二月 その四
-前回-
子犬のつむぎと狼犬の禅に、命は自分の過酷な生い立ちを話した。その後、つむぎに「照と結ばれないのか?」と質問される。
「先ほどもお話したように、俺の生まれは最低です」命は言った。「対して姐さんはあの可惜夜一族の子孫なのです。正式な跡継ぎではありませんが、それでも旦那や奥さんに大切に育てられた高潔で高貴な猫。俺なんかと釣り合うはずがありません」
「なんと!あの可惜夜の?」禅は驚いた。「では冴夜さんも暮夜さんも一族なのですね」
「なんですか?その一族って?」つむぎは顔が上下逆さまになるほど首をひねった。
「猫の国、初代お頭が可惜夜という方なんです」命が説明した。
「猫の国は代々その可惜夜さまの子孫がお頭を務めています。現在は終夜さまという方がお頭で、姐さんのひいおじいさんに当たります。ですが終夜さまは床に臥しておられますので、近々お頭交代があるかと。
次のお頭は姐さんのおじいさん、誘夜さまです。誘夜さまには二匹の息子がいて、それが俺の親父と姐さんのお父さんです」
「なぜそのような方々がこの街に住んでおられるのですか?」と禅。
「複雑な理由がありまして…」命は頭の後ろを掻いた。「手っ取り早く説明すると、親父には跡を継ぐ権利がなく、旦那は放棄なさったのでこの街に住んでいます。誘夜さまの次にお頭になるのは極夜さまです」
「誰ですか?」とつむぎ。
「親父や旦那から見れば従弟にあたる方です」
「なるほど??」子犬は頭がこんがらがっているのか何度も首を左右に傾けていた。
「差し支えなければ詳しく教えていただけませんか?権利がないとはどういうことでしょう?」禅は水色と茶色の虹彩を光らせ丁寧に尋ねる。
命はつかの間考えてから言った。「少し長く難しい話になりますが、それでもよろしいですか?」犬たちを交互に見る。
「はい」禅は難しい話のほうが面白いと頷いた。
「頑張って付いて行きます!」つむぎは一生懸命だった。
「わかりました」三毛猫は深く息を吸ってから語り始めた。
「猫の国のお頭になるには厳格な決まりがあります。まず、可惜夜さまの直系の子孫であること。
そして第一子であること。お頭の第一子は若頭と呼ばれ、さらにその若頭の第一子は‘夜を継ぐ子’と呼ばれます。猫の国は北方にありますから、なかなか太陽が昇らず暗いままなのでその名が付きました。ここまではよろしいですか?」
犬たちは頷く。
「では次に、第一子が継ぐ決まりなのですが、その子に何か病気や問題があった場合、跡は継げません。さらに一族の特徴である艶やかな漆黒の毛が体の半分以上を占めていない場合もお頭にはなれません。
他にも目の色は黄色か銅色、またはそれに近い色でないといけない。ある程度の尾の長さがないといけない。身のこなしが軽やかでないといけないなど身体的なことから、お頭になるための勉学や教養、能力がなくてはならないという頭脳や精神面のことまで細かく決まりがあります」
「なんとも厳しい」禅は唸った。
「厳しい決まりに聞こえるかもしれませんが実は曖昧だったりするんだよ。と姐さんが仰っていました」
「どういうことでしょう?」
「頭脳や精神面、体力面などは子猫の時から躾られますのでどうにかなります。しかし容姿に関しては‘半分以上’だったり、‘ある程度’だったりとハッキリしたことは言っていないのです」
「確かに。見た目など自分ではどうにもできないですからね」狼犬は納得した。
「はい。お頭としての体裁を保つためにこのような決まりがあるですが、可惜夜一族の方は決まりを損なわないようなるべく黒猫か白黒猫の方と結婚なさいます。ご親戚と結婚なさることもしばしば」
「ではあなたの親父さまはその決まりに当てはまらなかったということですか?」
「そうです。親父は生まれて間もなく病を患いました。世間では血迷い症と呼ばれています」
「血迷い症?なんですかそれ?」つむぎが聞く。
「猫種の子供に起こりやすい病気です。とつぜん世迷い言を言って暴れたり、幻聴が聞こえたり、幻覚を見たり…。血迷ったように理性を保っていられなくなることからそう呼ばれています。そして血迷い症になった子は長生きしないとも言われています。
猫の国では恥ずべき病だとされていて、お頭の跡継ぎがその病に罹ったなどと国民に知られるわけにはいかず、親父は一族の居である城の蔵に閉じ込められてしまいました。その存在を無き者として扱われたのです。
親父はかなり暴れるほうだったので、蔵には何も置かれず、誰も来ない。何も起こらない。ただ一日に二度、食事が運ばれてくる生活を強いられました」
「酷い…」禅とつむぎは顔を歪めた。「病気になったのはその方のせいではないのに」
「俺もそう思います。蔵に入れられたのは仕方のないことだと親父は言っていましたが…」
命は話を続けた。
「その後、第二子である旦那が生まれました。一族のならわしで第一子には夜、第二子には月、第三子には星に関する名前が付けられるのですが、親父は無き者扱いでしたので旦那が第一子として冴夜と名づけられました」
「聞けば聞くほど胸が痛くなる話だ」禅はため息をついた。「あなたの親父さまはその後どうなったのですか?」
「血迷い症には治療法がないと言われています。しかし成長するにつれて消える場合もあるんです。俺の親父は運よく成猫まで成長し、さらに運よく血迷い症も消えました。
