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四月 その三

-前回-

無くなった家系図を探すため鍔貴の家の蔵を調べると、小さな肉球の跡を発見した。探偵の照はこの跡が子猫のものだと言い、近くに住む鍔貴の孫の家へ向かった。


  四匹は鍔貴つばきの家から歩いてすぐのところにある葉刃軌はばきの家へ向かった。


 「こんにちは」樋成ひなりは家の戸を開けると中へ呼びかける。


 「あら」一匹のメス猫が出てきた。「樋成さん」


 「義姉あね上、突然来て申し訳ありません。こちら照さまと命さんです」と紹介する。


 「こんにちは。初めまして」照は挨拶した。命も会釈する。


 「まぁ」メス猫は驚いた。「初めまして。佐烙さやと申します」深々と頭を下げる。


 佐烙は黒と橙がまだらに生えた毛色をしていた。とても鮮やかな銅色の目をしている。


 「どうなさったんですか?」頭を上げると佐烙は尋ねた。

 

 「兄上から家系図のことを聞きましたか?」樋成が言う。


 「えぇ。聞きました。ですが、」佐烙は困った顔をした。


「夫はここ数日忙しくしていまして。まともに帰ってきていないものですから私も詳細は分からないのですけど」


 葉刃軌が隊長を務める太刀隊は城の内外を広く警備しているため隊の規模が大きく、属している隊員も多い。


お頭交代となったここ数日は普段よりも厳重警戒が敷かれ、太刀隊は慌ただしくしており、それをまとめる葉刃軌は多忙を極めていた。


 「先ほど照さまに事情をお話して、父上の蔵を調べてもらったのです」樋成は説明した。


「そうしましたら、小さな肉球の跡が見つかったのです。子猫のものと思われます」


 「子猫の?」佐烙は驚いた。


 「はい。照さまはこちらのお子さんたちに話を聞きたいと」


 「うちの子に?」さらに驚く。「子供たちが入るとは思えないのですが…」懐疑の表情を浮かべる。


 「お願いします」探偵は丁寧に頼んだ。「なにか手掛かりがあるかもしれませんから」


 「そうですか…。分かりました。連れて来ます」佐烙は部屋の奥へ下がろうとした。


 「あ、その前に」照が止める。「佐烙さんにいくつか質問してもよろしいですか?」


 「はい。なんでしょう?」佐烙は小さな黒猫の向き直る。


 「あの蔵の鍵がどこにあるかご存知ですか?」


 「えぇ。知っています」なんでもない事だという風にシレッと言った。


 「え?」樋成が驚く。「義姉上、ご存知だったのですか?」


 佐烙は頷く。「お義母さまが教えてくださったの。一度だけ、一緒に中に入って掃除の仕方を教わりました」


 「知りませんでした」樋成は尾を下げる。「兄上はそのことを?」


 「掃除したことは話しましたがだいぶ前のことですし、忘れていると思いますよ」


 「その掃除をしたとき子供たちは?」照が聞く。


 「一緒にいました。でも蔵の中には入れていません。貴重なものが沢山あるので壊されないように庭で遊ばせていました」


 「鍵が開いているところは見ているということですね?」青い目を光らせる。


 「えぇ。そうなりますね」


 「ではやはりあの肉球跡はこちらのお子さんのものかと」探偵は確信した。


 「まさか」佐烙は信じられないと首を振る。


「まだ鍵の開け方も知らない幼子ですよ?仮に入ったとしてもどうして家系図なんか…。子供なら刀のほうに興味を持ちそうですけど」


 「子供というのは何をするか分かりませんからね」照は微笑んだ。


「意外にしっかりと親や周りを見ているものです。私も子供の頃は父さんの真似ばかりしていましたから。お子さんから話を聞いてもよろしいですか?」

 

