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五月 その三

-前回-

婚約者であるそばえに話を聞きに行った照と暈陰雲。そばえは悲しみに暮れていたため、照は彼女の姉たちにも話を聞いたのであった。


  城に戻り、暈陰雲ういだれの家に行くと三匹は命にもお出かけの内容を説明した。


 「それじゃあ夜になったら茂闇しやみくんに会いに行きましょうか」暈陰雲ういだれが言う。「彼は何処の飲み屋にいるの?」


 「高目たかもく通りにある飲み屋です。毎夜そこに行ってるみたいで」萌零陽もれびが答える。

 

 「分かったわ」暈陰雲ういだれはこの件に関してもちろん自身の使い猫の心配をしている。だがそれと同時に自分が何かの役に立っていることと、又姪たちとお出かけできる事に嬉しさを感じていた。


 「お待ちください」照が言う。「飲み屋には私と命で行きます」


 「え?どうして?」暈陰雲ういだれは驚いた。


 「高目通りは治安の悪い通りだと記憶しています。ういさまをそんな危険なところへ連れて行くなどできません」照は狭い額にシワを作った。


萌零陽もれびさんも行かないほうがいいですね。茂闇くんは嫌がって話してくれなくなる可能性がありますから」


 「え?そ、そうですか?」萌零陽もれびも驚く。


 「私も行くわよ」暈陰雲ういだれは反発する。「どうせ護衛や影猫が付いてくるんだから、安全よ」


 「ういさま。夜の飲み屋などどんな輩がいるか分かりません。護衛や影猫がいても危険です。それに、飲み屋に行ったなど知られたらお頭や我美おばさまから大目玉を食らいますよ」


 「気にしないわそんなこと」頑として譲らなかった。


「あなた達だって危険でしょ?心配だわ。そりゃ私は何かあったとき役に立たないと思うけれど…」ただ助けになりたいだけなのにと自身の手をギュッと握りしめる。


 「いいえ。残ってもらいます」照も譲らなかった。「私は決してういさまが助けにならないと言ってるわけではないのですよ。そこはお間違えなく」


 「でも…」


 「よしんば私が許可したとしても、樋成さんが許さないでしょう」照は暈陰雲ういだれの夫の名を出した。「つがいとしても近衛としても同意しないはずです」


 暈陰雲ういだれはグッと息を詰まらせる。


 「お願いします。ういさま」照は頼んだ。「私は必ずういさまの元へ戻ってきますから。どんなことがあろうと」


 「……絶対に?」暈陰雲ういだれは小声で聞く。


 「えぇ。絶対」黒猫は固く頷いた。


 「帰ってきたら全部を離してくれるわね?」


 「もちろんです」


 「……分かったわ」彼女はため息をついて折れた。「こういう時、つくづく自分の立場と無力さが嫌になるわ」


 「気を落さないでください」照は安堵しながらチラリと命を見上げる。


照も命も自分の身は自分で守れるのだが、もし暈陰雲ういだれと共に飲み屋に行って何かあった場合、このオスは真っ先に照を守ろうとする。


照は暈陰雲ういだれとこのオスを同時に守ることができないので、誰も犠牲を出さないためにこうしたほうがいいと判断したのだ。


 「萌零陽もれびさん」照は使い猫に言う。


 「はい!」萌零陽もれびはこのやりとりをハラハラしながら見守っていたので、急に名前を呼ばれてビクッとなった。


 「お兄さんの特徴を教えてください」


 「あ、はい。えっと、兄さんはあたいとそっくりの柄をしています。たぶんひと目見れば分かるかと。細身で、目は薄い緑色をしてます。尾は長いです」


 「分かりました」



  夜になり、探偵と助手は萌零陽もれびが教えてくれた高目通りの飲み屋へ向かった。


そこはひどく寂れた飲み屋で、町の荒くれ者たちの溜まり場となっていた。体が大きく血の気が多そうな猫から、もはや己を無くし意識があるかどうかも分からないような猫まで、年齢性別問わずガヤガヤと騒いでいる。


 照は店内を見回し萌零陽もれびの兄を探した。


 「姐さん。あの方じゃないですか?」命がひとつの卓を指した。そこには萌零陽もれびにそっくりな柄のオス猫が座っていた。


 「そうだな」探偵はその猫に近づく。「もし?」と話しかけた。


 「あぁ?」萌零陽もれびに似たオス猫は照を見る。


「なんだぁお前?」既に何杯かリンゴ水を飲んでいるようで呂律が怪しく、情緒も不安定に見えた。

 

