十月 その二
-前回-
無事に警察採用試験に合格したつむぎ。一安心した命と暮夜のもとに猫の国から集会の召集が届く。今回は暮夜一家総出で出向き、暈陰雲とその娘とも顔を合わせたのだった。
翌の集会の日。うららと子供たち、命は暈陰雲の家で留守番。暮夜と暈陰雲は集会に参加した。
今回の集会から先代のお頭、終夜の弟妹たち、及びその子孫は集会に参加することができなくなる。さらに城からも住居を外され、一般国民となる。これが可惜夜一族の掟だった。
城の大広間に集まった一族は上座にお頭の誘夜が座り、その右隣りに若頭の極夜と母の我美、左側には暁星と暈陰雲が座った。暮夜は下座に座っている。
「前回に引き続き、今回も部外者がいるわね」暈陰雲の姉、我美が下座にいる暮夜を見ながら高飛車な態度を取った。「いつから部外者が参加してもいいような決まりになったの?」
「召集の手紙を寄越したのはそっちだろ」暮夜も同じくらいふんぞり返った。「末席を汚させてもらうぜ」
「口を慎め」お頭の誘夜が注意した。「小生はならわしとして手紙を送ったまで。貴様のような輩がそのような態度を取ることは許さん」と息子を叱る。
「なら呼ばなきゃいいだろ」暮夜は体勢を変えず、遠くに座る父親を睨む。「自分の息子一匹も手に負えないのか?」
「黙れ」お頭は尾で床をピシャリと叩いた。「次に口を聞いたら摘まみ出す」
「はいはい」息子は呆れた。
「兄さま」我美が言う。「習わしやしきたりを破っているのは暮夜だけではありませんよ。この愚妹だってそうです」ここが文句をいう機会だと意気込み、向かいに座っている暈陰雲を指す。
とつぜん話題に挙げられ、暈陰雲は火が揺らめいているような耳を下げた。
「やっと子を成したかと思えば血迷い。挙句に子の名前まで勝手に決めて。第一子は夜に関する名前を付けるとのしきたりがあります。だのに、なぜあの名を許しているのですか?暈陰雲が情夫の子だからですか?」
「...矛盾しています。お姉さま」暈陰雲は少し怯えながらも反論した。
「私のことを妹とも一族とも思っていなかったのに、子供ができた途端に仲間に入れてくださって、しきたりだの何だのを私に押し付けるなんて。いつも私を除け者にしていたではありませんか」
「ま!」歯向かわれるとは思っておらず、我美は驚いた。「なんですって!」
「未だに私に仕事を与えてくれませんよね?それに、どう考えても私の子がこの国のお頭になるはずがありません。私たちはいずれここを出て行く身。だったら名前などなんでもいいでしょう。私は娘を自由に生きさせるつもりです」
「お黙り!そのような口を利くなんて!勘当されたいのかい!?」我美は豊かな長毛を逆立てた。「一族に従う気が無いならさっさと出ておいき!」
暈陰雲は負けじと鼻の上にシワを寄せて牙を見せる。低く唸って姉を威嚇した。
「無様な争いは他所でやれ」誘夜が止める。「今は集会の席ぞ。死者は出させん」
「…申し訳ありません」我美は兄に謝ったあとギロリと妹を睨んだ。
暈陰雲も黙る。
「して」お頭は静かになった大広間を見回した。「集会を始める」
「これにてお開きとする。暮夜はここに残れ」集会が終わるとお頭は言った。他の者は次々に退席する。
暈陰雲は不安そうに暮夜と兄を交互に見たあと大広間を出た。
「なんだよ」父親と二匹きりになると暮夜は横柄に言った。
お頭は息子をねめつける。「なぜ参加した?」
「は?そんなもん分かってんだろ」睨み返す。
「口の利き方に気を付けろ。貴様は小生に用があるから来たのだろう」見下すように顎を上げてヒゲを撫でる。「それも頼みごとを」
暮夜はケッと息を吐いた。「ほらな。分かってんじゃねえか」
「なぜ照が消えたことをすぐ小生に知らせなかった?」誘夜は早急に芯を突いた。「いち早く報告していれば見つけられたかもしれんのに」
大事な孫娘を行方不明にさせた罪は重いぞと暗に伝えていた。
暮夜は何も答えない。
「さしずめ、貴様の野暮な高慢のせいだろうが。己の力だけで見つけ出せるとでも思っていたのか?国を逃げ出すような痴れ者が」
「お説教されに来たんじゃねえんだよ」暮夜はこぶしを握り締める。「骰狗から何か言われたのか?」
「ふん」尾を軽く床に打ち付ける。「メディウの犯罪集団か。暈陰雲もそのようなことを聞いていたな」
「どうなんだよ」凄みを効かせて尋ねる。
「教える義理はない」誘夜は息子をあしらった。
「あぁ?」暮夜は前のめりになる。
「例えあったとしても、こちらで迅速に対処する」
「じゃあ何も言われてねえってことだな」どっかりと座り直す。「迅速に対処してたなら、今ごろ照はここにいるはずだ」
