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短編(超短編)

拝啓、最愛の町

作者: 芝田 弦也

足元から胸元まで駆け上がって、胸をえぐってくるバスドラの勢いに肺や胸が圧迫されて息が詰まりそうになっている最中、一心不乱に飛跳ねる様にキーボードの盤を弾いて、髪を掻き乱しているにも関わらず、正確無比な音を紡いで視覚をも虜にする傍らで、聞き取れない言語を時たま発言するベースに気をとられ、アグレッシブな音をこれでもかと前面に押し出すサックスが率いる、インストバンドが放つ完成されたジャジーな音を体で直に感じていた夜。

こんなに情に訴えるバンドは久しぶりだ……。



開演時刻は18時。もうすぐ始まるのに、17時55分頃に開場付近の中華料理屋で

五目ラーメンとから揚げ定食を二つずつ頼んでいる男3人が

仲良く肩を並んでカウンター席に座っている。

今日のライブは友人のタミーと二人で行くもんだと思っていたら、

今まで音信不通だった秋田さんが一緒にやってきたから驚いてしまった。


『秋田さん、震災で死んだと思ってたんですよ。今まで連絡取れなかったから……』

『芝田ごめん。返事しなきゃって思ってはいたのだけど、色々有ってできなくてさ』

3年ぶりに見る秋田さんは、以前と変わらず元気な様子で、

今まで頭の中で渦巻いていた靄が霞んで消えていく。

『そっちは仕事とか順調なの?』

あまり触れては欲しくなかった箇所に切り込んでくる秋田さん。

悪気が有る訳ではないのは承知だから、素直に切り出す。

『まぁ、今まではそうだったんですけど……3月で会社無くなるんですよ』

『芝田マジなの?!』

いままで割り込んでこなかったタミーが口を開き、

秋田さんは声を出さずに驚愕した後、渇いた口を湿らせるためか水を一口含む。

『……震災の影響も在ってか?』

『マジだよ……そういう訳では無いんですけどね』

このままこの話を続けても、暗くなるだけだから

話を打ち切ろうとしていたら

『また戻ってくれば良いじゃん? 今、人居ないから大丈夫だよ』

タミーが人懐っこい笑顔で、一つの解決策を提案してくれた。

色んな思い出が詰まっている前職への復帰を。



何とか場の雰囲気を保ったまま、他愛も無い話をしながら

食事を終えてライブハウスへと向かう3人。


重厚なドアを押し開けると受付席に居た女性がチケットの有無を確認し

タミーが予約をしていた旨を告げて、一人ずつ入場料とワンドリンク代を支払い

チケットとステッカーとパンフレット等を受取る。

『さっき、リデンプションって言ってたけど何のバンド?』

受付時に今日の目当てのバンドを訊かれた際に、タミーが告げたバンド名。

右に倣えの精神で自分も同じ名前を告げたけど、

今日のライブ自体何のジャンルで構成されているか見当も付かない。

『コアなスカバンドだよ。今日の主催者と知り合いでさ、その人が好きなバンドだから言っただけ。

本当はカゲロウが気になって来たんだ。ジャズバンドなんだけど凄くカッコいいから!』



『ぉ! タミーきたか! 今、ハードコアやってっぞ! ハードコア!』

関係者ステッカーを貼り付けた短髪の男性が

タミーに話しかけながら背中を押し、二つ目のドアへと推し進める。

その後ろを並んで歩く、自分と秋田さん。

エモーショナルなイントロがドアを隔てた向うから聴こえてきて浮き足立つ自分。

今日のバンドはどれも知らない人達だけど、2年ぶりのライブだから楽しみで仕方が無い。


転職活動が上手く行かなかったら二ヵ月後には無職な自分が居る訳で、

これから先を考えると暗く沈んでしまいそうだけど、今はこのライブが在るから

嫌な事を忘れていられそうだよ。今日のライブに誘ってくれてありがとねタミー!

っと色々な事を考えながらライブを堪能していると、傍らでタミーが携帯を弄くりながら

『これから鳥崎ちゃんや、千葉さんも来るよ』

と前職の仲間の来訪を嬉しそうに教えてくれた。

『そうそう、高島さんここに居るってよ! 会いに行ってみよっか!』

その横では秋田さんがいかつい顔していかつい腕を組んで、音楽を楽しんでいる。

kageroは、ジャズとは思えない激しくも攻撃的な演奏なのにジャズの顔をのぞかせていた。



久しぶりのライブだと思ったら、久しぶりの仲間達に巡り合えた不思議な夜でもあった。

様々な音楽を堪能した後は、皆で集まってほんの少しだけの会合。

中身の無い下らない会話を延々と繰り返し、時間だけが過ぎていったけど、

そんなひと時が今の自分には心地よく感じられる。


ほんの先の未来すらも見えなくなったけど、3年と言う歳月を経た今でも

あの時の様にこうして語り合える仲間に会えるのなら、捨てたもんじゃないかもね。

こんな人生でもさ。

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