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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

抹消された桃太郎の歴史書

作者: 福日木健

この書籍は某桃太郎博物館の地下に保管されていた。

こちらは大和21年3月5日に新栄社より刊行されたものだ。

劣化がひどく、ページの半分以上が欠損しており、かつ、

数十ページが湿気により文字が滲み一部判読できない。

そのため、その中でも判読ができるページを抽出し、

こちらのサイトに投稿した。

 『桃太郎』という昔話をご存じだろうか。川の上流から流れてきた桃を切って、その中から赤ん坊が出てきたという話だ。おそらく日本で知らない人などいないと言っても過言でない。


 これを読む者は『桃太郎』は伝説上の物語で、巨大な桃が川から流れてくるわけではないし、その中から人間が入っているわけでもないし、さらに動物が喋るわけでもないし、鬼など存在するわけない、と信じているだろう。それもそうで、この話は確かに昔話で、童話でもある。ファンタジックなこの話を誰も信じないだろう。


 しかし、それは現代の人間が勝手に思い込んでいるだけの話だ。


 私のいるこの時代は、桃太郎の話は実際あった。


 それは山麓にある大きい古民家から発見された刀と毛髪と干からびた果実の破片をDNA検査したところより始まった。果実は再現すると突然変異によって巨大化した桃であると。毛髪はヒトのものであると。そして刀からは新種のDNAを持った細胞が付着していたのだ。


 しかし新種であるならば、それはいったいどのような生物なのだろうか。そう疑問に思った若き日本人の科学者がいた。その科学者は細胞を再生させ、それから人工多能性幹細胞を作り、卵子を作った。そして細胞の核を取り出し、核の取り除いた卵子に入れた。


 しばらく人工子宮に入れ、成長を待ち続けた。過程を観察し、しばらくは通常の人間のように成長した。しかしその中で約七週経ったころ、やや違った部分が(うかが)えた。


 前頭部の一部が発達してきたのだ。それは二点、横に並列となるように三角柱の突起物ができていた。


 成長するにつれ、その二点の骨は発達していき、いつしか角のように尖っていた。


 それを鬼と言った。


 さらに付着していた細胞を徹底的に調べ上げた結果、ヒトとは(たが)えた部分があるところから、大昔に鬼という存在があったという証明がなされ、現在で絶滅したヒト属の一種として登録された。と同時に、とある島で多くの骨が発掘された。


 まったくの偶然だろうか、それは最近ヒト属として登録されたばかりの百二十一体の鬼の白骨だった。大体の骨格は巨躯を成すもので、中には小さな骨や細い骨などが見つかった。とりわけ特徴といえばやはり、前頭部のふたつの突起物だった。そしてさらにその骨にはある傷が残されていた。


 その傷は明らかに刃物によるものだった。それはすべての個体の骨に刻みつけられていた。おそらくこの鬼たちは外的損傷によって死亡し、放置されたと考えられる。骨は火山灰の下にあって、歴史的資料によると、約六百年前にこの島の火山が噴火したと記述されてあった。


 問題点は刃物による損傷だ。これは何を表すのか。刃物を扱うほどの知恵を持った者が行った、すなわちホモ・サピエンスが行った大量殺戮だとした。百体以上の鬼を殺すなど誰がするのかと考えたとき、日本人はこう答えた。


 桃太郎。


 桃太郎はそれまで伝説上の人物だった。しかしこの瞬間、桃太郎が現実のものとなった。


 だが、桃太郎以外の人物である可能性も否めないのだが、それは絶対にありえないと結論づけた。昔の日本人は鬼にひどく怯え、その島に近づこうとしなかった。しかし鬼もこちらに襲おうとする傾向はまったくなかった。証拠として、発見された大昔の資料には、鬼に襲われたと記述されたものがないからである。そういう均衡に保たれた状態であったため、互いに害のないように生活をしていった。つまり歴史に残っている、鬼ヶ島に臨んだ者は桃太郎しかいないのである。


