そうすればお荷物のことなんか考えずに自由にできるから!」
「そんなこと言うな!」低い声で怒鳴り返す。「お前らはお荷物なんかじゃない!」
「どうするのよじゃあ!」うららは目を潤ませた。
このとき、うららは心の裏側で義妹であるひなたに酷く同情した。可惜夜一族なんかと関わらなければよかったと言ったひなたの気持ちが分かる。
暮夜と結婚してからというもの、その節は所々で感じていた。それでも一族を抜けたのだから、もう深く関わることはないだろうと思っていた。
しかし冴夜と照がいなくなってからは、夫の仲間意識の強さに嫌気がさしていた。ここまで強いとも思っていなかった。
「結局、親が親なら子も子だわ!」うららは言った。
「あなたの父親は、あなたを跡継ぎにさせたがってる。もう次はいるっていうのに。自分のわがままであなたをその座に収めようとしてる。それであなたは?自分のわがままで妻と子を見捨てようとしてる」
「違う。俺は家族を見捨てたりしない」暮夜は断言した。
「なら側にいてよ」うららの淡い黄緑色の目から大粒の涙がこぼれる。
ひなたのように逃げ出したいとは思わない。子供たちを置いて逃げたくはない。
「私と一緒に子供たちを守って。子供たちの父親でいて」
暮夜はこぶしを強く握ってうつむいた。短い尾を膨らませる。「うらら…。俺は…」
うららは夫の返事を辛抱強く待った。
「俺は…」かすれた声で言った。
「悔しいんだ。何もできない自分が悔しい。俺は可惜夜一族。お頭の第一子なのに、それを捨てた。自分の運命から逃げたんだ。
血迷い症だったからってのは言い訳でしかない。治ってからでも努力すればよかったのに、やらなかった。オヤジを憎むばかりで何もしなかった。
その見返りが冴夜と照を失うことだったんだ。それなのに、今さらオヤジを頼って二匹を探すなんて…。とことん自分が情けない」
「それは違うわ」うららは首を振る。「二匹がいなくなったのは仕方ないことだったのよ。あなたのせいじゃない」
暮夜はしばらく黙ってから口を開いた。
「俺はメディウで自分の居場所を見つけた。家族ができて、帰る家もある。それだけで十分幸せなのに、それだけじゃ駄目だろって満足してない俺もいる。もっと大きなことを成し遂げたいって…。
子供みたいだって分かってるよ。でも所詮、俺も可惜夜の血を引いている猫。野心みたいなものが湧いて出てくるんだ。
だけど、そんな気持ちはあっても実力は伴っていない。今だって一匹で熱くなって、暴走して、空回りしてる。
生まれたときから俺は暴れ回ってるんだ。空っぽな自分に腹が立ってる。何者にもなれず、悔しいってのたうち回るだけでなんの役にも立てない」
うららは静かに涙を旅させながら夫を見つめ話を聞いていた。
「お前たちを守りたいって気持ちは絶対だ。ずっと側にいて子供たちの成長を見たい。それは嘘なんかじゃねえ。本気でそう思ってる。
だから俺はこれからもお前たちの側にいて、守るよ。約束する。俺のバカな行動で誰かを失うなんてことはもうしない。同じ過ちは繰り返さない」
暮夜は妻を見つめ返した。
「だけどな、やっぱり冴夜も照も大切な家族なんだ。同じ仲間。俺はあいつらを大切に想う。この気持ちに嘘はつきたくねえ。
だから頼む。俺があいつらを想う気持ち、あいつらを探したいと思う欲があることはどうか分かってほしい。それは否定したくない。それでもいいか?」
うららは夫の言葉を頭の中で何度も反芻させた。
「……わかった」と喉を締めて答える。「そんな気持ちを持ってる分にはいいわ。でも行動には移さないで。なによりも私たち家族を一番に考えて、側にいるって約束して」
「あぁ」暮夜は頷く。「約束する」
命と暈陰雲たちは同時に帰ってきた。
「お前、どこにいたんだよ」暮夜は三毛猫の息子に尋ねた。
「親父を探していました。大広間にいらっしゃらなかったので」命は嘘をつく。
「そうか。苦労かけたな」父は疑わなかった。
「いいえ」
「じゃあ、こっちも報告会とするか」
