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九月 その四

-前回-

犯罪者集団の骰狗が再び動き出しているとの情報を禅から聞いた命。行方不明になった照が骰狗に捕まっているかもしれないと考え、命たちは猫の国で何か動きがないかと暈陰雲に手紙を書いたのであった。


  さらに翌日、光石祭がやってきた。この日は道場も休みとなるので、命とつむぎは一緒に大通りへ出かけた。大通りには出店が溢れ、あらゆる動物たちでごった返している。


 「去年同様、すごい数ですねぇ」つむぎはあちらこちらで潰されそうになりながら歩いた。


 「気を付けてくださいつむぎさん」命は小さな犬の手を引いた。


 「あ!」小犬はご自慢の鼻をひくつかせる。「青リンゴ菓子が売ってますよぉ!食べましょう!」


 つむぎは大きな体の三毛猫を引っ張りながら匂いの元を辿り、青リンゴ菓子の売っている店に着いた。


 「青リンゴ菓子を二つください!」つむぎは店主に言ってもんを払い、青リンゴ菓子を二つ受け取ると、大きいほうを命へ差し出した。「はい!」


 「俺は小さいほうでいいですよ」命は小さいほうを取った。「ありがとうございます」


 「わぁい!いただきます!」つむぎは大きい青リンゴに齧りつく。「美味しいですねぇ。とっても甘いです」とシャクシャク。


 「そうですね」命は青リンゴを見つめた。照の目とよく似た瑞々しい色。一年前の同じ日に彼女も嬉しそうに青リンゴに齧りついていたことを思い出す。今年も当たり前のようにその姿が見れるものだと思っていた。今年だけでなく毎年ずっと。


 「姐さん…」と小声で一匹ごち。


 「ごちそうさまでした!」小犬はあっという間に青リンゴ菓子を平らげた。「あれ?食べないのですか?」と命の青リンゴを指す。


 「えぇ。よければどうぞ」感傷に胸が潰れ食べる気になれなかった。


 「いいんですか?じゃあ遠慮なく頂きます!」つむぎは青リンゴを受け取る。「いただき…。ん?なんだか向こうのほうから美味しそうな匂いが…」と鼻を利かせる。


 「そういえばつむぎさん。こんなに大勢の中にいて大丈夫なのですか?匂い酔いしてませんか?」


 「平気です!匂いの訓練もやりましたから!」誇らしげな顔をする。「以前は気にしないように集中しないといけませんでしたが、訓練を積んだ今!匂いを全て拾わずに受け流す技術を身に着けました!」


 「それはすごいですね」命は驚く。「そんなことが可能なのですか?」


 「はい!」へへっと笑う。「僕、とっても悔しかったんです。照さんを見つけることができなくて。匂いに酔ってたらなんにもできないなって。これじゃ警察犬になっても役に立たないなって。


だから頑張ったんです!高いところはまだちょっと怖いけど、これから克服するつもりです!警察犬になるために!照さんを見つけるために!」


 「つむぎさん…」命は感傷していた胸の内で涙を流した。こんなに小さな犬が自分と同じように悔しい思いをして、照を見つけようと努力してくれたことが嬉しく、心強くもあった。


 「あの!僕、お頭の演説というものを見てみたいのですが!」つむぎは青リンゴ菓子に齧りつきながら好奇心を輝かせた。


 「行ってみましょうか。ここからなら白組の演説場が近いですよ」


 「はい!」


 二匹は行き交う動物を避けながら大通りを進み、街で一番大きい広場へ向かった。そこには猫を中心とした動物が多く集まっており、みな同じ方向を向いていた。


視線の先には地面より少し高くなっている舞台が設置されており、その上では茶毛のオス猫が立って大声で話をしていた。


 「ぜひ猫又ねこまたさまに投札とうさつを!皆様でこの街をより良く、より安全に住みやすく、より豊かにしていきましょう!素晴らしく平和な国へ進化させましょう!」


 「あの方が代理の猫さんですか?」つむぎは精一杯背伸びをし、頭をフラフラさせながら舞台に上がっている猫を見た。


 「そうです。いつも何かあるときはあの方が猫又さまの代わりに面前に出られます」命は説明した。


 「なぜ猫又さんが演説しないんですか?お頭なんでしょ?選挙なんでしょ?」小犬は純粋に質問する。


 「猫又は高齢だからな」命とつむぎの前に立っていた犬が振り返って言った。「デカい声が出ないんだろうよ。噂じゃかなりのヨボヨボらしいぜ」


 「へぇ~」つむぎはその犬を見上げる。「姿を現すのは珍しいことなのですか?」


 「あぁ。猫又が白組のお頭になってもう何年にもなるが、ほとんど誰もその姿を見たことがない。あの代理を猫又だと思う奴もいるくらいだ。それなのにこの盛況。すごいやね」犬は集まっている動物たちを見る。


