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  ()()()は仕事を終えると職場近くの路地裏にある行きつけの飲み屋に入った。本当はこんなところにいる場合ではないのだが、どうしても一時の安らぎを求めてしまった。


心の中で妻に謝り、店に入ってすぐの席に着く。そこは店主が目の前にいて調理台とも繋がっている長い木製の卓だった。


作業をしていた店主はチラリとうだつの姿を認めると飲み口の大きいガラス製の(はい)を取り出し、店で一番安いリンゴ水を注いだ。うだつがいつもこれしか頼まないと知っているからだ。そしてうだつもそれを分かっているので何も言わずに店の中を見回した。


 狭くも広くもないこの飲み屋は両隣の建物と密接しているため窓は店の入り口横と奥にしかない。店内は数台の四角い卓と(きし)む椅子が並べられており、淡く光を放つ提灯がぶら下げられているだけで味気ない。さらに店主の祖父の代から続いている老舗なのでいつも古ぼけた趣が漂っていた。


 今日は客の入りが多くない。三匹組のオス犬たちがうだつの後ろにある卓を囲んでおり、なにやらドヤドヤと話をしている。他には長く直立した耳が特徴の兎が一羽、うだつと同じ長い卓で飲んでいた。そして店の一番奥、灯りの届かない暗い卓でひっそりと静かに飲んでいる黒猫が一匹。


 店主がうだつにリンゴ水を出した。うだつは軽く頭を下げてからチビチビと飲み始める。いつもならこの店に出入りする客を眺めその会話を肴にするのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。仕事でも身が入らず失敗ばかり。家で待つ妻のためにもこの一杯を飲み終えたらすぐに帰ろうと考えていた。


 「また値上がりしたんじゃねえか?」卓を囲んでいる三匹組の内の一匹が大声で言った。


「しょうがねえよ。どこもそうだ」と別の犬。


 うだつは後ろの卓に目を向けた。大きな体で賢そうな顔つきをしている黒い長毛の犬。腕っぷしだけが取り柄で気は抜けていそうな茶毛の犬。その二匹の半分以下、ひときわ小さな体の白い和毛(にこげ)の犬だ。


 「ったく。世知辛いね」茶毛の犬は頭を掻いた。


 「前はもっと安かったんですか?」小さな白い犬が高い声で尋ねた。この犬はかなり若そうだ。


 「お前さんは新入りだから知らねえよな」黒毛の犬が低い声で言った。「犬の国からこのメディウの街に来てどのくらいだ?」


 「まだ一カ月も経っていません」白毛は答える。


 「そうか。まだそんなもんか」


 うだつは前を向いた。彼らの会話など聞くつもりはなかったのに、ついいつもの癖で耳を広げてしまう。


 「最近はまた新入りが増えたよな」黒毛の犬が言った。「お前さんみたいに仕事を求めてくる奴もいれば、自分の居場所を探しにやってくる奴もいる。決して治安のいい街とは言えねえのによ」


 「しょうがねえよ」茶毛が呑気に言った。「なんてったってこのメディウは光と異種の街だぜ?こんな面白い街、誰だって来たいに決まってる」


 「そうだけどよ。余所者(よそもの)が増えたせいで悪さする奴だって増えてるんだぜ?」黒い犬は苛立った。


「この前だってこの近くで窃盗があったじゃねえか。どうせあれも余所者の仕業だろ。先住の俺たちに迷惑かけるなっての。この街は新入りを大歓迎してるけどよ、俺はばあさんのそのまたばあさんの代からここに住んでるんだぜ?そういう住民をもっと大事にしてほしいね」と嘆く。


 「ちがいねぇ」茶毛が同意した。


 「なんだかすみません」白い犬は落ち込んだ。


 「お前さんはいいってことよ」黒毛は小さな白犬を慰める。


「俺は悪さする奴が許せないだけ。新入りが入ってくるのは仕方ねえが、先祖代々からこの街にいる俺たちが作り上げてきた(のっと)りは守れってことよ。郷に入っては郷に従えだ。


まぁ、ここの住民の大半は隣国の犬の国や猫の国の奴らだから話が通じる。けど他の種もちらほらいるだろ?そういう奴は育ちが違うから物の通りってもんがそもそも違ったりするんだよ」


