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一月 その一


 【鳥の国にニンゲン現る!?】


 大きな見出しがついた新聞を(てる)は乱雑に机へ放った。


 「なにがニンゲンだ。こっちはやっとこさホスゥを見つけ出したのに、誰も見向きもしない」


 「仕方ないですよ、(あね)さん」(みこと)は照が放った新聞を取った。


 照は艶のある漆黒の毛を持つ猫種のメスである。丸く小さな顔、ピンと立った三角形の耳、丸型で真っ青な大きな目、長いヒゲと小さな口。


細身の体は小さいがしなやかで柔軟。尾は先端が頭を越えるほど長い。手足の先は手袋を着けているかのように白く、首と胸の間にも三日月形の白い毛が生えていた。


そしてその首に金色の細い首飾りを着けている。小さく丸い金縁の拡大ガラスがその首飾りにぶら下がっていた。


 命は三色の毛を持つ猫種のオスである。白と黒と橙の毛が頭と体に混在しているが、比較的白毛の割合が多い。


顔は大きく強面、淡い黄緑色の鋭い目、桃色の鼻には黒いシミが点々とある。ヒゲは短い。三角形の右耳には切れ込みが二つ。左耳は先端が千切れており(いびつ)な台形をしていた。


体はとても大きく筋肉質。尾はほぼない。顔や体のあちこちに牙や爪でできた傷跡があった。


 そしてここはメディウの街で唯一の探偵事務所である。建物は東通りの中央にあり、三階建ての一軒家。一階は事務所、二階は資料室と空き部屋、三階は照たちの住居となっている。


 一階の事務所の奥には重厚感のある大きな机とふかふかした椅子が置いてあった。部屋の真ん中には背の低い机と椅子。隅には二階へと続く階段と小さな台所。壁には小さな窓が三つほど。何かしらの紙や新聞が壁のあちこちに張り付けてある。


床には書物と新聞の山が乱立し、ガラクタと思われる物も多数置いてある。要するに散らかった事務所であった。探偵事務所としての評判は良く、仕事の依頼もそこそこ来ている。


 命は手にした新聞を事務所入り口近くにある過去の新聞の山の頂上にした。この散らかった事務所を片付けようと何度か試みてはいるものの、その度に照から「必要になるかもしれないから置いておけ」と怒られる。


なるべく整理整頓はしているつもりだが、命も片付けの制止をしている照自身も何がどこにあるのか把握していない。


 「新聞屋め!」照は部屋の奥にあるふかふかした椅子の上で言った。「もっといい面白い話がここにあるっていうのに、どこを追いかけ回してるんだか」怒りで長い尾をしならせる。


 「ドロドロとした犯罪を追うよりもマシなのでは?」命は木の皮のような中低音の声で言った。


 「私は文字通り、これからモグ・モグを探しに行ってドロドロになるけどな!」


 モグ・モグとは(ねずみ)種や土竜(もぐら)に似ている生き物である。白と薄桃色の毛が生えており、小さな体に丸い頭、平たい耳、鼻は長めで目はない。手足は細いが鋭い爪が生えている。尾は短く丸い。


犬種や猫種に飼われている生き物で、土に潜る習性があるためにモグ・モグは土の妖精の子孫だと言い伝えられていた。


 「きっとすぐ見つかりますよ」命は怒る小さな黒猫を励ました。


 そのとき、事務所の戸が開いた。


 「あのぉ…。ごめんください」姿を見せたのは犬種のオスだった。全身薄茶色の毛で、骨が浮き出し皮一枚、心配になるほどの細身だった。鼻と目は黒く、長いたれ耳をしている。


 「いらっしゃいませ」戸の近くにいた命が応えた。


 「ひっ!」薄茶の犬は大きな三毛猫を見て驚き、細い尾を足の間で丸めた。


 なぜ驚いたのか、それは命が三毛猫のオスだから。三毛のオスは猫種の中でも非常に珍しい存在なのだが、大きな体と傷跡のある見た目のせいで命はさらに奇妙な猫となっていた。


