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二月 その二

-前回-

街のお祭りに出かけた探偵の照と助手の命。そこで子犬のつむぎと混血の狼犬、禅と出会い、彼らに一夜の宿を貸してあげるのだった。


  「申し訳ありません。散らかっていて」事務所に入ると命はまず言った。


 「うわぁ。すごい所ですね」つむぎは部屋の中を見回す。「知識と歴史の匂いがします」と鼻を動かす。


 「やめなさい。つむぎ」(ぜん)が子犬の鼻を掴んでやめさせる。「失礼ですよ」


 「褒めてるんですよ!」つむぎはその手から逃れた。「こんなにたくさんの書物や新聞がある場所、初めてです!他にありません!」黒く丸い目をキラキラさせる。


 「姐さんが聞いたら喜びます」命は事務所の真ん中にある背の低い机と椅子からガラクタを退けた。「どうぞ。お座りください」


 「失礼します」二匹は座った。


 「お茶をお持ちしますね」助手は小さな台所へ向かう。


 「お構いなく」禅が声をかけた。


 「ここはどういった場所なんですか?お店?」つむぎはキョロキョロしながら無邪気に尋ねる。


 命はお茶を用意しながら説明した。「ここは探偵事務所ですよ」


 「探偵ってなんですか?」子犬は首を傾げる。


 「困っている方のお手伝いをする仕事です。なんでもやりますよ」


 「萬屋(よろずや)さんってことですか?」


 「いいえ。うちは品物を扱っているわけではないので。生き物を探したり、事件を追ったりするんです。便利屋、御用聞きと言われることもありますが、この街の方々からは夜の探偵事務所と呼ばれています」


 「わぁ!じゃあ警察と同じですね!」


 「正確には違いますが、」命はお茶を出した。「内容は似ていますね」椅子に座る。


 「頂戴します」禅はお茶を飲んだ。「ではあなた方は探偵さんということで?」


 「姐さんは探偵ですが、俺はただの助手です。俺はそこまで頭が回りませんから。ここは姐さんのお父さんが始められた事務所で、父娘(おやこ)で探偵をなさっています」


 「照さんのお父さまはどちらに?」禅は事務所内を見回す。「ご挨拶したいのですが」


 「旦那は…。冴夜(さよ)の旦那はいま事件の調査に出ていて不在です」


 「冴夜さんと仰るんですね。だから夜の探偵事務所と呼ばれているのですか」禅は納得した。


 「まぁ、そんなところです」命は頷く。


 「まったく意味が分かりません」つむぎは話に付いて行けずムッとなった。「どういうことですか」


 「小夜(さよ)という言葉があるのですよ。夜という意味です」狼犬が説明する。


 「へぇ!」小さな犬は耳をピンと立てた。「その冴夜さんというのはどんな方なんですか!」


 「とても偉大で優れた方です」命は尊敬の念を込めた。「素晴らしく切れる頭脳をお持ちで、才能の塊と言っても過言ではないほど多才です。お心も寛大で優しい方なのです」


 「ほぉ」犬二匹は関心を示した。


 「冴夜の旦那は姐さんと同じく艶やかな漆黒の毛をお持ちです。耳の先から尾の先まで真っ黒なんですよ。そして月のような黄色の目をしています」


 「なんとも興味深い」禅が言った。「照さんのお母さまは?」


 「奥さんは()()()さんと仰って、全身雪のように白い毛をしておられます。冴夜の旦那よりも薄い黄色の目で、とても見目麗しく奥ゆかしい方です。奥さんも穏やかで優しいのですよ」


 「そのひなたさんはどちらに?」


 「今は白組が運営する病院に入院中です」命は欠けた耳を少し下げた。


「俺には難しくて分からないのですが、なんでも免疫?とかいうところが悪いそうで。繊細な病気だからと病院の外にいる者が奥さんと会うことはできないのです。たとえ家族であっても病気を悪化させてしまう恐れがあるので面会もできなくて」


 「なんともお痛ましい」禅とつむぎも耳を下げた。「どのくらい入院なさってるんです?」


 「もう十か月近くになります。その間一度もお会いできていないのですが、月に一度奥さんから手紙が来ますよ。姐さんはそれを楽しみに仕事を頑張っておられます」


 「それはそれは」狼犬は感動した。「照さんにご兄弟は?」


 「いいえ。一匹っ子です」


 「三匹家族ですか。お母さまのご病気のことは残念ですが、とても素敵なご家族ですね。そのような方々とお知り合いになれて嬉しいです。勿怪(もっけ)の幸いに感謝」


 「照さんは青リンゴみたいな目をしていますよね!」つむぎが言った。「すごく綺麗ですよね!あんなに鮮やかな青い目、見たことありません!」


 「えぇ。黒毛で青目の猫というのはいるにはいますが、数は少ないです」命は言った。「ましてや姐さんほどの濃い青色はいません。でも姐さんの場合は少し特殊といいますか…」


 「伺っても?」禅は左右違う目の色を三毛猫に向け、控えめに尋ねた。


 「はい。成長するにつれて目の色が変わる動物はいますよね」命は説明した。


「猫種もそうです。姐さんのご両親も生まれたときは青く、成猫になるにつれ黄色くなったと仰っていました。なので姐さんも成長したら黄色くなるだろうと思われていました。


しかし姐さんは生まれてすぐの頃に大病を患ってしまい、その影響か成猫になっても青目のまま。むしろ齢を重ねるごとに青色が深くなっているように見えます」


 「なんと!」犬たちは驚いた。「その大病というのは?」


 「詳しくは分かりませんが高熱が何日も続いたと聞いています。死の淵を彷徨うほどだったと。今は健康そのものですが、体はあまり大きくならず、後遺症というもののせいで鼻が利きません」


