変われぬ者と変わらぬ過去。
(だからここには戻りたくなかったんだよなあ)
自分の感情に押しつぶされそうになる。
周りの評価なんていつしか気にならなくなっていた。
この街で起こる全ての事を諦めて過ごしてきた。
あの日起こった事は、両親も兄も、全て仕方がなかったと言っていたし、そう自分に言い聞かせていた。
でも、今になってそれは嘘だと、虚勢だと知る。
―俺は認められたかった。
この街で楽しい毎日を過ごしたかった。
あの日、俺に力があれば守れたかもしれない人がいて。
かと言って、今の俺にもそんな力は無くて。
あの頃と何も変わっていない俺がこの街に戻ることが、怖かった。それが俺の本質だった。
この街を離れて七年。
そんな何も変わらない俺を、家族にまで周りと同じ目で見られてしまうことが怖いと思った。
「おお、ヴェルトさん。もうすぐ終わるから、昨日の部屋で待っててください」
気が付けば、アルゴさんの店に戻ってきていた。時間は十五時四十分。いつの間にか夕刻に差し掛かろうとしていた。
「俺に何かお手伝いできることはありますか?」
「ああ、それじゃあそこの箱を部屋まで持っていってもらえますか?」
わかりました、と言って箱に手をかける。
魔法具でも入っているのか、箱の中から魔力が漏れ出ている。
(ずいぶんと縦に長い箱だな。それにこの魔力……蘭が狙っていたものはこれなのか?)
かなり透き通った魔力だが、所々濁った波動も感じる。
昨夜の考察とは違う可能性に、一瞬考えてしまったが、言われた通り部屋に運ぶことにした。
「いやー、お待たせしてすみません」
アルゴさんが申し訳なさそうにぺこっと頭を下げる。
「いえ、時間丁度ですよ。俺の方こそ、早めについてしまって申し訳ないです」
「とんでもない。……さて、ヴェルトさん。単刀直入に申します。先程運んでいただいた箱の中身ですが、私の家に伝わっていた家宝の魔剣なのですが、ヴェルトさんとティアーナさんには、この剣が失った力を戻してほしいのです」
そう言って、箱の蓋を開けると、向こう側が見えそうなほど透明で美しい刀身が現れた。
-魔剣-
剣と名がついてはいるが、形状は様々で、槍や杖、鞭なんかもある。
様々な属性や能力が宿っていて、その武器が持つ魔力や能力によってBランクからSSランクまでカテゴライズされている。
「名の無い魔剣で、この魔剣はBランク相当だろうと鑑定士は言っておりました。しかし、私にはそうは思えないのです。と言うのも二ヵ月程前に、かの剣聖<ザクス・クレイル>とお会いする機会がありましてな」
アルゴさんの顔が、険しくなる。同時に、俺の興味の対象が増える。
「へえ、世界最強の剣士に!」
「……その際に、魔剣を見せてくれと言われ、お渡ししたのですが、その時にこう、ふわっと浮かび上がったんです。その……氷の紋、とでも言いましょうか。それが、刀身に」
そう言えば訓練の時にグリム団長が言っていた。
『数多の武器の中からお前が剣を選んだのと同じで、この世には武器が使い手を選ぶものも存在する。もしもお前がこの先、そんな武器に出会ったなら『声を聞け』。『心を開け』。そして『支配されるな』。武器がお前を認めたならば、必ず答えてくれる。形が変わったり、印が出たり。感覚型の武器は想像という形で語りかけてくる物もあるな。まぁ、覚えておけ』
刀身に氷の紋が現れる……団長の話が本当だったならば、かの剣聖ザクス・クレイルはその一握りで武器に認められたということだ。
「それで、そいつはなんて?」
「探し物では無かったとの事で、去っていきました。ああ、王都の闘技大会について聞かれましたな。なんでも、優勝賞品がSSランクの剣だとか。まあ、眉唾物ですがね。恐らくは参加者を募るための誘い文句でしょう」
「まあ、そうだよなあ。それで、本題のこの剣をもとの魔力に、というのは?」
