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八月 その二

-前回-

照が忽然と姿を消した。命たちは街を探し回ったが見つからず、暮夜も警察に相談しに行くが全く相手にされずに道場へ帰るのであった。


  一方で命は暮夜ぼやの長子かすみを連れて事務所に戻った。


 「おかえりなさい!遅かったですね!」つむぎが出迎えた。「どうでした?」


 「見つかりませんでした」命は残念な知らせを告げてから、暮夜ぼやの道場へ行っていたことを説明した。


「こちら、親父の娘さんのかすみさんです。彼女が留守番をしてくれるので、つむぎさんは俺と一緒に白組の病院へ行ってくれませんか?」


 「わぁ!初めまして!つむぎです!」子犬はかすみに挨拶した。「とても綺麗な白猫さんですね!」


 「あっ。初めまして」かすみは母親譲りの先の曲がった尾を立てて少し照れた。「かすみと申します。留守はお任せくださいね」と気合を入れて両手で拳を作る。


 「分かりました!行きましょう命さん!」つむぎは齢の近い猫と結託して勢いづいた。


  命とつむぎの二匹は白組の病院へ赴いた。小さな犬はまず病院の周辺を嗅ぎまわる。


 「うーん…」つむぎは唸った。「いろんな匂いがして鼻が曲がりそうです!」と鼻をつまむ。


 「大丈夫ですか?」


 「はい!」フンと息を吐く。「えーっと?ふんふん…。犬と猫と…。これはなんの匂いでしょうかねぇ。他の動物かなぁ?嗅いだことのない動物の匂いが…。


あとは薬草と食べ物と、水と土と植物…。空気…。建物の匂い。それに…?ゾエナとホスゥかなぁ…?


あれぇ?誰かここに座ったのかなぁ?麻の匂いがする。外套を着ていたのかな?銅の匂いもするなぁ。文を落したのかなぁ…」


 「つむぎさん。いかがですか?」気が逸れていると感じた命は声をかけた。


 「あ!」子犬はハッとなる。「いいえ。照さんの匂いはしませんね!」


 「では一応病院の中もお願いできますか?」


 「もちろんです!頑張ります!」


 二匹は病院の中に入り、行ける範囲をぐるりと回った。つむぎは懸命に鼻を働かせる。


 「いかがでしたか?」病院を出たあと命は尋ねた。


 「あぁぁ」つむぎはふらふらと目を回す。「中にも照さんんお匂いはありませんでしたよぉ」


 「大丈夫ですか?」倒れないように支える。


 「酔っぱらっちゃいましたぁ!」


 「無理をさせててしまい申し訳ありません。事務所に戻って休みましょうか」命は子犬を抱えようとした。


 「なんのこれしき!」つむぎはシャキッとなる。「このくらい!できなければ警察犬になどなれません!」


 「つむぎさん。体を壊してしまったら元も子もありませんよ。休憩しましょう」とつむぎを抱っこする。


 「はぁい」つむぎはあっさりと折れて三毛猫に運ばれて行った。


  事務所に戻った二匹は椅子に座る。


 「お戻りなさい」かすみが労った。「どうでしたか?」


 「なんの痕跡もありませんでした」命が報告する。「姐さんは病院に入っていないようです」


 「どこへ行っちゃったんだろう照ちゃん…」かすみは従姉の心配をした。


 「紅組の病院のほうも気になるのですが…。今日は休みましょうか、つむぎさん」命は隣に座る子犬を見る。


 「いいえ!行きます!」つむぎは短い手を挙げた。「少し休めば大丈夫です!照さんのために頑張ります!」


 「本当に大丈夫なのですか?無理なさらないほうが」


 「大丈夫です!行かせてください!お任せください!」黒い目を輝かせて気合を見せる。


 「では…。お願いします」命はその気合を買い、軽く頭を下げた。

 