お頭は血を分けた息子を冷たい銅色の目で見つめた。その瞳孔は異様に細い。
「図星か?何も言われてねえんだな?」忌諱に触れたとしたり顔。
誘夜は何も答えなかった。
「だったら照は骰狗の誘拐でいなくなったわけじゃねえってことになる。可能性が全くなくなったわけじゃねえが」拳で床をドンと叩く。「なぜあの子を探さない?」
「こちらが何もしていないとでも?」誘夜は虚仮にするなと息子をたしなめる。
「何もできてないから見つけられないんだろ」
「貴様はこちらの能力ばかりを当てにしているようだな」呆れて首を振る。「困ったときだけ父親の脛に縋りつくのか?」
「ちげえよ」父に向って唸る。
「いいや。違わぬ。一度は小生に頼ろうと考えたはずだ。そして今も期待しておる」
暮夜はお頭から顔を背けた。否定はできない。
「やはりな」誘夜の声には冷笑が含まれていた。「浅い奴め」
「何も情報が無いなら、俺がここにいる意味はない」と立ち上がる。「お暇させてもらうぜ。もう顔を合わせることもねえだろうよ」
「待て」お頭は鋭い爪で床をコツコツと弾いた。「まだ話は終わっていない」
「なんだよ?」父親を見る。「俺は話すことなんてないね」
「座れ」と座を指す。「大事な話だ」
暮夜は渋々腰を下ろした。
「照がいなくなって困るのは小生も同じだ。そこで、」彼は真面目な顔をした。「ひとつ、貴様に申し入れたい」
「なにを?」
「貴様、若頭になる気はないか?」
「はぁ?」予想外の提案に暮夜は大口を開けて驚いた。
「なれば弟も姪も見つけられるかもしれんぞ」
理解が追いつかず、少しの間固まって考え込んだが、やがてブルっと全身を震わせた。
「なに言ってんだ。俺が若頭だと?知識も教養も身に着けさせなかったくせに。どの口が言ってんだ。笑わせんなよ」荒い毛を逆立てる。
「では碌でもない街に帰って弟と姪が帰ってくるのを、ただ爪を噛んで待つしかないな」誘夜は自身の爪を見ながら残念だと首を振る。
「お前こそただ待ってるだけだろ。自分の足で探し回ることもしてねえくせに」
「笑止」お頭は目を細めて息子を見る。「小生とて暇ではない。これでも一国のお頭。二匹の身内より大多数の国民が優先なのだ。捜索のほうにばかり手をやれん」
「だから何だってんだ。身内を見捨てるのはそっちのお家芸だろうよ」暮夜は太い牙を見せる。
「お頭とはそういうものだ」誘夜は苛立ちを隠していたが、尾の先を何度も床に打ち付けていた。
「あっそ。それで?そのお頭さんは俺を若頭にしてどうするっていうんだ。だいたい俺が若頭になったところで、どういう仕組みで冴夜と照が見つかるんだよ?」
「捜索の指揮を執る者を探している」息子のけしかけるような態度には乗らず、父は端的に言った。
「なんだって?」
「貴様が若頭の座に収まるというのであれば、冴夜と照を探す捜索隊を組ませよう。指揮を執るのは貴様だ」
「は…?」
「この国では小生が大将だ。その下に就くのなら、警察だろうが近衛だろうが、何匹でも好きに使って構わぬ。影猫でもいいぞ。指揮を執るだけなら小難しい政治的な知識はいらん。つまり貴様にもできる」どうすると挑むように聞いた。
「ふざけたことを、」
「嫌ならよい。今まで通りしがない道場でもやっていろ」と突き放す。
「くっ…」暮夜は父の提案に気持ちが揺らぎ、体を小刻みに震わせた。この話を飲めば、自分たちだけでは手の届かないところまで弟と姪を探せる。二匹を見つけられるかもしれない。
しかしそれには対価がいる。
「もしその気があるなら、貴様の妻子も無下にはせん。教育を受けさせ、何不自由ない暮らしを約束しよう。道場は、そうだな。照にいつもくっついているあの三毛猫にでも譲ればいい」
「俺がそんな誘いに乗るとでも?」暮夜は抗った。
「どう捉えようと構わん」音もなく立ち上がる。「本気にするというならまた来るがよい」
誘夜は大広間から出て行った。
一匹残された暮夜は静寂の中、拳を握り考えた。
若頭になれば家族を救えるという希望の誘惑と、これは父親の策略で、本当は全て嘘なのではないかという疑惑で葛藤する。
自分の父親を信用できない。だがその権力は確かなものだ。あの父親の下で働くと考えただけでも毛玉を吐きそうだが、もし若頭になればその次はお頭だ。一国の長。自分で自由に決められる立場になる。
だったらそれまでの辛抱なのでは?今この機会を逃すと次はもうない。これが弟と姪を探せる最後の手立てかもしれない。
いや、そもそも自分はその座にふさわしいのか?隊や国を動かす力があるのか?それで妻と子供たちは幸せになるのか?子供たちをこの国で育てていいのか?あの子たちを夜を継ぐ子にしてもいいのか?一体、自分はどうすれば…。
