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九月 その二

照が行方不明となってから一年が経った。警察採用試験を受けにきたつむぎと再会し、命はつむぎと一緒に禅の家へお邪魔してこの一年のことを報告し合うのであった。


 「なんですか?」禅が言った。


 「お頭が決まったら、そのあとはもうずーっとその方がお頭なのですか?」つむぎが聞く。


 「いいえ。四年に一度、選挙が行われる予定です」


 「へぇ~」


 「犬の国では五年に一度でしたね」禅は小犬に確認した。


 「そうです!」つむぎは三毛猫を見る。「猫の国では選挙がないんでしたっけ?」


 「はい。猫の国では可惜夜あたらよさまの子孫がお頭になる決まりですので、選挙はありません」


 「わぁ。それぞれ違いがあって面白いですねぇ。ところで、どうして四年に一度なんです?」小さな犬は大きな狼犬に尋ねた。


 「多様な種がいますから需要も様々。寿命も様々です。そのくらいの期間で選挙を行ったほうが良いと判断されたのでは?」禅は推測した。


 「へぇ~。メディウみたいな街って他にもあるんですか?」若いつむぎの柔らかい脳は溢れ出す疑問を止められなかった。


 「ありますよ。噂程度は耳にしますが、このメディウが一番栄えているようです」と禅。


 「行ってみたいなぁ!どんなところなのかなぁ!」好奇心をその丸まった尾に表す。


 「やめておきなさい」禅は少し厳しく告げた。「そこが安全かどうか分からないでしょう。あなたのような小さな犬は、大きな動物に敵いませんからね、行ってこてんぱんにされたくないでしょう。世の中には己の適所というものがあるのです」


 「己の適所?」つむぎは振り回していた尾を下げた。


 「はい。誰にでも己の役割と適所があるのです。我はこの街に来て己の居場所を見つけました。犬の国では得られなかった充実を感じています。自分がその場に生まれたからといって、自分の適所もそことは限りません。あなたにはまだ分からないでしょうが」


 「なんでそんなこと言うんですか!分かりますよ!」つむぎはプンスカと怒った。「僕の居場所はこのメディウです!」


 「しかし行った場所でいのちを落すことにはなりたくないでしょう」禅は先ほどみことに見せた優しさとは真反対に冷たくなった。


「この世界のどこかに闘技場という場所が存在すると聞きます。そこでは多種多様な動物が集まって、しの戦いが行われます。負けは死を意味する。大抵勝つのは体が大きく力の強い動物です。我々犬猫は相手にもなりません。


いくら鼻が良かろうと、頭が良かろうと、肉体的な戦いの前ではなんの役にも立ちませんから。結局は力のあるものが勝つ仕組みになっています。あなたはそうなったとき、勝てるというのですか?」


 「それはその闘技場の話であって、メディウではありませんよね!確かに僕は体が小さくて弱い動物ですけど、禅さんや命さんのような心強い仲間がいます!それに僕ならこの鼻を使ってメディウで活躍できますよ!」


 禅はため息をついた。「いつまでも我があなたの側にいると思わない事です」左右色の違う目を鋭くさせる。


「メディウは今後、安全な街とは言えなくなります。あなたのような小さな警察犬は足手まといになるだけです」


 「酷いです!」つむぎは叫んだ。「戦えなくても僕にはこの鼻でできる事があります!この鼻が役に立つって言ったのは禅さんじゃないですか!どうして今更そんなこと言うんですか!?僕、禅さんに憧れていたのに!」傷ついた小犬は黒い目に涙を溜める。


