あかりと灯子(あかり)
この作品は18禁で投稿した<Killing Me Softly with His Song>をR指定にならないよう変更し、加筆したものです。
私の恋人だった“灯子”との出会いと死別した経緯を……
十三歳になった娘の“あかり”に話した。
それはまだ、私が『英パパ』や『加奈ママ』と出会う前の事……
『賢パパ』は……フーゾクをやっていた私の元“お客”で……自分の会社に機器メンテナンスのアルバイトとして私を雇ってくれた間柄だった。
私と一つになった灯子が、私の“業”をも引き受けてホテルの外階段から身を投げた後、私は毎日泣き暮らしていた。
フーゾクの仕事なぞ、勿論する事も出来ず、ただその日の暮らしと命を繋ぐために『賢パパ』の会社に足を運んだ。
“あかり”にここまで話して私の言葉は途切れた。
「私、お茶を淹れ直すね!ちょっとだけ待ってて!」
そう言いながら席を立った“あかり”は……急須を持って戻って来た。
止まらない涙をふきんで押さえながら、私は娘が淹れ直してくれた“冴茶ソ”に口を付ける。
辛く悲しい記憶で冷え固まった私の心が……
『英パパ』がキスをくれた時の様に、温かな息吹で溶かされて……
私は“次”を話す勇気を得た。
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私は自堕落だと自覚している。
でも、生きなければいけないとも考えるようにしている。
だから、今は……もうこれしかないバイトに向かう。
私は人と話すのが本来は苦手だ。
煩わしい人間関係も嫌だ。
だからひたすら機械と向き合うこのバイトが性に合っている。
大抵は電車やバスに揺られて現場に向かう。
知らない街。行った事のない場所から場所へ
流れて、流れて
社に戻って、帰る。
エレベーターを出て、マンションのドアを開け、棲み処に戻る。
あかりを点けると
椅子の上に置いたストローハットが迎えてくれる。
私はそれを抱いて、テーブルのフレームの脇にそっと置く。
フレームの中にはあかりと私の1枚きりの写真。
写真の裏に書かれた遺書はフレームの裏板によって隠されている。
作業着を脱ぎ捨ててありきたりにシャワーを浴びた後、冷蔵庫からビールを出してコンビニ弁当を流し込む。
それからの長い時間
あかりのストローハットを前に“対話”を続ける。
月が妖しく輝いて、どうしてもどうしようもないときは
あかりの写真を抱いて
“ひとり寝の枕”を濡らす。
そしてまた “対話”
「どうして私を愛してくれたの?」
「どうしてあなたを愛したの?」
「本能?」
「快楽と愛情のはき違え?」
でも、これは……
あかりを思うたびに
夕立の降り始めの様にパタパタ落ちるこの涙は……
何なの?
私はフレームの中のあかりを見る。
まばたきで涙を振り払って
見直す。
思わず目を見開く。
!!!!!
分かってしまった……
あかりを好きになってしまった訳を……
初めてあかりにあったのは
フーゾク事務所のあった雑居ビルの狭いエレベーターの中。
その時にあかりが身に着けていたロリータファッションと甘い香りが嫌だと思ったのは
今考えると自己欺瞞だ。
私は彼女の顔に、私の記憶の底に押し込めた“暴力によって潰される前の”元の自分を顔を見たのだ。
あかりが私をお金で買った、あの“遊園地デート”の時に
かつての私と瓜二つの顔を持つあかねが、可愛らしく……真実の愛を振り向けてくれたから……私は急激にあかりに惹かれたんだ!!
何て単純で浅はかなんだろう!!
これじゃ、あかりの言う通り以上の“鏡”じゃないか?!
私は自分自身を彼女に写して、それを彼女に押し付け、彼女ごと壊してしまったのか!!
「あかり!!!!!!」
思わず叫んだ!!
もう!もう!!もう!!!
保てない!!
せめて償いをさせてっ!!!!
引き出しをひっくり返して、カミソリを手に握った。
そして蛇口をひねって浴槽にお湯を溜め始めた。
償いの門をくぐってあかりのところへ行くんだ!!
事切れるまで私の濁った血をお湯の中へじわじわと押し出して!!
でも……
と私は自問する。
それが本当に償いになるのか?
もうただ、ただ、泣きじゃくるしかなかった。
もし神様がいるなら…いや、悪魔でもなんでもいい!!
私の命を断って、代わりにあかりを連れ戻してほしい!
でも……
どこに叫んでも、空虚な響きが残るだけ。
風呂場の床に突っ伏した
“ボロ雑巾”が残るだけ
あぁ そうだ……
連れ戻してくれないのなら……
あかりを産みたい!!
いかなる困難や屈辱をも乗り越え
どこかの男の種をこの身に受け、あかりを黄泉の世界から呼び戻して私の中で育て慈しみ、もう一度産み直したい!!
その希望に寄り縋った私の左手が固くしまった右の拳を開かせて、カミソリを風呂場の床に落とさせた。
けれども、頭の片隅に浮かび上がったこの希望の欠片を私の“意志”が否定する。
ダメだ……
あかりを産むなんて!!
私の現実からはあまりにも遠い……
私は自身の“女のカラダ”を使って糊口を凌いできたのに“女”としての私自身を否定して来たから……
自分自身をヒモの様に扱って来たから……
あかりを産めるわけがない!!
床に振り捨てたカミソリを拾い直し、もう一度握り締める。
……
……
……
まだだ!!
可能性のカードが手元に残っているあいだは
命を繋ぐ事から下りれない。
私は深くため息をついて
カミソリをゴミ箱へ投げ捨てた。
そして、
フォワグラガチョウたちがされるように、自分自身に強制給餌した。
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ふきんもグシャグシャ…
でも涙がちっとも止まらない…
そんな私の目を自分の可愛いハンカチで拭いてくれたあなたの瞳から
涙がすじとなって頬に流れていくのを見て
私はますます泣いてしまう。
そんな壊れてしまった私を
あなたは抱きしめてくれた。
これは……
体全体に伝わるこの温かさは……
ずっと求めていた
とてもとても懐かしいもの……
あなたは私の顔に濡れた頬をくっつけて頭を撫でてくれる。
「大丈夫! だってこのお話には続きがあるんでしょ? ね! 続きを聞かせて……」
そしてあなたは
いつも私を呼ぶときの言葉を
耳元で囁いた。
『ねっ! 冴ママ』と
。。。。。。。。
イラストです。
冴ちゃん
英さん
加奈子さん
賢二さん(社長)
灯子
昨日、今日と代表作『こんな故郷の片隅で 終点とその後』に思いがけずたくさんのお客様にお越しいただき、とても嬉しくて!!
『こんな故郷の片隅で 終点とその後』の直前のお話をUPいたしました。
このお話の語り部の冴ちゃんはお母さんになっていて娘のあかりに自身のルーツを話して聞かせている形です。
ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!<m(__)m>