人形の体
目が覚めた。
あれ?私何してたっけ?えっと、あ、そうだ。
おそらく異世界転移らしき体験をして、生水飲んで、お腹壊して、倒れたんだったね。
…て、うわぁ。私すんごいこと考えてたねぇ。いくらお腹すいてたからって、石は食べれないでしょ。確かに卵形だったけどさぁ。そんで人形だったら、なんて。そんなことありえるはずないのに。
あれ?そういえば私、全然お腹すいてないな。喉も渇いてない。…なんで?
とりあえず、いつまでもうつ伏せで倒れてないで、起きよう。
手をついて、体を起こす。そしてその流れで立ち上がる。
おお、もうここまで快復するとは。…なんで?
ま、まあ元気になったのはいいことだよね?うん。
周りを確認してみる。特に変わったところはない。あれ?砕いちゃった石、どこにいったのかな?あ、デッサン人形が片付けたのか。でもあれ、最後めっちゃ光ってたけど、大丈夫かな?大事なものだったりしたらどうしよう。まあでも、この家主は死んでるから、怒られるようなことはないか。うん、なら大丈夫だね!…反省します。
はあ~、これからどうしようかなぁ。頭痛と熱っぽさは治って、なぜか空腹と渇きまでおさまったけど、問題は何も解決してない。むしろ悪化したと言ってもいい。
食料は未だ見つからず、水は飲めば腹を壊す。火が使えればいいんだけど、そういうものは見当たらない。この実験室や、物置きにならそういった物がありそうだけど、どれがそれなのかわからない。というか用途不明な物しかない。
色々触って調べないといけないんだけど、なかなか勇気が出ない。極端な話だけど、触った瞬間爆発するような道具を触ったら、て考えるとね。
でもなぁ、今のところ他に調べられそうなのがないんだよなぁ。
はあー、と私はため息をつこうと…ため息…あれ?ため息が、つけない?
どどど、どういうこと!?てゆうか、ため息以前に、息もできないっていうか、してないんだけど!?
なんで私生きてるの!?
ま、まずはもちつこう。じゃない!おちつこう。
こういうときは深呼吸…はできないから、素数を数えよう。2、3、5…。うん、案外おちつけるもんだ。
それじゃあおちついたところで、一個一個確認していこう。
まず息。してないしできない。
口はどうなってるのかな?閉じてると思うんだけど。触ってみる。うん、閉じてるね。そして、たぶん舌が消失してる。舌の感覚がない。
私の体、どうなってんの?
───カッ───
頬を両手で叩いたら、渇いた音がした。当たり前だ。私は人形の中にいるのだから。それにしても、この人形の頬っぺたも手も、つるつるだよなぁ。ん?なんで、感触なんてわかるの?
さっきもそうだ。私の全身は、人形に覆われてるはず。なのに、唇を触って確かめることができた。今も、掌で頬っぺたを、頬っぺたで掌を触った感触がある。ただそれは、どちらも固い人形の感触だ。
そして今気づいたけど、ラバースーツのあの、締めつけられる感じがない。着てる感じもしない。なにより私は、なめらかに動きすぎてる。人形の中に入っているのなら、それはつまり内側から人形を押して動かしているということ。そのときに、多少の抵抗がある。それが今は全くない。
つまりこれらが示すことは…
私は、体のすみからすみまで確認した。わかったことは、それを否定する材料は見つからないということ。
どうやら私は、本当に人形になってしまったらしい。
私は今、物置きをあさってる。へんてこな眼鏡をかけて。
え?大丈夫なのかって?それがね、あの骸骨の枕元にこのへんてこな眼鏡があってね。これをかけると、その道具の使い方がなんとなくわかるようになるんだよ!これで危険な目に合うことを回避できる!