 「はい。お待ちください」佐烙は奥へ下がるとすぐに小さな子猫を二匹連れて戻ってきた。


 「うちの双子です。なぎ、しらゑ、ご挨拶しなさい」母親は促した。


 「こんにちはぁ」子供たちは同時に言った。なぜこんなにも成猫が来ているのかと不思議そうな顔をしている。


なぎはオスで、祖父の鍔貴と似た毛柄をしていた。しらゑはメスで白の割合が多い三毛猫だった。


 「こんにちは。初めまして。私は照と申す!ちょっとお話してもいいかな?」探偵は明るく尋ねた。


 「だあれ?」なぎが言う。


 「あ。あたしと同じ柄だよ、あの猫」しらゑは同じ三毛猫の命を指す。


 「やめなさい。失礼でしょ」佐烙が注意した。「どちら様ですかって尋ねるのよ、なぎ。しらゑも指をさしちゃ駄目」と手を降ろさせる。


 「構いませんよ」照はニコニコしたまま話した。「私は探偵をしているんだ。こっちは助手の命」と自己紹介する。


 「タンテーってなに?」双子たちは同時に言って同時に首を傾げる。


 「そうだなぁ」探偵は悩んだ。「困っている方を助ける仕事をしている、といえばいいかな」


 「ふーん」なぎが言う。


「僕はねぇ、大きくなったらお父さんみたいなタイチョーさんになるんだ。それでねぇ、しらゑはお母さんみたいになるの」と妹を指す。


 「違うよ。あたしがお父さんみたいなタイチョーさんになるんだよ」しらゑは反論した。


 「違うよ。僕がお父さんみたいになるんだ」


 「やめなさい」母が止める。「照さまのお話を聞いて」


 「はーい」双子は声をそろえる。


 「では君たち。最近鍔貴さん…。君たちのおじいさんの家の蔵に行ったかな?」


 「行ってない」となぎ。


 「行ったよ」としらゑ。


 「しっ!駄目だよ!」なぎは慌てて妹の口を塞ぐ。


 「あなたたち、行ったの?」佐烙は驚いた。


 「行ってない」なぎは必死に首を振る。


「あのね、お母さんとおばあさまと一緒に行ったことはあるけど、中には入ってないよ。一度もない」


 「あるじゃん」しらゑは兄の手を退けて言った。「なぎが入ったもん」


 「ないよ!」妹を睨む。


 「ちゃんと言いなさい、なぎ」母親が叱った。「あの蔵へ行ったのね?」


 「……うん」なぎは小声で言ってうつむいた。


 「いつ?」


 「この前、おばあさまといたとき。お母さんはいなかったよ」小さな子猫はそわそわし始めた。


 佐烙がハッとなる。「一カ月ほど前、お義母さまにこの子たちを預けた時がありました。私は用事があったので」


 「なるほど」照は頷く。「おばあさまと一緒に蔵に入ったの?」双子に尋ねる。


 「入ってないよ」しらゑが言った。


「おばあさまはね、お掃除してた。でもあたしたちは入ってない。入っちゃ駄目って言われたの」


 「変ね」暈陰雲が言う。「一カ月前に最後の掃除があったのなら、そのあとに埃が積もって肉球の跡が付くはずよね?」


 「そうですね。あの跡はごく最近ついたものです」照はヒゲを撫でる。


 「仮にこの子たちが一カ月前にこっそり蔵に入っていたとしても、跡は最近ついたものだから、やっぱりあれは他の子の跡なんじゃない?


