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十月 その一

-前回-

光石祭に出かけた命とつむぎ。命は白組のお頭である猫又と面会したあと、小柄な動物とすれ違う。命はその動物が照なのではと追いかけたが、実は死んだと思われていた照の母、ひなたであった。


  「あ!命さん!」命が呆然としながら道場へ戻ると、つむぎも帰ってきていた。「おかえりなさい!」


 「お前が急にいなくなったとか言ってたから心配したぜ」つむぎの隣にいた暮夜ぼやが言った。「なにがあった?」


 「奥さんが...」命は譫言うわごとのように言った。


 「奥さん?」


 「ひなたさんが...」ポツポツと説明する。


 「それ本当か命?」暮夜ぼやは驚いた。「ひなたさんがそんな事を?間違いねえのか?」


 「はい...。あれは確かに奥さんでした」


 「僕も匂いを嗅ぎましたけど、」つむぎは耳を下げた。「照さんと似てました。でも明らかに違いました。あれは親子関係のある方の匂いです」


 つむぎの鼻はあざむけない。やはりあれは本物のひなたで、この世に生きていたのだと命は実感した。


 「猫かぶってたわけか?」暮夜ぼやはまだ信じられない様子だった。「えげつねえな」


 「そんなつもりないと思うけど」暮夜ぼやの妻、うららが来て言った。


 「うらら」暮夜ぼやは妻を見る。「聞いてたのか」


 「えぇ」


 「子供たちは?」


 「お祭りではしゃいでいたからもうみんな寝ちゃったわ」


 「そうか...。それで、そんなつもりないってどういう事だ?」


 「自分の意思ではどうにもならない事ってあると思うの」うららは達観していた。


「だって私たち、動物ですもの。理性が効かない時だってあるわ。例えば私だったら、子供たちに危険が迫ったなら相手が誰であろうと牙を向くと思う。我を忘れて」


夫を見上げる。


「あなたでもね。多分、あなただと認識すらできなくなるんじゃないかしら」


 「お、おぅ」暮夜ぼやは少し毛羽立った。


 「だから猫をかぶっていたと言うより、本能が強くてどうにもできなかったんじゃない?強い者が目の前にいたら逃げたしたくなるのと同じように、自分ではどうにもできなかった。


むしろどうにかしようと頑張ってた。それでも止められなかった。ひなたさんを擁護してるわけじゃないけど、彼女にも限界があったのよ」うららは義妹を想った。


 「僕のお母さんがそんな事を思っていたら、悲しくなってしまいます」つむぎは丸まった尾を下げて落ち込んだ。「僕が悪かったのかなって...。僕はお母さんのこと大好きなのに...」


 「親を愛さない子供がどこにいるの?」母であるうららは言った。


「子供は生まれた時からただただ純粋に、無条件に親を愛する生き物よ。それが変わってしまうのは親次第。だから子供が悪いと思わなくていいの」


 「うぅ...。お母さん」つむぎは自分の母を恋しく思い瞳を潤ませた。「じゃあ...。照さんはどうなるんですか?」


 「奥さんが生きていると知ったら姐さんは大喜びなさるでしょう」命は言った。


「しかしあのような理由が待っているとなると、姐さんがあの場に居なくてよかったと思います。きっと大変傷付かれる」拳を強く握る。


 「紅組に行けば会えるんじゃねえのか?」暮夜ぼやが聞いた。「俺が一言ガツンと言ってやるよ」


 「やめておいたほうが」命が止めた。「奥さんは今とても安全な場所に身を置いていると言っていました。おそらく紅組の内部ではないかと。簡単にそんなところには行けませんし、親父がなんと言おうと奥さんは帰るつもりはありませんよ。あの方はもう以前の奥さんではありません」と冷たく告げる。


