襲われる村
すいません間あいちゃって。
テストがあったもんで。
山脈の切れ目をぬけて、内陸の森に入る。
のどかだ。大森林のような、あの常にピリピリと張りつめたような感覚がない。
ほんと、あの山脈を境に空気が変わる。
さて、せっかくこっちに来たわけだし、この森もしっかり見ておこう。大森林のような謎はなくとも、多少の発見はあるでしょう。
で、半日程調査したところ、あんまり面白い発見はなかった。薬草に含まれる薬効成分も、アロエやヨモギに毛が生えた程度のものが精精。毒草や茸も、私が知ってる地球のものと大差ない。
魔物は、この辺りのボスっぽいのを蹴ったらミンチになった。この辺りにはそいつより強そうなのはいなかったことから、程度が察せるね。
ちなみにそのボスは、ファンタジーでお馴染み、ゴブリンにそっくりだった。あの、肌が緑色した人型の生物だよ。ちなみにボスを倒したら、その下っぱ達は土下座してきた。それはもう見事な土下座だったよ。異世界に来て、ゴブリンの土下座を見るとは思わなかったよ。たぶん今日一番おどろいた。
その驚きに免じて、下っぱ達は赦してあげることにした。赦してあげたんだけど、その後下っぱ達、ついてきたがったんだよね。たぶん、私を新たなボスにしたかったんだと思う。でも私はそれを拒否。面倒なだけだからね。その意思をどう伝えたもんかと思ったけど、爆発の魔術で脅かしたら逃げてった。
でも、全く収穫が無かったわけじゃない。摩訶不思議なものも一つだけ見つかった。それは簡単に言えば、木だ。ただしただの木じゃない。その木に成っているものが、普通じゃない。なんと、兎が成ってたんだ。
それは世にも珍しい、兎が成る木だった。その木に成っている兎は、どれも眠っているようだった。触っても起きなかったので、一匹(個?)もいでみた。すると、もいだ兎だけじゃなく、成ってる兎も何匹か起きたと思ったら、叫び声をあげながらすごい形相で襲いかかってきた。
少し驚いたけど、脅威じゃあなかったから、もいだ兎を捕まえた状態で観察してた。他の兎?魔術ではったバリアに突撃してた。もちろんバリアには傷一つつきません。そしたら、叫び声を聞いた他の兎がたくさん集まってきて、私に攻撃してきたんだよね。こうやって生き延びてきたんだなぁと、感心したよ。まあ私からすると、脅威にもならなかったんだけどね。けど、そのままだと全滅するまで攻撃してきそうだったから、十分に観察したところで逃げたよ。すでに、私が魔術ではったバリアに突撃して自滅した個体もいたしね。あのまま続けてたら、どうなってたかな?。
そんなことをやってたら、夜になった。夜は夜で、森は昼とはまた違った顔を見せてくれる。
あ、梟だ。あくまで見た目がそっくりなだけで、別種だろうけど。昼じゃなくて夜に活動する鳥は、どこの世界でも似たような姿をとるのかな?
クワガタもいる。地球で見たのより、倍以上でかい。大森林のには負けるけど。まぁあそこの虫、人より大きいのとかざらにいるから、しかたないんだけどね。
あ、蛇がいる。なんか混乱してるっぽい。ああ、私のせいか。あの蛇はきっと、目や耳や鼻がいいんだろうね。なんせ何かの足音は聞こえるのに、匂いもしなければ熱も見えないんだものね。私は自動人形だから、熱も匂いも発さない。敏感な嗅覚と、熱を見る特殊な目を持つ蛇にとっては未知の感覚だろうね。
未知にふれあえてちょっと羨ましい。…蛇を羨ましがってどうするよ。
そんな感じでちょっとした発見はあれど、私を歓喜させてくれるような未知は見つからない。
そのため、考察が多くなる。たまにしょうもないことを考えたりもする。そうしながら、夜の森をさまよい歩く。
そのせいか、いつのまにやら森の浅いところにまで来てしまっていた。森の外まで一キロ程しかない。森の外には、すぐ近くに人間の村落がある場合がある。昼にこんなところまで来ていれば、狩に来た人間に見つかっていたかもしれない。まあ常に周囲を感知しているから、見つかる前に隠れられるとは思うけれど。
そうだ、夜のうちに森の外縁付近を調べようか。人なんてまずいないとは思うけど、念のため探ってみようか。
そう思って、感知範囲を広げてみた。半径40キロにも及ぶ私の空間感知は、近くの村まですっぽり覆った。…あれ?なにこれ。なんか燃えてるんだけど。
ていうかこれ、襲われてない!?