あれ?でもなぎくんが入ったのよね?でもしらゑちゃんは入ってないって言ったわね?」暈陰雲は混乱して双子を交互に見た。


 命と樋成も頭がこんがらがり二匹して険しい顔になる。


 「えぇ、えぇ」黒猫は涼しい顔をしてうんうんと首を縦に振る。


「情報が少し足りないようですね」双子を見る。「君たち、本当に入ったことはないんだね?」


 「入ったよ」としらゑ。


 「入ってないよ!」となぎ。


 「入ったよ!」と妹。


 「入ってないってば!」と兄。


 双子は見合って喧嘩を始めた。


 「やめなさいって言ってるでしょう」母が割って止めた。


「正直に言いなさい。大事なことなのよ。しらゑ、中に入ったことがあるの?」厳しい表情で娘に問う。


 「あるよ」しらゑは小さな手を弄りながら母を見上げた。


 「おちゃぴい!」なぎが怒る。


 「黙ってなさい」佐烙はピシャリと息子を叱った。「いつ入ったの?」娘を見る。


 「うーんと…。わかんない。ちょっと前」


 「ちょっと前?」佐烙は考えた。「二、三日くらい前だと思います」と親の理解力で照たちに説明する。


 「どうやって中に入ったの?」照が尋ねる。


 「鍵を使った。なぎがおじいさまの部屋に行って、」兄を指さす。「あたしは誰も来ないように見てた」


 佐烙は息子を睨む。「なぎ。あとでお母さんとお話しましょう。いいわね?」


 「…はい」なぎは小さな耳と尾を下げて縮こまった。


 「しらゑもよ」母は娘にも忠告する。


 「えっ」自分は怒られないと思っていたのか、しらゑは驚いて兄と同じように縮こまった。


 「鍵がどこにあるか知ってたんだね」照は優しくなぎに聞く。


 「うん。お掃除のあと、おばあさまが仕舞うところを見たんだ」兄のなぎは小声で答えた。


 「蔵に入って何をしたんだい?」


 「僕らね…。宝探しをしようと思って…」力なく言う。


 「宝探し?」


 「うん。どっちかがお宝を隠して、どっちかがそれを探すんだ。蔵には大事な物が入ってるって言ってたから、お宝にピッタリだと思って…」


 「なるほど。つまり、」照は肉球を舐める。


「今から一カ月ほど前、鍔貴さんの家に預けられた双子はもろはさんが蔵の掃除をするところを見ていた。そのとき蔵の中には入っていないけど、もろはさんが鍵を仕舞うところは見ていたんだ。


そして二、三日前。宝探しをするために蔵に入って家系図を持ち出した。ということだね?」


 「うん」双子は同時に頷いた。


 「そんな」佐烙は焦った。「宝探し遊びをしていることは知っていましたが、まさかお義父さまの家まで行って家系図を取ってくるなんて…。いつの間に?目を離した覚えはないのに…」