 うだつと同じ長い卓で飲んでいた兎は居た堪れなくなったのか長い耳を下へ降ろした。うだつは少し兎を可哀想に思い、注意の意も込めてチラチラと後ろの卓を見る。


 「それによ、そいつらがこの街に住むならそれ専用の道具だったり食べ物だったりが必要になってくるだろ?」黒毛の犬はうだつの視線には気付かず茶毛に話しかけた。「多種多様に合わせてるとこうやって値上がりだってするもんなんだよ」


 「それよりも聞いたか?」茶犬は卓をドンと叩いて注目を集めた。「鳥の国にニンゲンが出たってよ」


 「お前さんが値上がりの話を始めたくせに、難しくなったからって話題を変えるなよ」黒い犬は呆れた。「しかもニンゲンなんて空想上の生き物だろ。所詮は御伽噺(おとぎばなし)。いるわけねえだろ」


 「でも新聞に載ってたんだぜ?」茶犬は反論する。


 「へぇ。お前さん、文字が読めたのか?そりゃ知らなかったぜ」黒犬はバカにするように笑った。


 「文字なんて奇妙なもん、俺が読むわけないだろ」茶毛の犬は恥ずかしさを交えながら怒った。「新聞を読む奴から聞いたんだ」


 「だろうこった。文字を読むには自分で勉強するか、塾に通わなきゃならねえ。それに新聞を読むのなんざ変わり者か文持(もんも)ちくらいだろうし、俺たちみたいなただの素寒貧(すかんぴん)の労働者は読まなくても生きていけるしな」


 「僕は自分の名前くらいなら読めますし、書けますよ」白い犬が主張した。


 「けっ!そんなもんはどうでもいいんだ」茶毛は声を張る。「俺はニンゲンのことが知りてえ」


 「俺はニンゲンよりもキネが異種婚したことに驚いてるぜ」黒毛は茶毛を小突いた。


 「あぁ!そうだったな!」茶色の犬はフハハと笑った。「犬種なのに猫種と(つがい)になったっていうじゃねえか。ここでは異種婚が認められてるとはいえ、犬は犬らしく犬と結婚しろってんだ。異種婚じゃ子供もできやしねえ」


 うだつの心臓がドキリと跳ねた。


 「できる奴はできるらしいぞ」黒い犬は喉を鳴らしてリンゴ水を飲んだ。「種の成り立ちが近い奴はな。俺たち犬なら狼あたりか?狼でもほとんど同じ種みたいなもんだがな。でも奇妙なことに、ごく稀に全く違う成り立ちの種でも子供ができることがあるよな。近い種は混血で、全く違う種は特異混血とか呼ばれるだろ」


 「あっ!僕、見たことありますよ!その特異混血!」小さな白い犬が一段と高い声を出した。


 うだつは杯を握り締めると耳をさらに大きく広げて話に聞き入った。


 「熊種みたいに体が大きくて、毛が真っ白で…」と小さな犬は思い出しながら言う。


 違う。うだつは肩を落とした。


 「そりゃ運がよかったな」茶毛が言った。「特異は貴重なんだぞ。滅多に見かけねえ」


 「そうなんですか?」と白犬。


 黒毛がフンと鼻を鳴らす。「特異はその希少さから身売りに狙われやすいんだ。だから安易にその辺をウロウロしてる特異は少ない。路地裏で生活したり、外套や頭巾をかぶって身を隠しながら生きてるんだ」


 「確かに僕が見た特異も外套を着ていました」白犬は納得した。「でもあの大きな体じゃ外套を着ていてもバレバレでしたけどね」


 「この街だと体の小さな特異には役立つんだろうな」黒犬はリンゴ水を舐めるように飲んだ。「猫の奴らは雨の日に濡れたくないからってよく外套を着てるだろ。寒くなったら着る奴だっている。そういう時は特異が外套を着て表通りを歩いていてもバレにくい」


 「そうですね。犬猫の多いこの街だと紛れますもんね」ふんふんと頷く白犬。「しかし身売りなんて悪事を働く輩がいるんですね」と身震い。


 「さっきも言っただろ?この街の治安は決して良くはねえって。身売りだけじゃなく他にも悪だくみをする集団がいるから気を付けろよ。小さいの」黒犬は小さな犬を揶揄(からか)った。


