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八月 その三

-前回-

照を見つけるため警察に相談をしに行った暮夜。命とつむぎは病院を探し回ったが見つからず、道場で今後のことを話し合ったのち命は照を探し続けると決めたのであった。


  事務所へ戻った命はただひたすらに小さな黒猫の帰りを待ち、朝を迎えた。


 「命さん。おはようございます」眠い目を擦りながらつむぎが二階から降りてきた。


 一匹で思い詰めていた命は子犬の声にビクリとなった。窓の外を見て朝が来たことを知る。「おはようございます。つむぎさん、お体のほうはどうですか?」


 「寝れば良くなりました!」つむぎは耳をピンと立てた。


 「安心しました。寝起きで申し訳ないのですが、留守番を頼んでもいいですか?実は昨日、親父から面を貸せと言われていたのに帰ってきてしまって。今からなんの用か聞きに行ってきます」


 「分かりました!行ってらっしゃい!」


 「行ってきます」命は事務所を出て道場へ行った。


  「親父」朝練をしていた父に声をかける。


 「おう…」暮夜ぼやはぎこちなく息子を見た。「どうした?」


 「昨日はすみませんでした。あの…。二匹きりで話があると仰っていたのに帰ってしまったので」命も気まずくなる。


 「あぁ。そうだったな…」暮夜ぼや躊躇ためらった。「いや…。こんなこと言うのはバカげてるよな…」と小声で一匹言。


 「なんですか?」


 「昨日は俺も熱くなってあんなこと言っちまったんだ。気にするな」帰っていいと手払いする。


 命は何か重要なことではないかと予感し、父に詰め寄った。「教えてください。何か気になる事でも?」


 暮夜ぼやはため息をつく。「気になるというか…。ひとつ計画を思いついたんだ」


 「計画?」


 「あぁ」暮夜ぼやは考え込んだ。


 「教えてください」命は頼み込む。


 「……ちょっとこっちへ来い」と道場の外を指す。


 「はい」


 親子は道場の裏で何やら長い話し合いを済ませた。その後、命は事務所に帰った。


 「おかえりなさい!」つむぎは窓を拭いていた。「なんのお話だったんです?」


 「いえ、大したことではありませんでした」命はぎこちなく微笑む。


 「…ん?そうでしたか」子犬は小首を傾げた。


 「はい。今日の予定ですが、俺は今から姐さんを探しに行ってきますので、つむぎさんは休んでいてください。午後から一緒に探しましょう。そのほうが鼻に負担が少ないですから」


 「分かりました!」つむぎは小さな手を挙げた。



  その日から三毛猫と子犬は照を探し続けた。街のあちこちへ出向き、照に関する情報がないか聞き込みをする。似たような黒猫はみつかるものの、どれも照ではなかった。


命は彼女の片鱗さえ掴めず、この方法で探すのがあっているのか、そもそも彼女はこの街ではなく猫の国へ行ってしまったのではと思案した。ならば暈陰雲ういだれに手紙を出すか、自分が猫の国へ行こうかと悩んだ。


  「ごめんくださいまし」照がいなくなってから数日後の朝、事務所の戸が開いた。


入ってきたのは背の高い犬種のメスだった。羊種のようなクルクルとした茶色の毛にすらりと伸びた手足、黒い目に長めの鼻。垂れた四角い耳に細い尾。


 「東風こちさん。ご足労頂きありがとうございます」命は出迎えた。


 「お手紙を頂きましたわ。事務所に来てほしいとのことでしたが、うちのハエちゃんは見つかったのかしら?」


 「いいえ。それはまだなのですが、」命は申し訳なく言った。「実はうちの探偵に事情ができまして、ハエさんを探せなくなってしまったんです。その代わりこのつむぎにモグ・モグ探しを任せていただきたいのです」と側にいる子犬を指す。


