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二月 その三

-前回-

警察採用試験を受けにメディウへ来たつむぎと禅。その二匹に一夜の宿を貸した照と命。照が出掛けている間につむぎと禅、命は互いの生い立ちを話したのであった。


 「僕は鼻の良さが自慢なんですけど、照さんと命さんは何か得意なことありますか?」子犬は純粋に尋ねた。


 「俺は特に…」命は言った。「筋力と戦闘力は他の猫よりあるほうだと思いますが、それでもまだまだです。しかし姐さんはすごいんですよ」とつむぎのように相方の自慢を始めた。


「姐さんは桁外れの聴力をしているです。猫種は耳のいい動物なのですが、姐さんはより一層よくて。


もともとあまり足音のしない猫種でも、姐さんならその足音を聞くことができます。知っている方なら少し離れていても足音で誰なのか聞き分けますし、ここの三階で水が一滴ポトリと床に落ちた音も一階で聞いていました。


その聴力を使って事件を解決したことも何度が。姐さんの近くで内緒話をしても、それはしていないも同然です。鼻の悪さを補うために耳をよく使われて今の聴力になりました」


 「それはすごい」犬たちは感心する。


 命は気分が良くなり調子に乗ってさらに相棒を称えた。


「姐さんはとても賢い方で、文字だってすらすら読みますし、手紙だってよく書いています。勉強が好きで努力家で優しくて…。依頼主のために親身になり、どんな困難な依頼でも必ず引き受けて、決して諦めずに解決するんです」


 「ずいぶんと照さんのことを尊敬なさっているんですね」禅はその心酔ぶりに微笑んだ。


 命はハッと我に返り、恥ずかしさでヒゲ袋を膨らませた。「え、えぇ。まぁ」


 「あの、先ほどから照さんのことを姐さんと呼ばれていますが、どういった繋がりで?」


 「俺は…。姐さんのお父さん、冴夜(さよ)の旦那のおかげでここで働けているんです」


 「お父さまの?」


 「はい」命は神妙な面持ちになった。「実は…。俺は生まれてすぐ売りに出されました。三毛猫のオスは珍しいので、親は(もん)欲しさに身売りと取引したんです。それから俺は闇市に出されました」


 「えぇ!」犬たちは驚いた。「酷い親御さんですね。今はどうしているのです?」と禅。


 「分かりません。猫の国にいるようですが、俺は親のことは何も知らなくて」


 「そうですか…」禅は目を鋭くさせ思案した。「その…。身売りというのは?」


 「とんでもない無頼漢(ぶらいかん)どもです。この街には骰狗(こうく)という犯罪集団がいまして。悪を極めている奴らです。


骰狗はいくつかの派に分かれていて、身売りをやっている連中は(はぎ)の一派と呼ばれています。他にも詐欺を働く(かえで)の一派、危険な薬を売る牡丹(ぼたん)の一派など様々います。


身売りをしている萩の一派は珍しい動物や特異、混血を攫ったり買い取ったりして闇市で競売にかけるのです」


 「この街にもそのような悪党がいるのですか」正義感の強い狼犬は気分を悪くした。


「我も狼犬ゆえ、そのような輩には気を付けろと言われました。幸い危険な目に遭ったことはありませんが、どこへ行っても悪い奴というのはいるのですね。子供や力の弱い動物には成す術がないというのに」


 「えぇ。俺も生まれたばかりの子猫だったので自分ではどうにもできませんでした。しかし萩の一派はどんな動物でも狙います。俺の知り合いに体が大きくて力の強い熊種と犬種の特異の方がいますが、それでもあの一派に捕まりました」


 「見境なしですか」禅は鼻面にシワを作った。


 「骰狗は大きな集団なので一派同士で協力して様々な手段を取るんです。言葉巧みに操ったり、薬を盛ったりして攫う」命は苛立ちで毛を逆立てた。


 「ひぇ…」小さなつむぎは耳を下げた。


 「命さんは売られたあとどうなったのですか?」禅が聞く。


 「俺はある文持(もんも)ちの家に買われました。そこで下僕として働かされたり、見世物にされたり…。こき使われたんです」思い出して表情が暗くなる。


 禅とつむぎも悲しくなった。


 「しかしそれはマシな方でした。ある日、その文持ちの家に研究者を名乗る者が来て、俺を買いたいと言い出したんです。三毛猫のオスは高値で売れるので、どうすれば三毛猫のオスが生まれるのか調べたいと。