 「聞かん坊ですね。我に失望したというなら国に帰りなさい。今ならまだ間に合います」


 「いやです!僕はここで警察犬になるんです!」つむぎは大声で吠える。


 「やめておきなさい」禅は小犬から目を逸らした。


 「……っ!もういいです!禅さんのわからず屋!」つむぎは甲高い声で吐き捨てると、禅の家を飛び出して行った。


 「つむぎさん!」命は追いかけようと立ち上がった。


 「命さん」禅が止める。


 「なんですか?」三毛猫は苛立ちの視線を狼犬に送った。「なぜあのようなことを?つむぎさんの鼻の良さは禅さんもよくご存じのはずだ」


 「えぇ。十分に理解していますよ」禅は座ったまま静かに言った。


 「ならなぜ?」


 「もちろん安全のためです」彼は俯き加減で話した。


「警察犬になると決めたとき、極悪非道の所業を見ることになると、ある程度の心積もりはしていました。そしていま警察という組織に入って早一年。実際に我はその所業の数々を目にしてきました」


大きなため息をつく。


「現実を突きつけられるとあまりにむごく、酷いものです。どうして助けられなかったのか、解決できなかったのか、毎日毎日考えてしまいます。特に悲しんでいるご家族を前にすると胸が張り裂けそうになるのです。家に帰っても辛く、休まりません。


それでも我は警察を辞めようとは思いません。ずっと憧れていた職ですし、諦めたくないと思っています。


しかし命さん。考えてみてください。あのつむぎのことを。あんなに小さくて純粋無垢な子を、我はこんなに厳しく危険な世界に招き入れたくはないのです」


 「禅さん…」命は狼犬の心情を汲み取った。命も今まで探偵の助手としてこの街で色々と見てきた経験がある。その中には確かに目も当てられないほど残忍な事件もあった。


 「つむぎの鼻は本当に優秀です。あれが犯罪解決の役に立つことも分かっています」禅は続けた。


「きっとあの子の鼻は有名になります。ですがもし、それを悪党に知られて悪用されたら?もしつむぎが一匹で街を歩いている時に、悪党に捕まったら?体の小さなあの子が誰に勝てるというのです?


相手は一匹ではなく複数かもしれない。捕まった挙句に殺されてしまったら?悪党は慈悲などありません。あんな幼い子を…」


禅は悲しく首をゆっくりと振った。


「最近こんなことばかり考えてしまうのです。だからつむぎのためにも、あの子は犬の国にいたほうが安全です。警察ではなく家業を継いで欲しい。我はあの子に、ただ日々を楽しく幸せに生きていて欲しいのです。


我がその鼻を活かそうと言ってしまったばかりに、こんな世界に引き込んでしまって…。責任の重さを実感しています」深い後悔をその目に映す。


 「お気持ちは分かります」命は優しく言った。「ですが、つむぎさんは警察犬になるために今まで一生懸命頑張ってきたんですよ?危険があることも承知しているでしょう」


 「えぇ。そうでしょう。酷いことを言ったという自覚はあります。それに今さらあの子に何を言っても無駄だということも分かっています。それでも、」禅はつむぎが開けた戸を見た。


「それでも大事な弟分を守りたいと思うのは悪いことでしょうか?」


 「……いいえ」命は一瞬、この狼犬に照の面影を見た気がした。


 「命さん」禅は三毛猫を見つめる。「この街の治安は悪くなるばかりです。今まで裏通りで起きていたことが徐々に表にも滲み出てきているんです。暴力、窃盗、誘拐、殺害、賭博、闇市…。毎日何かしら起きています。あなたもお分かりのはずだ」


