とあるエルフの追憶〈その3〉
「ここが私の家だ……今日からしばらくはお前の家でもある。好きに使え」
エルフの少女、リンネにそう告げると、シンピはさっさと奥の部屋へと進んでいく。
なんの説明もなく置いて行かれているにも関わらず、リンネが不安を感じることはなかった。
この人なら大丈夫だと、何故か理解できたのだ。
「どこへ行くんですか?」
「私の部屋だ。向こうにキッチンがあるからなにか勝手に食え」
シンピにそう言われて、リンネは自分が空腹であることに気がついた。
そういえば、一昨日の夜に残飯のようなものを与えられて以来なにも口にしていない。
「ありがとう」
頭を下げると、シンピは少しだけ微笑んで、リンネの頭を軽く撫でた。
その表情はとても綺麗で、リンネには暖かい灯火のように思えた。
それからは穏やかな日々が流れていった。
「シンピさん、どうして魔法教えてくれないの!」
この日も、リンネはもはや日課となった『お願い』をシンピに対して行っていた。
「ダメなものは駄目だ。以前も言ったように、魔法を扱う者を異端とする人間は未だ多い。やめておけ」
「だから! 私はそんなの構わないって言ってるでしょ?」
「私が構うんだ……もうこの話は終わりだ。私は部屋に戻る」
そう言うと、シンピは決まって自室に逃げ込む。
彼女なりにリンネのこれからを思っての行動だということは分かっている。
それでも、シンピのようになりたい、あの日見たほうき星のようにありたいというリンネの思いが揺らぐことは一度だってなかった。
「絶対諦めないから……!」
閉じられた扉に向かってそう言うと、リンネはキッチンに向かう。
この頃には、ズボラなシンピに代わって、リンネが家事を担当するようになっていた。
「お前の引き取り手が決まった。半島北部にあるエルフの里だ」
シンピがそう告げたのは、リンネがこの家に来て半年ほどが経った寒い冬の日だった。
――ああ、そっか
その宣告に、リンネがショックを受けなかったわけではない。
だけど、静かにそれを受け入れることができた。
覚悟はできていたのだ。
――弟子になれない私に、ここに居続ける理由はない
「……そうですか」
「ああ。なんでも子どものいない家庭らしい。きっと大事にしてもらえる」
そう話すシンピは、一向に目を合わせようとしなかった。
「じゃあ、もうすぐお別れですね」
「ああ。元気でな」
「……そうだ! シンピさん、なにか食べたいものってありますか? なにかあれば私、作りますよ!」
「なにか、か……なんでもいい」
「も~、シンピさんっていつもそう言うじゃないですか。なんでもいい、が一番困るんですよ!」
「そうか。すまない」
思ったよりも元気そうなリンネの様子に安心したのか、シンピはリンネと目を合わせて、優しく微笑んだ。
「リンネの料理はなんでも美味いからな」
その微笑みはあの日と同じ暖かい灯火のような表情で。
リンネはどうしようもなく涙があふれてしまった。
その時、柄にもなく慌てるシンピの様子がなんだかおかしかったのを、リンネは今でも憶えている。