 「...ったく!」暮夜ぼやは苛立ちでヒゲを立てた。「どうなってんだよ!弟と姪は行方不明。義妹は家族を捨てて失踪。こんな事ってあるか?」


 「あまり言いたくないけど、」うららが言った。「照ちゃんもひなたさんも自らいなくなったのよ」


 「照は帰るつもりだったかもしれねえだろ」と暮夜ぼや。「まだ誘拐された線は残ってる」


 「そうね。でも命くんに何も言わずに出ていったんでしょ?」


 「だから、」


 「やめてください」夫婦喧嘩が始まりそうだったので命が止めた。


「奥さんの件はもうこれ以上どうにかなるものではないと思います。酷ですが、以前と同じように奥さんはもういない者とするしか」


 「...そうだな」暮夜ぼやはため息をつく。「照には黙っていよう」


 「はい。つむぎさん。そろそろお休みになったほうがいいかと」命は小さな犬を見る。「明日は試験があるのでしょう?」


 「あ、そうでした」つむぎはハッとした。「でもこんな時に...」とシュンとなる。


 「気にしないでください。ずっと夢だったのでしょう?ご自分のことを優先なさってください」三毛猫は励ました。


 「そうだ。頑張れよ」黒猫の声をかける。「お前ならできる。今まで頑張ってきたんだからな。次に会うときは警察犬だ」


 「...はい!ありがとうございます!」つむぎは丸く黒い目を輝かせた。「お力添えできなくてすみません!でもまた必ずお会いしましょうね!おやすみなさい!」


 


  翌日の朝早く、つむぎはフンと気合を入れて試験会場に向かった。命はその様子を見送り、道場でそわそわしながらつむぎが泣きながら帰って来ないようにと願っていた。


そして夕方ごろになると、禅が道場へ訪ねてきて、つむぎは無事に受かりましたと安堵しながら報告してくれた。命と暮夜ぼやもホッと一安心。


 禅は仕事が残っているのでと言って早々に帰ってしまったが、彼と入れ違いで一通の手紙が暮夜ぼや宛に届いた。


 「猫の国からだ」暮夜ぼやは手紙の匂いを嗅いだ。「たぶん集会の召集だろうな。なにが書いてあるのか読んでもらってくる。お前も来い」と息子に言う。


 「はい」命は頷いた。


 二匹は郵便屋へ行って手紙を代読してもらった。


 「〇月×日に集会を行う。一族の者は参加すべし」代読師は言った。「以上」


 「それだけか」暮夜ぼやは呆れた。「まぁ。代読されると分かっている手紙に余計なことは書かねえか」


 「そうですね」


 「今年は参加するしかねえな」暮夜ぼやは神妙な面持ちになった。


 「俺も行きます」命が言った。「なにか姐さんに繋がる情報があるかもしれません」


 「あぁ。向こうに行けるように、うららを説得しないと。多分一緒に行くって言うだろうが」


 道場に帰り、うららに猫の国へ行くと伝えると、案の定夫婦喧嘩が始まってしまった。そして結果的に暮夜ぼやが言った通り、うららと子供たちも付いて行くこととなった。

 



  一行は集会が開かれる前日に猫の国へ到着するようメディウを出発した。子供三匹を連れた旅路は簡単なものではなかったが、なんとか予定通り猫の国へ着いた。


 暮夜ぼやは自分が国に入れるのか心配していたが、猫種であるため入国は許された。次に心配だったのは城の中に入れるかということだった。


 「いらっしゃい。待ってたわ」有難いことに、城の門の前で外套姿の暈陰雲ういだれが待っていた。「みんな揃ってきてくれたのね。嬉しいわ」彼女は一年経っても変わらず優しく出迎えてくれた。


 「ういさま。お久しぶりです」暮夜ぼやは深々と頭を下げた。「出迎えありがとうございます」


 「本当に久しぶりね暮夜ぼや。今年の集会には参加するんじゃないかと思って、ここであなたを待っていて正解だったわ。


城の門番には私が話をつけておいたから、遠慮せず城に入ってね。それとお兄さまにも聞いておいたわ。あの手紙の件」つむぎが書いた手紙のことだ。「まぁ、それは後で話しましょう」


 「手間かけてすんません」暮夜ぼやは申し訳なく言った。


 「いいのよ」暈陰雲は微笑む。その姿はどこか以前より逞しく見えた。「子供たちはとても大きくなったわね」とうららと子供たちに挨拶する。


 「暈陰雲さま、どこかお変わりになられたでしょうか?」命はこっそり暮夜ぼやに尋ねた。


 「あぁ。俺もそう思った。以前のういさまなら門番に指示したり、オヤジと話したりなんてしなかったはずだ。子供が生まれて、ういさまにも色々と変化があったんだろう」


 「そうですね」


 暈陰雲は暮夜ぼやと命を見る。「ねぇ。私の子に会ってくれる?」


 「はい。もちろん」暮夜ぼやは頷いた。命も倣う。


 「じゃあ二匹だけで来てちょうだい。うららちゃんと子供たちは私の家で待っててもらって」


 「はい」


 全員は城の門をくぐり、暈陰雲の家へ寄った。そのあと暮夜ぼやと命は暈陰雲に続いて城の裏手へと回った。城の裏には大きな蔵がいくつも建てられており、彼女はそのうちの一つの前に立った。


