許せないから
「……リディア?」
シオンの呟きに反応して、息も絶え絶えの女性が振り向く。
レオンはその美しい顔に誰かの面影を感じた。
「シオン……さん……?」
「師匠、あの人は?」
「あいつはリディア……ベルの姉だ」
「なっ! あの人が……!」
レオンはリディアの顔をもう一度見る。
纏う雰囲気はベルとは違うが、たしかにどこか似ている。
しかしどうして彼女がここに――
思考すれば、その答えはすぐに思い当たった。
「まま!」
叫ぶララの声がやけに頭に響く。
魔獣と人間の子。
そして突如行方不明となった姉。
「こいつ……!」
レオンが博士を睨みつける。
〈殺気〉が発動し、博士は凍り付いたような恐ろしい感覚に襲われた。
「な、なんだ、こいつの知り合いか? それならちょうどいい。お前への罰だ。目の前で殺してやろう! やれ、獄狼!」
大きな狼型魔獣、獄狼が唸る。
瞬間、かぎ爪が一行を襲った。
「『狂戦士化』!」
「『座標転移』」
レオンは『狂戦士化』の身体強化によって、それ以外の三人はシンピの魔法によってかぎ爪を避ける。
そしてそのまま、レオンは獄狼へのカウンターを狙った。
前脚の付け根に短剣が突き刺さり、獄狼が吠える。
「レオンが『狂戦士化』の対象にしたのは獄狼か……リンネ、お前はあの博士を相手してやれ」
「師匠は……!?」
「私はあいつらをやる」
そう言ってシンピは背後を指差す。
そこにはいつの間にか魔獣の群れが現れていた。
「いつの間に……!」
「おそらくは岐路からつけられていたんだろう。狼型が多い辺り、おそらく隠密型の魔獣ばかりだろう。そう時間はかからない……それまで頼んだぞ」
「……! はい!」
「わたしもたたかう!」
ララが息巻く。
しかしそれに答えたのは下卑た声だった。
「お前が戦うぅ? 四年も戦えずに手をかけさせやがった癖に勝手なことを抜かしやがって……」
博士が懐から杖を取り出し構える。
「やれるものならやってみやがれ! この臆病者がぁ!」
「うぅ……」
ララが目を伏せる。
その手は震えていた。
「ララちゃんが戦うことないわ」
ララをかばうようにしてリンネが一歩前に出る。
その様は威風堂々、古くより語り継がれる気高いエルフの姿そのものであった。
「りんね……」
博士の口角がニヤリと吊り上がる。
「エルフか……いいだろう、貴様もこの実験の被検体として魔獣の子を産ませてやる。この女と同じようになぁ!」
博士は足元に転がっているリディアを蹴る。
彼女から聞こえてくるのはもう悲鳴ではなく咳き込む音のみだった。
「やめろ! ままをいじめるなぁ!」
ララは叫ぶが、どうしても足がすくんで動かない。
今でもあいつに嚙みついてやりたいのに!
大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。
彼女は今、自分の無力さをただ呪った。
「ねぇララちゃん」
リンネが口を開く。
それは優しい、だけどたしかに力強い声だった。
「戦うのが怖いのは当たり前のことよ……私だって怖いもの。だけど、きっとそれでいいの。それが正しいのよ」
「なら、なんでりんねはたたかえるの?」
その問いかけに、リンネは少し笑った。
「それはね……許せないから、かな」
剣を抜く。
リンネの表情に、笑顔はもうなかった。
「おや、ようやく準備ができたかい? 待ちくたびれたよ」
「黙れ。お前は……私が殺す……!」




