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二月 その一


  「なぁ、命よ」ふかふかの椅子に座り、目を閉じて照は言った。


 「なんでしょうか」命はそんな探偵を見る。


 「私は探偵失格かもしれないねぇ」呑気ともとれるような声。


 「そんなことはありません」不安を隠すためにこのような言い方をしているのだと助手は分かっていた。


 「だがな、見つからないのだよ。モグ・モグが!」照は澄んだ青い目をカッと見開いた。


 若い特異の家出事件が終わってから数日後、照と命は毎夜のようにモグ・モグ探しに出かけていたが見つかる気配はまるでなかった。


 「仕方ないですよ。モグ・モグは見つけるのが難しい生き物ですから」助手は宥めた。


 「でもさ…」三角の耳を倒して落ち込む。「見つけてやりたいじゃないか。依頼主のために」


 「そうですね」命は相方を安心させるために微笑んだ。「依頼主の方には時間がかかるとお伝えしていますし、その旨の了承を頂いていますからゆっくり探しましょうよ」


 「うん…」長い尾をぶらぶらと揺らす。


 「俺たちはあのホスゥを見つけたんですよ?きっとモグ・モグも見つけられます」と励ます。


 ホスゥとは馬種や鹿種に似た生き物である。山のような巨体は四足歩行で歩き、茶色の肌は木のようなザラザラとした質感。四肢は木の根のように丈夫で、頭に生えている(つの)は枝分かれに伸びていた。


森の妖精の子孫と言われているので樹木に擬態することができる。土から栄養を摂り、その体や角に花や実を付けることもあった。


性格は穏やかで温厚だが猛々しい力の持ち主。なのでホスゥに手伝ってもらい木脚屋(ききゃくや)という運送の仕事をする動物もいる。


 以前、照と命はこの街で木脚屋をしている動物から「逃げ出したホスゥを探してほしい」という依頼を受けた。


二匹は街の北側にある森へ毎日足をはこび、生えている木の本数と位置、姿かたちを記録して移動している木や変形している木がないかを地道に調べた。そして見事に擬態していたホスゥを見つけたのである。


 「あの依頼は本当にくたびれた。もう二度とやりたくない」黒猫は机の上に顎を乗せて嫌がった。


 「骨の折れる依頼でしたね」嫌がっているが頼まれたらまた探してあげるのだろうと命は思った。


「どうですか。気分転換に大通りへ出かけませんか?今日は光石祭ですよ。この街で初めて光の石が見つかった日です」


 「お祭り?」照は耳をピンと立てる。


 「はい」


 「お祭り!そうだった!」体を起こす。「今日は光石祭だ!」


 「そうです」


 「青リンゴ菓子あるかな?」大きな青い目を輝かせる。


 「きっとありますよ」


 「行こう!」小さな探偵はにっこりと笑うと椅子から飛び降りた。



  二匹は(もん)の入った巾着を手に大通りへ向かった。大通りはメディウで一番大きな通りで、街の中心を横に貫いて伸びる石畳の道だった。


大通りには様々な店や公署が軒を連ねているが、光石祭の今日は出店もずらりと開かれており、多くの住民が祭りを楽しむために大通りを行き来しさんざめいていた。


 「おっ!青リンゴ菓子だ!」照は最初に見つけた青リンゴ菓子の出店を指す。


 そこには青リンゴが丸々ひとつ木の棒に刺さって並んでいた。甘味液として花から抽出した蜜がかけられているため、光を受けるとキラキラと輝く。


 「一番大きな青リンゴ菓子をください!」ウキウキしながら照は店主に注文した。文を払って一番大きい青リンゴ菓子を受け取る。照の目のように艶めく青々としたリンゴだった。