 命はそうした反応に慣れていたため気にしなかった。「何か御用ですか?」


 「えっと。あの…」薄茶の犬は戸惑った。来るべきではなかったと後悔を顔に滲ませる。「お願いしたいことが…」


 「命!お客さまだ!お茶をお出しして!」鈴の音のような声を張って照は指示した。大きな青い目は星を散りばめたように煌めき、鼻の両隣にあるヒゲ袋も興奮でぷくっと膨らむ。長いヒゲも上を向いた。


 「はい」命は台所へ向かった。


 照は軽やかにふかふかした椅子から降りると部屋の真ん中にある背の低い机と椅子へ移動した。そして椅子の上に乗っているガラクタを退け「どうぞ!」と客に勧める。


 「あ、はい…」薄茶の犬はガラクタや新聞の山を崩さないよう恐る恐る進み、勧められた椅子に座る。そして向かいの席にピョンと座った照のことを見つめた。体の大きさは子猫くらいだがちゃんとした成猫で、その艶やかな黒毛と鮮やかな青い目に釘付けとなる。


 三毛猫のオスほどではないが照もまた数の少ない種類の猫であった。黒毛で目の色が淡い水色や緑がかった薄青をした成猫はたまに見かけるが、照ほどの強い青色をした目は珍しい。


 「お名前は?」照もそうした反応には慣れているため気にせずに尋ねた。


 「え?あっ。あの、」薄茶の犬はハッとなり慌てて言った。「あっしは()()()と申します」


 「うだつさんね。私は照と申します!こっちは助手の命」照はお茶を運んできた三毛猫を指した。


 「空茶ですが」命はお茶の入った二つの湯飲みを机に置くと照の後ろに立った。


 「どうも…。頂きます」うだつは軽く頭を下げお茶をひとくち飲んだ。


 「で、どのようなご用件で?」照はワクワクしながら聞く。


 「あの…。失礼ですが、あなたはこちらの所長さんで?確か黒毛猫のオスがやっていると聞いたのですが…」うだつは恐る恐る尋ねた。


 「それは私の父さんです」照はチラリと明後日の方向を見る。「父さんは事件の調査に出ていてしばらく戻りません。今はこの私と命だけです」


 「そうですか…」犬は期待外れだと肩を落とした。


 「しかし!」小さな黒猫は前のめりになる。「私も立派な探偵です!もういくつも事件を解決しているんですよ。私でよければお話を聞かせてください。力になれるかもしれません」


 「ほ、本当ですか?」うだつは気を持ち直した。「それは有難い。もう…。どうしたらいいのか分からなくて…。狗尾草(えのころぐさ)にもすがりたい気分なんです」と大きなため息をつく。


 「なるほど。猫の手も借りたいほどお困りなんですね?」照はやりがいを感じ目をキラッと輝かせた。「いかがなさったんです?」


 「実は…」うだつはまた深いため息をついた。「(せがれ)を探しているんです」


 「息子さんを?」


 「はい。久司(ひさし)といいます。三日前に姿を消しました」この世の終わりかのように落ち込む。俯くその姿は一段と痩せこけて見えた。


 「警察には?」


 「もちろん行きました。けどこの年頃の子供なら家出くらいするとか、すぐ帰ってくるだろうと言われて真面目に取り合ってくれなくて…」


 「なんと薄情な!」照は憤った。「息子さんはどのくらいなんです?」


 「もうすぐ親離れする(よわい)です。塾に通っておりまして、あと少しで卒業する時分でした」


 「ふむ。塾に」痩せた犬をじっと見つめたあと照は腕を組んで椅子に深く座った。「三日前のことを詳しく教えてください」


 「はい。えっと…。三日前の夜、あっしが仕事を終えて家に帰ると妻がしくしくと泣いておったんです。どうしたのかと尋ねると、久司が塾から帰ってきていないと言うんです。それであっしは塾から家までの道や友達の家、近所の店なんかも、何から何まで探しましたが姿どころか残り香さえなかったんです」


