ここは雲の上、はるか上空だ!
荒木田「林さん、早く出て。書類が風で飛んじゃう」
林「はい、はい、出ますよ。いそがしいな、もう……」
靴を履いて階段踊り場に出る音。風の音。
林(M)『表に出て驚いた。これで何度目か知らないが……看護婦の云ったとおり天気が激変していて、まわりの雲が暗雲となり、カミナリさえ鳴り出していた。手すりにつかまなければならないほど風が強くなっている。しかし雲の向こうは相変わらず見れない。帰ると云ってもいったいどこへ行けばいいのか。とにかく下に降りればいいのだろう。せわしさのなか必死に笑顔をつくって、ドアを半開きにして見送ってくれている荒木田看護婦に、来院の前にすれ違った男と同じことを云う。風に負けないよう大声で』
林「ありがとうございました。先生の診察は身に沁みました。必ずまた来ます。あなたにまた会いたい」
荒木田「まあ、はいはい、また来てくださいね。バイビー」
林「バ、バイビー。じゃ……」
階段を下りて行く靴音。風の音。ゴロゴロ云う雷鳴。
林(M)『実にすさまじい光景だ。上空のカミナリ雲の真っ只中を行く気がする。最初の踊り場まで降りたときついにピカッと雷鳴が鳴った。音も光もすさまじくすぐ近くで発生したような気さえする。しかしそれより何より肝を冷やされたのが、雷光で一瞬雲の間から見えた足下の光景だった。なんと、地上ははるか下、何千メートルも下にあるのだ!途端に俺はその場にうずくまって一歩も動けなくなる。俺は立派な高所恐怖症だった。どうすればいいのか、また医院に戻ろうか、戻ったら入れてくれるだろうか、などと逡巡するうちに階上から声がかかった。荒木田看護婦だった。まだ見送ってくれていたのだった……』