 「確かに大評判ですねぇ」つむぎもキョロキョロする。


 「猫又が特異だの混血だのって噂もあるぜ。酷い面だって言ってる奴もいたな。それも子供が泣くくらいの怖え面」犬はつむぎに向かってしかめ面をした。


 「うぐぅ…」つむぎは耳を下げる。


 「でも心根は優しいとかで。だから支持されるんだろうな」犬は乾いた声で笑った。


 「ほぉ!」優しいと聞いて元気になる小犬。


 「つむぎさん。そろそろ桜組のほうへ行ってみましょうか」命は促した。


 「あ、はい!失礼します!」つむぎは前にいる犬に言った。


 二匹が歩き出そうとすると、どこからともなく大柄のオス犬が現れて命の前に立ちはだかった。白と茶の毛色。命よりはるかに大きな体に巨大な手足。垂れた耳は黒く、顔の皮膚も垂れ気味だった。大きな口に眠そうな目。


 「そちら、夜の探偵事務所の方か?」大きな犬は低い声でゆっくりと言った。


 「は、はい。なんでしょうか?」命は身構えた。夜の探偵事務所と言われたのは久しぶりだった。


 「おいどんは猫又さまの護衛をしているだ。猫又さまがあんたを呼んでる。一緒に来てもらおう」


 「え?」命は耳を疑った。「猫又さまが?俺を?なぜ?」と混乱する。


 「四の五の言わずについてくるだ」大きな犬は歩き出した。「あ、そっちの小さいのは駄目だ」とつむぎを指す。


 「僕?」つむぎは耳をピンと立てる。「えぇ?なんで駄目なんですか?」


 大きな犬は何も答えず歩いて行く。


 「つむぎさん。ここで待っていてもらえますか?」命は言った。


この大柄な犬だけでなく、他にも命とつむぎを見張っている者の気配がしたので、ここは言う通りにした方が安全だと命は考えた。「必ず戻ってきますから」


 「分かりました。待ってます」命の表情を見て何か察したのか、つむぎは素直に頷いた。


 命は怪しみながらも大柄の犬に付いて行った。大型の犬は広場のすぐ近くにある木造の建物へ入っていく。


その建物は探偵事務所と似た作りをしていて、三階建ての目立たない外観をしていた。建物の戸をくぐるとすぐに階段が現れ、大柄な犬はその階段を一番上まで昇り、狭い廊下を抜けて角の部屋に入った。


命も続いて入る。部屋は広く、複数の犬猫がいた。入ってきた命たちを一斉に見る。


 命はピリピリとした殺気を感じ、いやでも毛が逆だった。この部屋にいる犬猫たちはみなその道の手練てだれあることが伺え、命の一挙手一投足をじっと見張り、少しでも何か変な動きをすると、問答無用で飛びかかって来そうな雰囲気を漂わせていた。


 「お連れしました」命を案内した大柄の犬は部屋の戸を閉めると言った。


 「ご足労頂き感謝する」枯れの入った癖のある声が部屋に響いた。「皆の衆、お客をこちらへ通してくれ」


 部屋にいた犬猫たちが一斉にゴソゴソと動いた。命の前に一本の道ができる。部屋の奥に大きな窓があり、その前に探偵事務所に置いてあるようなふかふかとした椅子が命に背を向けた状態で置いてあった。


 「近こう寄れ」声はその椅子からしている。


 「あの…」命は戸惑った。


 「構わん。はよ来い」


 「……はい」三毛猫は恐る恐る椅子に近付いた。周りにいる犬猫の視線が針のように突き刺さる。


 「急に呼び出して悪かったの。驚いたであろう」命が椅子の後ろに立つと声は言った。


 「はい…」命は背もたれ越しに座っている動物を覗き込もうとした。犬や猫のような立ち耳がチラリと見える。


 「お主の姿がここから見えたものだからな」短い手が椅子からはみ出る。その手は大きな窓を指した。窓からは演説場が見える。「この機に話をしておこうと思っての」


 椅子に座る動物はゆっくりと振り返った。


 「え?」命は姿を目にし唖然とした。


 その動物はふくふくとした体つきの猫で、三色の毛を持っていた。白と黒と橙。


 「三毛猫の…オス?」命は思わず呟いた。


 「左様。吾輩は猫又である。白組のお頭よ」


 猫又は三色の毛を持つ猫種であった。命よりも黒と橙の割合が多く、その毛並みはやや緩いが高齢には見えない見た目だった。


丸々とした顔にぷっくりとしたヒゲ袋。短いヒゲ。鼻は桃色。笑っているような口元。目は閉じているのか細いのか一本の線のように見えた。丸い体に短い手足。


 「お主は命じゃな?あの探偵事務所の」猫又は癖のあるしゃがれた声で尋ねた。


 「はい...」命は控えめに頷く。この街で自分以外に三毛猫のオスがいるとは知らず、呆然となった。 


 猫又は丸いお腹を揺らしてふぇふぇと笑った。「この街に三毛猫のオスはお主と吾輩しかおらん。いつか会って話がしたいと前々から思っておったのよ」


 「あ...。知りませんでした。まさか白組のお頭が...」


 「だろうな。吾輩は保身のため表には出ん。もう長い年月を生きた老いぼれ故、身軽には動けんし、目もあまり見えておらんのでの。お主のように強くもない。この意味、お主なら分かってくれるだろう?」


