深夜の呼び出し
いよいよ物語がスタートです!
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
深夜二時
寝苦しい程の暑さで目を覚ます。
「うえっ、汗でベタベタする」
俺はシャワーを浴びようと、シャツを脱ぎ、部屋を出た。
一人暮らしを始めて、もうすぐ一年。
好きな時にメシを食い、好きな時に風呂に入る。
誰にも遠慮がいらない俺だけの世界。
(そう言えば、蛍火の掲示板に、商人の護衛なんて任務もあったよな。期限っていつまでだったかな?明日にでも確認してみよう)
そんなことを考えながら、シャワーを浴び、冷蔵庫に手を伸ばす。
その時、思念通知が俺の脳内に届いた。
「「ヴェルト、起きてる?もし起きてたら、フリクトの丘まで来て欲しいの。待ってるね」」
-フリクトの丘-
街を一望できる展望台で、昼夜を問わず、恋人たちの憩いの場である。
街の名前はフリクトローア。フリクトとは約四百年前、この場所に城を築き、街を作った王の名前である。
ティアーナがこんな時間に呼び出すなんて珍しいな。
俺は頭の中で「「ビーラを飲んだらすぐに行くよ」」と念じた。
ただし、念じただけで、俺の言葉はティアーナには届かない。俺には魔法が使えないからだ。
俺の体には、それはもう十分すぎるほどの魔力がある。
学校の先生は、その素質を開花させる!僕にはその義務がある!なんて息巻いていたが、俺は何一つ習得できず、真面目にやれば絶対にできる、などと言い捨てられた。
そこそこ名の通った冒険者が、ビーラを買いに来ただけの俺を二度見し、スカウトしに来る。
魔法が使えないと説明しても一切信じず、実際に使えないと分かるや否や、溜息交じりに戻っていく。
そこそこ悪名高い窃盗団も、たまたまその場に居合わせた俺を目にすると、強化魔法で脚力を強化して、すぐに引き上げた。
盗まれた物を取り返してくれと懇願されても、俺は追いつく為の強化魔法は使えない。
勝手に期待され、勝手に呆れられる。
そんな俺を哀れに思ったのか、家族は魔力隠匿のピアスを2つ与えてくれた。
おかげで、俺の魔力は同年代の友達と大差無いように見せることができた。
まぁ、そんな事は幼少期からなので、今更何も思わないのだが、面倒事は嫌なので、ありがたく今でも身に着けている。
先ほどの思念通知も、魔力を持たない相手には使えない。
魔力の波長を感じ取ってリンクさせなければ、言葉は送れない。
つまり俺の魔力の波長は、ティアーナと合わさった瞬間に理論上では俺からも思念を送れるはずなのだ。
だが、こちらからの魔力は、まるで見えない壁でもあるかのように遮られている。
フリクトの丘に着くと、二つの人影が見えた。
一人は先ほど思念通知を飛ばしてきたティアーナ。もう一人は――
「よう。意外と早かったな!ヴェルト・ダンツァー君」
「寝苦しくて、たまたま起きてただけさ。それより、どうしてここに?」
「はははっ、美少女と二人っきりのシチュエーションにしてやれなくて悪かったな」
そう言ってからかってくる男-フェイト・グリムは、俺の肩に手を置いて
「冗談だ。ついさっき任務から帰ってな。酒を片手に歩いてたら、こんな深夜に美少女一人。口説き文句の一つも出ない男は男じゃない、違うか?」
ティアーナは少し照れたように目を流す。
「こんな時間まで、団長様は大変だねぇ。任務お疲れ様」
「おうよ!明日はギルドに顔出すんだろ?あんま夜更かしすんじゃないぞ。お肌に悪いしな?」
そう言って背中を向けて歩き出すグリムに俺は
「それから、護衛の任務もご苦労さん。次からは、せめて片手に酒瓶でもぶら下げておいた方がいいぜ」
と、ニヤリと笑いながらからかい返してやった。ティアーナは口元に手を当てて小首を傾げる。
「フッ。相変わらず可愛くない観察眼だな。じゃあな」
今度こそ背中を向け、手を振り歩き出した。
「はは、相変わらず分かりやすい優しさの照れ隠しだよな。お待たせ、ティア」
呼びかけると、小柄な幼馴染が見つめてくる。
「うん。ごめんね、こんな時間に呼び出しちゃって」
「大丈夫さ。さっきも言ったけど、ホントにたまたま起きてただけさ。それで、何か用事があるんだろう?」
ティアーナはどことなく申し訳なさそうな顔をして、実は…と言い淀む。数秒悩んで、口を開いた。
「蛍火の掲示板に商人の護衛の依頼が届いてるんだけど、私と一緒に受けてもらえないかなって」
「ん?受けるのは良いけど、どうしてティアも一緒なんだい?」
「その商人さんの行き先が、ガルガンディなの」
-ガルガンディ-
俺とティアーナの生まれ故郷で、人口五十万人程の都市だ。
この地に、俺の父と母、兄が住んでいる。
実家の前には公園があり、それを挟むようにしてティアーナの実家がある。
「わたし、いつも教会にいるでしょう?だから、基本的に外出は認められていないの。でも、ギルドのお仕事なら、外出も許可が下りるから、ちょっとズルだけど、お母さんたちに会いに行きたくて…」
俺たちの国では、十三歳から二十歳になるまでの間、魔法学校に入れられる。
そこで、魔力適性などを測定し、大体の者は自分に合った職業を選択する。
ティアーナは魔力量はさることながら、光属性や水属性の魔力が、群を抜いていたので、聖職者として、教会で働いている。
俺はというと、魔力量は多すぎて測定不能。魔力適性は魔法が使えないので測定不能。問題児である。
その為、学校始まって以来の中途卒業が決まった。退学ではない。決して。
しかし、ただ職もなくブラブラしているという訳にもいかず、ギルドの門を叩いた。それが<蛍火>である。
基本的にギルドには、職業の制限はなく誰でも入れる。ギルドそれぞれに入門試験が用意されていて、クリアできれば晴れて一員と認められる。俺もティアーナも、団長-フェイト・グリムに試験が用意され、通過した。
「うーん、できれば俺は、あの街には戻りたくないんだがなぁ」
かと言って、俺が同行しなければ、一人でも行くと言い出すのだろう。
それに、グリム団長も怒るだろう。いや、通り越してキレるな。間違いなく。
ティアーナが悲しげな顔で
「うん、もちろん無理にとは言わないけど、でも…」
背中を向けて
「きっと…心配してるから」
そうつぶやく彼女が、今どんな顔をしているのかなんとなくわかる気がした。
いかがでしたか?
ヴェルト君の過去はどんなものなのか。
重いかもしれないし、そうでも無いのかもしれないですよ!
乞うご期待!