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四月 その二

-前回-

暈陰雲の義理の父、鍔貴の家にある家系図が無くなったと相談を受けた照は、詳しく話を聞くために鍔貴の元へ向かうのであった。


  近衛団の詰所は城の一角にあり、そこで樋成ひなりの父、鍔貴つばきが机に向かって何かを認めていた。


 「団長」樋成は話しかけた。


 「おや」鍔貴は机から顔を上げた。「照さま、暈陰雲ういだれさま」立ち上がって礼をする。「みなさまお揃いで。どうかなさいましたか?」


 鍔貴は息子の樋成と似ており、白と薄茶の毛色をしていた。息子よりも薄茶の割合が多く、その薄茶には淡い縞模様が入っている。背は息子より低いが厳しい訓練を重ねてきた経験と威厳がその体に現れていた。


顔つきは団長らしく鋭く、桃色の鼻に緑と青の中間色の目。濃紺の手ぬぐいがその首に巻かれていた。


 「お義父とうさま」暈陰雲が言う。「失礼ながら昨日の家系図の件を照にお話ししました。一緒に探してくれるそうです」


 「なんと」鍔貴は驚いて小さな黒猫を見る。「こちらの失態ですので照さまのお手を煩わせるわけにはいきません」


 「いいんですよ」照は胸を張った。拡大ガラスがキラリと光る。「大事な物なのでしょう?お手伝いさせてください」


 「しかし…」団長は迷いを見せた。


 「手を貸したからと言って大将に告げ口したりしませんから」探偵はおどける。「まぁ、私にはなんの権限もありませんけど」


 照はこう言っているが、この国の近衛団や警察団は大将の命令で暮夜ぼや冴夜さよ、照がこの国に来た際は優先して警護するようにと躾けられている。


跡継ぎの権利を失っているとはいえお頭の直系。若頭の極夜と近い待遇をされる。だから近衛団長の鍔貴は迷っているのだ。


 「私はただ困っている方を助けたいだけなのです。立場などありません。どうか気にしないでください」


 この発言に樋成は照の後ろに立っている命をチラリと見た。命はその視線に気付かなかった。


 「いやはや、かたじけない」鍔貴は優しい表情になり、首を垂れた。「ではお言葉に甘えて、どうかよろしくお願いいたします」


 「はい」照はニコッと笑った。「ではさっそく質問させてください」


 「なんなりと」鍔貴は背を正す。


 「家系図がないと気付いたのはいつですか?」


 「昨日の朝でございます。息子に取りに行かせたところ、無くなっていると。それがしも見に行きましたがどこにもありませんでした」


 「息子さんというと…?」照は樋成を見る。


 「第一子の葉刃軌はばきのほうです」鍔貴が言う。


 「分かりました」探偵は団長のほうを向く。「その家系図は普段どこに?」


 「某の家の蔵です。物置として使っています」


 「その蔵には誰でも出入りできるのですか?」長いヒゲを撫でる。


 「いいえ。戸に鍵を掛けてあります」


 「無くなっていたのは家系図だけですか?」


 「はい。他にも色々と置いてあるのに家系図だけ無くなっていました」


 「では物取りの線ではなさそうですね」


 「えぇ。某ら家族にとって家系図は貴重な物ですが、泥棒猫にとっては何の価値もありません」


 照は肉球をペロッと舐める。「鍵はどこに?」


 「某の部屋に仕舞ってあります」


 「それを知っているのは?」


 「家族飲みです。妻と息子たち」鍔貴は息子を見る。「だな?」


 「はい」樋成は頷いた。「自分は鍵の場所を知っていますが、ほとんど使ったことはありません。自分も兄上も、父上の部屋に無断で入ることはありませんので。一番よく使用していたのは母上かと」


 「奥さまが?」照は団長に尋ねる。


 「はい。妻には蔵の管理を頼んでいました。定期的に蔵へ行って換気や埃払いなどを。うちには使い猫もいますが蔵には大事な物が沢山あるので、家族以外が蔵に入ることは禁止しています」


