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第十話 つかみ損ねた未来

 ――セツナ視点




『擬態』が、解けた。




 唐突に視界を埋め尽くした銀色の光。


 全身が泡立つような不快感に身を縮ませた瞬間、視界のはしに見慣れた爪が映りこんでいることに気が付いた。


「……え、なんで、わたし、この姿……」


 いいや、よく見れば爪だけではない。

 歯に指をあてて確かめた鋭い牙に、頭のてっぺんから生えた獣の耳。


 そして何より、人間の姿をとっていたときとは比べ物にならないほど研ぎ澄まされた五感から得られる世界の鮮やかさ。


 すべてが、自分の『擬態』が解けてキメラの姿に戻っていることを示していて――


 でも同時に、わたしの頭の中はハテナマークでいっぱいだった。




 なんで?


 なんで『擬態』が解けちゃったんだ?


 何時間でも、何日でも解かずにいられる自信があったのに。


 なんで、こんな急に?


 混乱するわたしとは裏腹に、周囲では何事もなかったかのように時間が過ぎていって、それがよけいに不吉で、自分の心臓がいやな動きを立て始めるのをわたしは静かな公園のすみで感じ取った。


 宝箱の中はなにもなかった。


 銀色の粉みたいなのがすみのほうに溜まってるだけで、わたしが望んだものなんてひとつも入ってない。


 すこしづつ、わたしは思い出してきた。


 ギルが、この魔法の宝箱は『開いた者の正体を暴いてしまう』と話してたことを。


 近い将来に大きな嘘をつく運命にあるものの正体を、暴いてしまうと。


 なんで?


 わたし、嘘をつく予定なんかないのに。




 ……もしかして、自分の正体を隠してたから……?







 ――そこで、キメラとしての五感から、わたしは何者かの気配を感じた。


「ッ誰だ!!」


 反射的に鋭い声を上げた途端、公園の木から鳥たちが飛びさっていく。


 わたしは顎を引いてじっと目を凝らした。


 視界をさえぎってる頭上の枝葉の奥深く――上のほうの高台で、三人分の人影が動いたのを見て、わたしの心臓はいよいよ冷え切った。




 どうしよう、姿を見られたかもしれない。


 殺しにいこうか?


 でも、変に動き回って、わたしの姿を見るやつが増えたら大変だ。

『擬態』が、なんでかうまくできないし……。




 静かな公園のすみっこで何も起こらないまま自分の息だけが荒くなっていき……。


 たまらず、わたしは逃げ出した。




 どうしよう、どうしよう、どうしよう。




 もしわたしの正体がバレたら、この街にいられない。


 だからといって、魔物のすみかにはもう戻れない。


 今さら戻れるわけがない。




 ――どうしよう。


 こんなわたしを受け入れてくれる場所がどこにも思いつかない。


 どこにも行けない。




 ギルとも、別れなきゃいけなくなっちゃう。


 もしバレてたらどうなるんだろう。

 ギルの家に兵士みたいなやつらが入り込んできて……


 もしかして、わたしと一緒にいたギルのこと殺しちゃうんだろうか。


 それだけはぜったい嫌だ。




 とにかく、家に戻らなきゃ。


 もし、ギルが兵士に殺されそうになってたら、わたしが守らなきゃ……。




 とにかく不安で不安でしかたなかったけど、運よく『擬態』の力はすぐ使えるようになった。


 何事もなかったかのように人間の姿へと戻ったわたしは、そのことにちょっとだけ安心できたけど、でもそれ以上にまだずっと不安が大きくて、唇をぎゅっと引き結んだまま急いで家に帰った。


 公園を抜けたらたくさん人とすれ違うようになったけど、突然、道行く人たちがわたしの正体を見た三人組の一人みたいに見えてきて、わたしは怖くなって、人目を避けて帰ろうと考えた。


 キメラの脚力で一気に駆けられないのがもどかしい。

 どうしてこうも、この姿はこんなにも動かしづらいのだ。

 思い描いていたように自分を動かすことができなくて、それがまたみじめで不安な気持ちにさせられた。




 ようやく家が見えてきて、わたしは息をきらしながら鍵がかかっていない扉を開け放つ。


「ギル!!」


 返事がない。


 焦ってくまなく探してみたけど、家にギルはいなかった。

 どこかに出かけてるみたいだった。


 わたしはしばらく、家の中で隠れ場所を探したり、部屋の中をうろついたりして自分を落ち着かせようとした。


 今までに一度も感じたことのない不快な泥みたいな感覚がつっかえたまま長い時間を耐えて、耐えて、耐えて……。




 そしてわたしはようやく、ギルが遠くから帰ってくるのを窓越しに確認できた。


「ギル……!」

「……おお、なんだ、もう家に戻ってたのか」


 外に飛び出して急いで近寄っていくと、ギルはゆっくりとこちらに顔を向けてきた。

 ちょっと疲れてそうだった雰囲気のギルを見て、わたしは考えていたことを全部話そうとする。


「……えっと……えっと……!」


 でも、声が出てこなかった。




 そもそもどうやって伝えればいいんだろう?


