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短編集

星蘭の氷細工

作者: 飯塚 喆

 これはついこの間から語り始められた、できたばかりの赤ん坊の星のような冬に関するお話です。


 それでは、はじまりはじまり。


 年暮れも近い寒いの晩のことです。おじいさんが暖炉の前で孫娘を膝に抱え、椅子に揺られながら会話をしています。


「おじいさま!今日もなにかお話ししてくださいな!」


 孫娘は祖父の顔を見上げて、興味深々に目を輝かせていました。瞳は未来を見据えた若さの光を放っています。


「どんなお話がいいのかな?この前喋った『ドンゲルの大冒険』とか『つららっこの精』かい?」


「うーんとね。もっと別のむずかしいお話!かしこくなったら偉い魔法使いになれるんですって!だからむずかしいお話です!」 


 おじいさんはしばらく黙り込んで考えました。暖炉の炎も興味があるのでしょうか。パチパチと音を立てました。おじいさんは目を瞑ったまま、「こんなのはどうだい?」と思い出すようにして語り始めました。


『とってもむかしのお話です。

 ある男がいました。

 彼は甥っ子がスキーに行きたいと言ったので数年ぶりに雪山へ来ました。

 新婚旅行のスキーで妻が雪山でいなくなってからは、白い世界の真ん中で吹雪に連れ去られてしまった彼の奥さんの純白の肌など、いろんなものが重なって、白いものを見るのさえ怖くなっていました。            

 しかし、彼に甥っ子という存在ができてからは精神的にも楽になったこともあり、少しは白いものも克服できたのです。

 彼は怖さはあるけれど、甥っ子の太陽みたいな笑顔が僕の不安をかき消してくれる。そんな気がしていました。

 ということで久しぶりのスキーでしたが体がついていけなくて、だいぶ難しかったようです。

 かなり大きく転んで甥っ子に笑われてしまいました。彼は恥ずかしいな…と思いました。

 と、そんな雪も溶けてしまうような暖かい時間はあっという間にすぎたのです。

 帰りは彼のお兄さんが自分の息子である甥っ子を迎えに来てくれる約束でした。

 彼はちょっとだけ勇気が出てもう少し滑ってみたい心地がしたので、今度甥っ子にかっこいいところを見せたいという気持ちもあって残ることにしました。

 何時間も練習して夕方になり、空にオレンジの線が灯っています。

 彼がもうそろそろ上がろうかな。と思ったとき、突如として目の前で大きな吹雪が起こりました。そして、その中に彼の奥さんの横顔をみた、みえてしまったのです。

 彼は呼吸を忘れて追いかけました。

 いつしか猛獣を防ぐ結界を越え、木々を駆け抜けて気づけば山の中。

 彼は力尽きて倒れ、疲れを忘れていたはずの体は、地面にうもれて重くなっていました。体が半分雪と一体化したみたいな感覚です。

 空からは、しんしんと驚くほど白い雪が降ってきます。

 彼はもう動かないこの体は、いずれ積もる雪と同じになるんだろうね。と思いました。もうなにも怖くないし、涙を流す余裕もなく、もう目は凍ってしまっています。

 彼の頭の中でゆっくりとオルゴールのように人生の記憶は流れ、少しずつ眠くなります。

 ふわりと。何かが舞い降りたような気がしました。迎えに来てくれたのでしょうか。彼の奥さんが目の前に現れました。彼はこれは何かの間違いではないかとも思ったけれど、夢かどうかなんてもう判らないかったのです。


     “どうでもいい”と思いました。


 彼の身体はもう重さがないみたいに軽くて、どこへでも飛んでいけると感じ、奥さんに身を任せて飛びつきました。すると、全てを包み込むような暖かさを感じました。

 灰の空からはポッカリと穴があいて、そこから黄金の光が差し込みます。光は彼の周りの雪を溶かしました。

 彼には、ざっと4か月も早い春でした。…おしまい。』


 おじいさんは声に虚構さを含んで静かに語り終えました。

 間もなく、孫娘は無邪気に祖父に質問をします。


「そのあと、男の人はどうなったの?」


 祖父は悲しそうでいて、でも嬉しかったような微笑を浮かべました。孫娘の目を見つめて質問に答えます。


「きっと遠い春のお空に行ったんだと思うよ。」

 

 祖父は答えたあと、じっと炎を眺めて感慨に耽っています。孫娘は納得したようなしないような気分になりましたが、次第に眠気がやってきて、ストンと眠りに落ちました。


 「だからね、もし偉い魔法使いになれたら多くの場所に行って、人生の経験を積んでからそんな場所を見つけて欲しいな……おや?」


 孫娘の方をみると、すでに祖父の胸の中で眠っています。祖父は孫娘の頭を撫でました。そして目を細め、また炎を熟視して椅子に揺られます。静寂が辺りを包み込みました。



 しゃんしゃんしゃんとよぶこえがする

 もこもこのけがわのふゆのししゃ

 きにくっついたゆきがぱらぱらとおちました

 あしをふみだすたびにこけそうです

 おがわのひょうめんはかちこちに

 だいのじになってうえをあおぎます

 たいようはもくもくとふゆのかっこうです


 終。




 


   

   

   


 

エッセンスは少しの孤独と多くの作品です。

雪をモチーフにした作品は私にとって生きる糧になっていると思います。雪国を始め、ひとひら●雪、さらにはkan●n、sn●w、ファイ●パンチなどなど。友達に勧められて童話という形で応募してみましたが、もちろん雪の女王や雪渡りはとても大好きです。

今回、応募してみない?と言ってくれた友達及び、読んでくださった皆様に感謝を。まだまだ厳しい冬が続きますが、ご自愛ください。では。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔法使いになるために難しいお話をねだるお孫さん、可愛らしいですね。 お爺さんのお話、お孫さんにはまだ難しすぎたかもしれません。 わかるようになる頃には立派な魔法使いになれているのかな。 将…
[一言] 孫娘に物語を語る祖父は、甥っ子くんの成長した姿でしょうか。 かつて叔父を雪山で亡くした彼は、どれだけ悲しんだことでしょう。雪山で新妻を亡くした叔父が、同じように雪山で亡くなったこと。その死…
[一言] 淡々と深々と静かに進む物語に引き込まれました。 最後の詩が印象的です。
2020/12/28 13:58 退会済み
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