それでもお頭になる教育を受けていないので跡継ぎにはなれず、無き者として扱われていたので国には居場所がない。なのでこの街へやってきたというわけです。
猫の国の国民には親父の存在を秘密にしていましたが、結局は明るみにでました。血迷い症だったことは広まりませんでしたが、風の噂で囁かれています」
「そうでしたか…。では照さんのお父さま、冴夜さんはどうして?」
「冴夜の旦那は生まれたときからよくできた子だと褒められていました。真面目で賢く、統率力もある。才能も身のこなしもずば抜けていて、容姿も完璧。可惜夜一族の中で最も優秀、頭株として申し分ない、初代お頭を越える器だと言われてきました。
けれどそんな旦那でも知らないことがあったんです。それは自分に兄がいるということ」
「なんですと!秘密にしていたのですか!?」犬たちは驚いた。
「はい。親父が入っていた蔵には近づくことすら許されず、冴夜の旦那はずっと一匹っ子だと思っていたそうです。親父の病気が良くなって蔵から出された時に初めてその存在を知り、とても驚いたと仰っていました。
旦那はその時から一族や国に不信感を抱くようになり、やがて自ら国を出たのです。あの一族はまだ何かを隠している、信用ならないと仰っていました」
「なんとも骨のあるお方だ」狼犬は唸った。「立場よりも己の気持ちを貫かれたのですね」
「漢気溢れるかっこいい方ですねぇ…」つむぎは狂酔したようにボーっとなった。
「姐さんは旦那がこの街に来てから生まれた子です。一応は可惜夜一族の子とされていますが、権利はありませんし、姐さんも継ぐ気はありません」
命は説明を終えた。
「ということなので、俺のようなどら猫が姐さんと結ばれるなんてあり得ないのです」
「うむ。それでしたら一筋縄ではいかない事情と言えますね…」禅は長い腕を組んだ。
「なにを言ってるんですか!」つむぎが大声で吠える。
「身分なんて関係ありませんよ!好きは好き!それ以外のなんでもないじゃないですか!うかうかしてると照さんを誰かにとられちゃいますよ!オスなら度胸を見せるべきって僕のお父さんも言ってました!」
「簡単なことではないのですよ、つむぎ」子供のお前にはまだ分からないでしょうと禅が注意する。
「でも!」子犬は立ち上がった。「気持ちは伝えないと!言わなければ伝わっていないのと同じです!」
「いいのですよ」命が言う。「俺は姉さんのお側にいられるだけで十分ですから」
「そんなぁ…」耳を下げる子犬。「絶対お似合いなのに…」と悄気て座る。
「恐縮です」命も身をすくめた。
「あの、照さんのお父さまですが、」禅が言う。「事件の調査に出ておられるのですよね?お戻りはいつ頃になるでしょう?ぜひ一度お目通りをさせていただきたいのです」
「あぁ。そうですね…」三毛猫は躊躇った。「帰りは…。その、わかりません」と歯切れ悪く言う。
「お忙しいのですか?」
「えぇ。まぁ…。実を言いますと、冴夜の旦那はもう一年近く帰ってきていないのです」
「えぇ!?」犬たちは揃って驚いた。
「事件の調査に行ってくると出て行ったきり行方が分からなくて…。数日帰って来ないことはこれまでにも何度かあったのですが、ここまで長いのは初めてで」
「それって警察には言ったんですか?」つむぎはハラハラした。
「いいえ。探偵という仕事上、警察との繋がりが必要になる場面もあるのですが、調査をする上で関わって欲しくない時もあるのです。旦那は以前、私の身に何かあっても通報はしなくていいと仰っていました。自分でなんとかできるからと」
「しかしいくらなんでも一年は長すぎませんか?」と禅。
「えぇ。そうなのですが、旦那が調査に出て三日ほど経ったあと、奥さん宛にゾエナが届いたんです。そのゾエナは旦那のような声で『しばらく帰れない』と言ったそうです。
姐さんと俺はそのとき出掛けていたのでゾエナを見ていないのですが、旦那がそんな便りを送ってきたということは、何か事情があるのだと解釈しました。なので旦那の帰りをずっとお待ちしているのですが、今のところなんの音沙汰もなく…」
「心配ですね。調査が長引いているだけだといいのですが…」禅は不安げに言った。「なにか手掛かりのようなものはないのですか?」
「手掛かり…と言えるかどうか分かりませんが、そのゾエナは旦那がいつも身に着けていた金縁の拡大ガラスを銜えていたそうです」
「あ!照さんが付けていた金の首飾りはお父さんのものなんですね」つむぎが閃く。
「そうです」命は頷いた。
「なんだか不吉なものを感じませんか?」大きな犬は恐る恐る言う。 「いつも身に着けていたものを渡すなんて、まるで形見のようじゃないですか」
「姐さんもそのように考えました」助手は声を落した。
「しかし商売道具である拡大ガラスを渡されたということは、探偵をしっかり続けていろという旦那からの言付けだと受け取ったのです。
旦那が調査に出たあと奥さんも入院されて、姐さんは大変落ち込まれたのですが、調査で頑張っている旦那と病気を治そうと努力なさっている奥さんのことを想って奮起なさいました」
「逞しい方だ」禅はしみじみした。「冴夜さんの行方は心配ですが、照さんはご自身のできる事をなさっているのですね。本当にここの方々は立派だ。相見互いとは言いませんが、我らにできる事がありましたらぜひ協力させてください」
「ください!」つむぎも言った。
「ありがとうございます」命は心強い仲間ができた気分になった。
そのとき事務所の戸が静かに開き、照が帰ってきた。