子供たちが寝静まった夜、暮夜は成猫たちを集めて別の集会を開いた。
「どうやら骰狗は関係なさそうだぞ」暮夜は言った。「オヤジとは接触してないみたいだ」
「そうですか…」暮夜の隣にいた命は落胆した。
「だが一応オヤジのほうも照を探しているようだぞ」暮夜は、若頭になれば捜索隊を組ませてやると交渉してきた話は黙っていることにした。
「やっぱりお兄さまも探しているのね」暮夜の対面にいる暈陰雲が言った。
大きな黒猫は頷く。「大掛かりな捜索ではなさそうですが」
それを聞いても命の落胆の救いにはならなかった。誘夜側が探しても見つからないということは、それだけ困難な状況ということだ。
わずかな情報、わずかな光を求めて年中暗いこの国へ来たのに、それも潰えてしまった。
『己を信じることができぬ者は何もなし得はしない』
猫又の言葉が命の中で蘇る。
「ういさまのほうはいかがでしたか?」暮夜は叔母に尋ねた。「オヤジに聞いてくださったとか」
「私も同じ感じよ」暈陰雲は首を振る。
「お兄さまに聞いてみたけど、はぐらかされるばかりだったわ。そもそも私には何も言ってくださらないし、何の情報も回ってこないの」とうつむく。「ごめんなさい。役に立てなくて…」
暈陰雲の隣にいる樋成が彼女の背を撫でた。
「いいんですよ。聞いてくださっただけでありがたいです」暮夜が言った。
「あ、さっきは子供たちを連れて出てくださって助かりました。な?」と反対隣りにいる妻を見る。
「はい。お世話になりました。子供たち、迷惑かけませんでした?」とうらら。
「とてもいい子たちだったわ」暈陰雲は顔を上げて微笑んだ。
「優しく接してくれたから、娘も落ち着いていられたの。もうお友達になってくれて、嬉しかったわ」樋成のほうを見る。
樋成は同意して頷いた。
「良かったです」暮夜も表情を和らげる。
「それで…。どうしますか?」命が尋ねた。「骰狗は可惜夜一族に関わっていなくて、誘夜さまも姐さんを見つけられていない」
「他に何か手はあるかしら?」と暈陰雲。
暮夜はこぶしを握る。「残念ながら今のところは何も…」
重たい沈黙が場を包んだ。
「姐さんは…」命が固い表情で言った。「捕まっているのか、身を隠しているのかさえ分かりません。メディウにいるのか、猫の国にいるのかも。…でも俺は探し続けます。たとえ何年かかろうとも、姐さんの行方が分かるまで」
「命…」暮夜は呟いた。他の猫も命に注目する。
「俺は自分の信念を貫きます。最初に決めたことをやり通すだけです」確固たる決意をその声に込めた。
「私もできる限りのことはするわ」暈陰雲は三毛猫に感化された。「一緒に頑張りましょう」
「はい」
暮夜一家は集会の二日後、猫の国を発った。メディウに戻った命はさっそく禅の家へ行き、可惜夜一族と骰狗には接触がなかったと伝える。
「そうですか…」禅は長い腕を組んだ。「では照さんはどこへ行ってしまったのでしょう?」
「分かりません」命は首を振る。
「もしかしたらまだ接触していないという可能性はありませんか?」禅は推理しながら言った。
「どういうことですか?」
「何か…。時期を見ているとか」
「時期?」
「えぇ。奴らにとって何か都合のいい時期があるんじゃないでしょうか。仲間を集めている途中だとか、何かの準備をしているとか。満を持した時に照さんを持ち出して交渉する気では?」
「なるほど…」命も考え込む。「姐さんがいなくなって一年経ちますが、そんなに前から攫う必要があったのでしょうか?満を持してから攫ってもよかったのでは?骰狗の都合のいい時期とはいつでしょう?何が目的で?」
「分かりません」禅は困った。「とにかくこれからも警戒は必要です。照さんが攫われていなかったとしても、骰狗が動いていることは確実ですから。なにをしてもおかしくはありません」
「そうですね。引き続き一族の方に確認を取りながら、俺はメディウで姐さんを探します。必ず見つけてみせます」命は眼光を鋭くさせた。