空間感知によって私の頭に映し出された光景。それは、蹂躙だった。あちこちから火の手が上がる村と、武器を持った集団、恐らく盗賊に襲われている村人達の姿。
数こそ村人達の方が多いが、人との戦いになれていない。そして、盗賊の中に二人程明らかに強い者がいる。武器を振るこどに人が死んでいっている。
村の男達は女子供だけでも逃がそうと奮戦しているが、多少の時間を稼ぐ程しかできていない。そしてその稼いだ多少の時間で逃げている女子供達も、村の出口で待ち伏せしていた者達に捕まっている。捕まった者達は、馬車の中に詰め込まれている。
この後どういう扱いをされるかは、考えるまでも無いだろう。
この村は、終わりかな?男達はたぶん全員殺されるだろうし。
ちなみに、私にこの村を助ける意思はない。確かに私なら、たぶん盗賊達を全員相手にしても負けないとはおもう。じゃあなぜ助けないのか?まずメリットが無い。この村を助けたところで、農業と狩猟で自給自足している人達から、私よ利になるような物を得られるとは思えない。それから、言葉の問題。そもそも言葉通じないのだから、私が敵ではないことを知らせることも難しい。せっかく助けたのに、怖がられて拒絶されるなんてのは、余り気分がよくない。
それにそもそも私は人間じゃない。自動人形だ。見ず知らずの人間を助ける義理なんて、端からない。
非情かもしれないね。けど、これが私だからね。
そんなことを考えながら、この惨状を見ていた。あるとき、村の出口を突破して、何人かの村人が森の方に逃げた。けれど、追いかけて来た盗賊にほとんど捕まったり、殺された者もいた。
そんな中、怪我を負いながらもどうにか森の奥まで逃げることができた者がいた。
その人は、若い女性だった。かなりの重傷を負っているようで、森の中で倒れてしまった。けれど、その腕の中に宝物のように大切に抱えた何かだけは、決して放さない。それは、赤子だった。まだ生まれて、一年経つかどうかの幼い命。女性の子だろう。
あの怪我ではもうまともに動けないだろうし、女性はそのうち死ぬだろう。そして、保護者のいない赤子も母の後を追うことになる。
──助けないと──
そう考えてから、なぜ?と問う。他なぬ、自分自身に。確かに人の道徳的観点から言えば、助けるべきだろう。けれど、私は人間じゃない。自動人形だ。人でなくなった私に、人を助ける理由はない。そもそもメリットがない。助けてなんになる?なんにもならないところか、むしろ不利益しか被らないだろう。
それでもなお、助けるのか?
人間の、何千倍というとてつもなく速い思考速度で自問自答する。
人間としての在り方に、未練でもあるのか?心まで完全に人形になったというのは、嘘だったのか?
その、自分自身の問いに対して、確信を持って否と答える。
私は人形。レイズ=アドラ。
人を助ける理由。それは、自分が人形であるからこそ。
人形とは、人と関わってこその人形。所有者に、時には友として、時には家族として寄り添うもの。
少なくとも田村亜子は、どの人形も素敵な所有者にめぐり合い、大切にされるように。そして何より、その人の支えとなるように祈って、人形を作っていた。
それは、このレイズ=アドラも同じ。
今思えばそれは、人との付き合いが苦手な田村亜子が、人形に理想を求めた結果なんだろうなと思う。
けれど、理由はどうあれ田村亜子が、レイズ=アドラに人に寄り添うことを求めたのは事実。
ならば私、レイズ=アドラには被造物として、創造主である田村亜子の願いを叶える義務がある。
今まで村人に接触してこなかったのは、いくらこちらが歩み添ったとしても、友好な関係を築くことがほぼ不可能と判断したから。
しかし、命の危機に瀕する赤子を助けることは不可能か?
否。
母の方は見捨てることになるだろうけど、赤ちゃんだけなら寄り添うことはできる。
ならば今こそ、己の使命を果たすとき。
心の整理はついた。よし、それじゃあさっそく助けにいこう。