 「茂闇さんですか?」照は警戒して長い尾を鞭のようにしならせた。


 「だから、なんあんだよお前はよぉ」オス猫は椅子の上でふんぞり返った。


 「探偵の照と申す。あなたにいくつか聞きたいことがあって。茂闇さんでよろしいですね?」丁寧に接することを務めた。


 「そうだけどぉ、だったらなんだってんだよ」茂闇は木でできた杯に入ったリンゴ水を飲み干した。「探偵がおいらに何の用だ」


 「そばえさんの件で」


 茂闇はその名を耳にしてハッとなった。「そばえ…?」


 「はい」黒猫は頷く。


 「……ふん!」酔い猫は卓をドンと拳で叩いた。「あの猫かぶりが何だって言うんだよ。あいつに言われて来たのかぁ?おいらは文なんて払わねえぞ!」と大声を出す。


 周りで飲んでいた猫たちがこちらを気にし始めた。


 「聞きたいことがあるだけです」照は冷静に言った。


 「おいらはなんも言わねぇよ。帰んな」茂闇は手を払う。


 「ちょっと質問に答えるだけでいいのですよ」食い下がる照。


 茂闇は無視をした。


 小さな黒猫は低く唸ったあと、少々考えを巡らせてから口を開いた。「分かりました。じゃあ賭けをしませんか?」


 「はぁ?」突然の提案に茂闇は照に反応した。


 「あなたが勝ったら私たちは帰ります。ここの飲み代だって払いましょう。私たちが勝ったら質問に答えてもらいます。どうですか?」


 茂闇は小さな黒猫をジロジロ見た。そして後ろに控えている三毛猫のオスをちらりと見る。「お前が相手か?」と照に尋ねる。


 「えぇ。そうです。私が相手です」照は頷く。


 「なんの賭けだ?」茂闇は立ち上がった。


 「こういうのはどうでしょう」探偵は茂闇が飲み干したはいを掴むと一枚のもんを取り出した。


「この文を杯の中に入れて振る。それが表か、」表を上にした文を卓に乗せる。「裏になったかを当てる」文を裏返す。


 「ふん。いいだろう」茂闇は賭けに乗った。


 照は文を杯の中に入れると飲み口を手で塞いでカラカラと振った。そのあと飲み口を下にして勢いよく杯を卓に置く。


 「表」照は宣言した。


 「なら、おいらは裏だ」茂闇も言う。


 杯を持ち上げた。表が上を向いた文が出てくる。


 「まぐれだろ」茂闇は耳を後ろへ倒した。


 「そう言うと思いました」黒猫は微笑む。「ではもう一度」再び文を杯に入れて振った。卓に叩きつける。


 「表だ」と茂闇。


 「私も表」


 「それじゃ賭けにならねえだろ」彼は苛立った。


 照は杯を持ち上げる。またしても表を向いた文が出てきた。「あなたが振ってもいいですよ」杯を茂闇に渡す。


 酔ったオス猫は文を掴み取り、杯に入れるといやに時間をかけて振り、卓に置いた。


 「裏」と照。


 「表だ」と茂闇。


 杯を上げる。裏を向いた文がそこにはあった。


 「イカサマだ!」オス猫はヒゲを立てて怒った。


 「どうやって?」照は余裕綽々の表情を見せる。


 「知るかよ!とにかくイカサマだぁ!」牙を見せる。「ふざけんな!」


 命が二匹の間に割って入ろうとしたが、照はそれを止めた。


 「ではこうしましょう」探偵はもう一枚文を出す。


「これで表が二枚、裏が二枚、表裏の三択になります」文を卓に置くと、何も細工していないことをしめすために表と裏を返して見せた。


 「あなたが振ってください」文を茂闇に渡す。


 茂闇は苛立った様子で文を二枚とも杯に入れると、乱暴に振って卓に叩きつけた。


 「表裏」茂闇が宣言する。


 「裏が二枚」照は得意気に言う。


 茂闇はゆっくりと杯を持ち上げた。裏を向く文が二枚。


 「まぐれだ!」と叫ぶ。「絶対にまぐれだ!」


 いつの間にかガヤガヤと騒いでいた客たちは静かになり、一匹残らずこの勝負の行方に注目していた。


 「ではもう一度」照はどうぞと合図した。


 杯を振って卓に置く。


 「表と裏」探偵が言う。


 「表が二枚!」


 明るみに出た文は表と裏を向いていた。


 「畜生!もう一回だ!」茂闇は自棄になって杯を振る。「表が二枚!」


 「裏が二枚」照は腕を組む。


 文は照が言った通り、裏が二枚だった。


 「くそっ!」茂闇は地団太を踏む。「どうなってんだ!どんな手を使った!?」毛を逆立てた。


 「何もしていませんよ」腕を広げて無実を証明する。「もう一枚増やしますか?」


 「やってみろよ」文を寄越せと片手を突き出す。


 照はもう一枚文を取り出すと再び細工していないことを示し、茂闇に渡した。


「表が三枚、裏が三枚、表が一枚と裏が二枚、裏が一枚と表が二枚の四択になりました。これが当たったら観念してくださいね」


 「ふん!」茂闇は三枚の文を杯に入れると雑に振って卓に置いた。「表が一枚と裏が二枚だ!」


 「裏が三枚」照は自信満々だった。


 杯を退けると三枚の文は全て裏を向いていた。


 「ふざけるな!」茂闇は拳で強く卓を叩く。「全部当てるなんて、どう考えたっておかしいだろぉ!なにをした!?」


 「おかしくありませんよ。これは私の実力です」照は毅然としていた。「さぁ。約束は守ってもらいますよ」


 「嫌だね!」駄々を捏ねる猫は椅子にドサッと座った。「こんなのハッタリだ!インチキだ!おいらはなんにもやらねえぞぉ!」と断固拒否の姿勢を取る。


 探偵は呆れてため息をつくと助手を見た。「命」


 命はずんむと茂闇の首根っこを掴む。


 「おい!なにすんだよ!」茂闇は暴れた。


 「外へ」照は店の戸を指す。


 命は何も持っていないかのように軽々と茂闇を引きずると、店の外へ出て行った。その間茂闇は降ろせ放せやめろとギャーギャー叫んでいた。


 「大変お騒がせしました」照は周りに謝った。「お代は置いていきますから」と卓にある裏を向いた三文を指して店主に言う。


 「いいねぇ。お嬢ちゃん」近くに座っていた客の老猫が言った。「どうやってやったんだい?わしともやってくれんか?ツケが溜まっとるんじゃ」


 「申し訳ありませんがもう行かないといけないので」照は老猫にニコリとしてから外へ出た。



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