文治…もどき活動弁士
林「あ、待って!荒木田さん、待って!……ああ、消えてしまった」
弁士「へへへ、残念でした。(小声で)しかしあなた、錐最戸先生のことは何も訊かないね。荒木田さんばっかりで……(咳払い)えー、とにかく。てな分分けで、お後を引継ぎましたんで、以後よろしくお付き合いのほどをお願い申し上げます。さて!(張扇一擲)ここはいずこ、荒木田看護婦ははなぜ消えた……等々、五里霧中、曖昧模糊、空空漠漠の林満、つまりあなたですが、その林満に私はお伺いしたい。
あなたはかつて錐最戸先生に‘阿呆ばかりの世の中’と豪語されましたが、この世の中への突き放した云い方、不遜な態度は果してあなたご自身のものなのでしょうか?それとも……?」
林「それともって……師匠、活弁中に客がもの云っていいんですかね?」
弁士「ええ、どうぞお構いなく。ここはあなたと私の二人っ切りですから。貸し切りですから。どうぞ好きなようにおっしゃってください」
林「そうですか。それなら……不遜かどうか知りませんがね、その言葉は確かに私自身のものですよ。私に云わせりゃあそちら世の中の連中こそが‘不遜’なんだ。人を罵ってばかりいやがる」
弁士「ハハア、なるほどですね。尾藤イサオの反対って分けですね」
林「尾藤イサオ?」
弁士「いやですから‘(歌う)みんなおいらが悪いのさあ’の反対……」
林「(笑い)うまい」
弁士「いや、恐れ老いります。お褒めいただいておいて恐縮ですが、しかし遺憾ながら私の耳にはあなたならぬ、もう一人のあなたの声が重なって聞こえて来るのです」
林「もう一人……?もう一人の私って、それは何ですか」