うだつは鼻をひくつかせてから話を続けた。


「久司の塾の先生は、いつも通りの時間に勉強が終わって彼が塾から出て行くのを見た、と言っていました。なので帰り道で何かあったようで…」


 「ほぉ」探偵は目を鋭くさせるとザラザラしている舌で肉球の間をペロッと舐めた。これは彼女が考え事をしている時に出る癖だ。「息子さんの容姿を教えてください」


 「あ、あの…。それが、その…」うだつの口が重くなった。


 「なにか?」小首を傾げる。


 「いえ、あの、倅は…。息子は…」とゴニョゴニョ言う。「その…。久司は…。特異混血なんです。あっしの妻は猫種なんです」


 「なんと!」照は瞳孔を広げて驚いたあと低く唸った。「うぅ。なるほど…」


 「見た目は犬種とあまり変わりないのですが、」うだつは打ち明けて気が楽になったのか口軽く説明した。


「灰色の毛をしていて、あっしと同じ顔の形をしとります。目は淡い薄茶色です。三角の立ち耳にヒゲは長め。体は細身です。尾は長くもなく短くもなく、あっしより少し背が低いです」


 「そうですか」肉球を噛む猫。「彼はどんな子で?」


 「はい。それはそれはよくできた子で。あっしとは全く出来が違うんです。自分の息子だとは思えないほど」薄茶の犬は自慢を滲ませながら言った。


「賢くて物覚えがいいので塾での成績もいいんですよ。どの動物にも親切で、優しい心の持ち主で、本当に良い子なんです」


 「なるほど。とても素晴らしい息子さんなのですね」照は頷く。「ここ最近、彼になにか変わった様子はありませんでしたか?」


 うだつは不思議そうに首を傾げた。「特に…。あの、もしかして照さんは久司が家出したとお考えなのですか?」懐疑の目を向ける。


 「その可能性はあると思います」探偵は冷静に答えた。


 「そんなはずありません!」犬は突然大声で叫び立ち上がった。


「家出をするなんて絶対にありえません!息子はきっと、誘拐されたんです!異種間の子供がどれだけ貴重かご存知で?その珍しさから身売りに攫われてしまったんですよ!!」


 「落ち着いてください。私は可能性の話をしているだけでまだそうと決まったわけでは、」


 「久司はどこかへ売られちまったんです!どこかで商品になっちまったんです!きっと今ごろ酷い扱いを!」


 「うだつさん」照は興奮している犬を収めようとした。「お気持ちは分かりますが、」


 「あっしらは久司が生まれたときから、それはそれは大事に育ててきましたし、特異だとバレないように気を付けてきました。もう心身が削れるほど注意していましたとも!それでもやっぱり!あっしらの唯一子が!」うだつは高揚して照に詰め寄る。


 刹那、目にもとまらぬ速さで照の後ろに控えていた命が動いた。強靭な太い腕でうだつを掴まえると椅子にめり込ませるように押し付ける。


 「申し訳ありませんが、姐さんに近づかないでください」低い声で威嚇しながら牙を見せた。


 「すっ、すみません…」うだつは我に返り、身の危険を察して怯えた。


 「構わないよ命。お客さまから手を離して」照が指示する。


 「はい」大きな三毛猫はうだつから手を離すと照の後ろへ戻った。


 「失礼しました。うちの命はちょっと…。過保護なもので」照はヒゲ袋を真ん中にキュッと寄せて申し訳なく言った。


 「いいえ…。あっしのほうこそ申し訳ねえです。つい興奮しちまって…」犬は怯えた目で猫二匹を交互に見た。


 「それほど久司くんのことを想って探してこられたんでしょう」うんうんと頷く黒猫。「しかし気はしっかり持ってください。私たちにできることはなんでもしますから」


 「はい…」うだつはゆっくりと動いて椅子に座り直した。


 「では、」照はひとつ空咳をする。「私の考えを述べさせてもらいます。まず大変に失礼なことを言いますが、あなたが贅沢な生活を送っているとお見受けできませんので、身代文(みのしろもん)目的での誘拐ではないでしょう」