 こうしてその島は通称だが「鬼ヶ島」と名づけられた。


 世界ではすでに新たなヒト属で話題が広まっていた。しかしそれと同時に、とある人物に対する黒い噂がパンデミックのように拡大した。


 ホモ・サピエンスである日本人のひとりが鬼を絶滅させたという説が濃厚だった。そのひとりの名は「桃太郎」と呼ばれ、悪鬼を葬り去った赫々たる英雄ではなく、残酷で残虐で残忍な悪辣極まりない人物として有名になった。


 誰しもが外道だと感じた。今まで桃太郎が英雄だと思い続けていた人々は、しだいにその人物を英雄視していたことに若干の後悔の念を抱いた。ちなみにこの年、一時ゴミ捨て場に桃太郎の児童書が山積みになっていたのは有名な話だ。


 日本では日々桃太郎の話題で持ちきりになっていた。ニュースでも少々取り上げられ、桃太郎に対する注目度は歴代でもトップクラスとなった。


 この鬼は日本固有種のようで、この鬼ヶ島にあったもの以外には見つかっていない。寺に奉納されている鬼もあるが、すべて猿の死体を加工したものという可能性があった。


 鬼は絶滅危惧種に認定されるほど少数なのだが、これを完全に絶滅させたのは桃太郎と徐々に確定されつつあった。


 民家から桃太郎の物であろう鬼の細胞と黒く変色した血液が少々こびりついた刀。桃の絵が描かれてある毛髪が刺さった襤褸(ぼろ)の鉢巻き。赤錆に浸食された、黒い返り血まみれの小さい傷だらけの鎧一式。(へそ)の緒ではなく腐った桃の欠片が入った臍帯箱(さいたいばこ)。それらが確定させた。


 しかしそこには謎があった。それはなぜその古民家から発見されたかである。仮説の中には、その古民家が元々桃太郎のおじいさんとおばあさんの居住地とされているものがある。話ではその近くに(しば)と川がなくてはならないのだが、それらはまさにその近くに存在した。川はやや流れが速くて深いので、巨大な桃が流れてくるのに最適であり、柴はその隣の山に多く生えていた。漸次(ぜんじ)この説は有力なものになっていった。


 桃太郎の像の数々が撤去され、段々と伝説は衰退していった。桃太郎こそが悪鬼だったのだ、殺戮を起こした異常者だ。桃太郎にそういうイメージを作り上がっていた。


 だが研究者は違った。まだそのようなところに至っていなかった。根本的なところが分かっていない状態で勝手に結果を作り上げるのは問題なのだ。


 なぜ桃太郎は鬼ヶ島に行こうと考えたのか。


 それすら解明できていない状態で、悪鬼やら異常者と(そし)るのは問題なのだ。本州で見つかった資料には、鬼の伝説のほとんどが悪鬼とされている。しかし今回はそういうものではない。桃太郎は一方的に虐殺したのだ。それには理由があるはずで、子供のように虫の脚を抜くような残虐な気持ちで殺すとは限らない。


 研究者たちは探し求めた。その疑問を晴らすために、自分の身体を酷使した者もいた。何が彼らを動かすだろうか。


 彼らの中には、桃太郎のことを未だ英雄として見ている者がいた。再び英雄とするため、汚名を返上するために立ち上がったのだ。


 数年後、桃太郎の英雄譚は終息を迎えた。桃太郎は酷く残虐非道な人間だったとはっきりした。


 桃太郎はなぜ鬼ヶ島に行こうと考えたのか。それは至極単純だった。


 それは物欲に駆られたからだった。


 桃太郎はどこかから鬼ヶ島に宝があると知り、鬼退治するために鬼ヶ島に行った。その道中で犬、猿、(きじ)(きび)団子(だんご)で釣り、家来として同行させた。童話では鬼を倒し、鬼の叩頭(こうとう)を眺めながら宝を頂き、おじいさんとおばあさんのところへ帰省した。童話でも分かるが、これは明らかに鬼の宝を頂戴するために鬼を倒したのだ。


 これは童話の話なので鬼は殺されない。もちろんこれは子供に対する配慮だ。しかし現実では桃太郎は殺戮を起こし、絶滅に追い込んだ。


 なぜ殺戮を起こしたのか。それは簡単に鬼の宝を手中に収めるためだ。桃太郎は生物のほとんどは直面する死を拒んでいることを知っていた――例えば生物は子孫繁栄させ、種の絶滅を回避している――。従って殺戮を起こすことによって、鬼の種を絶滅に追い込ませ、鬼らが諦めたところで宝を頂戴するという算段だったのだろう。