そして三毛猫のオスから三毛猫のオスが生まれれば、さらに希少価値が上がります。繁殖に成功すれば莫大な文が手に入るので、俺を買わせてくれと言っていました。


それで文持ちと研究者の間で何やら契約を交わし、俺はまた売られました。俺は研究所へ行き、そこでもこき使われ、虐待を受け、このような見た目になってしまいました」


命は傷だらけの自分を指した。


「もとは黒と(だいだい)の長い尾を持っていたのですが、邪魔だと切られてしまって」とない尾を振る。


 「ううぅ…」つむぎは想像して涙目になった。


 「お痛わしや…」禅もうつむく。


 「けれど姐さんのお父さん、冴夜(さよ)の旦那が助けてくださいました」命は少しためらってから話した。「あの。ここだけの話にしていただきたいのですが、旦那は探偵の他に義賊(ぎぞく)もなさっているんです」


 「…義賊ってなんですか?」つむぎは涙目のまま聞く。


 「悪行を働いて儲けている奴らから文や財宝を盗み、貧しい方へ渡す活動のことです」禅が説明した。


 「へぇ」小さな犬は理解した。「そんな方がいるんですね!」と少し元気になる。


 「はい。例え義賊であっても、旦那がやっていることは簡単に言えば泥棒です。警察犬を目指している方々にお伝えするのはどうかと思いましたが、お二匹を信用してお話しました。どうか旦那が義賊をやっていることはご内密にお願いします」


 禅は耳を掻いた。「なんのことでしょうね。我々はまだ警察犬ではないのでよく分かりませんが」と知らないフリをする。


「今はただの狼犬と子犬です。それでなくとも、親切にしていただいた方を裏切るようなことは致しません」


 「その通りです!言いません!」つむぎも大袈裟なくらい固く決意する。


 「ありがとうございます」命はホッとした。


「それで、旦那はある事件の調査を行った際にその研究者の存在を知ったそうで。義賊として研究所に忍び込み、俺や他にも研究材料となっていた動物たちを解放してくださったんです。


さらに研究者は萩の一派ともつながりがあったので、旦那は研究者から奴らのアジトを聞き出し、月日をかけて一派を壊滅させたのです。もちろん研究所も痛手を負って潰れました」


 「ほぉ!」禅は目を見開く。


 「かっこいい!!」つむぎも表情を輝かせた。


 「萩の一派がいなくなったことにより、今のところ身売りはこの街にいません。復活する可能性はあるので注意はしているのですが」命はグッと拳を握った。


 「冴夜(さよ)さんのおかげでこの街の安全がひとつ増えたのですね」混血の狼犬は言った。


 「はい。けれど特異や混血の方は大事を取って今も隠れて生活なさっています。萩の一派が居なくなったと知らない方もいますし、身売りという犯罪行為や闇市自体が無くなったわけではないので」


命は穏やかな表情で話を続けた。


「この街には俺の他にも旦那に助けられた方が沢山います。先ほども話に出た熊種と犬種の特異の方もそうです。


旦那は助け出すだけでなく、義賊で得た文を助けた動物たちに分け与えて生活できるようにもしてくださって。多くの方が旦那に感謝しています。本当にすごい方なんですよ」


照と同様に命はここの所長も敬愛していた。


 「すごい!かっこいい!」つむぎは丸まった尾を千切れんばかりに振る。


 「命さんは助け出されたあと、どうなさったのです?」禅も興奮気味に尋ねる。


 「俺は旦那のお兄さんの所へ預けられました。その方は暮夜(ぼや)さんといって、この街で格闘や護身術を教える道場を営んでいます。


三毛猫のオスだとまたいつ狙われるか分からないので、自分の身は自分で守れるようにと、痩せっぽっちでチビだった俺に技の全てを一から叩き込んでくれました。生活の面倒も見てくださったので俺の親も同然なんです。だから親父と呼んでいます」