 「おはようございます!つむぎです!僕のこの鼻でハエちゃんを探してみせます!」つむぎは小さな胸を張った。


 「どなたでも構いませんわ。早く見つけていただきたいの。おもんならそちらの言い値を払いますから」東風こちはそんなことで呼びつけるなという風に言った。


 「ありがとうございます」命はつむぎを見た。「つむぎさん。お願いします」


 「はい!では、えっと…。そのハエちゃんの匂いが分かる物などありませんか?」子犬は緊張しながらも丁寧に接客した。


 「今は持っていませんわ。けれど家にはハエちゃん用のお部屋がありますの。あの子の匂いがまだ残っていますわ」


 「匂いに行ってもいいですか?」


 「えぇ。どうぞ」


  命は事務所に残り、つむぎと東風こちは彼女の家に行った。東風こちの家はメディウの中でも高級と呼ばれている地域にあり、とても大きな一軒家をしていた。


 「ハエちゃんはうちの息子の疾風はやてが世話をしていたモグ・モグですの。もう長いこと一緒に生活していましたのよ」


家の中を歩きながら東風こちは説明した。


「息子の部屋にハエちゃん用の場所がありますわ」


 「へぇ。そうなんですねぇ」つむぎはキョロキョロと家の中を見回しながら鼻を利かせた。「僕のお家とちょっと似ているなぁ」と懐かしむ。


 「こちらです」東風は息子の部屋につむぎを通した。「あそこ。木の箱がありますでしょ?あれがハエちゃんのお部屋です」と部屋の隅にある大きな木箱を指した。


 「見てもいいですか?」つむぎは背の高い犬を見上げた。


 「どうぞ」


 子犬は木箱の中を覗き込む。中にはぎっしりと土が敷き詰められていた。


 「息子が土替えをした際にうっかりハエちゃんを逃がしてしまったんですの。その日から息子は不機嫌になってしまって、何も言うことを聞きません。


代わりのモグ・モグを飼いましょうと言ってもあの子じゃなきゃ嫌だの一点張り。もう日に日に癇癪が酷くなっていますのよ」東風こちは大袈裟なほど大きなため息をついた。


 「わぁ。それは大変ですね」つむぎは額にシワを作った。


 「そちら、息子が頑張って作ったハエちゃん用のお座布団です」東風こちは指さした。綿の詰まった小さな四角い座布団が土に埋もれている。


「ハエちゃんはよくそこで寝ていましたから、まだ匂いが残っております」


 「ふんふん」つむぎは座布団を土から取り出して匂いを嗅いだ。


 「ハエちゃんがいなくなってから二カ月近く経ちましたけど、まだ探せるものなのですか?」東風こちは不思議そうに首を傾げる。


「あたくしたちも犬種ですから、一応ハエちゃんの匂いを追いましたのよ。けれどモグ・モグなんてどれも似たような匂いがしますから、見つけられませんでしたの。ひと目見ればハエちゃんだと分かりますが、私も夫も忙しいので今まで十分に探すこともできなくて」


 「僕のこの鼻は特別ですから!」つむぎはご自慢の鼻を指して尾を振った。「ハエちゃんの匂い、わかりましたよ!探してくるのでもう少しだけお待ちくださいね!」


 「お願いしますわ」


 つむぎは事務所に戻った。


 「見つけられそうですか?」留守番をしていた命は尋ねた。

 