 「あま。入るわよ」暈陰雲は戸に声をかけたあと、鍵を開けた。


 蔵の中は狭く、寝床がひとつあるだけで他には何も置いていなかった。屋根に近い位置に小さな窓があり、微かな月明りを招き入れている。その月明かりに反射して蔵の奥に小さな二つの目が現れた。


 「大丈夫よ。何も怖くないわ」暈陰雲は奥にいる目に話しかけた。「そっちに行くわね」と中へ入る。


 暮夜ぼやと命は入り口からその様子を見守った。


 蔵の奥にいたのはとても小さなメスの子猫だった。隅に蹲って震え、こちらの様子を伺っている。


子猫は白と黒の毛色で、目から上は黒、鼻から顎にかけて山の形のような模様の白い毛が生えていた。桃色の鼻。耳は尖った三角形。丸く大きな目は子猫なので青と黄色の中間色をしていた。白く長いヒゲ。


頭の形は逆三角に近い。体は小さく、痩せ型。胸元に白い毛がある。両足と右手の指だけ白毛だが、左手は肘の辺りまで白かった。全体的に見ると黒毛の割合が多い。長めの尾がその体に巻き付いていた。


 「今日は調子が良さそうね」暈陰雲は娘の側に座った。


 「かか…?」子猫が高い声で小さく尋ねる。


 「そうよ。あなたのかかよ」母は自分の尾を子供の背に添わせた。「かかのお友達を連れてきたわ」と入り口にいる二匹を指す。


 「とと…?」小さな猫は母を見上げる。


 「ととは今お仕事中なの」暈陰雲は大柄な黒猫を指す。「あの猫は暮夜ぼや


 「ぼ...や?」子猫は暮夜ぼやを見るとうぅと怯え始めた。


 「大丈夫よ。あの猫はああ見えてとても優しいの。あなたの伯父さまとは違うわ」我が子を宥める。「隣にいる三毛猫は命よ」


 「み…こと…?」子猫はじっと命を見つめる。


 「そうよ。命。彼もとても優しい猫なのよ」


 「い…。いやだ…」とつぜん子猫の震えが激しくなった。呼吸も早くなる。


 「大丈夫。大丈夫よ。何もしないわ。何も怖くないのよ」母は子を落ち着かせようとする。


 「やだ!やめて!」小さな猫は甲高い声で叫ぶと、小さな牙を露わにしてシャーと威嚇した。「あっち行って!来ないで!」


 暈陰雲は立ち上がった。「ごめんなさい。離れてくれる?」とオス二匹に言う。


 暮夜ぼやと命は素早く蔵から離れた。


 「大丈夫。何もしない。約束するわ。怖くない。ほら、もうかかしかいないわ」暈陰雲が娘を宥める声が聞こえてくる。


 「あっち行って!!」子猫は吠える。


 「わかった。ごめんなさい。すぐに出て行くわ」暈陰雲も蔵から出てきた。戸を閉め鍵を掛ける。


 「大丈夫ですかういさま?」暮夜ぼやが尋ねる。


 「えぇ」暈陰雲は傷心気味で微笑んだ。「しばらくしたら落ち着くと思うわ。行きましょう」


 「はい」


 三匹は暈陰雲の家に向かって歩いた。


 「あなたが入っていた蔵もあそこだったわね」暈陰雲は甥の暮夜ぼやに言った。「あの子、少し驚いただけなの。ごめんなさいね」


 「俺は気にしていませんよ」暮夜ぼやは叔母を慰める。「俺のほうが手がかかって、沢山の猫を傷つけましたから」


 「ありがとう」暈陰雲は深いため息をつく。


「娘に会ってくれて嬉しかったわ。あの子は一日のほとんどをあそこで過ごしていてね。会いに行くのは私と樋成ひなりさんと、使い猫の萌零陽もれびちゃんだけだから寂しい思いをさせているの。


お友達だっていなくて…。本当はあなたの子供たちを遊ばせてあげたいんだけど、もし暴れて怪我させちゃったら大変でしょう?」


 「うちの子はそんなやわじゃありませんよ」暮夜ぼやはガハハと笑い、叔母の憂いを吹き飛ばそうとした。「毎日のように暴れ回って怪我だらけですから。なんてったって俺の子ですよ?こっちがあの子に怪我させないか心配です」


 暈陰雲は小さくふふっと笑った。「うちの娘は調子がいい時は本当にご機嫌でね。でも時々ああして不安になったり、驚いたりすると叫んでしまうの。怯えるだけで誰かを傷つけたことはないんだけど、心配でね…。