 「じゃあ、あたしは美味しいお茶を入れますね。それを飲んで元気出してください」かすみは台所へ行った。


 かすみが入れてくれたお茶をつむぎはゴクゴクと飲み干す。


 「ふぅ。鼻が落ち着きますねぇ」と和む。「かすみさんはお茶を入れるのが上手です!」


 「ありがとうございます」かすみは微笑んだ。「あ。命兄さま」義理の兄を見る。


 「なんでしょう?」


 「先ほどお二匹がいない間にお客さまが見えて」


 「お客さま?どなたでした?」


 「それが、名乗らずに行ってしまって…」かすみは申し訳なさそうに手をソワソワさせた。


 「どのようなお姿でした?」


 「犬種のメスの方です。背が高くて、クルクルとした茶色の毛をしていて、モグ・モグ探しを依頼したと仰っていました」


 「あぁ。東風こちさんですね」命は知っていると頷いた。「なにか仰っていましたか?」


 「はい。その方に今は照ちゃんも命兄さまも居ませんとお伝えしたら、『そろそろあたくしのハエちゃんが見つかるのかどうか、ハッキリして頂きたいのよ。手紙なりゾエナなりで返事を寄越してくださる?』と言付けを預かりました」かすみは訪問者の真似をした。


 「分かりました」命は胸の内でため息をついた。照がいなくなった今、モグ・モグ探しができる状態ではない。それどころか探偵のいない探偵事務所など存続さえ難しい。


 「まだあのモグ・モグ見つかってないんですか?」つむぎが聞いた。


 「はい。東風こちさんには予め見つけるのは難しく、時間がかかるとお伝えしていましたが、さすがにこれ以上お待ちさせるのは申し訳ないので、お断りしようかと思います。依頼を中断することは姐さんが一番嫌がる事なのですが、致し方ありません」


 「あの、命兄さま」かすみが遠慮がちに言った。


 「はい?」


 「もしかして照ちゃん、そのモグ・モグを探しに行ったんじゃありませんか?土の匂いを着けて出掛けたのでしょう?」


 「いいえ。それはないかと。モグ・モグは昼間は土の中にいて、夜の九時頃になると出てくる生き物です。姐さんは午前中に出て行ったので違うと思います」


 「そっか…」かすみは肩を落とした。


 「僕がそのモグ・モグを探しますよ!」つむぎが立ち上がった。「この鼻で!」


 「そんな、姐さんを探して頂けてるだけで有難いのに」命は断ろうとした。


 「構いません!この鼻を生かせないなら僕に意味はありませんから!」子犬は胸を張った。


「僕はもうこの事務所の犬です!弟子として師匠を探すのは当たり前です!弟子として依頼のお手伝いをするのは当たり前です!僕は役に立ちますよ!モグ・モグなんてすぐに見つけてやりますとも!やらせてください!」と命に迫る。


 「つむぎさん…」命はつむぎのやる気に感動を覚えた。その純粋さは照と似通ったところがあった。「ありがとうございます」


 「へへへ」つむぎは丸まった尾を振って喜ぶ。


 「さっそく郵便屋へ行って、東風こちさんに手紙を送りましょう。そのあと紅組の病院へ」


 「はい!」


 「あたしは引き続き留守番をしていますね」とかすみ。


 「お願いします」


 

  事務所を出て三毛猫と子犬は郵便屋へ行き、代筆で東風こちに手紙を書いたあと、紅組の病院へ向かった。つむぎは白組の時と同じように病院の周辺を嗅ぎ回ったあと、中もできる限り調べた。