 「分かってますよぅ!」白い犬は虚勢を張った。


 「落ち着けよ」茶犬がなだめる。「純血の俺たちには関係ねぇ話だ」


 「でも…。そんな危険な動物がいるのにどうして捕まらないんですか?」


 「この街がそうさせるんだよ」茶犬は気取った。


 「どういうことです?」白毛は理解できなかった。「この街がって…。というか、この街ってどうやって出来たんですか?いつからあるんですか?」


 「おっ。知りてえか?」黒毛が得意気になる。


 「こいつの話はなげーぞ」茶犬は肩透かしを食らって白けた。


 「教えてください!」白い犬は興味津々。


 「いいだろう」体の大きな黒い犬はひとつ咳ばらいをしてから話し始めた。「遥か昔のその昔、まだキョウリュウとかいう生き物がいた時代のことだ。突然、この世界は真っ二つに分かれちまったんだ」大きな手を合わせたあと左右に開く動作をしてみせた。


 「えぇ!?」白犬は驚いた。


 「その真っ二つに分かれちまった時、俺たち動物の祖先も二つに分かれたんだ。ひとつは俺たちと見た目はそっくりだが全く別の生き方をしている種」右手を握って拳を作る。「もうひとつは今の俺たちになる種だ」左手を大きく開く。


 白犬はハイハイと頷いた。


 「別の生き方をしている種は、」右の拳を軽く振る。「俺たちみたいに言葉を話さないし、仕事もしない。生き方がまるで違うんだ。強い者が弱い者を食ったり、森の中や岩の隙間に住処を作ったり、四足歩行で歩く。ニンゲンってやつもこの世界にいるらしいぜ。しかもこの世界は時間の進み方が俺たちの世界とは違うらしい」


 「へぇ…」


 「で、今の俺たちになる種」黒犬は左の手をヒラヒラさせた。「俺たちの祖先は進化ってもんを繰り返した。二足歩行で歩いて、会話したり火を使ったり植物を育てたり、物を作ったり家を建てたり…。そうやって社会ってやつを築くようになったんだ。だが太古の昔からあるように、縄張り争いやメスや食べ物をめぐっての争いは絶えなかった。そこで登場するのがニンゲンさまだ」


黒犬は両手をバンと卓に叩きつけた。


「ニンゲンさまはある日突然、どこからともなく俺たちの世界に現れた。ニンゲンさまはありとあらゆる能力を持っていて、その能力を使ってこの世界を支配したんだよ。


そして厳格な決まりをいくつか設けた。そのひとつが種族ごとに土地を割り当てて国を作ることだ。犬は犬の国でしか生きられず、猫は猫の国でしか生きられないようになった。そのおかげで争いはずいぶんと減った。まぁ、つまらねえ小さな争いはその辺に沢山転がってるけどな」


 「うわぁ。ニンゲンってすごいんだなぁ」白犬は感心する。


 「ニンゲンさまは俺たちが苦戦していたこと解決してくれた。物の作り方や仕組みを根本から指導して、言葉や文字なんかも教えてくれた。いわゆる知恵ってやつだな。その土地を活かした植物を育てて他国に売るやり方も教えてくれたおかげで、随分と俺たちの生活は豊かになったってわけよ」


黒犬は杯に残っていたリンゴ水を飲み干してから話を続けた。


「だがあるとき、自分の国が嫌になった一匹の猫がいた。そいつは同じ思いを抱えている猫を集めてこっそりと国から抜け出した。そして犬と猫の国の間にあるこの土地に住みついた。


そこからは徐々に噂を聞きつけた犬や猫が集まってくるようになったんだが、当然の如く数が増えれば隠し事はできねえ。ニンゲンさまに見つかっちまったんだ。


ニンゲンさまは争いを避けるためにそいつらに解散を命じた。だがそいつらは何度もニンゲンさまと交渉を重ねてなんとかそこに住む許しを得た。それがこのメディウの始まりってわけだ」