「はい。ザクスさんが去り際に、『この剣は本来の力を封じられている』と言っていたのです。魔力の無い私にはさっぱりですが、実際にあんな変化を見せられてしまっては、在るべき姿にしてあげたいと思いまして。そして戻す方法も調べてみたのですが……」
少し悔しそうな顔をしてアルゴさんが言う。
「王都シスマーニの聖アルメリア教会にある、純魔力の泉ならば、本来の力を取り戻してくれると睨んでいます。ただ、教会の管轄なので私だけでは門前払いされてしまうでしょう」
なるほど。そこで聖職者であるティアーナとクラン所属の俺なら、特に疑われることもなく教会に近づけるという訳だ。
「わかりました。ティアと話し合ってからになりますが、俺個人的には非常に興味のあるお話です。前向きに検討させていただきます。依頼料ですが……」
アルゴさんが嬉しそうに笑う。そして
「金貨三枚と……ビーラ飲み放題でいかがです?無論、まだまだありますよ、『とっておき』のが」
俺は満面の笑みで答えた。
夜も更けて、俺は街外れにある墓地へと足を運ぶ。
大きな月が、流れる雲で隠れる。少し風が強くて、この季節には心地良く感じた。
一番奥に、目的の墓石を見つけた。少しだけ息を吸い込み、吐き出す事もせず、墓石の前で足を止めた。
ミリア・ダンツァーと書かれた墓石には、既にティアーナが来ていたのであろうか、花が添えてあった。
八年前、俺は彼女を……実の妹を見殺しにした。
「許してくれとは、言わないよ」
墓石に手を触れる。
「仕方がなかったと、割り切る事も、したくない」
雲に隠れていた月が照らしだす。
「俺は、何もできないままで……。あの日のままで、俺は――」
月明かりが、雫を照らす。
「ミリア、俺には、許せないものが二つ出来たんだ。一つは、あの日、お前を殺したあの魔族。絶対に仇を討ってやるからな」
ミリアの理不尽な死の光景を、今でも鮮明に覚えている。
ゆっくりと、魔族が近寄ってくる。
辺りは鳥籠の結界で覆われていて、中からは脱出が叶わず、外からは結界内の魔力感知が出来ない。
壊すには、結界の魔力を越えた魔力をぶつけるしかない。魔力を放出するすべを持たない俺は、詰まるところ、詰んでいた。
ニタァと笑い、手を伸ばす。
ミリアの後頭部を強引に鷲掴みにし、そのまま軽々と持ち上げる。
『逃げて、お兄ちゃん!逃げてええええ!』
手を伸ばし、怯えたその目は、真っ直ぐに俺だけを見つめて『行かないで』『助けて』と訴えてくる。
(だめだ。恐怖で呼吸すらままならない。動け!すぐ目の前だ!手を伸ばせ!掴め!手遅れに――っっ!!)
『お兄ちゃ――ゲッ、ゲブッ……!ごっ……あぐ』
その直後、ミリアの口からゴポゴポと大量の血が溢れ出し、腹には真っ黒な剣が貫通していた。
ミリアの血を吸い取っているかのように、刀身が徐々に赤く染まっていく。そして、その血が蒸発するかのように霧になって消えていった。魔族が指を鳴らすと、周りを囲っていた鳥籠の結界が砕け散る。
乱暴に投げ捨てられ、頭から地面に叩き付けられたミリアは、そのまま数度、ビクッと痙攣し、一際大きく体が跳ねたかと思うと、その場で絶命した。
俺は立ち上がってミリアを覗き込む。
雪のように白い髪が、白い肌が、血で赤く染まっている。
見開いた瞳は光を失い、涙を溜めている。
『ミ、ミリア?……っ!おい、ミリ……!!うぷっ!』
盛大に嘔吐し、涙と吐しゃ物にまみれ、俺の思考は壊れた。その日の記憶は止まっている。
拳を握り締める。
「もう一つは、その時に何も出来ずにただ震えていただけの弱い自分に。」
握った拳に血が滲む。
「俺は、力が欲しい。今度こそ、守り抜くだけの力が!」
墓石を背に、歩き出す。
墓地を出ると、一人の少女が優しく微笑み、そして泣いていた。
胸の中で泣いている彼女を抱きしめ、覚悟を決める。
『もう一度やり直せるのなら、君の傍で、共に死のう』
いや、ビーラの時との差っ!