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「あぁそうだ、そこのナレーと言ったか」

 ふと思い出したかのように王の視線がナレーへと向く。

「英雄の確保ご苦労であった。ウィークとやらも含め、これからはオーダンの指揮下に入り異形殲滅のために加護を使ってくれ。話は以上だ、よいな?」

「はい、陛下」

 王の言葉にナレーが深々と頭を下げる。

 だが王はその礼を最後まで見ることもなく、ゆっくりと立ち上がると謁見の間から立ち去ってしまった。

「で、貴様らが俺の指揮下に入るわけだが……。ほれ」

 オーダンが興味もなさそうにウィーク達の前へと進み出て一つの皮袋を放った。袋は宙を舞い、ナレーが差し出していた手にすとんと落ちる。

「英雄に見合った鎧は用意してあるから、貴様らはこの金で適当に剣を見繕っておけ」

「ありがとうございます、隊長殿」

「構わん、王命だからな。じゃあ後は任せたぞ。出発は明日の昼、王城前に待機しておけ」

 オーダンはナレーが袋を受け取ったことを確認すると、小さく欠伸を漏らしながら部屋から出て行く。

「……」

 オーダンの足音が遠ざかっていく中、ウィークは緊張の面持ちのままに固まっていた。

 少ない命力しかないウィークにとって、王やオーダンの荒々しく圧倒的な命力は首につき突きつけられた抜き身の剣のような圧迫感があったのだ。

「ふぅ。これでひとまずは終わりましたね」

 ウィークの隣でナレーが深く息を吐き、姿勢を崩した。戦闘力を持たないナレーにとっても緊張する空間であったのは変わりない。ナレーの顔色はすこし青白くなっていた。

 気を取り直すようにナレーは自らの顔を軽く叩くと、ウィークに視線を移し小さく微笑んだ。

「ウィークさんも大変だったでしょう。戦士は怖いものですからね」

「そ、そうですね。一撫でされただけで殺されるかもしれないと思うと、流石に怖かったです」

 ナレーの態度に少しだけ心を落ち着けてウィークは苦笑いを浮かべる。

 礼儀知らずと言われて突然殺されるかもしれないと思うとウィークは生きた心地がしなかった。

「大丈夫ですよ。陛下も貴方がいなければ異形の王を倒せないことは理解していますから。貴方が殺される未来はほとんどありませんでしたよ」

「そうですか、よかっ……。待ってください、ほとんどって言いました?」

 聞き流すわけにはいかない言葉にウィークが顔を青く染めてナレーを見つめた。

「貴方が城から逃げようとすれば殺されていましたね。でも私がそうなるように導かない限りは起きない未来でしたから」

 なんてことはないように微笑むナレーの言葉に、ウィークは無意識に自分の首を確かめるように手でなぞった。

 その手にナレーがそっと手を重ねる。

「貴方にここで死んでもらっては私も困りますからね」

 温かい手の感触に触れて、少しだけウィークは安心する。そこで初めて、ウィークはナレーが微かに震えていたことに気がついた。

「僕が死んでいたら、どう困っていたんですか?」

「そう、ですね。その場合は私も殺されていましたよ」

「殺されて……。貴方が死ぬ未来は、他にもたくさんあるんですか?」

「ありますよ。いくらでも」

 紋章を輝かせてナレーは自嘲気味に微笑む。

「それは、怖いでしょうね」

 ウィークは悲しそうに眉根を寄せて重なったナレーの手を軽く握った。

 死んでいたかもしれないと聞かされただけで、ウィークは自分の首が繋がっているのか不安になったのだ。ならば死ぬ未来が読めるナレーは遥かに大きな不安に苛まされ続けているのかもしれない。

 そして、それこそがナレーの瞳に光がない理由なのかもしれないとウィークは思った。

「多少の恐怖はあります。けれど、私が間違わなければ避けれる未来ですからね。貴方が思うほど怖くはありませんから、大丈夫ですよ」

 ナレーは一度だけウィークの手を握り返すと、重ねた手をそっと離す。その時には既にナレーの顔は見知った無表情へと変わっていた。

「それよりも、剣を探しに行きましょう。今日明日で準備するということは既製品しか買えませんからね」

 ウィークへとナレーが皮袋を差し出す。

 開けて中を見れば、袋にには数十枚の銀貨が入っていた。一月ほどならば問題なく暮らせるが、戦闘用の剣を買うには心許ない量だ。

 しかしウィークは硬貨の価値すら知らなかった。ただ手に感じる重みにごくりと喉を鳴らし、ウィークはなくさないように懐に皮袋を慎重にしまった。

「僕が選ぶんですか? その、剣には何も詳しくないんですが……」

 懐に感じる重みにウィークは不安そうに視線を彷徨わせる。

 その様子を見つめて、ナレーは小さく笑った。

「そんなに心配しないでください。未来を読める私がいますから、気楽に買い物に行きましょう。ね?」

 ナレーは元気づけるようにウィークの服の裾を軽く引いて優しく微笑みかけた。

 その姿にウィークは心が温かくなるのを感じる。けれど同時にナレーの瞳に輝く紋章を見て嫌な考えがウィークの頭をよぎった。もしかすると、ナレーはウィークを望む未来に導こうと今の姿を演じているのかもしれないと。

 けれど、それでもよかった。自分が誰かの役に立てるのならば、惰弱のまま無価値に生きて死んでいくよりも十分に幸せなことだとウィークは思っていたから。

「ナレーさんがいるなら、きっと大丈夫なんでしょうね」

 生まれて初めて自分を頼ってくれた存在であるナレーに微笑みかけて、ウィークは剣を探しに一歩を踏み出した。

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