 「はい。分かっています」命は一度拳をギュッと握りしめたあと解放した。「しかしつむぎさんにあの言い方はどうかと…」


 「そうですね。反省しています」大きな耳を下げる。「あとで謝りに行きます」


 「はい」


 禅は居を正した。「ところで命さん。ひとつ提案してもよろしいですか?」


 「なんでしょう?」命は座った。


 「今は道場のお手伝いをなさっているのですよね?」


 「そうです」


 「よろしければ、警察の試験を受けてみてはいかがですか?」


 「え?」命は驚いた。「俺が警察に?」


 「はい。命さんは力もありますし、戦い方も承知しているでしょう。経験もあってこの街のこともよくご存じだ。そんな方が来てくださったら我々はとても助かります。


それに照さんを探す手掛かりが掴めるかもしれない。つむぎには来るなと言っておいてなんですが、いかがでしょうか?」


 命はすぐに首を振った。「俺は警察にはなりません。道場で手伝いをしていても、俺はまだ姐さんの助手ですから」


 狼犬は頷いた。「そう仰ると思いました。愚問でしたね。失礼しました」と軽く頭を下げる。


 「いいえ…。俺は、助手として姐さんを見つけて償いたいのです。今ここで俺が諦めてしまったら、それこそ姐さんに顔向けできません」命にも助手としての矜持があった。


 「分かりました」禅は大きな耳を立てる。「照さんのことですが、匂いを消して出掛けたのには何か理由があるのでしょう。その出かけた先でかどわかされたという線はないのですか?」


 「姐さんが攫われたと?」狭い額にシワを作る。「その線は親父たちとも考えました。しかし俺だけではなんの手掛かりも得られていない状態で…」


 命は何度か裏通りへ行って照を探したことがあったが、あそこは元々の治安の悪さと悪事の数が多く、どの事件が照に関係しているのか分からなかった。何か照に繋がる情報があったとしても信憑性が薄く、命には入り込めないような場所もあって裏通りでの捜索は難航していた。


 「最近、骰狗こうくが動いているという情報が警察に入ってきています」禅は低く重たい声で告げた。「はぎの一派も復活したとか」


 「え…」オスの三毛猫は短いヒゲを立てた。体の底から沸々と恐怖がこみ上げてくる。


闇市で自分を売った奴らが、冴夜さよが月日をかけて潰した奴らが戻ってきた。


 「行方不明になった動物がいると警察に相談に来る方も増えています」禅は言った。「そのほとんどが混血や特異です」


 「そんな…」己の過去を思い出し、そして照の身を案じ、命はぶるりと体を震わせた。「しかし…。姐さんがいなくなったのは一年も前ですよ?姐さんは混血でも特異でもない」


 「可惜夜あたらよ一族の方ではあります。それに冴夜さよさんの娘さんです」禅はその涼やかな容姿を一段と神妙にして言った。


「メディウの裏のこともよくご存知だ。照さんがいなくなったのが一年前でも、骰狗はその頃からどこかに潜んでいたのかもしれませんよ」


 命は固まった。一年前は骰狗になんの動きもなく、萩の一派もいなかった。だからその可能性はあまり考えていなかった。もし照が一年前既に骰狗に捕まっていたとしたら?だとしたら今ごろ…。


命は咄嗟に首に掛けている拡大ガラスに手をやった。自分で言ったじゃないか。この拡大ガラスは不意の出来事で飛んであの丸太に引っかかったのかもしれないと。その不意の出来事が骰狗だったとしたら…。


 激しい恐怖と後悔が命の胸を貫いた。


 「大丈夫ですか?」禅は心配した。


 「え、えぇ…」命は辛うじて頷く。


 「我は照さんのこともそうですが、他の行方不明になった方も探したいと思っています。なので命さん。先ほど警察に来ないかとお誘いしましたが、それが叶わずとも、もしよろしければ我々の捜査にご協力願いたいのです」正義感の強い警察犬は頼んだ。


 「俺に…?」三毛猫はまだ後悔から立ち直れず、禅の言葉に少々混乱していた。


 「はい。具体的に申し上げますと、可惜夜あたらよ一族の方に確認を取っていただきたいのです。骰狗から何か取引のようなものを持ちかけられていないかと」


 「取引?」


 「照さんを返す代わりに何かを差し出せ、といったような取引です。もし骰狗の所から照さんを見つけることができたなら、他の行方不明者も見つけられるかもしれません。もしくは何かしらの手掛かりが。いかがでしょう?」


 「そんなこと俺には…」混乱する命の頭に暮夜ぼやの姿が映った。「……分かりました。できる限りのことはします」


いつまでも呆然としていられない。命は照を見つけられる可能性が少しでもあるなら何でもやるつもりだった。


 「ありがとうございます。ではその程よろしくお願いします」


 二匹は別れのあいさつを交わし、三毛猫は道場へ帰った。




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