パープルベリーのその味は
第三話です!
よろしくお願いします!
「ヴェルトさん、今日はありがとうございました。貴方とティアーナさんがいなけりゃ、僕と父は間違いなく……死んでいたでしょう」
フィーが大きな荷物を抱えながら俺に近づく。
「正直、全員生きてるのが不思議だ。あの化け物が見逃してくれなければ、間違いなく全滅してたよ」
あの時の俺は、何とかしてこの親子だけでも逃がそうと思考を張り巡らせていたが、俺にできたのは何とか相手の気が変わらないように話をする事だけだった。
蘭が立ち去った後、俺たちは捉えた二人に蘭の正体を聞こうとしたが、案の定、消されていた。
「この荷物を運び終えたら、依頼は終わりです。パープルベリーのビーラが待ってますよ!」
フィーがニコニコと笑顔を向ける。
「あぁ、そうだな。楽しみだ」
笑顔を返して、歩き出す。
「父さん、これで最後だよ!」
「おう。そっちの棚に積んでおけ。ああ、ヴェルト君も手伝いありがとう!」
荷物を運び入れた俺たちは、ティアーナが淹れたハーブティーで一息入れる。
優しい香りが、ようやく緊張をほぐしてくれた気がする。
「よおし、それじゃあ酒場にでも繰り出しますか!もちろん、お二人の分は私が持ちます!」
ティアーナが申し訳なさそうな顔をして
「そんな!私たちは大丈夫です!ね?ヴェルト」
「いやいや!命の恩人にお金を払わせる事ができますか!なあ?フィー」
フィーはコクコク、と頷く。どうやら、断る方が困らせてしまうようだ。
「じゃあ、こうしよう。パープルベリーのビーラをタダで頂くよ。それだけで十分だ」
「それでは私たちの気が収まりません……はっ!では、ここでホームパーティーでも開きましょう!どうやら、お隣さんはピザ屋さんのようですし。それくらいは、受けてもらえますかな?」
―なるほど。拾った命を、『生』を噛み締めたいのだろう。それならば付き合うとしよう。
ティアーナも「それなら……」と同意した。
「うっ……!美味い!」「美味しい……っ!」
二人は同時に言葉を発した。
―これはいったいなんだ?本当にビーラなのか?この爽やかな風味は間違いなくパープルベリーで、ビーラのコクと切れが、まるで脳に直接その風味を運んでいるかのようだ。そしてこの味!ビーラは本来とても苦い。パープルベリーを漬けるだけで、ここまでまろやかな甘みが、苦みにマッチするものなのか!イケる!これは何杯でもイケるぞ!
「ヴェルトさん?おーい!」
「フィー君、放っておきましょう。そうなったらしばらく現実には帰ってこないでしょうから」
フィーは首を傾げたが、ティアーナの言葉に従うことにした。
「ふふっ、よっぽど衝撃を受けたみたいね。でも本当に美味しいわ。他にも種類があるんですか?」
ティアーナの言葉にアルゴが得意げに
「あるとも!バナンナや、メーロン、グレートフルーツ。俺のオススメはネットウだ!」
「ネットウ?」
ティアーナは首を傾げて聞き返す。すかさずフィーが顔をしかめて
「腐った豆、ゲテモノだよ」
と言い放つ。アルゴさんはガハハハと笑い飛ばす。ティアーナは苦笑いを浮かべていた。
しばらく後、無事?に現実へと帰ってきた俺は、酔い醒ましにベランダに出て、今日の出来事を考えていた。
―襲い掛かってきた盗賊。
そして蘭と名乗った桁違いの強さを持つ女。同調読心で心を読んできた。
だが、ここで一つの疑問がある。同調読心であるならば奴の魔力の流れは、俺とリンクしていなければならない。だが、奴の魔力は俺にリンクしていなかったはずだ。
それから、<君に興味がある>とも言っていた。
魔力隠匿のピアスを着けている俺の魔力量は、ティアーナの十分の一にも満たないはずだ。
奴の目的はなんだ?