 「いただきまーす!」道の端に留まると、照はさっそくシャリッと音を立ててひとくち齧った。「うむ!うまい!瑞々しいぞ!」ご機嫌に喉を鳴らす。


 「よかったですね。姐さん」相方の元気を取り戻せて命は満足した。


 「命も食べるか?」青リンゴを命のほうへ差し出す。


 「い、いいえ!俺は結構です」慌てて断る。「立派な青リンゴですから姐さんが一匹占めしてください」


 「おいおい。私はそんなにさもしい猫ではないぞ。遠慮せずに食え。素敵なものは大事な者と共有したいのだ」


 「お気持ちありがとうございます。ですが俺は本当にいいですよ」両の肉球を照に見せて再び断る。「姐さんが頂いているところを見るほうがいいです」


 「なんだそれ。変なやつ」照は大口を開けて青リンゴを齧った。「いいもん。私が全部食べるもん」


 「はい。どうぞ」命はクスリと笑った。


 「あ、そうだ。食べながら母さんへのお土産を探そう」口の中にあるリンゴをシャクシャクいわせながら黒猫は提案した。


 「いいですね」


 「何がいいと思う?」辺りを見回す。


 「そうですね...。食べ物は持ち込めませんから、光の石の装飾品などはいかがでしょう?」


 「おぉ!それがいい!探そう」照は喜んだ。


 二匹は装飾品を扱っている店を探しながら大通りを経巡(へめぐ)った。(すだ)きひしめく動物たちを避けながら照は青リンゴを食べる。


 「あ!あったぞ!」照は装飾品が飾られている出店を見つけ、指をさした。


 そのとき二匹のそばを通りかかった動物が、溢れかえる群衆に押されて照のほうへよろめいた。


 「な!」照とその動物はぶつかり、その衝撃で照は持っていた青リンゴを地面に落とす。「嗚呼!私の青リンゴが!」


 「姐さん!大丈夫ですか?」命はすぐさま小さな黒猫を庇う姿勢をとる。


 「すわ!これは誠に申し訳ない」照とぶつかった動物が言った。


 それは体の大きな犬種のオスだった。体毛は白と黒、灰色と明るい薄茶が混ざり合ったまだら模様をしており、頑丈で強そうな筋肉を身につけている。手足も長く大きい。尾は立派でふさふさ。


顔は鼻筋が長く、照を一飲みに出来そうなほどの大きな口、三角の耳、目は片方が淡い水色、もう片方は濃い茶色をしていた。


 「お怪我はありませんか?」大きな犬は言った。


 「ありません」照は長い尾を下げ、ヒゲも下げて明らかに落ち込んだ。「リンゴが…」と嘆く。


 「これは(いた)く御免なさい」大きな犬も黒猫の落胆ぶりを見て耳を倒した。「この雑多とはいえ、(われ)が不注意でした」


 「いいえ。こちらにも落ち度がありましたから…」しょんぼりと潮垂れながら照は言う。「申し訳ない」


 「(ぜん)さーん!」通りを行きかう動物の群れから一匹の小さな犬が現れた。


「やっと見つけました!もうこの動物の多さときたら。いくら体の大きな禅さんとはいえども見失う…。あれ?どうかしたんですか?」照たちを見る。


 小さな犬は白と明るい薄茶の毛色をしていた。顔や体の中心は白く、その周りが薄茶という柄をしている。三角の耳にはふわふわとした和毛(にこげ)。鼻はそこまで長くなく、目は丸くて黒い。


照とあまり大差ない体の大きさで、手足も小さく、尾はくるりと円を描いていた。


 「我がこの方とぶつかってしまって」大きな犬は小さな犬に説明した。「青リンゴを落されてしまったんだ」


 「本当だ!青リンゴが落ちてる!」小さな犬は道に落ちている青リンゴに向かって鼻をひくつかせた。「ふんふん…。僕が新しいのを買ってきますね」


 「いいのか?()()()