 「なるほどぉ」白い犬は感嘆した。「あ、でも、はい。質問があります」と手を挙げる。


 「なんだ?」


 「なぜメディウという名前なのですか?」


 「よくは知らねえが、古い言葉で真ん中って意味らしいぜ」黒犬は答える。


 「へぇ。…はい。もうひとつ」


 「おう?」


 「メディウみたいな場所って他にもあるんですか?」


 「あぁ。あるらしいぜ」


 「よくわかりました!」小さな白犬は言った。「でもどうして街なんです?ここって国じゃないですよね」


 「ニンゲンさまの許しが出てないからだろ」ずっと黙っていた茶犬が口を挟んだ。


 「ニンゲンなんているわけないって言ってるだろ」黒犬は笑う。


「お前さん見たことがあんのかい?今の話だってただの御伽噺だよ。俺はばあさんの、そのまたばあさんの代からここに住んでるんだぜ?俺は何度もこの話を聞かされて育った。だから分かるんだよ。年寄りの年寄りの、そのまた年寄りが作った話に尾が付いただけだってな。物事の成り立ちなんざどうぜそんなもんだ」


 「じゃあお前はどうやってこの街が出来たっていうんだよ?なんで今はニンゲンさまがいないんだ?説明してみろ」茶毛が噛みつくように尋ねる。

 

 「知らねえよ。俺のばあさんが言うには、ニンゲンさまは頭は良くても肉体が弱かったから殺されたんだとか言ってたけどな。


そもそもニンゲンなんてこの世界にはいないんだからどうでもいいだろ。この街だってどうせ犬と猫の間でこの土地をどうするか話し合った結果できた街ってところだろうよ。


その証拠に、この街を統率してる勢力は二つある。紅組の犬のお(かしら)と、白組の猫のお頭。二頭政治ってやつだ。最近はそれも上手くいってないようだがな」


 「あ!だから一年後に選挙があるんですね」白犬が言った。


 「そうだ」黒犬は頷く。「この街にはいろんな種が集まってきてるからな。二頭政治じゃ収まりがつかねえことも出てきた。だから今の紅組が白組、どちらかのお頭を選ばなきゃならねえ。だが噂によりゃもうひとつ組ができてるらしいぜ」


 「なんか聞いたことあるな」茶犬は耳を()いた。「桜組だったか?」


 「あぁ」黒犬は同意する。「正式な集団でもなければ何が目的で誰がお頭かも判らねえ。本当に存在してるのかも怪しいくらいだ。()しになるか()(どもえ)になるか、一年後に分かるだろうよ」


 「紅組と白組について教えてくれませんか?僕も選挙に行きたいので」意欲満々で白犬は尋ねた。


 「いい心掛けだが、」黒毛はチッと舌を鳴らした。「お前さんは参加できねえよ。子供とこの街に来てすぐの奴は行けない決まりだ」


 「えぇ~」この街に来たばかりの小さな犬は落ち込む。


 「だがしかし知っておいて損はない。今後もこの街に住み続けるならな」黒毛はちょっと待てと白犬の落ち込みを止めて説明した。


「紅組のお頭は大黒(だいこく)って名の犬だ。でけぇ体で、黒と茶の毛色をしてる。もし大黒が選挙に勝ったらこの街は実質犬の国のもんになると言っても過言じゃねえ。あいつは犬の国のお頭とズブズブらしいからな。


犬の国の下に入れば生活は楽になるだろう。あそこは植物作りが盛んで仕事も安定してる。給料も高い。けど上下関係が厳しくてあまり自由がない」


 「白組が勝ったら?」白毛の犬は興味を持ち直した。


 「白組のお頭は猫又(ねこまた)っていう名の猫らしいが、その姿を見たことがある奴はほとんどいない。どんな猫か判らねえんで特異だって言ってる奴もいるくらいだ。その猫又はこの街を国にして発展させるって言ってやがる」


 「国にするんですか!」小さな白犬は驚く。


 「あぁ。このメディウがなぜ光と異種の街と呼ばれているか。それは光源となる‘光の石’が採れるからだ。この街に住んでる者の半分は採掘者だろ?俺たちみたいな」黒犬は卓を囲んでいる犬たちを指した。


 「そうですね」白犬は頷く。「僕も仕事を求めてこの街に来ましたから」


 「メディウはその光の石を他国に売って稼いでる。特に猫の国を含む北方の国にな。北方は一年中太陽がほぼ昇らない地域だから光の石が重宝されるんだ。


別に灯りが無くとも俺たち動物の目の中には鏡みたいなもんがあるから、暗くてもさほど困らねえ。目を使わず耳だけで生きてる動物もいるくらいだ。


だが文明の発展ってやつか?細かい仕事をするときとか、文字を書いたり読んだりするときとか。光が必要な時もあるだろ?それで昔よりも光の石がよく使われるようになったんだ。