 「えぇ...」命はまだ自分の置かれている状況を飲み込めていなかった。


 「あそこにおるんは、」猫又は窓の外、広場を指した。「吾輩の倅。ずっと代理を任せてある」


 「息子さんですか!?」命は仰天する。「ではお子さんが...」


 「そうじゃ」白組のお頭はゆっくりと頷くと、これまたゆっくりと立ち上がった。背は低いが尾は長く、先端が二股に分かれている。「とても幸運なことに、吾輩には子が成せた」


 「そう...なのですか...」動揺して目が泳ぐ。同じ三毛猫のオスでも命は子を成すことができない。


 「欲望にそぐわないからといって、己の体を恨むでないぞ」猫又は短いヒゲを撫でる。


「吾輩とお主は違う猫なのだからな。生き方が違って当然。それで己の全てを嫌うと生きづらいだけじゃ」


 「は、はい」命は動揺の中でもどことなくこの猫が相棒に似ていると感じた。


 「して、お主をここに呼んだのは挨拶のためだけではない」猫又は長い尾をゆったりと揺らした。


 「なんでしょう?」


 「吾輩は選挙に出るわけだが、選ばれた暁にはこの身を住民の前に晒そうと思っておる」


 「え?それはなぜですか?」


 「お頭がいつまでも引きこもっているわけにはいかんだろう。姿を見せ、信頼を得るのだ」


 命の頭に疑問が浮かんだ。信頼を得たいのなら今の内から姿を見せておけばいいのでは?


 「吾輩が三毛猫のオスだと知られたら妨害が入るだろう」猫又は命の表情を見て察したのか答えた。「住民の前に姿をさらす予定だが、そう何度も表には出ないつもりだ」


 「そ、そうですか」考えていることを読まれて命は再び動揺した。「それで…。俺に何か?」


 「うむ」猫又は微笑んでいるような口元をさらに上向かせた。


「吾輩たちは貴重な存在ゆえ、共に協力したいのである。こうして知り合えたのも何かの縁。今後も何かあったときに吾輩の助けとなって欲しいのだが、いかがだろう?」


 「俺が…?」命はぼんやりとなった。情報量が多く頭の整理がつかない。


 「見ての通り吾輩は老いぼれ。若いお主と交流を持ちたいのよ。ただそれだけだ」分かりやすく言い直した。


 「それは、えぇ。はい。俺にできる事があるならお手伝いしますが…」善意からの言葉だった。今まで探偵の助手として生きてきたため、誰かを助ける精神が身についていた。


 「よろしい」猫又はぷっくりとしたヒゲ袋をさらに膨らませた。「それからお主、冴夜さよ殿が始めた探偵事務所におったのよな?そこの娘の助手をしていたとか」


 「は…ぁ」命はむず痒い奇妙さを覚え、曖昧に返事をする。


 「しかし今は事務所を閉めておる。冴夜さよ殿も照殿も行方不明とか」


 「あの、」むず痒さが限界を超え、口に出た。「なぜそこまでご存知なのですか?」照が行方不明になったことはごく親しいものしか知らないはずだ。


 猫又はふぇふぇと笑った。「吾輩はこの街のために身を尽くしておる。ありとあらゆるところから情報を得て、なんでも知っておるのよ」


 「なんでも?」


 「その通り。なんでも」


 「では…。姐さんの、その娘さんの居場所もご存知だと?」白組のお頭ともなればこの街の隅々まで知っていてもおかしくはないかと命は納得し、期待の眼差しで猫又を見た。


 「否。残念ながらそうした者の行方は追えておらん」長い尾をゆったりと振る。「見つけられず非常に心苦しいと思っておるのよ」


 「そうですか…」流石にそこまではできないかと落ち込む。


 「しかし故意に身を隠す者もおるゆえ」猫又は力強く同柄を励ました。


「あまり悲観的になるな。吾輩がこの街のお頭になれば警察を完全に管轄に入れる。この街の治安も良くなると約束しよう。お主の相方も見つける」


 「本当ですか!」命の胸に小さな希望の光が芽生えた気がした。


この一年ずっと照を探し続け、時には諦めのような感情も湧いて出てくることもあった。だがこうして白組のお頭という大きな存在に協力してもらえるのなら、照もすぐに見つかるのではないかと前向きになれた。


 「あぁ。同じ三毛のよしみ。困ったことがあればいつでも力になろう。そこにおる犬に、」と命を連れてきた大柄の犬を指した。「手紙やらゾエナやらを出せば吾輩に繋がる」


 「ありがとうございます」命は深々と頭を下げた。「喜んで猫又さまのお手伝いをさせてください」今度は善意ではなく心の底からの言葉だった。


 「うむ。では祭りに戻るといい。吾輩が三毛のオスであること、ここでの会話は他言無用である」


 「はい。失礼します」


 命は信じられない気持ちでつむぎの元へ戻った。

 


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