 自分の正体を教えるわけにはいかないのに。


『わたしはほんとうはキメラという魔物で、そのことがバレちゃったかもしれないから助けて』なんて、言えるわけないじゃないか。


 だってギルは魔物を倒す狩人なんだから。


 喉元まで出かかっていた言葉が吐き出せなくて、不自然にギルを見上げることしかできなくて、わたしは自分の頭の中が真っ白になっていくのを感じた。


 ギルは何も言わなかった。

 静かに黙って、きっと様子がおかしく見えるだろうわたしのことをじっと待ってくれていた。


 そのことに気が付いた途端、言おうとしてた言葉がぜんぶ無くなって、胸の中で不快な熱のかたまりみたいに変わっていった。


「……ごめん、なさい……」


 自分でも考えられないくらい変な声が出て、瞬きする間にどんどん視界がぼやけて見えずらくなっていく。

 恥ずかしいのか、苦しいのか、わけがわかんなくなって、それでもわたしは歪んだ口を止めることができなかった。


「……魔法の宝箱、見つけたけどダメだった……。

 中になんにもなくて……誰も、ギルが英雄になったなんて言ってこなくて……。

 ひっぐ……ごめんなさい……ヴィジョンで見たのと、ぜんぜん違う世界になっちゃった……」


 ヴィジョンで見た未来を、わたしはつかみ損ねた。


 うまく息ができない。喉のおくが熱い。

 力の入らない人間の拳で、ギルに買ってもらった服をぎゅっと掴む。

 もっと謝りたかったけど、息をするのに精いっぱいでうまく言えなかった。


 魔物の群れでひとりでいたときとはぜんぜん違う、もっと悲しい感情だった。


 直接自分が傷つけられたってわけじゃないのに、どうしてこんなにつらいんだろうと、空から別のわたしが涼しく見下ろしてるみたいにふと思った。


「……いいんだ、セツナ。俺のことはもういいんだ」

「でも……」

「人生ってのは、もともとが思い通りにいかないもんなんだ。

 だから気にするな」


 ギルはしゃがみこんで、わたしの頭を優しくなでてくれた。

 まだ消えてくれない不安と、ちょっとずつ湧いてくる安心感が混ざったみたいで、わたしは落ち着かなかった。


「俺、正直さ。

 この街の英雄になりたい気持ちはもちろんあるけど……

 それ以上に、かっこいいやつになりたかったんだ。

 昔、俺を拾ってくれたアンサングスのやつらみたいな、かっちょいい男にさ」


 ゆっくりと話してくれるギルの声にわたしは顔を上げた。


「思い通りにいかない人生で、それでも最善を尽くすことができる。

 そういう男に俺はなりたかった。

 そして、今でもそれは変わってない。

 だからセツナ。お前がなにか『俺の足を引っ張った』とか、『迷惑をかけた』とか、そういうのを気にする必要なんかまったくないんだぜ。

 なんたって俺が目指してるのは、どんな困難もはねのけて進み続けられるようなやつだからな!

 これくらいどうってことないさ」


 そう言って笑ってくれたギルの顔を見て、ようやくわたしはちゃんと安心することができた気がする。

 何度もギルの表情を伺って、次第にどこかふっきれたようなギルの雰囲気を感じ取って、わたしはへたっぴな笑顔を浮かべてみせた。


「さ、飯でも食うか!」


 やがて、立ち上がって家の中へと入っていくギルに、わたしはとことことついていく。







 それからしばらく過ごしたけれど、兵士とかは来なかった。


 わたしの正体を見たやつがいたと思ってたけど、あれは気のせいだったんだろうか。


 とにかく街は平和だし、『キメラが現れた』という話もとくに聞こえてこなかったから、わたしはようやく安心して眠ることができるようになった。





 ――でも夜に寝るときに、ギルが複雑そうな顔をしていたことに気が付いたのは、それからずっと後のことだった。

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