え?そうじゃない?ああ人形になったことね。そりゃあ最初はショックだったんだけど、すぐに思ったんだよね。あれ?なんか不都合ある?って。なんせそもそも私は、人形になりたかったわけだ。その夢が叶ったわけだし、別にショックを受けることはないんじゃないかってね。そう考えれば、むしろすごく嬉しくなって。鼻歌…は歌えないけど、スキップしそうになったよ。
それに、たぶん物を食べる必要も、水を飲む必要もなくなったわけだから、色んな問題が解決した。
それでまあ、気が楽になって、色々やってみることにした。私は一度死んだようなもの。なら、今から第二の生を歩むつもりで、失敗を恐れずチャレンジしてみようかなって。
で、手始めに研究室の道具…はまだ怖かったから、骸骨の部屋の道具を調べてみた。休眠するための部屋に、危険な物は置かないだろうと思ってね。そしたら見事に当たりを引いたよ。こんな便利な物を、手に入れられるとは。
それにしても、最初にこの物置きを下手に漁らないで正解だったね。スイッチをいれると触手が絡みついてくる道具や、割ると半径1メートルぐらいの範囲を凍らせる道具なんてのもある。
まあ、そんな危険な道具は極一部だけどね。ほとんどはしょうもないものばかり。振動する玉、光る棒、くるくる回るT字の道具などなど。実用性のあるものは、浄水器──これもっと前にほしかったな。──、コンロ──これももっと前にほしかった。──、文字翻訳眼鏡…これだー!
これだよこれ!。これがあれば、書庫の本が読める!
よし、そうと決まれば書庫に行こう!
書庫に来たけど、何から読もう。とりあえず、入り口から一番近い本棚の、一番とりやすい位置にある本を取ってみる。けっこう分厚い。
えっと、なになに?
『〈=|+≦≠#〒∀∵÷-*‡⊿』
おっと、翻訳眼鏡忘れてた。というかこの眼鏡、すごくごついね。あれ?これなら、取説眼鏡の上からつけれそう。…できた。
それじゃあ、きをとりなおして…
『闇魔法の本質についての考察』
ほうほう。やっぱあるんだね、魔法。私も使えるようになるのかな?
ぱっと見た感じでは、この棚は魔法関連の本が置いてあるっぽい。でも、どの本も難しそう。
試しに適当な本をいくつか読んで見たけど、案の定ほとんど理解できなかった。
まずは初心者向けの本を探さないとね。でも、どこにあるんだろう。この書庫、学校の体育館の倍ぐらいの広さがあるんだけど。
まあ、地道に探そう。
ひととおり見て回って思ったこと。すごい。
わかってたけどこの書庫、ほんとにたくさんの本が置いてある。
魔法や錬金術っていうファンタジーなものの本から、自然科学や、医学なんていうのについての本まである。それに歴史書や、す少ないけど童話まである。私はこの世界のことを、何も知らないからね。ここはこの上ない情報源だよ。
後、魔法使いたい。
よし、読み尽くすぞ!
そして1ヶ月が過ぎた。
このくらいで私は、この体のことをだいたい把握した。まず、あれから寝てない、食べてない、飲んでないなんていう状態だけど、今のところ全く不調を感じないことから、そういったものは必要ないと思われる。まあ、仮に必要だったとしても、補給のしかたがわかんないけどね。
そして、記憶力が半端ない。それも、人形になってからだけじゃなく、人間だった頃の記憶も完璧に覚えてる。
一月ってわかったのも、このおかげ。一日、つまり24時間がどれくらいの長さかを完璧に覚えていたから、何日たったかがわかったわけだね。
それに思考速度や計算能力も上がってる。今の私なら、表計算ソフトにも負けない気がする。
他にも、身体能力や動体視力が化物みたいな性能してる。あの広間、天井が2~30メートルあるんだけど、ジャンプしたら届いちゃったんだよねぇ。
しかもその速さや高さに戸惑うこともなく、普通に着地できたよ。天井に頭ぶつける前に手で衝撃吸収できたし。痛覚がないみたいだからちょっと不安だけれど、体のどこにも罅がなかったからたぶん大丈夫。
後は、めっちゃ器用。思った通りに体が動く。ジャグリングなんて初めてやったよ。バクテンなんかも余裕だし、指一本で逆立ちなんてまねもできた。投げたものは狙ったところに精確にあたる。楽しくて一日中遊んだりしてたね。
え?本は読んだのかって?当たり前じゃない。
もうめちゃくちゃ読んだよ!
なんせ、完全記憶に優れた動体視力があるんだからね。パラパラ捲ってもちゃんと読める。一日に何冊読んだと思ってる?今のところ最高記録は2693冊だよ!そして、この一ヶ月で読んだ本の数、なんと!44825冊!すごくない?
え?もっといけだだろって?
いや、確かにさ、読むだけなら、いけたよ?でもさ、使いたいじゃん。魔法とか。その練習もしてたら、けっこう時間食っちゃってね。
けっしてサボってたわけじゃないんだよ。誰でも魔法使えるとわかったら、使いたくなるもんでしょ?
だから、そう!これはしかたのないことなんだ!うん!