 うだつは俯きながら頷いた。「えぇ。その通りです。あっしは採掘者なんですが、要領が悪くてなかなか昇進できなくて…。給料も低いんです。なのでいくつか仕事を掛け持ちしとります。それでなんとか久司の塾代を絞りだしている状況でして…。


爪に火を点す勢いですが、久司にはやりたい事をやらせてやりたくて。あいつには才能があるんです。それを潰すわけにはいきません」


 「それはとても立派なことです。食べる物なんかも削っておられるのでしょう」照は痩せ細った犬の体を心配した。


 「はい。無駄遣いはせず口に糊をしとります。ですが週に一度、飲み屋で安いリンゴ水を一杯飲むのが楽しみでして…」少し恥ずかしそうに吐露する。


 「息抜きは必要ですよね。それだけ頑張っておられるのですから」照はお茶を飲んだ。「ところで身売りに攫われた件ですが、その可能性は低いと見ています」


 「どうしてそうお考えに?」うだつもお茶を飲み冷静に尋ねた。


 「この街に蔓延(はびこ)っていた身売りの集団は一年ほど前に潰れました。かなりの痛手を負ったはずなのですぐに再建はできないはずです」


 「え?そうなのですか?」犬はキョトンとした。


 「はい。警察には久司くんが特異だと伝えましたか?」


 「えぇ。もちろん」


 「警察がそれを知っても動かないとなると身売りの動きがないということになるかと」照は長いヒゲを撫でた。


 「そうなりますかね…?」うだつは納得いかないのか首を傾げる。「まったく別の身売り集団とか、他の悪党の仕業だとは考えられませんか?」


 「そうですね。それも無きにしも非ずですが…。とりあえずあなたの(つがい)にもお話を伺いたいです。あと塾の場所も教えていただき…」照はハッとなった。「いま何時だ命!?」


 命はチラリと窓の外を見る。「もうすぐ九時です」


 「九時!大変だ!」照は立ち上がった。「うだつさん、申し訳ないですが私はこれで失礼します!あとはこの命が引き受けますので!では!」


小さな足に力を込め、事務所の戸までひらりと身軽に跳躍する。


「すぐ戻る!」と命に叫ぶと黒猫探偵は外へ出て行った。


 「ど、どうしたんです?」うだつは困惑した。


 「モグ・モグを探しに行かれました」命が言う。


 「モグ・モグ?あの?」犬は驚いて声が裏返る。


 「はい。逃げ出したモグ・モグを探してほしいとご依頼がありまして。モグ・モグは夜の九時頃になると土から出てきて土遊びを始めるんです。日中は土の中にいてなかなか見つけられないので、姐さんは今しがた出て行かれました」


 「そんな…。モグ・モグなんかよりうちの息子を探してくださいよ!」うだつは怒った。


 「姐さんは(いのち)贔屓(ひいき)をつけたりしません。それに先にご依頼があったのはモグ・モグのほうです。心配なさらなくとも姐さんはあなたの息子さん探しもしっかりなさいます」


 「でも…」腑に落ちなかった。


 「大丈夫ですよ。俺も、誘拐の線は低いと考えます」助手は穏やかに告げた。


 「なぜ?」うだつは額にシワを刻む。


 「姐さんがそう仰ったからです」自信満々に言い切る。


 「えぇ…?」引き気味に命を見る。「ずいぶんとあの方を信頼なさっているのですね」


 「はい」至極当然という風に頷く三毛猫。「ではあなたのお宅までご案内いただけますか?」


 「あ...。はい」一抹の不安を感じたが、とにかく誰でもいいから早く息子を見つけて欲しい思いでうだつは大きな三毛猫を連れて事務所を出た。




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