 「なるほど」探偵は再び肉球を舐めた。「最後に蔵に入ったのはどなたかご存知ですか?」


 「数か月前に某が入りまして。そのあとは妻が入ったはずです。正確な日にちは分かりません」


 「奥さまはどちらに?」


 「妻は...」鍔貴は悲しげに目を伏せた。「実は...。某はつい先日、片恋夫かたこいづまとなりました」


 「あっ。それは」照も耳を畳む。「申し訳ありません。お名前を伺っても?」


 「はい。妻は()()()と申します」


 「もろはさん。お悔やみを申し上げます」照は頭を下げ粛々と言った。


 「お気遣いありがとうございます」鍔貴もお辞儀をする。


 「でしたら」黒猫は探偵の顔に戻った。「最後に蔵が開けられたのがいつか誰も分からないということですね?」


 「その通りです」


 「家系図を最後に使用したのはいつですか?」


 「葉刃軌に子が生まれて、樋成が暈陰雲さまと結婚して…」鍔貴はう~んと唸りながら思い返した。


「そうした節目に加筆をしていましたから、最後に使用してから数年は経っているかと。いつも某が加筆して蔵の定位置に戻していました」


 「定位置。その家系図を別の場所に仕舞うことはないのですね?」


 「はい」


 「ふむ」照は長い尾をゆっくりと振った。「その蔵を見せていただくことはできますか?」


 「もちろんです。樋成」と息子に言う。「照さまたちをお連れして。某の部屋にある鍵を使っていい。脇差隊は()()()副団長に任せる」


 「はい」樋成は頷いた。


 団長は小さな探偵を見る。「申し訳ありません。某もお供したいのですが、仕事がありますので」


 「分かりました。ご苦労様です」照は言った。


  探偵と助手、暈陰雲と樋成の四匹は詰所を出て鍔貴の家に向かった。鍔貴の家は城の郭を出てすぐのところにあり、二階建ての庭付き一軒家であった。一般的な猫の国の家よりも広い間取りとなっている。


 「こちらです」樋成は鍔貴の部屋から鍵を取ってくると、他の三匹を庭にある蔵へ連れて行った。


 蔵は黒い屋根と白い壁でできており、出入り口はひとつしかない。その出入り口は分厚い木の戸で出来ていて頑丈な鍵も付いていた。蔵の裏側、壁のかなり高い位置に格子付きの小さな窓がひとつ。