 しかし桃太郎は予想しないことが起こった。予想以上に鬼は桃太郎に抗った。その証拠に桃太郎の鎧は傷だらけだ。ここからは憶測に過ぎないが、鬼らは何かを守るために自身の命を(なげう)ってまで対抗したのだろう。そうでなければ絶滅の危機に瀕するまで桃太郎に抵抗しないだろう。


 その守っていたものは宝なのかもしれない。その宝は鬼たちの支えになるもの――例えばその宝自体が御神体など――で、それが奪取されることは鬼たちの生きる糧を奪うことなのだ。だから鬼は抵抗して、結果奪われてしまった。


 こうしてその島の鬼は絶滅あるいは絶滅の危機に瀕したかのどちらかとなった。


 鬼ヶ島から帰還した桃太郎はどうなったか分かっていない。しかしその古民家は当時にしては立派であるとされていて、桃太郎は宝を売って家を建て直し、おじいさんとおばあさんと共に悠々と暮らしていったのだろう。これが私利私欲で行動し殺戮に至った者の本当の話だ。


 調査をして二日後、古民家の床下から大きな箱が見つかる。その中には煌びやかな玉虫色の宝玉が鎮座していた。


 鬼の歴史的資料は存在しない。彼らはおそらく文字を持たなかったのだろう。決定的資料はまったくないので、発見された宝玉は誰かからの献上品か何かかという説があったのだが、そもそもこの時代の人間がそのような宝玉を作る技術があったかどうかが定かではないため、正解でも間違いでもないという微妙な立ち位置に侵され続けた。


 しばらく、鬼ヶ島では調査が続けられていた。骨が埋まっていたところから小一時間ほど歩いていくと洞窟があった。その奥を進んでいくと、一体の白骨化した者が発見された。前頭部にふたつの突起物があることから、鬼だと断定した。その傍らには黒く濁った球状の塊が転がっており、それを磨いていくと、中から玉虫色が現れた。


 後にそれは古民家から発見された宝玉と酷似していることが判明された。ちなみに発見された物に付着していた黒い汚れは蛋白(たんぱく)(しつ)だった。


 こうして古民家は桃太郎が住んでいたものだと断定された。調査が終わると同時に、その付近の土地を誰かが買い取った。その後、古民家は桃太郎資料館として生まれ変わった。桃太郎の所有物はもちろんのこと、桃太郎についての書物や資料、鬼のレプリカやその宝などが展示されている。


 庶民はとくに過剰な嫌悪感を持たなかったようで、しばらくは大盛況だったのだが、数年が経った後、徐々に廃れていってそれほど人が訪れなくなった。


 日に日に桃太郎伝説は人の記憶から薄れだし、たまにそういえばと思い出す程度のものとなった。ちなみに童話は未だに全国の書店で売られている。これは子供向けに改変したものであるため、別段子供に見せても問題ないからである。グリム童話やアンデルセン童話と同様だ。


 こうして桃太郎騒動は閉幕した。今でも桃太郎は本当に怖い話だったと伝えられている。全国民が私利私欲のために殺戮に及んだ者の姿が分かったことだろう。


 ここまで解明できたのだが、いくつか分かっていないところがある。特筆すべき点はやはり、どこから桃太郎が現れたかだろう。それは定かではないが、一説には桃太郎はただの人間だというものがある。決して桃から生まれたわけではなく、養子ではないかとされている。


 では桃はなんだろうか。桃は実際に巨大化してしまったもので、それが木から落ちた桃が川に転げ落ち、洗濯をしているおばあさんのところに渡ったわけだ。臍帯箱の桃の欠片は何かというと、それはおじいさんかおばあさんのどちらかが何かを理由に入れたものだろう。


 そういえば鬼のクローンはどうなったかと思う者もいるだろう。


 クローンは約十二週を過ぎたころに急死した。死因は


[以降ページ欠損]

以上

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 こういう作品、大好きです。 [一言] 次は、金太郎か、一寸法師あたりの史実をぜひ
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