 「もちろん!ばっちりですとも!」つむぎは探しに行くのが待ちきれないとワクワクした。


 「ではモグ・モグが活動的になる夜の九時頃に探しに行きましょうか」


 「はい!」


 「それまで俺は聞き込みに行ってきます。つむぎさんは夜のためにおやすみになっていてください」


 「分かりました!…お気をつけて!」



  夜の九時になると命とつむぎの二匹は準備を整えてモグ・モグ探しへ出かけた。モグ・モグがいそうな土のある場所を探しながら街の北にある森へ向かう。


森の中に入るモグ・モグが掘ったと思われる巣穴をいくつか見つけたが、つむぎはどれも匂いが違うと首を振った。


 「ん?」森の中心部辺りを探しているとつむぎの鼻が何かに反応した。


 「どうしました?」


 「いえ…。なにか知っている匂いがあったような…」鼻をひくつかせて木の幹や地面を嗅ぐ。「う~ん。この匂い…。なんだか…」


 「なんだか?」つむぎがあまりにも熱心に嗅いでいるので命もつられて鼻を動かす。


 「うぅ~。……あ!こっちです!」子犬は何かに反応した。匂いの線を辿るように進んでいく。


 「気を付けてくださいね」命は後を付いて行った。


 どんどんと森の奥へと足を進める。命はつむぎに付いて行きながら、持ってきていた荷物の中から光の石と提灯を取り出した。夜の暗さは二匹の捜索に支障が出る者ではないが、安全のために光が必要だった。


