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腹の虫

作者: ウォーカー

 これは、学校の授業中に腹の虫を鳴らせていた、ある男子学生の話。


 学校の教室、穏やかな昼下がり。

その男子学生は、空腹を抱えて午後の授業を受けていた。

今日は盛大な寝坊をしてしまい、昼食まで食べ損ねた結果だった。

両手で抑えた腹の中からは、

腹の虫が盛大に泣き喚く声が聞こえている。

「・・・腹が減ったなぁ。

 この授業が終わるまで、後もう少しか。

 今日はこの授業が最後だから、これが終われば食べ物にありつける。

 腹の虫よ。

 もうちょっとだけ、大声を上げないでいてくれよ。」

腹の虫がこれ以上大声を上げないように、必死で腹を抑える。

少しでも気分が紛れればと、

その男子学生は、教壇に立っている先生の話に耳を傾けた。

「・・・このように自然界では、

 生き物が他の生き物を食べる、

 いわゆる、食物連鎖ということが起こっています。

 肉食動物が草食動物を捕食するのは、その一例と言えるでしょう。

 しかし、食物連鎖というのは、それだけではありません。

 食物連鎖には違う形もあって・・・」

すると、その時。

先生の話を遮るようにして、

授業終了を告げるチャイムの音が鳴り響いた。

先生は仕方がなく、話を止めて学生達に向き直った。

「おや、時間のようですね。

 話の途中ですが、続きは次の授業にしましょう。

 では、今日の授業はここまで。」

そう話した先生は、教卓に広げていた教科書などを抱えて、

教室を出ていった。

先生が教室を出ていくのを見届けてから、

教室の学生達はほっと一息。

ある者は次の授業のために席を立ち、

またある者は、睡魔に抗うのを止めて机に突っ伏す。

そんな中、その男子学生はというと、

我慢するのを止めた腹から、腹の虫の大合唱。

襲い来る空腹に突き動かされるようにして席から立ち上がった。

周囲の席に座っていた友人達に向かって口を開く。

「腹が減った!

 みんな、これから飯を食いに行かないか。

 僕、今日はまだ飯を食ってないから、腹が減って仕方がないんだ。」

必死に主張するその男子学生に、友人達が苦笑して応える。

「やれやれ、またか。

 お前、授業が終わったらいつも腹減ったって言うよな。」

「授業じゃなくて飯を食いに学校に来てるんじゃないのか。」

「とは言え、俺たちも小腹が空いたな。

 夕飯にはちょっと早い時間だけど、

 みんなで飯にするのも良いんじゃないか。」

口ではからかっていた友人達も、同じ食欲旺盛な若者同士。

結局は、みんな揃って少し早めの夕食を取ることになった。


 その男子学生はその日の授業を終えて、

友人達と早めの夕飯を取ることになった。

教科書やノートを片付けて、各々席を立つ。

「それじゃあ、行こうか。

 行き先は学食で良いか?」

「良いんじゃないか。

 食事はなるべく安く済ませたいし。」

その男子学生と友人達がそんな話をしている、

その時。

「・・・ちょっと待ってくれないか。」

その背後から、陰気な男の声が聞こえてきた。

その男子学生と友人が振り返ると、

教室の後ろの席に、一人の男が座っていた。

いつの間にか他の学生たちは退出していて、

教室にはその男子学生と友人達と、後はその男の姿しかなかった。

その男子学生は、後ろの席にいる男の様子を伺った。

その男の顔に見覚えはなく、

学生にしては年を取っているようにも見える。

大柄だが細身で、腕に包帯を巻いたその姿は、

痩せ衰えているような印象を与えるものだった。

その男子学生が友人達と顔を見合わせていると、

その大柄な男が近付いてきて、一人で話を続けた。

「突然話しかけて済まない。

 君たち、これから食事に行くんだろう?

