とあるエルフの追憶〈その2〉
それから連邦の兵士達が来て、エルフを捕らえていた奴隷商どもの身柄は拘束された。
浅ましい彼らはなにやら煩く喚いていたけれど、エルフの関心はもうそんな所になかった。
箒星のように美しい銀色の魔女に、彼女の瞳はすっかり囚われてしまったのだ。
魔女が探していた人はここにはいなかったようだった。
失意の彼女は自分にジッと向けられている視線に気がつくと、エルフの少女に近づいて目線の高さを合わせてやった。
「君、名前は?」
「ごめんなさい。名前はわからないの……とうに忘れてしまったから」
「そうか。謝ることはない。そこの男たちについていくといい。きっと悪いようにはされない」
そう言って魔女が連邦兵を指差す。
だけど、エルフは大きく首を振ってそれを拒否した。
彼女が人の言うことを聞かなかったのは、故郷のウシクから逃げ出して以来はじめてのことだった。
「私、あなたについていくわ」
エルフの口から飛び出した言葉が、失意の魔女にとって大きなサプライズだったことは言うまでもない。
まだ幼さの残る少女からの信頼を魔女は嬉しく思ったけれど、グッとこらえて、この可哀想な元奴隷をたしなめた。
「いけない。私は魔女だ。子守は得意じゃない」
「それでもいいの。それでも、この場所よりはきっとマシだから」
ついさっきまで奴隷だったとは思えない程の頑固さに魔女は困ってしまって、少し話を聞いてやることにした。
「どうして私と一緒に来たいんだ? 君とは今日出会ったばかりだろう」
訊ねられて、エルフは戸惑ってしまった。
忌まわしくも言葉がなかなか出てこなかったけれど、魔女は静かな優しさを携えて待っていてくれた。
それが嬉しくて、どうにかひねり出すように、エルフは言葉を紡いだ。
「あなたみたいに……なりたいから」
魔女は目を見開いて、もう一度問いかけた。
「それはどうして?」
先ほどとは違い、まるでボールが壁で跳ね返るように、その答えはすぐにエルフの口から飛び出した。
「嬉しかったから……! あなたが来た時、箒星のように思えたの。私の願いをきっと叶えてくれるだろうって。だから、私……」
「そうか。少し待っていてくれた」
魔女はエルフの話を遮って、さっさと兵士達の方へ歩いて行った。
幾らか話をすると、魔女はまたエルフのところへ歩いてきて右の手を差し出した。
ついさっきまで魔女と話をしていた兵士は、困ったようにこちらを見ていた。
「それじゃあ行くぞ」
エルフはどういうことだか、まるでわけがわからなかった。
魔女の背後には、きらりと星が流れたように思えた。
「行くって、どこへ?」
「私の家だ。君……いや、お前の引き取り手が見つかるまで、家に置いておいてやる」
さっきよりも少し厳しい口調の魔女にエルフは少し驚いたけれど、それよりも余程嬉しさが勝った。
エルフの願いが叶えられることなど、彼女の記憶の中では久しくなかったのだ。
「本当に?」
「ああ、本当だ。そうだ、私の名前をまだ教えてなかったな。私はシンピ。見ての通り、魔女だ。お前は……そうだな。名前を思い出すまでの間、仮の名前をつけるとしよう」
シンピと名乗った魔女は少しだけ明後日の方向を向いて考えた。
やがて、なんでもないようにまたエルフの目を見ると、言った。
「リンネ」と。