 「子供は妖精さんですからねぇ」照がのんびりと言った。


「ちょっとの間でも目を離すといなくなるのに、いつの間にかそこにいたりするものです。佐烙さんもお忙しかったのでしょう。子供を一日中注視することは難しいですから」


 「申し訳ありません」佐烙は謝った。


「家系図はとても大事な物なのよ。勝手に持ち出しちゃ駄目じゃない」と強く双子を叱る。


「あそこには刀もあって危ないから入らないでと何度も言ったでしょう」


 「ごめんなさい…」双子は目に涙を溜めた。


 「その家系図どうしたんだい?」探偵が尋ねる。


 「なぎが隠したから分かんない。あたし、見つけられなかった」しらゑは首を振る。


 「どこに隠したの?なぎ」母猫は息子に聞く。


 「お、おうちの裏」なぎはしゃくりを交えながら言った。


 「おうちって、この家の?」佐烙が続けて聞く。


 「そう」


 「裏のどこ?」


 「光の石が置いてあるところ」


 「え?」佐烙はヒゲを立てた。「もしかして暗石置き場のこと?」


 「うん…」


 「見てきます」母猫は息子が頷くところを見ると素早く家を出て行った。


 暗石とは使い終わった光の石のこと。国の至る所に暗石収集場があり、国民はそこに暗石を捨てる。


暗石は回収屋によって定期的に回収され、粉々になって家の壁や橋、陶器など様々な物に再利用される。


大きな家屋だと家の裏に暗石置き場を設け、回収に来てもらうところもあった。


 家の外で佐烙が小さく息を飲む音が照の耳にだけ届く。


 「ありませんでした…」佐烙は落胆して戻ってきた。「本当にあの中に入れたの?」と息子に再度尋ねる。


 「うん。入れた。でも無くなってて…」なぎはビャーっと泣き出した。


 「どうしましょう…」母猫は全身の毛が抜け落ちてしまいそうなほどおののいた。


「暗石は三日前に回収されたんです。もしかしたらそこに紛れていて…」


 「だとしたら家系図はもう跡形もないでしょう」照は平然と言った。


「三日も前に回収されたのなら見つけるのは難しいですし、暗石の中に異物が入っていれば、回収屋は取り除いて捨てますから。ご丁寧に取り置きはしないはずです」


 「そんな…」佐烙は力が抜けその場に崩れた。


「なんとお詫び申し上げたら…。うちの子たちが本当に申し訳ありません」樋成に平身低頭で謝る。


 「頭を上げてください義姉上」樋成は慌てて言う。


「自分は構いませんから。しかし父上と兄上にも報告しないと」


 「なぎ、しらゑ。どうして無くしたことをすぐに言わなかったの?」佐烙は毛を逆立て、尾を膨らませて怒った。


「こんなことになって...。あなたたちも謝りなさい」


 「ごめんなさぁい」双子は揃って大泣きした。


 「まぁまぁ」樋成がなだめる。


「子供たちに危険がなくてよかったです。あの蔵で怪我をしていたかもしれませんし、閉じ込められていたかも。いのちに比べれば家系図なんて安いものですから」


 「ありがとうございます樋成さん」佐烙は子供たちの首根っこをずんむと掴んだ。


「さぁ、お父さんとおじいさまに謝りに行くわよ」


 「はぁい」子猫たちは泣きべそをかきながら冴夜と一緒に家を出て行った。


 「無事に解決…。でいいのかしら?」暈陰雲が心配そうに聞く。


 「そうなりますかね」照は困ったように微笑む。


 「照さま」樋成は小さな探偵に向き直った。「この度はお助けありがとうございました」と頭を下げる。


 「私は何もしていませんよ」照はいえいえと否定する。


「偶然私が跡を見つけただけで、いずれは誰かが気付いてこうなっていたでしょう」


 「そんなことないわ照」と暈陰雲。「あなたのおかげよ。手伝ってくれてありがとう。解決できてよかったわ」


 「へへ」黒猫は照れ臭そうに長い尾を立てて喜んだ。


 「じゃあ私たちもお義父さまの所へ行きましょうか」暈陰雲は全員を見回した。




  四匹は鍔貴のいる詰所へ行った。そこには鍔貴と佐烙、泣き面で目を赤くした双子と大きな体のオス猫がいた。


 「照さま」オス猫は部屋に入ってきた四匹に気付くと真っ先に照に向かって膝をついた。


「葉刃軌と申します。この度はわたくし共の子供が大変失礼をいたしました」


 葉刃軌は父や弟よりも背が高かった。濃い茶色と白の毛色に横幅のある大きな顔。切れ込みの入った耳。照にも負けないほどの長い尾をしている。大所帯をまとめる隊長らしい強さが体形や雰囲気から溢れていた。


 「暈陰雲さまにもお詫び申し上げます」葉刃軌は義妹にも首を垂れた。


 「気にしないで」暈陰雲は微笑む。


 「そうですよ」照が明るく言った。「樋成さんが仰っていましたが、子供たちに何もなくてよかったです」


 「有難きお言葉」葉刃軌は立ち上がると双子の頭を掴んだ。「ほら、お前たちも」


 「ごめんなさい…」双子は落ち込んだ声で言った。


 そのとき、鍔貴が鼻の奥で小さくシシっと笑った。


 照の三角の耳がピクリと跳ねる。「どうしました?」と団長を見た。


 「いえ、なに。息子共の小童時代を思い出しまして…」鍔貴はこらえきれず大きく笑った。


「息子共もこの双子のように、昔は二匹してやらかしたものです。悪戯や怪我はしょっちゅうで。それなのに一匹前なことを言うようになったなと」


 「父上!」葉刃軌と樋成の兄弟は揃って言った。どちらも恥ずかしそうにヒゲを上向かせる。


 鍔貴はそんな息子たちを見てニタニタと笑い、暈陰雲と佐烙も夫を見てクスリと笑った。双子は意味が分からないという表情。


照はそんな和やかになった猫たちを見て幸せな気分になり、命も穏やかな心情になった。


 「家系図が無くなったのは残念ですが、」鍔貴はひとつ咳ばらいをしてから言った。


「仕方ありません。物には寿命というものがありますから、いつかは消えます。背に腹は代えられない。家系図は新しく作ればいいでしょう」


双子を見る。


「そうしたらお前たちが大事に保管するんだぞ。お前たちの子供も、その子孫も、新しい家系図に名前を記すんだ。それでこの件は許してやろう。いいな?」


 「はい」双子は真面目に頷いた。


 鍔貴は照を見る。「照さま。この度はご協力いただき感謝申し上げます。このご恩はいつか必ずお返しさせてください」


 「いいんですよ」探偵は肉球を見せる。「一件落着してよかったです」


 「はい。後日、それがしの弟や妹を集めて新たな家系図を作ろうと思いますので、それである程度は復元できるかと」


 「あの、よろしければ私もその家系図作りに立ち会ってもいいでしょうか?とっても興味があるのです」照は好奇心で大きな青い目をキラキラさせる。


 「私もお供していいかしらお義父さま?」暈陰雲も顔を輝かせた。


 「構いませんよ」鍔貴は頷く。「作る日が決まりましたらお声がけしますね」




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