 だったら、良い店があるんだ。

 是非、紹介させて欲しい。

 きっと気に入って貰えると思う。」

そう言って大柄な男が懐から取り出したのは、一枚の紙片。

無視を決め込むのも気が引けて、その男子学生が紙片を受け取る。

受け取った紙片と大柄な男の顔を見比べて、その男子学生が応えた。

「これ、割引券かい?」

「そう。

 駅前に美味しい焼き肉屋があってね。

 是非、試して欲しいんだ。

 決して損はさせないよ。

 その割引券があれば、学食と大して変わらない料金で済む。」

焼き肉と言われて、その男子学生の腹の虫が鳴る。

学生食堂にも肉料理はあるが、一般の焼き肉屋のものと比べると物足りない。

見ると友人達もまんざらではない表情をしていた。

「焼き肉だってよ。

 お前、肉好きだよな。

 丁度良いんじゃないか。」

「この割引券に書いてある地図に拠れば、それほど遠くはなさそうだ。」

「割引券を貰えるなら試してみようか。」

「安く焼き肉が食べられるなんて、俺たちついてるな。」

そうして、その男子学生と友人達は、

大柄の男に勧められるがまま、

駅前にあるという焼き肉屋へ向かうことにした。

わいのわいのと連れ立って教室を出ていく学生達。

その誰も、大柄の男がほくそ笑んでいるのには気が付かなかった。


 そうして、その男子学生と友人達が学校を後にして。

それから目的の焼き肉屋にたどり着いたのは、

たっぷり一時間以上も経ってからのことだった。

学校から駅までが遠かったわけではなく、

目的の店の場所が分かりにくく、地図があってもなお道に迷ったから。

とっぷりと日が暮れた薄闇の中、

裏路地の闇に溶け込むようにして、目的の店は建っていた。

時刻は既に夕飯に丁度いい時間。

元より空腹だったその男子学生はふらふらで、

友人達に両脇を抱えられるようにして、店の暖簾のれんくぐったのだった。


 「いらっしゃいませー。

 こちらのお席にどうぞ。」

焼き肉屋の暖簾を潜って店の中に入ると、

ほがらかな笑顔の店員が受付に現れた。

清潔そうな制服に包まれた体は、大柄で恰幅かっぷくがよく、

怪我をしているのかその腕には包帯が巻かれていた。

店員に先導されて店の中を進むと、

途中にある客席では、他の客達が焼き肉を頬張っているところだった。

肉が焼ける良い匂いと、客達が打つ舌鼓の音が聞こえてくる。

その男子学生と友人達は生唾を飲み込んで話した。

「・・・美味そうだな。」

「ああ、そうだな。

 俺たちもすぐに食えるさ。

 ほら、もう席に着いたぞ。」

「何でも良い!