 「このくらい楽勝です!お任せください!」高い声で元気溌剌に言う。


 「すまないな」まだら模様の大きな犬は白茶の小さな犬に文を渡した。「頼んだ」


 「はい!行ってきます!」小さな犬は動物の群れの合間を縫って消えて行った。


 「ご挨拶が遅れました」大きな犬は照に向き直る。「我は禅と申します。お見知りおきを頂けますか?」と丁寧に頼んだ。


 「えぇ。もちろん」照は悄気(しょげ)ながらも挨拶を返した。「私は照と申します。こっちは命」と三毛猫を指す。


 「改めてこちらの無礼をお詫びさせてください」禅は(うやうや)しく頭を下げる。


 「いいのですよ。こんな混雑では仕方ありません」探偵は少し気を持ち直した。「とても礼儀正しく謙虚な方ですね。お気になさらず」


 「痛み入ります」禅は頭を上げた。「先ほどの小さな犬はつむぎといいまして、我の弟分のような子です」


 「そうでしたか」


 「はい。あの、失礼ですがお二匹はこちらの街の方でしょうか?」まだら模様の犬は低姿勢で尋ねる。


 「そうですよ。どちらから来られたのですか?」照は少し首を傾げる。


 「我らは犬の国から参りました。この街の警察採用試験を受けるために来たのです」


 「警察?」照は興味を持った。「なぜここの?犬の国にも警察はありますよね?」


 「えぇ。そうなのですが、お恥ずかしながら犬の国では試験に落ちてしまいまして」禅はふさふさの尾を下げる。


「実は、我は狼犬でして、そんなに大差ないのですがいわゆる混血というやつです。狼の国でも試験を受けたのですがこちらでも不採用。なのでこの街だったら我々を受け入れてくれるのではと思い参りました」


 「なるほど。我々ということは、あの小さな子も試験を受けるのですか?」照はつむぎを示した。


 「はい。あの子はまだ親離れする(よわい)じゃないのですが、どうしてもというので」狼犬は困った顔をする。


 「それはそれは」感心する猫。


 「故に恐縮なのですが、この街にお住まいでしたらどこか宿をご存知ありませんか?今夜泊まる場所を探しているのですが、この祭りのせいかどこも一杯で」と群れを見渡す。「連れはああ見えて疲れているんです。早く休ませてやりたくて」


 「おや。今夜だけですか?」


 「はい。試験は明朝なので。夕刻に合否の結果が出まして、受かればそのまま警察の宿舎に入ることになります。落ちたら夜の木脚で帰る予定です」


 「でしたらうちに泊まるといい。二階に空き部屋がありますから」照は提案した。


 「そんな!滅相もない。ご迷惑をおかけしたうえ、これ以上お手を煩わせるわけには」禅は全力で拒否した。


 「一泊くらい構いませんよ。お疲れなんでしょう?奇しき縁。ここで会ったのも何かの縁です。それに困っている動物がいたら助ける。これが私たちの信念ですから。な?命」三毛猫の助手を見上げる。


 「はい」命は頷いた。


 「なんとも有難いお言葉」禅はより一層深々と頭を下げた。「幸甚(こうじん)に存じます」


 「禅さーん!買ってきましたよー!」禅の連れ、つむぎが戻ってきた。「どうぞ!」と青リンゴ菓子を照に差し出す。


 「うむ!ありがとう」照は喜んだ。


 「同じ店の青リンゴ菓子ですよ!落ちたのと違って少し小さくなりましたけど」つむぎは笑顔で丸まった尾を振った。


 「お?青リンゴ菓子を売っている店は他にも沢山あるのに、同じ店とは」と驚く猫。


 「えへへ。実はですねぇ、」


 「こら。つむぎ。ちゃんとご挨拶しなさい」禅が注意した。「初対面の方にそのような態度はいけませんよ」


 「あ!はい!」小さな犬は背を正した。「初めまして!つむぎといいます!犬です!元気です!」


 「私は照と申す!こっちは命」照はリンゴを頬張りながら言った。


 「初めまして」命は軽くお辞儀をする。


 「今夜こちらの方々のお宅に泊めていただけることになった」狼犬は子犬に説明する。


 「本当ですか!ありがとうございます!」つむぎは喜ぶ。


 「いいのですよ。じゃあ命、この方々を事務所へお連れして」照はリンゴを咀嚼しながら助手に指示した。


 「姐さんはどうなさるんですか?」命は困惑する。


 「私は装飾品を買ったあとモグ・モグを探しに行く。このお祭り騒ぎじゃ出てこないだろうが、一応な」


 「お一匹で大丈夫ですか?」


 「あぁ。この方々を頼んだよ。すぐ帰る」探偵はリンゴを食べながら装飾品が売っている出店のほうへ向かった。


 「ではこちらです。付いて来てください」命は小さな黒猫を見送ったあと犬二匹を連れて事務所へ行った。



  

 

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