 「ええぇ!!」つむぎは大袈裟なほど驚いた。「鼻が利かないなんて!」


 「こら。そのような反応は失礼ですよ」禅がたしなめる。


 「あ、ごめんなさい」子犬はすぐ謝った。


 「いいのですよ」照ならこう答えるだろうと命は言った。


「姐さんは子猫のころ、鼻が利かないせいで色々と苦労なさって。近所の子からいじめられたこともあるそうです。


他にも、鼻が利かないと食べ物の匂いや味が分かりませんから、腐ったものを食べようとしたり、相手の匂いを識別できないので奥さんと似た後ろ姿の白猫に付いて行こうとした経験もあるそうです」


 「大変な幼少期だったのですね」禅は同情を示した。


 「今の仕事に影響が出ることもあるのですが、俺が代わりに嗅いだりしてなんとかやってます。先ほど青リンゴ菓子を頂きましたが、」


命は子犬を見る。


「姐さんは味ではなくその瑞々しさと触感を楽しんでいるんです。といっても俺たち猫種はもともと甘味を感じにくく、水にはうるさい動物なのですが」


 「我々犬種は甘味に敏感な動物ですよ」禅が言った。「我は狼も入っているので少々違うかもしれませんが」


 「甘さを感じにくいなんて勿体ないですよぉ!損してます!あんなに美味しいのに!」犬種のつむぎはなぜか悔しがった。


 「仕方ありません。猫なので」三毛猫は困ったように微笑む。「お二匹はどのようなお育ちなんですか?」


 「我は犬の国で生まれました」禅が話した。


「そして犬の国で育ちました。犬の国と狼の国は隣国同士。境界もほとんどないようなものですから、狼犬というのはそこまで珍しい混血でもないのです。


ですが我が育った地域はずいぶんな田舎でしたので混血はあまり群れに馴染めず。中途半端な我は、はぐれ狼にも負け犬にすらもなれないのかと悲嘆しました。


しかしこのまま屈するのは我の精神に反します。一念発起し、我のように困っている狼犬を助けるべく警察採用試験を受けました。ですが犬の国は純血の犬から採用を取っているようで、落とされました。


狼の国でも受けたのですが、あちらはさらに厳しく社会ができていますので、余所者を取る気はないと言われ落ちました。


どうしようかと悩んでいた時この街のことを思い出し、ここなら我を受け入れてくれるのではないかと参った次第です」


 「そうでしたか。禅さんも苦労なさったのですね」命も同情を示す。


「誰かを救いたいという純粋な気持ちを持つ方が採用されるべきなのに、出自を優先するなんて無情です」


 「いいえ。我の修行がまだまだ足りなかっただけです」禅は謙遜した。「明日は受かるよう全力を尽くしますよ」


 「応援しています」


 「ありがとうございます。それで、このつむぎは、」と子犬を指す。


「犬の国で生まれ育った純血犬です。とても元気で素直な性格をしています。つむぎの家は立派な織物屋で、犬の国では名が知られているのですよ」


 「おぉ」命はつむぎを見る。


 「えへへぇ」子犬は照れ笑いをした。


 禅は話を続ける。「このつむぎ、生まれつき嗅覚が優れていまして。訓練を積めば必ず昇華する才能の持ち主なんです。先ほどの青リンゴ菓子も匂いでどこの店から買ったのか分かったのですよ」と弟分を誇らしげに褒める。


 「なんと!」猫は驚いた。「それはすごい」


 「うへへぇ」丸まった尾を振り回すつむぎ。


 「本来であればまだ親元にいるべき齢なのですが、何度止めても我と一緒にメディウで警察犬になると言って聞かんのです。とてもませておりまして」困ったように弟分を見る禅。


 「ふふふ」つむぎは子犬らしく無邪気に笑った。


 「お二匹はどのようにしてお知り合いに?」命は尋ねた。


 「偶然の出会いでした」狼犬は当時を回想した。


「ある日、我は警察犬になるための体力をつけようと川辺で修行を積んでいました。そこにつむぎが水遊びをするためにやって来まして。


修行している我を見て、つむぎの何かに響いたのでしょう。変に興味を持たれまして。以来ほとんど毎日のように我にくっついてくるようになりました」


 「だって禅さんかっこいいんですもん!」つむぎは大声で叫んだ。


「見てくださいよ、禅さんのこの足!とっても大きくて長くて強そうでしょ?毛色だってまだらでいなせですし、声だって低くて、牙も太くて鋭くて、目の色だってお洒落ですし、頭もいいし、正義化の強くて、礼儀正しくて優しくて面倒見も良くて、」


 「や、やめさない」禅は熱弁する子犬を慌てて止めた。「恥ずかしいじゃないですか」ふさふさの尾を震わせる。


 つむぎは無視して続ける。「禅さんが僕の鼻の良さに気付いてくれて、それを活かそうと言ってくれたんですよ!警察犬になるための努力も欠かさずに続けていて、」


 「分かったから落ち着きなさい」狼犬はたしなめる。


 「とてもいいご関係なのですね」三毛猫は微笑ましく犬二匹を見る。


 「はい!」つむぎは元気に答えた。


 「まったくもう」禅は恥ずかしさを隠すようにため息をついた。




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