他にも明るさの確保だけじゃなく別の使い道がないか研究してる奴もいるくらいだから、どんどん光の石の需要が高まってるぜ。そんなもんで、白組のお頭は光の石をウリに他国から動物を集めて異種の国にしたいんだとよ」


 「ふん!」茶毛の犬が勢いよく鼻を鳴らした。「この街だって北方寄りだから一年の大半は暗いじゃねえか」


 「夏の間は明るいだろ」黒毛が訂正する。


 「それでも暗い!」ウウッと唸る茶毛。「たまに太陽が恋しくなるぜ」


 「じゃあ犬の国に帰るこったな。あっちは一年の半分が明るいぞ」呆れる黒犬。


 「猫の国ってどんなところなんでしょうか?」大きな犬二匹の言い合いを他所(よそ)に小さな白犬は呑気に言った。


 「聞くところによると、」黒毛が応える。「自由気ままらしいぜ。貧富の差が結構あるらしいがな。一年のほとんどが暗いが、そこで採れる青リンゴは格別だ。月の光で育つから瑞々しいのに甘味がしっかりある。この街にも入ってきてるだろ?こうしてリンゴ水も飲めてる」


空になったグラスの杯をコツコツと指で叩いた。


「あとはマタタビ草とかいう植物も育ててるはずだ。一部の動物には大評判の嗜好品。だがその加工の過程によっちゃ、ぶっ飛んだ薬にもなるらしい」


 「ぶっ飛んだ薬?」白毛は声を一段高くして首を傾げた。


 「めちゃくちゃに気分がよくなるらしいぜ」茶毛が笑った。


 「それって薬って言うんですか?」


 「あぁ。この世の全ての痛みを忘れるくらいぶっ飛ぶらしい」惚けた顔で茶毛は言った。


 「ひえぇ…」小さな犬はそそけ立ち身を震わせた。


 「安心しろ。俺たち犬種には効果がねえから」黒犬が補足する。


 「なぁんだ」ホッとする白犬。「えっと、それで…。白組のお頭も猫の国のお頭と、その、ズブズブだったりするんですか?」


 「いいや」黒い犬は低い声で否定する。「猫又は猫の国を嫌ってるそうだ。そのお頭とも仲良くないんだと」


 「猫同士なのに?どうしてですか?」


 「さぁな。猫の考えてることなんて分からねえよ」黒毛は肩をすくめる。「猫又が猫じゃないせいか、はたまた猫の国のお頭が狂った奴なのか…」


 「猫の国のお頭ってどんな方なんです?」白犬は尋ねる。


 「可惜夜(あたらよ)一族だよ。聞いたことくらいはあるだろ?」黒毛は額にシワを作る。「この街にもその末裔がいるぜ。東通りで店をやってるはずだ。萬屋(よろずや)だったか…。いや、‘夜の探偵事務所’とか言ったか?」


 「あ?道場をやってるって聞いたぞ?」茶犬が言う。


 「どっちも同じ一族だろ。確か兄弟だったはず」


 うだつはハッとなり、勢いよく席を立った。そうだ!その手があった!急いで持っていた巾着袋の中から銅でできた丸く平たい(もん)を取り出し、卓に叩きつける。


 「ごちそうさん!」うだつは店主に声をかけると店を飛び出した。


 駆け足で汚れた路地を抜けると何本か通りを抜けて大通りへ出た。月の光が照らす大通りには多数の動物が行き交っており、急いでいるうだつとぶつかる。うだつはその度にペコペコと頭を下げて謝った。


 大通りをひた進み、東通りに差し掛かると角を曲がった。曖昧な記憶を頼りにあちらこちらに目を配りながら東通りを歩く。


そしてやっと目的の場所を見つけた。三階建ての木と土でできた目立たない外観の建物。営業中の印である小さな緑の旗が表の戸に掲げられていた。


 うだつは深呼吸をいくつかして動悸を収めるとその戸を開いた。




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