 つむぎは地面に鼻が擦れるのも構わず夢中になって匂いを追う。


 「待ってください!」命は慌ててつむぎの丸まった尾を掴んだ。


 「キャン!」子犬は叫ぶ。


 「ごめんなさい」尾を離す。「しかしそれ以上いくと危険です。沼地に入ってしまいます」


 「あ!気付きませんでした」つむぎは辺りを見回す。「そんなに奥まで来ちゃったんですね。僕もう夢中で…。ごめんなさいです」


 「いいえ。俺のほうこそいきなり掴んですみません」命は光の石を取り出すと、ぶつけて発光させた。それを提灯の中に入れる。森の暗さの中に淡く青い光が広がった。


 つむぎは沼地のほうに鼻を向ける。「命さん。やっぱり向こうから匂うんです。あのモグ・モグの匂いが」と北を指す。


 「本当ですか?」命も沼地を見る。


 「はい」


 「おかしいですね。モグ・モグは固さのある土が好みで、沼地のような柔らかい土壌は好まないはず…」


 「あの、もう少し追ってみてもいいですか?」


 「はい。でも気を付けてくださいよ。底なし沼ですから、深いところにハマると抜け出せなくなるので」


 「分かりました!」


 つむぎは鼻を使って匂いを追った。沼地の縁を東のほうへ迂回するように進む。


 「ああ!この辺りです!」つむぎはやおら叫んだ。「ハエちゃんの匂いが強いです!」


 命は提灯を高く掲げると辺りを見回した。「……あれではないですか?」と指さす。そこにはモグ・モグが掘ったような小さな穴があった。


 二匹はその穴に近づく。


 「これですかね?」命は穴を覗く。「こんなところに巣を?」


 「ハエちゃんはこういう場所が好きなんですかねぇ?」つむぎはその天才的な鼻を穴へ突っ込ませた。「ふんふん!絶対にここです!」とくぐもった声で言う。


 命は考えた。「うん……。もしかしたら長年飼われていたために、固い土より柔らかい土のほうが馴染があったのでしょうか。だから沼地に巣穴を」


 「あぁ~。そうですねぇ」つむぎは巣穴から鼻を出し、ふん!と鼻に詰まった泥を吹いた。顔の中心にある白い毛が泥で黒くなる。


「ハエちゃんはお座布団で寝ていると言ってましたから、柔らかいのが好きだったんですね!」


 「そのようですね。道理で見つからないはずです」命はやれやれと首を振った。


 「ハエちゃん中にいますよぉ。奥のほうにいます。僕の手じゃ届きません!」


 「持っていてください」命は提灯をつむぎに渡すと、膝をついて巣穴に腕を突っ込んだ。肉球がモグ・モグらしき体に触れる。「いますね」


 「おぉ!」つむぎは尾を振る。


 命は爪を伸ばしモグ・モグの体に引っ掛けて引っ張り出した。


しかし勢いよく引き抜いてしまったせいで反動がつき、途中で爪が外れてモグ・モグが宙を舞った。


 「あっ!」つむぎが叫ぶ。


 大きな三毛猫は己の持つ俊敏さを活かして素早く飛躍した。手と口を使って空中でモグ・モグを捕まえ、音もなく地面に着地する。


 「わあ!お見事です!さすが猫さん」つむぎは提灯を地に置くと小さな手でぺちぺちと拍手した。


 「つむぎさん。このモグ・モグで間違いないですか?」命は手でしっかりとモグ・モグを掴むと、つむぎの鼻へ差し出した。


 小さな犬はクンクンと匂いを嗅ぐ。「はい!この子がハエちゃんです!」


 「良かった。やっと見つけましたね」命は安堵した。「首輪が付いているという話でしたが、どこかで外れてしまったようですね」と泥にまみれた小さなモグ・モグを見る。


 「やった!やった!」つむぎは小躍りする。「お仕事成功です!」


 「お見事ですつむぎさん。よく頑張りましたね」子犬を褒める。「なかなか見つけられなかったのに、つむぎさんだと一発でした」


命は自分とモグ・モグのハエの泥を払うと、持ってきていた小さな箱の中にハエを入れた。


 「えへへぇ」丸い尾を振る。「僕の鼻のおかげですねぇ!」


 「そうですね。本当にすごい鼻です」命はここに照がいたら大喜びしていたことだろうと想像した。


 「ハエちゃんがこんな沼地にいたなんて。見つからないわけですよ。……ん?」つむぎは何かに気付き、沼地のほうを見た。


 「どうしました?」


 「あそこ…。今あの奥のほうで何か光ったような…」と目を凝らす。


 「光った?」命も見る。


 「はい…。あ!ほらまた!」つむぎは提灯を手にすると高く掲げて光を揺らした。「ほら!あそこ!何かありますよ!」と指さす。


 「どこですか?」


 「あそこ!あの丸太が浮いてるところです!」


 命は注視した。確かに沼地の奥に丸太が浮いている。丸太は中が空洞になっており、命の身長くらいの大きさがあった。その丸太の節の部分に、提灯の明かりを受けて何かが微かに煌めく。


 「本当ですね。何かあります」三毛猫は認めた。


 「なんでしょうか?」つむぎは目を細める。


 「分かりません。光の石ではなさそうですし…。小さいですね。何かが引っかかっているような…」


 「誰かの落とし物ですかねぇ?」


 「あんなところに?」命は不思議に思ったがここがどこだかを思い出した。


「いえ。あり得ますね。ここは底なし沼です。事情のある者が訪れると噂されています。もしかしたらその方が落としたのかもしれません」と控えめに言う。


 「誰かがあそこまで行ったってことですか?」子犬は耳を畳んで怯える。


 「恐らく…。一度入ると抜け出せませんから」


 「じゃあ拾ってあげないといけませんね」


 「え?」驚いてつむぎを見る。「なんと言いました?」


 「拾ってあげましょうよ。落し物は拾って警察に届けないといけないんですよ!探している方がいるはずですし、あの落とし物も帰りたがってるから光ったんですよ!」


警察犬を目指すつむぎは拳をギュッと握ると、純粋に目を輝かせた。


「取りに行きましょう!」


 「駄目ですよ。危険です。底なし沼ですよ?」命は止めた。


 「大丈夫です!あの丸太が浮くくらいですから僕なら沈みません。取ってこれます!」


 「絶対に駄目です。俺たちは落とし物を拾いに来たのではありませんよ」箱の中にいるモグ・モグを指す。


 「でも…。でもぉ!誰かの大切な物かもしれませんよ…?」つむぎは黒く丸い目をウルウルさせて命を見上げた。


「お願いします!取りに行かせてください!」


 「つむぎさん…」命は迷った。「……分かりました。ですがまずは一度このモグ・モグを帰しに行きましょう。そのあと事務所で必要な物を揃えてまたここに。さすがに身一つで取りに行くのは危険すぎますから」


 「やった!ありがとうございます!」子犬は喜んだ。


 二匹は森を出て東風こちの家へ向かった。



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