―『美味しそうな匂いがしたから』
奴の言葉を鵜呑みにするとして、目的の物を奪わない選択肢はあるのか?無駄に部下を失っただけで帰る?
やはり腑に落ちない。
やはりあいつの目的は……。
「おっ、ここにいましたか」
アルゴさんがビーラを片手に俺の横に立つ。
「お二人は、いつお戻りに?」
「二日後の朝に発つ予定です」
元々、護衛の仕事はティアーナの帰省のついでである。
「それでは、明日は何か用事はおありですかな?」
「ティアは実家に戻ると言ってますが、俺は特に無いですね」
「では、もしよろしければ明日の16時に、ここに来ていただけないでしょうか?少しお話がありまして」
俺は承諾した。
「もう遅いですし、今日は泊っていってください。ティアーナさんも、寝てしまいましたし」
「はは、ご迷惑をおかけします。では、お言葉に甘えて、休ませてもらいます」
「部屋は二階の手前の部屋を使ってください。あいにく、ベッド以外は何もありませんが……」
「ありがたい、十分です。それでは、おやすみなさい」
横になり目をつむると、すぐに微睡みに落ちていった。
「ヴェルト、本当に帰らないの?」
アルゴさんに軽い朝食をいただき、家を出る。
「ああ。あそこは俺の居場所じゃないから」
ティアーナは少し悲しげな表情をする。
「……わかった。じゃあ、明日の朝9時に、転移晶石に集合でいいわね?」
「ああ、それでいいよ。いってらっしゃい」
「うん。いってきます!」
爽やかに笑って、軽やかに足を踏み出す。
少しだけ、心臓の辺りが重たく感じた。
アルゴさんとの約束の時間まで、時間つぶしにガルガンディの街を少し回ることにした。
俺の記憶にある店も、全く知らないオブジェクトも、どことなく心を落ち着かせた。
ブラブラと歩いていると、果実店の女性に声をかけられた。
「あら?どこのイケメンかと思ったら、ヴェルト君じゃないの?戻ってきてたのねえ!懐かしいわぁ」
その声を聴いていた周りの人たちは、ヒソヒソと話し出す者、奇異の視線を向ける者、友好的に話しかけてくる元、知人と、反応は様々だ。
「あら嫌だ、ごめんなさいね、ちょっと声が大きかったみたい。お詫びって訳じゃあないけど、これ、もっておいき」
そう言って、いくつかのフルーツを袋に入れて渡してくれた。
「ははっ、ありがとうおばちゃん。それと、俺は戻ってきたわけじゃなく、ティアーナの付き添いなんだ。明日にはフリクトローアに戻るよ」
周りにも聞こえるようにハッキリと言い放ち、その場を後にする。
その際に見えたおばちゃんの悲しそうな顔が、俺の心臓の辺りを黒くした。
最初から分かっていた事だろう。
<えっ?ねえ、あの人……>
この街には、俺の居場所はない。
<うわ、あいつホントに戻ってきてやがる>
だがそれでも、ここにいると思ってしまう。
<チッ、何もできない臆病者が!>
全部が夢だったら。あの日が無かったら。
<ああ、アレがダンツァー家の次男坊か?>
目の前の光景は、俺にとって、愛おしいものであったかもしれないと。
<ハッ!よく戻ってこれたもんだよ>
<何しに来たんだろう?>
<まあそういうなよ。かわいそうじゃねーか>
俺は人気の少ない方へと歩き出し、おばちゃんにもらった袋からパープルベリーを取り出し、歯を立てて噛り付いた。
―あぁ、甘くて酸っぱい。それから……。
その塩辛い味が、俺の中にある重くて黒い何かを、突き刺した。
最後の文を打ち込んでいる時の私の顔は、獲物が寝ている間に包丁を研いでいる鬼婆みたいな顔でした。