 「さすがの猫種でもあそこまで跳躍して、あの細い格子の隙間を通ることは不可能だな」蔵の外装をぐるりと見て回った探偵は言った。


「壁にはなんの跡も付いていないし、その下の地面にもこれといった足跡はない。ふ~ん…」


戸と鍵をじっくりと調べる。


「鍵もなしにこの蔵に入ることはできなさそうだ。……お?戸の前に足跡が。いや、これは鍔貴さんか葉刃軌さんのものだなぁ。やはり泥棒の線はなさそうだ」とブツブツ。


 「照っていつもあんな感じでお仕事してるの?」蔵の前で探偵の行動を見守っていた暈陰雲は隣に立っていた命にこっそりと尋ねた。


 「あんなにもブツブツと話すことはありませんが、大抵はあのように調べています」


 「いつもは静かなの?」


 「はい。そうです。考えていることを口に出さないので、あとから聞かされて驚くことがよくあります」


 「どうして今回はブツブツ言ってるの?」


 「分かりません」


 「ういさまの手前、良いところを見せたいのだ」ニョキっと二匹の間から照が顔を覗かせた。


 二匹は驚く。


 「私の耳をお忘れなく」照は長い尾を鞭のようにしならせ、地面を一度叩いた。


 「すみません姐さん」命はなんとなく謝った。


 暈陰雲はクスリと笑う。「あなたの仕事っぷりが見られて嬉しいわ照」


 「まだまだこんなものじゃありませんよ、ういさま。必ず家系図を見つけてみせます」照は鼻を鳴らした。


「樋成さん。鍵を開けていただけますか?」


 「はい」樋成は蔵の鍵を外し戸を開けた。「お待ちください。明かりを点けます」


 蔵の中は外よりも一段暗く、樋成はあらかじめ持ってきていた二つの光の石を両手に持ち、石同士を強くぶつけた。


ガチっとした低い音が鳴ると、光の石は煌々と青い光を放ち、辺りを明るく照らした。猫たちの瞳孔は針のように細くなる。


 「やはりメディウ産の光の石は明るいですね」樋成は石を掲げた。


 「晴れた昼間の空みたいな光の色ですよね」照が言う。


「見たことないけど。父さんが集めている書物の中にそう書いてありました。青空と言って、太陽が燦々と輝いている時の空はこんな色をしているそうです」と光の石を指す。


 「太陽や青空というものを見てみたいわ」暈陰雲は熱望した。「きっと綺麗でしょうね。ここはずっと暗いから。メディウは明るくなるんでしょう?」


 「夏の間少しだけ。それでも薄暗いんですよ。太陽がハッキリと出てくるわけではないので」


 「それでも羨ましいわ」彼女は空を見上げる。


「書物で読んだけど、太陽って赤いんでしょ?私たち猫種って赤色があまり見えないから、太陽はどんな感じに見えるのかしらね。赤ってどんな色なのかしら。犬種も赤が見え辛いって書いてあったけど、他の動物もそうなのかしら」好奇心を躍らせる。


 「いつか一緒に太陽と青空が見えるところへ行きましょう」照は笑顔を見せた。


 「そうね」暈陰雲も照を見て微笑んだ。


 「中に入りましょうか」石を持った樋成が先に蔵の中へ入った。他の三匹も続いて入る。


 蔵の中では埃が粉雪のように舞っていた。そこまで広い蔵ではないが高さがあるため天井が果てしなく上にあるように見える。


大きな棚がいくつか並べられていて、床には唐櫃や手箱などが積まれ、書物や刀、陶器、反物、巻物なども置いてあった。壁に沿って幅の広い飾り棚が設置され、それ用の梯子も立てかけられている。


 「家系図はここにありました」樋成は棚の一角を指した。そこには黒い小箱が置いてある。「この中に入っていました」


 「ふむ」照は小箱に近づいてジロジロと観察した。


 蔵に置いてある物には全てうっすらと埃が積もっているのだが、この小箱やその周りは埃が途切れていた。近くにある似たような小箱も同じように埃が積もっていない部分があった。


