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八月 その四

-前回-

照を探しながらも、命とつむぎは依頼されていたモグ・モグ探しへ出かける。予想もしていなかった場所でモグ・モグを見つけたが、それと同時につむぎが何かを見つけ、取りに行くことになった。


 「まぁ!ハエちゃん!お帰りなさい!」命がモグ・モグの入った小さな箱を手渡すと、東風こちは細い尾を振って喜んだ。


「息子が泣いて喜びますわ。本当にありがとう」と子犬に言う。


 「良かったですねぇハエちゃん!」つむぎも丸まった尾を振った。「おうちに帰れるのが一番です!」


 「お時間がかかってしまい申し訳ありませんでした」命は言った。


 「いいのよ。こうして帰ってきてくれたんだから」東風こちは微笑む。「とても助かったわ。それでおもんは如何程?」


 「いいえ。今回は時間がかかってしまったので」命は遠慮しようとした。


 「そんな水くさいこと言わないで。これだけあればよろしいかしら?」東風こちは沢山の文が入った巾着を命に差し出した。


 「こんなに頂けませんよ!」と断る。


 「ずべこべ言わずに受け取ってくださいな。お気持ちだから」巾着を猫に押し付ける。「また何かあったらそちらにお願いするわね」


 「あ、はい…。ご依頼ありがとうございました。失礼します」助手はぎこちなく巾着を握り、東風こちに頭を下げた。


 二匹は東風こちの家をあとにし、事務所へ戻った。


 「つむぎさん。これを」命は東風こちから貰った謝礼のほとんどをつむぎに渡した。


 「えぇ!!」丸い目を大きく広げて驚く。「貰えませんよ!僕はただのお手伝いですよ!」と慌てる。


 「貰ってください。今回はつむぎさんおお手柄だったんですから」つむぎの小さな手に巾着を握らせる。「姐さんならきっとこうします」


 「うわぁ…」中身の詰まった重い巾着を眺めながら、つむぎは感嘆した。「初めてのお給料だ!わあい!」と喜ぶ。


 「見事な仕事ぶりでした。では沼に戻りましょうか」


 「はい!」


 つむぎは自分の部屋に巾着を仕舞いに行き、命は資料室で沼に行く準備をした。必要な道具を手持ちの籠に詰めて、つむぎと共に再び沼へ向かう。


到着すると、命は丸太があるほうへ光の石を入れた提灯を掲げた。落し物はまだそこにあり、キラキラと反射している。


 「うーん。ずいぶんと小さそうですね」つむぎは目を凝らす。


 「簡単に取れるといいのですが」命は持ってきた道具の中から首飾りを取り出した。


首飾りには植物のつるで作った網目状の球体が付いており、命は小さく砕いた光の石を球体の中へ押し込んだ。その首飾りをつむぎの首に掛ける。


 「これで見やすくなりますし、両手が自由に使えます」


 次に命は長い縄を取り出した。縄の端を自分に巻きつけて縛ったあと、近くの木の幹に回してから反対側の端をつむぎの体に巻きつける。


 「これで安全です」縄をきつく縛った。「準備完了です」


 「よぉし!行ってきます!」小さな犬はフンと鼻を鳴らして気合を入れた。


 「気を付けてくださいね。同じ場所に留まっているとどんどん沈んでいきますから、常に動き続けてください。動けなくなったり、足を取られたら合図をください」


 「はい!」


 小さく勇敢な犬は沼のほうを向くと、ひとつ大きく深呼吸をした。よしと小声で呟いてから、一歩ずつ足を踏み出す。足が沈む前に次の一歩を踏み、ゆっくりと前進した。


 「上手ですつむぎさん!その調子!」命は声をかけながら、つむぎと繋がっている縄を調節した。


 つむぎは重たい泥に手足を取られながらも確実に歩みを進めた。体重が軽く、手足も短いので深く沈まずに済んでいるが、筋力や体力があるわけではないので、すぐにゼェゼェと息を切らす音が聞こえてくる。