 肉持ってきてくれ、肉!」

席に通されたその男子学生と友人達は、

メニューを見る間も惜しいとばかりに早速注文しようとして、

店員に気勢を制されてしまった。

「お客様。

 当店のメニューは肉の盛り合わせだけとなっております。

 そちらを御人数分でよろしいでしょうか。

 よろしければ、御飲み物の御注文も承ります。」

「じゃあ、肉の盛り合わせ。」

「それとビールね!」

「かしこまりました。少々お待ち下さい。」

間もなくして、注文した肉と飲み物が配膳され、

祝うことが特に無い乾杯の音頭と共に、

その男子学生と友人達は、待ちに待った焼き肉にありついたのだった。


 「美味い!」

「なんだこれ。

 こんなに美味い肉、食ったことが無いよ。」

やっとありつけた焼き肉に、その男子学生と友人達は頬をほころばせた。

空腹は最高の調味料とは言うものの、

その店の焼き肉は、空腹でなくとも素晴らしいものだっただろう。

肉質も染み出す肉汁も、体験したことがないような美味で、

その男子学生と友人達は感嘆の声を上げた。

「この肉、本当に美味いな。

 何の肉なんだろう。」

「牛肉じゃないのか?」

「いや、牛肉や豚肉ではないと思う。」

「馬肉や鹿肉でもないよな。

 どこかで食べたことがある気もするけど。」

「・・・まさか、人肉だったりしてな。」

あまりの美味しさに、友人の一人がうっかり口を滑らせ、

残りの面々がぎょっとして友人の顔を見る。

質の悪い冗談に、他の友人達が口を尖らせた。

「変なこと言うなよ。

 飯が不味くなるだろう。」

「まったくだ。

 人肉なんて、焼き肉屋で出すわけがないだろう。」

「そうかな。

 今日の授業で言ってたじゃないか。

 食物連鎖の話。

 もしかしたら、この世のどこかに人間を食べる生き物がいて、

 人間に美味しい餌を与えて、肥え太らせてから食べようとしてるとか。」

友人が変に意地を張って、質の悪い冗談をまだ続けている。

このまま話を続けられて、折角の御馳走に水を差されたくない。

話を聞いていたその男子学生は、肉を食べる箸を止めて、

飲み物を一口飲んでから口を開いた。

「いや、それは無いと思うな。」

「どうして?」

意地悪く聞き返してくる友人に、その男子学生は人差し指を立てて応える。

「だって、考えてもみてよ。

 もしも、人間を食べる生き物がいたとして、

 食べ物にする人間に、餌として同じ人間の肉を与えるわけがない。

 人間の肉を食事として人間に与えた場合、

 餌にした分以上の肉が収穫できないと損になってしまう。

 でも人間は、食べたもの全てを肉にするわけじゃない。

 だったら、餌として与える肉を自分で食べた方が良い。

 もしも、人間が人肉を食べて、食べた分以上の肉を作れるのなら、

 人間は自分自身の肉を食べるだけで食事が足りることになってしまうよ。」

「・・・それもそうか。

 こうして人間である俺たちに食事として出された以上、

 この肉は人肉なわけがない、というわけか。」

「そう考えると、俺たち、人間に生まれることができて幸せだな。

 だって人間は、他の生き物に食べられる心配もなく、

 こうして焼き肉を味わうことができるんだから。」

「そうだな。

 こうしてのんびり焼き肉を味わえるなんて、

 食物連鎖の頂点である人間ならではだな。」

そうして納得したその男子学生と友人たちは、

今度こそ食事に集中することが出来て、

満腹になるまで焼き肉を堪能することが出来たのだった。


 それから、その男子学生と友人達は、

満腹になるまで焼き肉を堪能し、焼き肉屋の外へと出てきた。

全員、胃袋の中に目いっぱいの焼き肉を詰め込んで、

ぽっこりと膨れ上がった腹を抱えていた。

「いやー、食った食った。」

「俺、こんなに美味い焼肉を食ったことがないよ。」

「それに料金も安かったな。」

「まったくだ。

 紹介してくれたあいつに感謝しなきゃな。」

「割引券を貰えたから、またみんなで来ような。」

「ああ。

 なんだったら、明日すぐでもいいぜ。」

全員が満足して、帰宅するために駅の方へ歩いていく。

真っ暗な路地裏から、明るい表通りに差し掛かった時、

ふと、その男子学生が立ち止まって言った。

「・・・しまった。

 僕、あの焼き肉屋に忘れ物をしたみたいだ。」

「そうなのか。

 どうする?みんなで戻ろうか。」

どうやらその男子学生は、

焼き肉屋に忘れ物をしたことに気が付いたようだ。

話を聞いて店まで着いてきてくれるという友人達を、

その男子学生は手で制して応えた。

「いや、一人で取りに行くから、

 みんなは着いてきてくれなくていいよ。」

「じゃあ、今日はここで解散だな。」

「ああ。

 じゃあまた明日、学校で。」

そうして、その男子学生は、

駅の方へ向かう友人達とは逆方向の、

先程の焼き肉屋に向かって小走りに駆けていった。


 その男子学生が先程の焼き肉屋へ戻ると、

店の外には大勢の行列が出来ていた。

驚いてその男子学生が言葉をこぼす。

「この店、こんなに混む店だったんだ。

 僕たちは空いてる時間に入れて良かったな。

 えーっと、店員さんはいるかな。」

忘れ物について聞いてみようと、

行列の脇から店の中に入って店員の姿を探す。

すると、先程応対してくれた店員の姿が目に入った。

しかし、先程と違って混雑してきたせいか、

忙しく動き回っていて、中々声を掛けられそうもない。

その男子学生は、掛けようとした言葉を飲み込む。

「さっきの店員さん、随分と忙しそうにしてるなぁ。

 そんな時に忘れ物の話なんて聞きにくいな。

 仕方がない。

 他に店員がいないか探してみよう。

 受付の奥なら、休憩している店員がいるかもしれない。」

そうしてその男子学生は、手が空いた店員を探すために、

受付の奥の通路へと入っていった。


 受付の奥の通路を進むことしばらく。

薄暗い通路の先、扉がない部屋があるのが見えてきた。

ぼんやりと漏れ出る光と共に、人の話し声が聞こえてくる。

その男子学生が、ほっとして言う。

「しめた、あそこから人の話し声がする。

 もしかしたら、店員が休憩してるのかもしれない。

 話をしているってことは、手が空いてるんだろう。

 忘れ物がないか聞いてみよう。」

店員でもないのに店の奥に入ってきた手前、

その男子学生は抜き足差し足でその部屋に近付く。

すると、部屋の中からは、

煙草の煙と共にこんな会話が聞こえてきたのだった。

「今日の分の肉は、これでもう採り終わったな。」

「それで十分だと思う。

 ところでお前、随分とたくさん肉を採ったけど、体は大丈夫か。」

「ああ、大丈夫だ。

 こいつらが腹の中にいてくれるおかげで、

 怪我らしい怪我もしてないよ。

 最近、腹の肉が増えてきたんで、

 ダイエット代わりに多めに肉を採ったんだ。」

「そうか、それなら良かった。

 しかしこれ、何なんだろうな?