あの子が泣いたり不安定になったりするのを見ると理解してあげられなくて悔しいし、なにもできなくて辛いの。変わってあげたいわ」淡い黄色の目に涙に濡れる。


 「きっとあの子も良くなりますよ。俺のように」暮夜ぼやは励ました。


 「そうね…。そうだといいわね」暈陰雲はそう言いながらもうつむいた。「でも…。良くならなかったら?もしこのまま治らずに、ずっとあそこにいることになったら?それよりも、あの子が長生きできなかったら…」彼女の声に重い苦悩が重なった。


 「ういさまは血迷いだった俺を助けてくださいました。暴れている時の記憶は曖昧なのに、ういさまがこっそりと蔵に来てくださったときのことは今でも覚えています。


ういさまといると心が安らいで、穏やかな気持ちになれました。だからあの子もきっとういさまの優しさを受け取っていますよ。きっと良くなります」黒猫は頼もしく言った。


 暮夜ぼやが生まれて間もなく血迷い症を発症したとき、親族の中で唯一暈陰雲だけが暮夜ぼやに会いに行っていた。暮夜ぼやの話し相手となり、暮夜ぼやも暈陰雲だけには気を許して暴れることはなかった。


 「私も必要のない子だと言われてきたの」暈陰雲は話した。「一匹ぽっちで寂しかった。だから私にとってもあなたが必要だったのよ。あなただけが私の友達だったわ暮夜ぼや」甥っ子を見る。


 「ういさまには本当に感謝しております。貴女がいなければ、俺はとっくにあの蔵で死んでいたでしょう」暮夜ぼやのしかめ面が和らいだ。


 「私もよ」と微笑み合う。


 「あの子を蔵に入れてどのくらいになります?」暮夜ぼやは幼い従妹いとこを想った。


 「数か月になるわ。生まれてすぐは穏やかだったんだけど、段々とあんな感じになって」蔵のほうを振り返る。


「でも一歩も外に出られないってわけじゃないわ。私や樋成さん、萌零陽ちゃんが自由に出入りできているし、調子が良い日は散歩することもできているの」


 「よかった。改善されてるんですね」血迷い症の経験者は安堵した。「俺のときは一歩も出られませんでしたから」


 「えぇ」頷く。「暴れる可能性がないわけじゃないから、完全に自由にはできないとお医者さまとお兄さまに言われたわ。私も蔵に入れておくことが絶対悪だとは思ってないの。私の子のせいで誰かに迷惑をかけたり、怪我をさせたりするのは嫌だから。もしそうなったら娘自身も傷ついて後悔すると思うの」


 「そうですね。俺もそうすると思います」暮夜ぼやは同意した。


「蔵にいるときはそんなこと考えられませんでしたが、こうして成猫になって、子供たちの親になって改めて思います。誘夜オヤジ終夜じいさんのことは好きになれませんけど、俺を蔵に入れたことは非難しません」


 「そうね」暈陰雲は賛同を得られてホッとした様子を見せた。


「あ、ここだけの話なんだけど」声を潜める。「可惜夜あたらよ一族の中で血迷い症になる子が増えているみたい。終夜よもすがらお父さまのご兄弟もそうだったって。


暮夜ぼやに、私の子、それに暁星ぎょうせい兄さまの最初の子も血迷いが原因で亡くなっているわ。若月わかつきの子にも少し症状がみられたし…」


 暈陰雲の父親は先代お頭の終夜よもすがらである。彼には弟と妹が複数いたが、そのうちの二匹が血迷い症が原因で亡くなっている。


終夜よもすがらには子が四匹おり、現在のお頭の誘夜いざよい、第二子の我美がび、第三子の暁星ぎょうせい、第四子の暈陰雲となっている。第三子の暁星には子が二匹いたが、最初の子は血迷い症を発症し、暴れて城から脱走した。そののち近くの町の外れで亡くなっているのが見つかった。


 第二子の我美には子が二匹おり、長子は現在の若頭である極夜きょくや、末子は若月わかつきである。末子の若月にも子が複数おり、そのうちの一匹が軽い血迷い症の症状を見せたが、現在は回復している。


 「例え血迷い症でも私は自分の子が可愛くて仕方ないわ。だから…。きっと大丈夫よね」暈陰雲は気丈に言った。


 「そうですよ」暮夜ぼやは頷く。「なぁ。命?」と息子に聞いた。


 「はい」黙って話を聞いていた命も頷いた。「あの子はとても強い子です。元気で美しくて…。きっと良くなりますよ」


 「ありがとう」暈陰雲はその淡い黄色の目から澄んだ雫をこぼした。



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