鍔貴や葉刃軌が触って動かした証拠だろうと照は考えた。この黒い小箱に家系図が入っていなかったので、周りの小箱にも手を付けて探したのだろう。


 「ここはどんな匂いがする?」探偵は利かない鼻を動かしながら助手に尋ねた。


 「植物が乾燥したような匂いがします。それと埃」助手は鼻をひくつかせて答えた。


 「はっ…!ぴしぇっ!」照は陶器が割れるような高い声でくしゃみをした。


 命も紙を破るような音でくしゃみをする。


 「誰かの匂いはしませんか?」鼻をすすってから探偵は夫妻を見た。


 「父上と兄上の匂いが少し」樋成が言う。「他には何も…」鼻がムズムズ。


 「うーん」照は唸った。今のところ事件に役立つ情報はない。


 「空気が淀んでいますね」鼻を擦りながら樋成が言った。「誇りも積もっていますし、母上が最後に入ったのは一カ月以上前くらいでしょうか?」


 「そのようですね」照は埃の積もっている場所を指でなぞった。


 「では家系図が無くなったのはここ一カ月以内ということですか?」命が聞く。


 「もしお義母さまが一カ月前にここを開けたとしても、」暈陰雲は片手を頬に当てて考える。


「家系図が無くなったのがその間とは限らないんじゃない?お掃除や換気だけなら小箱を開ける必要はないから、もっと前に家系図が無くなっていた可能性もあるわ」


 「確かに」樋成がうなずく。「無くなった時期も分からないとなると、見つけるのは難しいでしょうか」諦めを含んだ様子を見せる。


 「うむ…」照は辺りを観察した。気になる部分を見つけると、首に掛けている拡大ガラスを外して目に近づけたり遠ざけたりしながら調べる。


 「照の邪魔にならないよう私たちは外で待っていましょうか」暈陰雲は他の二匹に提案した。


 「そうだね」と樋成。


 「はい」命も従った。


 光の石のひとつを照に渡したあと三匹は蔵を出る。


 「いったい家系図は何処へ行っちゃったのかしらね」暈陰雲は蔵を見つめた。


「勝手に足が生えて歩き出すわけもないし…。誰が何のために持ち出したの?」


 「父上も仰っていたけど、家族以外に価値はないからね。売っても大した文にはならないよ」樋成も考える。


 「ねぇ、樋成さん。佐烙さやさんには聞いてみた?」暈陰雲は夫に尋ねる。


 「義姉あね上に?」樋成はキョトンとする。


 「どなたですか?」と命。


 「葉刃軌さんの奥さんよ」暈陰雲が答える。「樋成さんのお兄さんのつがい


 命は理解したと頷く。


 「義姉上なら入る可能性があります。以前父上は、そろそろ蔵の中身を兄上と義姉上に譲ろうか、と話していましたから。でも義姉上が鍵の場所を知っているかどうか…」


と言ったあと樋成は悲しい表情を見せた。


「先日母上が亡くなって…。今この家に住んでいるのは父上と使い猫だけです。父上は、こんな広い家は兄上一家に譲って自分は何処か小さな家に移ろう、と言っていました」


 「お義父さま…」番を亡くした義父を想い暈陰雲も悲しくなる。


 「ねぇ!!」蔵の中から照の叫び声が聞こえた。


 すかさず命が中に入る。「どうしました!?」


 他の二匹も続いた。


 「ここを見て!」照は床に並べられている手箱の内のひとつを指した。


 三匹はそこを注視する。埃の積もった手箱の天板に小さな肉球の跡があった。


 「これは…」樋成が目を細めてみる。「誰のものでしょう?ずいぶんと小さいので成猫のものではないですね」


 「この家に子供はいませんよね?」照は尋ねる。先ほどの樋成の話が耳に入っていたのだろう。


 「はい。いません」


 「近所には?」


 「いますが…。入るとは思えません。鍵の場所も知らないですし、なによりここが近衛団長の家だと知っていますから」


 「あぁ。そうですよね。 雷親父の家にわざわざ入る子供はいませんものね」探偵は鼻をペロッと舐める。


「雷親父はあくまで例えですけど。この家に来そうな子供に心当たりはありますか?」


 「兄上が近くに住んでいます」樋成は兄の家がある方向を指した。「そこには子が二匹いて、よく遊びに来ていますよ」


 「その子が入ったのでしょうか?」命が尋ねる。


 「いえ。それはあり得ないかと」樋成は首を振る。「子供にとってここはガラクタ入れも同然ですよ?鍵のありかも開け方も知らないでしょうし」


 「じゃあこの跡は誰の?」と暈陰雲が肉球の跡を見る。「無関係な子猫がここに入るかしら?跡はここにひとつだけ?」


 照は辺りを見回す。「ありませんね。ですが恐らく、他にもあったけど鍔貴さんや葉刃軌さん、私たちが入りましたから上塗りしてしまったのではないでしょうか」と床を見る。


 「そうね。…あ、ちょんちょこりん」暈陰雲は照の長い尾に絡まっている埃を取ってやった。


「あら?もう照ったら。あっちにもこっちにも付いてるわ。白猫になっちゃうわよ」と足や頭の後ろについている埃も取る。


 「えへへ。ありがとうございます」嬉し恥ずかしそうに照は笑った。


「樋成さん。蔵に入るときはいつも光の石を点しているのですか?」と探偵に戻って尋ねる。


 「母上が掃除のときに点すくらいですかね。家系図やちょっとした物を取り出すだけなら誰も点さないと思います。夜目が利きますし、どこに何があるのか分かっていますから」


 「でしたら鍔貴さんや葉刃軌さんが取りに来たときに小さな跡があっても気付かなかったでしょう」照は頷く。


「その子供たちに会わせていただけませんか?一応聞いておきましょう」


 「分かりました」


 

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