 虫には見えないし、寄生虫じゃないよな。」

「文字通り、腹の虫なんじゃないか。

 それは冗談として、

 こいつら腹の虫に寄生して貰えば、怪我や病気はすぐに治る。

 有難いことだよ。

 健康になりすぎて、飯が美味くて、

 体重まで増えてしまうのが玉にきずだけどな。」

「そこはそれ、余った肉はこうして食料として使えば良い。

 腹の虫に寄生されれば、健康体になって、

 飯をたくさん食べるようになって肉が殖えていく。

 しかもその肉は、とびきりの美味。

 体を傷つけても傷はすぐに治ってしまうのだから、

 安心して肉を採ることができる。

 腹の虫はその肉を通じて他の宿主を探し、数を殖やしていく。

 つまり、美味い食料がどんどん殖えていくというわけだ。」

「こんなにすごいものを、店長はどこで見つけたんだろうな。」

「なんでも、旅行中にどこかの秘境で道に迷って、

 現地の人たちに何かの肉を食べさせて貰って、

 それで飢えを凌いだことがあったらしい。

 その後で、体の中から腹の虫が出てきたんだとか。

 それで腹の虫の有用性に気が付いて、この店を始めたんだそうだよ。」

「なるほどなぁ。」

その男子学生が顔をしかめたのは、煙草の煙のせいか別の理由か。

話を立ち聞きしていて、

その男子学生は声を掛けることができなくなってしまった。

込み上げてくるものを感じて、手で口を抑えながら、

来た道を戻っていく。

受付に戻ると、今度は店内の様子が目に飛び込んでくる。

目の前に広がる焼き肉屋の店内では、

客達が奪い合うようにして、あの肉を頬張っているところだった。

肉を奪い合うその姿は、食べても食べても満たされない餓鬼を連想させて、

その男子学生は思わずトイレに駆け込んだのだった。


 それから一週間後。

その男子学生は、学校で授業を受けていた。

あの一件以来、食欲が無く体調もかんばしく無く、

やつれた顔は幾分か痩せ衰えていた。

頬杖を突いてぼんやりと授業を聞き流している。

今週もまた、教壇に立つ先生の説明が聞こえてきていた。

「先週の授業でも説明した通り、

 自然界では、生き物が他の生き物を食べる、

 いわゆる食物連鎖ということが起こっています。

 しかし食物連鎖とは、それだけではありません。

 生き物の中には、あえて他の生き物に食べられることで宿主を確保し、

 宿主の体の中で生きていく生き物も存在します。

 快適な環境を手に入れるために、宿主の体に干渉することすらあります。

 つまり、他の生き物に食べられることが無いからといって、

 その生き物が食物連鎖の頂点に位置しているとは限らないというわけです。」

そんな先生の話が、その男子学生の耳を右から左へ抜けていく。

ぼんやりとしている内に授業は終わり、先生は教室から出ていってしまった。

それを見届けてから席を立ったのは、

その男子学生の周囲の席に座っているいつもの面々。

友人達は立ち上がって、その男子学生に向かって話し掛けた。

「これからみんなで飯にしないか。

 どうも最近、体調が良くてな。

 食欲があって仕方がないんだ。」

「お前も腹が減っただろう?

 あの焼き肉屋に行こうぜ。

 今日こそは、お前もちゃんと付き合ってくれよ。」

満面の笑みでそう話す友人達。

友人達は皆、でっぷりと肥え太っていて、

その姿はまるで、収穫されるのを待つ作物のようだった。



終わり。


 食べ物が美味しい秋ということで、

焼き肉が食べたかったので、焼き肉をテーマにこの話を書きました。


もしも人肉が食用にされたら。

そんな悪趣味な冗談はよくあります。

もしも、そんなことがありえるなら、それはどんな場合か。

逆に、それがありえないのは何故か。

そんなことを考えながら、この物語を作りました。


食物連鎖というと、生き物が他の生き物を食べることを連想します。

しかし、寄生虫などが他の生き物に食べられて、

生き物の体を宿主とすることもまた、食物連鎖の一種だそうで、

その場合、人間が食物連鎖の頂点とは限らないかも知れないと考えて、

腹の虫という寄生生物を仮想してみました。


お読み頂きありがとうございました。


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