しかしここにも照の痕跡は何ひとつなかった。さすがに疲れ切ったつむぎを抱え、命は事務所へ帰った。


 つむぎを寝かせたあと、命はかすみを道場へ連れて行く。


 「なんの手掛かりも無しってわけか」警察所から帰ってきていた暮夜ぼやが言った。


 「そのようです」命は落ち込んだ。


 うららとかすみも悲しげに目を合わせる。ほのとおぼろの子猫二匹は家で寝ているためここには居ない。


 「姐さんは…。帰ってくるのでしょうか?」命は意味深長に言った。「もしかしたら、」


 「バカなこと言うんじゃねぇ!」暮夜ぼやは怒鳴った。「そんなわけないだろ!きっと何か考えがあって出て行ったんだ。必ず帰ってくるに決まってる」


 「すみません…」三毛猫は己の発言を反省した。


 「くっそ。全部あの医者と看護師のせいだ」大きな黒猫は太い牙を見せる。「あいつらのせいで照は…」


 「これからどうするの?」うららは不安そうに耳を下げる。


 全員しばらく俯いて考え込んだ。


 やがて何か決心がついたのか、暮夜ぼやが顔を上げる。


 「よし。命。あとで面を貸せ。二匹きりで話がある」


 「はい…?」命は不思議に思ったが頷いた。


 「今夜はもう遅い。これ以上街をうろついて探すのは危険だ。とりあえず休もう。それで、俺は明日朝一で郵便屋へ行ってくる」


 「どうして?」とうらら。


 「オヤジに手紙を書くんだ」暮夜ぼやは思い詰めた表情で最終手段を出した。


 「駄目よ!」うららは叫ぶ。


 「駄目です」命も止めた。


 「あなた自分が何を言ってるか分かってるの?」暮夜ぼやの妻は怒りを露わにして捲し立てる。


「そんなことしたら見返りに何を求められるか…。きっと若頭になれって言われるに決まってる。私や子供たちを置いて猫の国へ行くつもり?」


 「うららさんの言う通りです。親父」息子も加勢する。「そんな無茶しないでください。姐さんはそんなこと望みません」


 「ならどうするんだよ?」暮夜ぼやは短い尾を膨らませる。「警察は当てにならないんだぞ。俺たちにも限界がある。このまま照が行方不明でいいってのか?」


 「帰ってくるかもしれないじゃない」うららも牙を見せる。「もしかしたら何か言えない事情があって、行方を眩ましてるだけかもしれない。もう少し待ってみましょうよ。まだいなくなって一日と経っていないんだから」


 「それで照を助けるのが遅れたらどうするんだよ。捕まってるかもしれないって言ったじゃねえか」暮夜ぼやは妻を責めた。


 「可能性のひとつとして言っただけよ。私に八つ当たりしないで」うららも毛を逆立て、尾を膨らませる。


「あなた自分の子供を見捨てるつもり?照ちゃんのことは私も心配してるけど、自分の子供より優先するものなんてないでしょ」


 「照は俺の姪だぞ!自分の子供のように大事に想ってるんだ!」暮夜ぼやは低い唸りを交えながら言った。


「照がいなくなっただなんて…。冴夜さよに顔が立たねぇ。あいつがいなくなってから、俺が親代わりになったようなもんなんだぞ」


 うららは咆哮した。「あなたの子供はここにいるのよ!まだ幼い子が!照ちゃんはもう立派な成猫だわ。親離れしてる齢よ。でも私たちの子にはまだ親が必要なのよ!」


 「それでも照は家族なんだ!」


 暮夜ぼやは苛立ちで叫びながらも混沌の中にいた。暮夜ぼやは弟に対する自責の念をずっと持っている。


弟は自分のために国を捨てた。輝かしい立場を失った。自分のせいで。だから弟のためにできる事はなんでもするつもりだった。弟が大切にしていた娘を守るつもりだった。


しかし自分にも妻と子供ができた。妻子が一番なのは分かっている。だが家族を大切にする気持ちはたとえ自分の子だろうと姪っ子だろうと大差はない。なのでどちらかを選ぶというのは難しい判断だった。


  『悪かったな。俺の血迷いのせいで…』いつの日か暮夜ぼやは弟に言ったことがあった。『でもお前まで国を出る必要はなかっただろ』


 『兄さん。私は自分のためにあの国を出たんだ』冴夜さよは微笑んだ。『あの国は間違っているよ。貧しい者はどこまでも貧しく、いくら働いても裕福にはなれない。それなのに何もせず楽をして生きている者もいる。こんなのはおかしいだろう』


