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「なんだぁ? いい馬車だと思ったら、中にいたのはガキかよ。つまんねぇな」
蛇のような鱗に身を包んだ異形が、ウィークを見つめて舌打ちを漏らす。
「まぁ、いいか。今日の目的はお前みたいなガキじゃなく、英雄候補とかいう奴だ。てめぇら何か知ってるか?」
異形は捕まえた御者の首に鋭い短剣を突きつけてにやりと微笑んだ。
「知るか! たとえ知っていたとしても、異形になんか話すわけないだろう!」
御者は噛みつくように吠え異形から逃れようと暴れる。しかし異形の持つ命力は御者よりも強く、御者が力を振り絞っても片手で完全に押さえられてしまっていた。
「はっ、動くこともできないでよく吠えるぜ。そんなに死にたいのか?」
異形が短剣を少しだけ御者の首に食いこませる。つぅと血が御者の首を伝った。それでも異形は御者の首に短剣をゆっくり差しこんでいく。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
このままじゃ御者が死んでしまうとウィークは慌てて異形を静止する。その瞬間、異形がニタリといやらしい笑みを浮かべた。
「おうおうどうした、雑魚ガキ。英雄候補が誰か教えてくれるのか?」
異形の蛇のような瞳がぎらりと輝きウィークを見つめる。それだけで、まるで蛇に睨まれたカエルのようにウィークの身体が固まった。勝負にもならない力量差なのだと身体が理解していたのだ。
「お、教えます。教えますから、その人を離してください」
「くくっ、いいぜ。てめぇらが束になろうが俺には勝てねぇからな」
異形が御者を離して道に放り投げた。どさりと音を響かせて御者が転がる。そうして空いた異形の手が今度はウィークを掴んだ。
「んで、英雄候補ってのはどこの誰だ?」
「あ、あの……。そっ、それは」
至近距離で異形に見つめられ、ウィークの足ががくがくと震える。その震えを利用して、ウィークは恐怖から声が出ないようなフリをした。少しでもナレーと御者が逃げる時間を稼ごうとしたのだ。
「ちっ、雑魚ガキがよ! ビビって声も出ねぇのか? 情けねぇな!」
異形が大きく口を開けて笑う。異形はウィークを遥か格下の存在だと見下していた。
「くくっ、あぁー面白かったぜ。けどまぁ、時間稼ぎなんてしても無駄だぜ? 俺は気が短いんでな」
ひとしきり笑った異形がウィークに短剣を突きつける。遊ぶようにウィークの首に薄く傷をつけて異形はつまらなさそうに目を細めた。
「ど素人がよぉ。てめぇがお仲間さんと馬車の中を気にしてんのはわかってんだよ。けどどっちからも大した命力は感じねぇから放って置いてるだけだ。ってわけで、答えを聞かせてもらいたいんだがなぁ?」
「あの、えっと」
時間稼ぎさえもできないのだと自分の惰弱さを呪いながら、それでも何かできないと必死に思考を巡らせてウィークは間を繋ぐように声を漏らす。
だがそれが異形の機嫌を損ねた。
「ちっ、話す気ねぇのか? なら馬車の女でも切り刻めば気も変わるかよ、おい!」
声を荒げながら異形は懐から短剣をもう一つ取り出し馬車に投げつけた。あまりの威力にダンッという破砕音を響かせて短剣が馬車を突き抜ける。
「な、ナレーさん!」
「くくっ、焦んなよ。運良く外れたみたいだぜ? でも次はどうなるかな」
顔を蒼白にして叫ぶウィークをちらと見て異形はいやらしい笑みを浮かべた。
見せつけるようにゆっくりと異形は新しい短剣を取り出し、再び構える。その瞬間、ナレーを守らなければとウィークは恐怖も忘れて異形に噛みついた。
「僕だ! 僕が英雄候補だ、クソ野郎!」
異形の注意を引くようにウィークが叫ぶ。
その瞬間、異形の殺意が自分に向かうのをウィークは感じ取った。
「てめぇみたいな雑魚が英雄候補だと? はっ、ふざけんならてめぇを先に殺して……は?」
異形が苛立つようにウィークを掴む手に力を入れた瞬間、困惑の滲む声が異形の口から漏れ出た。
「お、おい。俺の命力は何処に……。てめぇ、何しやがった!」
異形が鋭くウィークを睨みつける。だが、ウィークはもう怖いと感じなかった。異形の命力はウィークと変わらない程に惰弱になっていたのだ。
「くそ、殺してやる雑魚ガキが!」
短剣を異形が振りかぶる。だが、その手は異形の背後から伸びた手によって簡単に押さえられた。
「これがナレー様の言っていた惰弱の加護ですか。確かにこれなら、異形との戦いにも決着が……」
喜びを噛み締めるように御者は声を漏らしながら異形の腕を掴んでいた。しかし、その力量差は少し前までとは正反対。
ぐっと御者が力をいれただけで、バキバキと音を響かせて異形の腕がひしゃげた。