他方、暮夜の身を案じた暈陰雲は大広間から出たあと、命を呼ぶため自分の家へ行こうとした。
「暈陰雲」城の廊下を歩いていると後ろから呼び止められた。
「お姉さま…」暈陰雲は振り返って我美の姿を認めた。
「あの物の言い方はなんだったのです?」我美は優雅な長毛を揺らしながら声高に言った。「お前には発言する権利すらないのに。集会で報告することなど何もないのですから」
「私も一族です」暈陰雲は内心怯えながらもハッキリと主張した。「権利はあります」
「文句を言うだけならお家で言えばいいでしょう」目を細めて妹を見る。
「お姉さまのほうこそ、私の悪口を言いたいのであれば、集会でなくてもいいのではありませんか?お兄さまに告げ口のような真似をしても何の意味もないのに」
「お黙り!」我美は牙を見せた。「お前は一族の子かどうかも怪しいのですよ!」
「ご自分のお母さまを侮辱なさるおつもりですか?」暈陰雲も怒りでヒゲを立てる。
「ふん!可惜夜一族の中で番は血族よりも立場が低いのです」冷たく微笑む。「つまり、お母さまは私よりも下なのです」
「よくも」低く唸る。「自分の子供からそんなことを言われたらと想像しないのですか?悲しくならないのですか?同じ母親として!」
「私は若頭の母です」我美はふさふさとした尾をゆっくりと揺らす。「そのような扱いは受けません。それにうちの子はきっと、私を無下にはしないでしょう。とても出来のいい子ですから。お前の子と違って」
暈陰雲は怒号のようにシャーと威嚇した。「私の娘を侮辱するのは許しません。お姉さまは過剰です。私たちはいずれ勘当される身。安全などないのですよ」
「ほざいていなさい」我美は妹を嘲笑ったあと背を向けた。「どうあがいても、お前の子は何者にもなれないのですから」
我美は満足そうに言うと、廊下を滑るように歩いて去って行った。
暈陰雲は悔しさで俯き、歯が軋むほど顎に力を入れた。
「あの…。暈陰雲さま?」
「み、命」ハッとなった暈陰雲はどこからともなく現れた三毛猫に対し、咄嗟に微笑んだ。
「ちょうどよかった。あなたを呼びに行こうと思ってたのよ。いま大広間でお兄さまと暮夜が二匹きりで話をしているの。心配だから見てきてくれないかしら?」早口になる。
「分かりました」命は暈陰雲の顔を伺った。「...大丈夫ですか?何かお話をされていたのでは…?」と我美が去ったほうを見る。
「いいえ。大丈夫よ」気丈に微笑む。「ありがとう」
「そうですか…。では失礼します」命は大広間へ向かった。
暈陰雲は重い足取りで家に帰る。家には夫の樋成が仕事を終えて帰ってきていた。
「おかえり。うららさんと子供たちは散歩に行っているよ。自分たちも…。おや?どうしたの?」妻の顔を見て樋成は異変に気付いた。
暈陰雲は事の顛末を夫に話した。「私、とっても悔しくて…。何もできないのが悔しいの。本当に、本当に悔しい」と涙する。
「もっと言い返せばよかったわ。今まで誰かに反抗なんてしたことなかったから、震えちゃって…。満足に言葉が出てこなかったの」
「よく頑張ったよ」樋成は妻を慰めた。「君は心が優しいからね。誰かを攻撃しようだなんて気持ち、これっぽっちも抱いてこなかっただろう?それなのに大事なものを守るためによく言い返したね。怖かっただろうけど、本当に頑張ったよ」
夫からの言葉に、暈陰雲は気持ちが解け号泣した。
「でも樋成さん。これから私はどうしたらいいの?やれることはやってるのに、何にもならないわ。どれだけ頑張っても報われることはないのよ?
どれだけ勉強しても、どれだけ我慢しても、この家に生まれた限り、何も実を結ばないわ。私はずっと除け者でお荷物で、何の役にも立たないのよ」
「ういちゃん」妻の手を取って優しく告げる。
「生まれた場所はどうやっても変えられないよ。でも君が今までやってきたことは、君が一番よく知っているだろう?それは君を変えたんだ。今まで見たいにやられっぱなしじゃなく、ちゃんと言い返したんだから。君は強くなったよ。大丈夫。その君を信じて」
「樋成さん…」
「いつかここを出て、自分たちの居場所を作ろう。どこでもいい。今すぐでもいい。どんなに遠くても、どんなに小さくてもいい。安全で優しい家を作ろう。そこではきっと全てが上手くいくよ。実を結ぶことが沢山あるよ。
もし君がまだここで頑張りたいと思うなら、自分はそれを支える。君と娘のために精一杯がんばるから。なにがあっても側にいる。だから泣かないで」
「えぇ…。そうね...。ありがとう樋成さん」暈陰雲は涙を拭いながら夫に深く感謝した。