 『そりゃそうだが…』暮夜ぼやは納得せず首をひねった。


 『私は生まれてからずっとお頭になる教育を受けてきた』冴夜さよは重たい声で言った。


『でもそれはある種、洗脳でもあった。兄さんのことを知らなかったし、暈陰雲ういだれさまのことも誤解していた。私はあの国にいる時より、メディウにいるほうが自由を感じているよ。だから兄さんが気にすることは何ひとつないんだ』


 それを聞いた暮夜ぼやはいくらか気が楽になったものの、やはり自分のせいだという気持ちは拭えなかった。


弟はお頭になる未来を見据えていた時期があった。お頭になればできる事だってあったのに。自分が血迷いにならなければ。国を出なければと考えずにはいられない。


  またあるとき、冴夜さよは生まれたばかりの照を抱きながらこう言っていた。


 『この子は光だよ。兄さん。私たちの光。暗い夜を照らす唯一の希望。だから一族や周りのことなど気にせずに、自由に伸び伸びと生きて欲しいんだ。ただ幸せになって欲しい。そのためなら私は、このいのちが朽ちようとも構わない』


 冴夜さよがどれほど娘のことを大切にしていたのかを暮夜ぼやは知っていた。さらにその娘の照がどれだけ父を慕っていたのかも。


照はいつも懸命に父のあとを追っていた。父を誇り、父のようになるのだと頑張っていた。そして父の帰りを待ち続けている。あの事務所で今の今までずっと。この親子を永遠に別れたままにしていいわけがない。


  「私たちだって家族でしょ!」うららが怒鳴る。「いま目の前に存在してる家族でしょ!」


 「なんだその言い方!冴夜さよと照が消えてるとでも言いたいのか!」暮夜ぼやも怒鳴り返す。


 夫婦の間にいた命はどちらの想いも汲み取って歯痒くなっていた。そして情けない自分を激しく責め、ひたすらに悔いた。


やはりあのとき事務所を出て行った照を追っていれば。もっと早くに部屋を見に行っていれば。もっと側にいれば…。


 「姐さん…」命は自分でも意図せず呟いた。


 「やめてください。お父さん、お母さん」かすみが両親を止めた。「こんな喧嘩、誰も望んでないです」少し震えながら言う。


 「かすみ…」母のうららは娘を見て尾を下げた。


 「申し訳ありません」命は膝をついて項垂れた。「俺が側にいながら…。俺がもっとしっかりしていればこんなことには…」


 「お前のせいじゃねえよ」暮夜ぼやも落ち着きを取り戻して言った。


 「いいえ。俺のせいです」命は拳を握り締める。「俺が必ず姐さんを探し出しますから、親父は皆さんの側にいてください」顔を上げて父親を見る。


 「おい、」


 「みんな親父のことを頼りにしているんです。この俺も。だから親父までいなくなったら駄目です」


 「命…」暮夜ぼやはどうにも言えない思いがこみ上げてきて、ヒゲを震わせた。


 「お願いします。親父はここにいてください」再度頭を下げる。


 「……絶対に、」暮夜ぼやは息子の姿を見つめたあと、低い声を絞りだした。「絶対に照を見つけてくれ。いいな」


 「はい。必ず」


 「危険なことはするな」すぐさま付け加える。「何かあったら退くんだぞ。お前までいなくなるな」


 命は頭を上げた。「…それは約束できません」


 「命!」父は息子を叱った。


 「できません!」三毛猫のオスは淡い黄緑色の目を鋭くさせ、父をまっすぐに見上げた。


「俺は姐さんが帰ってくるなら何でもするつもりです。このいのちそうとも、探し続けます」


 暮夜ぼやはハッとなった。「お前…」


 「すみません親父…。失礼します」命は立ち上がると道場を出て行った。



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