 「大丈夫ですかつむぎさん!あともう少しですよ!」三毛猫は励ます。


 丸太まであと半分のところまで来ると、つむぎは四つん這いになった。それでも前へ進もうとする気持ちは衰えず、まっすぐに丸太へ向かう。


そして根性を見せ、体のほとんどを泥まみれにしながらついに丸太の元へたどり着いた。


 「取りましたぁ!」丸太の節に掛かっていた何かを掴むと高く掲げる。


 「戻ってきてください!」命は縄を軽く引っ張った。


 「はぁい!」


 つむぎは行よりも時間をかけて戻ってきた。命は少しでも戻ってきやすいように縄を引き、つむぎが浅瀬まで来ると自分の縄をほどいて子犬に駆け寄った。


 「大丈夫ですか!?」命はつむぎの腕を掴み、抱き上げた。そのまま安全な場所まで運び、縄をほどいて横に寝かせる。


 「つむぎさん!」


 「はい…!な、なん…とか…」息切れで激しく胸を上下させながら、勇敢で度胸のある子犬はニコッと笑った。


「これ…くらい…は…お茶…の…子……さいさい…です!」


 「よく頑張りましたね」命はつむぎの顔に付いた泥を拭ってやった。「とてもよく頑張りました!」


 「やった…!とれ、ました…よ!」呼吸を整えながら泥まみれの手を突き上げる。


 「なにを拾ったんですか?」


 つむぎは手の中の物を命に渡す。


 命はその泥を払った。泥がなくなったそれは首飾りで、金の紐に丸い形の飾りが付いていた。


 「え…。まさか」嫌な予感がしてそそけ立ち、鼓動が速くなる。「そんな…」と呟きながら首飾りに土をかけてさらに泥を落とす。


 「そんな…」命は絶句した。首飾りに付いている飾りは、金縁の拡大ガラスだった。照がいつも身に着けていたもの。


 「あれ?それって…」つむぎは体を起こして命の手にある首飾りを覗き込む。


 「姐さんの拡大ガラスです。冴夜さよの旦那から譲り受けた…」


 「え」つむぎは固まった。


 つかの間、二匹に沈黙が訪れる。


 「え?まさか、そんなはずありませんよね?」子犬は沼を見る。「え?それって、誰か別の方の拡大ガラスですよね?」命を振り返る。


 「いいえ。これはガラス職の匠に特別に作ってもらったものです。旦那がその方を助けた際のお礼として。この世に一点しかありません」


 「じゃあやっぱり……」つむぎは耳を下げた。「照さんがここに?あそこに行ったってことですか…?」丸太を見る。


 「違います!」命は咄嗟に叫んだ。「姐さんがこんなところに来る必要なんてありません」


 「僕らと同じようにモグ・モグを探しに来たとか?」


 「あのモグ・モグが柔らかい土のほうが好きだったなんて、姐さんは知らないはずです。仮に知っていたとしても、ここに巣穴があったんですよ?」とハエがいた巣穴を指す。


「姐さんなら気付いたはずです。わざわざあんな奥まで行くはずありません!」必死に否定する。


 「ならなぜあそこに?」


 「……分かりません」三毛猫はうなだれた。「分かりません…。なぜ…」喉の奥から声を絞りだす。


 「命さん…」つむぎは悲しくなった。


 「姐さん。一体どちらへ…?」命は沼に向かって問いかけたが、虚しくもその声は沼の闇に沈み、何も答えてはくれなかった。


 二匹は意気消沈しながら事務所へ戻った。体を綺麗にして床につく。



  翌朝、命の首には綺麗にした拡大ガラスの首飾りがかけられていた。


 「昨晩中考えていたのですが、」命は起きてきたつむぎに言った。「この事務所は閉めようと思います」


 「えぇ!!」つむぎは仰天した。「急にどうしたんですか!?」


 「姐さんがいつ帰ってくるのか目途が立ちませんし、探偵のいない探偵事務所も成り立ちませんから。つむぎさんには本当に申し訳ないのですが…」


 「そんなぁ!僕ら二匹で頑張りましょうよ!ハエちゃんを見つけたじゃないですか!他のお仕事もきっとできますよ!」


 「いいえ。俺は探偵にはなれません。俺は姐さんのように上手くできないので、つむぎさんに仕事をあげられません。


