とあるエルフの追憶〈その1〉
そのエルフは、ウシクの町で生まれた。
彼女らの一家は、エルフの里以外で生活する、いわゆるはぐれエルフだった。
幸せだったかどうかはわからない。
しかし彼女は健康に、美しく成長していった。
そして運命の日は、戸の鐘を鳴らすことなく訪れる。
ウシクの町について少女が憶えているのは炎、そして人々の叫び声、それだけだった。
少女は必死に走った。
遠くへ、できるだけ遠くへ逃げようとした。
その途中、疲れて倒れてしまったのか。
それとも誰かに捕まったのかは憶えていない。
ただ、目を覚ますと檻の中にいた。
それからの日々は地獄だった。
奴隷商の下で何か言えば殴る蹴るの暴行を受ける毎日。
売り物だからと跡が残る傷をつけられなかったのがせめてもの救いと考えるべきか。
自分と同じように囚われた人が売られていくのが、恐ろしかった。
売られた先では、きっともっとひどい目に合う。
そんな日常がどれだけ続いただろう。
気づけばウシクでの記憶はすっかり抜け落ち、自分の名前すらも思い出せなくなっていた。
「おい! トロトロしてんじゃねぇぞ!」
奴隷商の下っ端がエルフを蹴りつける。
ただでさえまともな食事を摂っていない彼女は、すぐ床に倒れ伏した。
――私ももうすぐ売られるのかな
この頃になると、痛みに対して感情を抱くことはなくなっていた。
彼女にとっての星が降り注いだのは、そんな時だった。
爆音。
唐突な衝撃と共に破壊された壁が下っ端を押し潰す。
舞い上がった埃と瓦礫の先に見えたのは、流星の尾のように流れる銀の髪と一番星の如く輝く金の瞳、エルフにはその魔女が美しい流れ星にすら思えた。
「リディアは……いないか。ん?」
魔女の視線が、エルフと交錯する。
「君、人間の女を見なかったか?」
「人間なら……たくさん」
答えると、魔女は少し困ったように頭を掻いた。
「ああ、そうか……ええと、綺麗な人だ。優しくて、少し頑固で、名前はリディアっていう」
「……ごめんなさい」
「そうか。いや、大丈夫だ。君が気にすることはない」
エルフの申し訳なさそうな様子に、魔女も流石に諦める。
魔女は終始無表情だったが、その声色はとても優しく、辛い日々を送ってきたエルフにはとても心地よかった。
「何事だ!」
突如響いた轟音に、奴隷商の一味が集まってくる。
エルフは恐ろしくなって、ふさぎ込む。
――いよいよ殺される
その時、暖かな手のひらがエルフの頭を撫でた。
「大丈夫だ。私がやる……『爆裂弾』」
そして爆裂音と煙が奴隷商達を包んだ。




