強者との邂逅
若狭先生から妖と最低一回は交戦するという指令を受けていたが、それもクリアした以上引き返すことも出来た。
だが、実際に妖と相対出来る機会はそう多くはない。
話し合った結果、俺たちは少しでも怪我を負うことがあれば引き返すという条件付きで、もう少し島を探索することにした。
「そういや、気になってたんだが天野の刀って普通の刀じゃないよな?」
島の中を歩いていると、不意に松野が俺の刀を指差しそう問いかけて来た。
「ああ。これは俺の父さんの形見だ」
「そうなんですね。それにしても、普通の刀では妖には効かないはず……。まさか、妖刀ですか?」
竹内の言葉に頷く。
妖刀とは、妖力を帯びた刀だ。
この刀のおかげで妖力がない俺でも妖を斬ることが出来る。
「妖刀なんて初めて見たでやんす。見た目は普通の刀と変わらないでやんすね」
「まあな」
雑談を交えながら四人で島の中を進んでいくと、突然木々がざわめきだし、上空に雲が立ち込めて来た。
妖力の無い俺には妖が放つ妖気というものを感知することが出来ない。
だが、松竹梅トリオは違う。
「……これ以上は行かない方がいいでやんす」
真っ先に口を開いたのは梅田だった。
足を止め、その手で俺の腕を掴む。
「お、俺もヤバイ気がするぜ」
「私もこの先に行けば恐ろしい目に遭う確率が高いと思います」
松野と竹内も首を横に振る。
これも妖力がある者と無い者の大きな差だ。
妖力を有する者はこうして事前に危険を察知できる。
だが、多くの一般人は俺の様に妖力を感知できず、妖に迂闊に近づいてしまうことがある。
だから、妖による被害は無くならないのだろう。
何はともあれ、ここは素直に三人の言うことに従おう。
「じゃあ、引き返すか」
俺の提案に三人が頷き、引き返そうとした時だった。
「キャアア!!」
甲高い女性の叫びが辺りに響いた。
その瞬間、俺は走り出した。
「なっ! 天野!」
背後の松竹梅トリオには悪いが、もし誰かが妖に襲われているなら見過ごすことは出来ない。
木々をかき分け、森の中に少し開けた場所に着く。
そこにいたのは刀を持った俺たちより二回りは大きな体躯の妖。そして、その前で倒れ伏す狐のような耳の少女と退妖師と思しき女性の姿があった。
よくよく見てみれば、狐耳の少女は稲荷だった。
あいつ、ケモ耳美少女だったのか。
そんなことを考えていると、後ろの方から松竹梅トリオがやって来る。
「バカ! 勝手に先行くな!」
「やれやれ……って、あれは稲荷ですか」
「あの稲荷でやんすか……」
「知っているのか?」
「……半妖の稲荷でやんす」
梅田に問いかけると梅田は苦い顔を浮かべながらそう答えた。
「半妖?」
「そうでやんす。妖と人の間に生まれた存在。噂によれば、半妖は強力な妖を呼び寄せると言われているでやんす」
「な、ならあの強そうな妖はあいつが呼び寄せたのかよ!」
松野が叫ぶがそれは早計だろう。
噂はあくまで噂。事実とは違うことだってある。
なんにせよ、ここで俺がすることは一つだ。
刀を掴む手に力を込める。
だが、それとほぼ同時に梅田に手を抑えられた。
「やめるでやんす。あいつは強い。稲荷の横で倒れているのは、万が一の時においらたちを妖から守る退妖師でやんす。現役の退妖師が敵わない相手においらたちが敵うはずがないでやんす。ここは逃げて、助けを呼んだ方がいいでやんす」
梅田の言葉に松野と竹内も頷く。
確かに、それだけの相手なら逃げることが賢い選択に違いない。
しかし、それは俺が目指す男の姿ではない。
「逃げたら、稲荷はどうなる?」
「そ、それは……」
梅田が言いよどむ。
梅田も理解しているのだろう。ここで俺たちが逃げるということの意味を。
「梅田の言いたいことも分かる。でも、俺はあいつを助けたい。俺が時間を稼ぐ。その隙に稲荷を連れて逃げろ」
「そ、それじゃ天野はどうするんですか!」
「安心しろ。俺は最強になる男だ。死なない」
「死にますよ! 僕たちは弱いって、あなたの義姉のアスカ様も言っていたでしょ!」
竹内の言う通りだろう。
それでも、ここで退く男は俺の目指すものじゃない。
「な、なら四人で戦えばもしかしたら……」
「ダメだ。それで負ければ皆死ぬ。島を抜け出す途中で妖に襲われる可能性を考慮しても、帰り道は稲荷と倒れている退妖師の護衛にお前ら三人の連携がいる。俺が一人で残る。後は任せた」
これ以上は時間が惜しい。
既に、妖は稲荷にとどめを刺そうと刀を振り上げている。
松竹梅トリオに後を託し、妖の前に躍り出る。
妖は好戦的なのか、俺の姿を見ると足元の稲荷への興味を失くし、新たな獲物である俺の方に身体を向ける。
「来い。俺が相手だ」
「オオオオ!!」
妖の雄たけびが大気を揺らす。
そして、妖が俺に向けて突っ込んでくる。
相手は格上だ。
俺一人の力で倒すことは難しい。
だが、一つだけ普段以上の俺の力を発揮できる攻撃がある。
それがカウンター。
相手の勢いをそのままこちらの攻撃に乗せるカウンターなら、こいつに勝てる可能性がある。
だが、カウンターは高いレベルにいくほど決めるのが至難の業だ。
外せば、敵の一撃で俺は殺される。
必要なものは敵の攻撃に恐れぬ胆力。
妖が禍々しい気を放つ刀を勢い任せに振り下ろす。
それに合わせ俺も刀を抜刀し、そのまま妖に斬りかかる。
二つ誤算があった。
一つ目、妖が急に動きを止めたこと。
まるで、俺がカウンターを狙っていることを知っていたかのように妖は動きを止め、そして俺の刀は空を斬った。
残すは隙だらけの俺の姿。
妖が口角を吊り上げ、雄たけびを上げ刀を振り下ろす。
そして、ここからが二つ目の誤算。
「火球!」
「水球!」
「樹牢束縛!!」
火の球と水の球が妖の目を襲い、妖が怯む。
その僅かな隙をついて、妖の身体を木の根が縛り上げる。
「「「天野! 今だ!!」」」
背後からの声が俺の背中を押す。
絶体絶命の危機は、松竹梅トリオにより絶好の好機となった。
「感謝する!」
妖力をもたない俺に、特別な技はない。
強いて言えば、毎日朝から晩まで振り下ろしてきた両手持ちによる一太刀。
それが俺の最大の技。
両手に力を込め、いつものように全身全霊で刀を振り下ろした。
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