つむぎさんも勝手が分かってきたとはいえ、まだ弟子になったばかりです。


なので警察犬を目指すなら、犬の国に帰って訓練なさったほうが、つむぎさんのためになるかと思います」助手は少しやさぐれた様子で言った。


 「でも…」子犬は耳を下げて落ち込んだ。「僕、やっとこの街に慣れてきて、初めてのお給料も貰えて、お仕事も成功したのに…」


 「本当にすみません」もうこれ以上は何も受け付けないと、命はただ頭を下げた。


 「……分かりました」つむぎは命の気持ちを汲み取り、こう言うしかなかった。「命さんはここを閉めたあとどうなさるのですか?」


 「俺は…。親父に頼んで道場を手伝わせてもらおうかと。この期に心身を鍛え直します」


 「そうですか…。じゃあ、僕は…。国に帰ります…。また来年の試験の時に、命さんとお会いしたいです」


 「はい」命は頷いた。「つむぎさん。これを見つけてくださってありがとうございました」と首飾りに触れる。


「つむぎさんが仰った通り、これは大切な物です。姐さんに繋がる手掛かりがひとつでも見つかってよかった。本当に感謝しています」


 「命さん…。やっぱり照さんは…」つむぎは黒い目に涙を溜める。


 「いいえ。俺はそう思いません」キッパリと否定する。


「なぜこの首飾りがあそこにあったのかは分かりませんが…。恐らく、何か…。不意の出来事で、首飾りだけがあそこに飛んで行ってしまったのではないでしょうか。


姐さんはきっと…。なにか理由があってあそこに行ったんです。恐らく…」うつむいて声がどんどん萎んでいった。


 「命さん…」


 「とにかく」三毛猫は顔を上げた。「俺はこれからも姐さんを探し続けます。姐さんは必ず帰ってきますよ」己をも励ますように言った。


 つむぎはそれを聞いてぐっと涙を堪える。「命さんがそう言うなら僕もそれを信じます」


 「ありがとうございます」


 「では…。帰る準備をしますね…。短い間でしたがお世話になりました」つむぎは頭を下げた。


 「はい。お元気で」


  子犬はその日の昼、命に見送られながら犬の国へ帰って行った。


 命は小さく立派な犬を見送ったその足で暮夜ぼやの道場へ向かう。


 「親父」


 「どうした?」鍛錬を積んでいた暮夜ぼやは、息子の顔をひと目見て、何か良からぬことが起きたのだと勘付いた。


 「事務所を閉めます。もう一度、ここで俺を鍛え直して頂けないでしょうか?」命はその場で膝をついた。


 「何を抜かす?」暮夜ぼやは予想外の言葉に魂消たまげた。「事務所を閉める?」


 「はい。これを見つけました」首飾りを見せる。


 「それは…」大きな黒猫はハッとなった。「照の…。どこで?」


 命は首飾りを見つけた経緯を話した。


 「俺は姐さんがあそこに沈んでいるとは思っていません。今もどこかにいらっしゃるはず。だから俺も、姐さんを探し続けます。そしてもっと強くなりたいのです」


 「命…」暮夜ぼやは息子の胸の内で燃える覚悟を見受けた。


 「親父。お願いします。俺をここにおいてください」頭を下げる。


 「……分かった。いいだろう」父は低い声で言った。自分にできる事はこのくらいしかないのだと暮夜ぼやも感じていた。


 「ありがとうございます。それと、もうひとつ」命は頭を上げる。「あのお話、お受けします。やらせてください」


 「…いいのか?」暮夜ぼやは瞳孔を細くさせた。「自棄になってるんじゃねえだろうな?あの話は俺の戯言ざれごととして受け流してもいいんだぞ」


 「いいえ。俺は確固たる信念を持ってお願いしています」


 「後悔するかもしれねえぞ」暮夜ぼやは再三確認した。


 「後悔など既にたくさんしています」命は腹を決めていた。「俺ならやれます」


 「……よし」



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