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「ぐあぁっ!」
痛みを吐き散らすようき絶叫が異形の口から放たれる。
「これが、僕の加護の力……?」
ウィークは痛みに喘ぐ異形を見つめ、呆然と呟いた。
依然として異形からの殺意はウィークに向いている。それに対抗するように、ウィークの背中から奇妙な力の奔流が異形へと流れこんでいるのをウィークは感じていた。
「こっ、殺してやるクソ餓鬼!」
口から泡を飛ばす勢いで叫びながら半狂乱で異形はウィークに手を伸ばす。だがその手がウィークに届くことはない。
「安心してください、英雄様」
御者の強烈な蹴りが異形の身体にめりこんだ。鈍い音を響かせ異形の身体は折れ曲がり倒れ伏す。そして、異形はぴくりとも動かなくなった。
「終わったみたいですね、ウィークさん。これが貴方の加護。貴方に敵意を持つ者の命力を貴方と同等にする力です」
壊れた馬車からナレーがゆっくりと降り立つ。身体に傷一つなく、服の汚れさえない完璧な状態のままでナレーはウィークの手を取ると祈るように頭を下げた。
「貴方のこの力が、異形との戦いを終わらせるのです。だからどうか、私達と共に戦ってください。貴方の力が必要なんです」
ナレーに合わせて御者までもが頭を下げる。崇拝にも似たその姿勢を見てウィークはごくりと唾を飲みこんだ。
喜んでもいいのだろうかとウィークは自問する。ウィークは恐ろしかった。異形を倒したのだという実感がなかったのだ。自分の力を使ったという感覚もないのに頼られることが歪に感じて怖かった。
「その、僕が今何かしたわけじゃ……」
「いえ、貴方のおかげです。貴方のおかげで、今日異形に殺されるはずだった数人が救われたんですよ」
ナレーの瞳がウィークを見つめた。その瞳に刻まれた紋章が輝き、ナレーの瞳の中でぺらぺらと本がめくれていく。
「私達に出会わなければこの異形は近くの村の村人を皆殺しにしていました」
ぺらりと本がめくれる。
「貴方がついてきてくれなければ異形は私達を殺していました」
本がめくれる。
「貴方が私を守ろうと噛みつかなければ、異形の次の一投が私の頭を貫いていました。悲惨な未来はいくらでもあったんです」
ばらばらと凄まじい勢いで本がめくれていく。それら全てが、起き得た悲劇なのだとナレーの瞳が告げていた。
「貴方が、その未来を否定したんです。だから、ありがとうございますウィークさん」
真剣な、それでいて何かを諦めてしまったようなナレーの瞳が少し潤んでウィークを見つめる。
ウィークはナレーの言葉をゆっくりと心の中で噛み砕き、一つ深呼吸をした。
「僕はみんなの力になれるんだと、喜んでいいんですか?」
「そうです。……実感がなくて不安なのだと私は知っています。異形の無惨に死ぬ姿に心を痛めているのも知っています。でも、確かに貴方は人を救ったんです。喜んでいいんですよ」
ナレーの紋章が再び光り輝き、ウィークを見透かす。
「そう言ったら、僕が喜ぶって?」
「いえ、貴方が自分のせいで誰かが死ぬことを喜べる人でないとも知っています。ただ、救ってもらった私の感謝くらいは受け取ってください」
「……そうだね。どういたしまして、なのかな。君が無事で、良かった」
そう一言口に出してようやくウィークはじんわりと胸が温かくなるような安堵を感じた。
「そうだ、良かったんだ。君が無事で良かった」
噛みしめるように声を漏らしてウィークはナレーの手を握り返す。勇気を出して異形に立ち向かった意味はあったのだのウィークは自分を褒め称えた。