命は育ての父も誇りに思っていた。


「親離れするような齢まで親父の元でお世話になり、それからはここで働かせてもらっています。自由の身になって、姐さんのお手伝いができて…。それもこれもすべて冴夜(さよ)の旦那と暮夜(ぼや)の親父のおかげ。お二匹には頭が上がりません」


 「いやぁ。すごいお話ですね」禅は感動した。「その辺の御伽噺(おとぎばなし)よりも印象的だ」


 「その暮夜(ぼや)さんという方も相当かっこいいのでしょうねぇ…」つむぎはうっとりとした表情になる。


「この街にそんなかっこいい方々がいるなんて、やっぱり来てよかったです」痺れたのかブルリと身を震わせた。


 「右に同じく」禅は頷く。「暮夜(ぼや)という言葉もありますよね。確か意味は、夜とか夜になったときでしたか?」


 「その通りです」と命。


 「はい。質問いいですか?」つむぎが短い手を挙げる。


 「なんでしょう?」


 「命さんって照さんより齢が上ですよね?」子犬は鼻をひくひくさせる。


 「はい。俺のほうが早く生まれています」


 「それなのに姐さんと呼んでいるのですか?」


 「そうです。救済者の娘さんだからということもありますが、なによりも姐さんはこんな不出来な俺にとても良くしてくださるんです。探偵としても猫としても動物としても尊敬できる素晴らしい方ですから、そう呼んでいます」命はお茶を飲もうとした。


 「照さんと結婚しないんですか?」つむぎは無邪気に問う。


 「なっ!」三毛猫は驚いてお茶を吹いた。「な、な、なぜそのようなことを!」と毛を立てて慌てる。


 「え?照さんのこと好きじゃないんですか?」子犬は首を傾げた。


 「いえ!」大声で否定する。「その…。姐さんのことは好いておりますとも…!」勢いに任せてつい暴露。「あっ!いえ、そうではなく…。いえ、違うことはないのですが…」とゴニョゴニョ。


 「忍ぶ恋というやつですか?」意外にも禅も興味を示した。「それとも片恋でしょうか?」


 「や、やめてください」命は短いヒゲをぴくぴくさせてどもった。


「姐さんは、その、あの、お、俺がお(した)いしていることを知っています。どれだけ隠そうとしても姐さんは勘の鋭い方ですし、俺がドギマギしている心音も聞いていますから…」


 「でしたらなぜ(つがい)にならないのですか?照さんと命さんはとてもよくお似合いに見えますよ」狼犬は三毛猫を励ました。


 「あ!もしかして照さんには他に想いを寄せているオスがいるのですか!?」つむぎが聞く。


 「いいえ。そう言った話は聞いたことがありません」命はまだ少し動揺していた。


「い、いや。もしかしたら俺が知らないだけかもしれませんが…。姐さんはお仕事とご両親のことを大切になさっているので、今はそうした色恋事には興味がないのかと…。えぇ。きっと、探偵だけでなく義賊もなさろうとしていますから、お忙しいのです」自分を納得させるように言った。


 「では折を見て契りを結ぼうと?」禅が聞く。


 「い…。いいえ。それはないかと」恋(わずら)うオスは落ち込んだ。「俺なんかが姐さんと結ばれるなんてあり得ません」


 「なぜそのようなことを言うのですか」禅は額にシワを作る。


 命は小さくため息をついた。「三毛猫のオスは子を成すことができないのです。稀にできるという話を聞いたことがありますが、例え俺と姐さんが結ばれても、子は成せないでしょう。実際、俺は研究者のもとで繁殖に使われましたが、子ができたことはありません」


 「それで引け目を感じていると?自分ではどうにもできないことでしょう?仕方ないじゃありませんか」大きな犬は猫を擁護する。


 「俺にとって姐さんは高嶺の花なんです。きっと俺よりも賢くて優れたオスがお似合いで…」命は己を卑下した。


 「命さんはとってもかっこいいですよ!」つむぎが叫ぶ。「僕も命さんみたいな大きな体と筋肉が欲しいです!厳めしいお顔にも憧れます!」


 頭を軽く下げる猫。「そう言ってくださるのは嬉しいです。しかし、理由はそれだけではないのです。俺と姐さんには生まれながらにして雲泥の差があるんです」


 「どういうことです?」


 


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