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目覚め



目覚めは最悪だった。

頭痛、吐き気、倦怠感・・・ 不快のオンパレードだ。

霞む目をなんとかこじ開けて、辺りを見回す。

見慣れない広い部屋だった。カーテンが閉められているため薄暗いが、二十畳はある。

闇に沈むように沈黙している家具は、部屋の規模に比べてとても少ない。

殺伐とした雰囲気は、この部屋の主の性格を表しているようだ。


俺は自分の手を持ち上げてみた。

見たこともない手だったが、ちゃんと自分の意思で動く。

やっぱり俺は、シュナイダーの体の中に入ってしまったらしい。



『おい、シュナイダー』


頭の中に呼びかける。


『シュナイダー?』


何度か名前を呼ぶが、返事がない。

俺は諦めて再び目をきつく閉じた。

具合が悪すぎて、今は何も考えられない。

目を閉じていると、再び眠気が襲ってきた。


それからまたしばらくまどろみの中をただよっていると、コンコン、と控えめに扉をノックする音がした。

「失礼いたします」と小さな声がして、紺色のメイド服を着た女性が部屋に入ってくる。

俺の目が覚めているとは思っていないのか、迷いのない足取りでベッドの傍まで来ると、枕もとの水差しを手に取った。

うわー、本物のメイドさんだーと思って見ていると、何気なく顔を上げたメイドさんと目が合った。と、彼女の手から水差しが滑り落ちる。

ガチャーン!と派手な音を立てて砕ける水差し。

限界まで見開かれた目。

メイドさんは暗い部屋の中でもわかるくらい顔を青ざめさせて、ついで土下座しそうな勢いで頭を下げた。


「申し訳ございません!申し訳ございません!」


あまりの勢いにぽかんとしていると、再び扉がノックされて、今度は男が入ってきた。

ミルクティー色の髪をした、ちょっと軽そうな男だ。歳はシュナイダーと同じくらいだろう。

男は、俺とメイドと水差しを順番に見て状況を察したようだ。素早くメイドに片付けと退出を命じると、メイドが変えるために持ってきていた新しい水差しをサイドテーブルに置いた。


「よかった、目が覚めたんですね」


執事のラシルだ。

男を見ていると、唐突にそんな情報が頭の中に浮かんだ。


「ラシル?」


驚いて思わず口にすると、男は「はい?どうかしましたか?」と首をかしげる。やはりラシルという名前で合っているらしい。

今のは確実に、シュナイダーの記憶だったよな。

シュナイダーの意識は今は感じられないけれど、記憶を引き出すことはできるようだ。それは助かる・・・ いちいち名前を聞いて回るわけにもいかないからな。


「気分はいかがですか?」

「あまりよくはないな」


さっき目覚めた時よりは幾分ましになっているが、まだ万全とはいいがたい。


「シュナイダー様、倒れられた時のことは覚えておられますか?」


ラシルが、俺に水差しから水をコップに移して渡してくれる。


「ああ。毒を盛られたんだろう?」


悪魔がそう言ったのだから、間違いないだろう。


「はい。医者の見立てでも、毒でまちがいないそうです」


ラシルも頷いてそう言う。

俺は、倒れた時のことを思い出そうとした。すると、すんなりと頭の中にその時の記憶が浮かび上がってくる。



寝室のベッドの上だ。

女性が驚いた顔で俺を見ている。

だがその後は急激に視界がぶれて、何も分からなくなった。

多分今シュナイダーの記憶に出てきたのが奥さんだろう。

名前は・・・ スカーレットだ。

結婚して、初めて過ごす夜・・・ 初夜だったようだ。

旦那が突然倒れて、さぞ驚かせただろう。


「スカーレットはどうしている?」


逆に寝込んでたりしないだろうか、と心配になって聞くと、ラシルはあっけらかんと言った。


「あぁ、スカーレット様なら、地下牢に入れてあります」

「地下牢!?」

「はい。シュナイダー様が倒れられた時傍におられたのはスカーレット様だけですので。念のため」


何でもないように言うラシルに、俺は眩暈がした。

悪魔のやつ、人助けしろとか言っておいて、すでにとんでもなく悲惨な目にあわせてるじゃないか!


「すぐに出してくれ」


頭を押さえながら言うと、ラシルは心底不思議そうな顔をした。

いや、なんでそんなきょとんとした顔するんだよ。


「いいのですか?」

「いいって言ってるだろ。いや、あれだ、身体検査したから。毒持ってたら分かったから」


そのままでは納得しそうになかったので、とりあえず持ち物チェックしたことにする。

犯人は女じゃないと悪魔が言っていた。そこで嘘をつく必要はないはずだから、スカーレットがシュナイダーに毒を盛った犯人ではありえない。

だがそれは俺にしか分からないことで、ラシルを納得させる材料はないのだ。

なんと言ってラシルを説得しようかと悩んでいると「あぁ、なるほど」と、今度はにやりと嫌な笑みを浮かべる。

なにか不埒な感じの身体検査を思い浮かべたのだろうな、と思って怯んだけど、ややこしくなるので黙っておく。


「いいから鍵を持って来いよ」


なんとなく頭痛の増した頭を押さえて言う。

ラシルは今度は素直に頷いた。

なんかすでに疲れたな・・・




地下牢への入り口に向かいながら、俺は頭の中でシュナイダーの周りにいる人物について整理していた。

ラシルは伯爵家の三男で執事だが、俺の子どもの頃からの幼馴染でもあるようだ。だからだろうが、俺に対しては遠慮がない。

風貌は女好きしそうでチャラい感じだが、さっきの会話でもわかる通り結構さらっと残酷なことをしてのける奴だ。

さっきのメイドさんの態度を見て思った通り、俺は屋敷の使用人たちにはかなり怖がられているようだし、そのくらいでないとシュナイダーの執事など務まらないのだろう。


そして今廊下を歩く俺の後ろについて歩いている男。部屋の前に控えていたこの男は俺の護衛で、ジルアという名前だった。

ラシルと同じで俺の幼馴染だが、ラシルと違って軽口を叩きあったりはしない。

ジルアは基本的にシュナイダーの命令はなんでも聞く。

シュナイダーの記憶の中にある彼は最初から無口で、よく仕えてくれているが、何を考えているのかはよくわからない。だが、シュナイダーはあまり気にしていないようだ。


奥さんであるスカーレットは、大体悪魔がくれた情報通りだった。

マルセス領には昔から、伯爵家が擁するザハ監獄がある。

その監督を代々のマルセス領主が行っていたのだが、そもそも誰もやりたがらない汚れ仕事である。

しかしシュナイダーはそれを嬉々として行っていた。そのあまりの異様さと、他者に対する冷徹さで、社交界では悪徳伯爵として名を馳せていたようだ。

女も、嫁など取らず遊び歩いていた。

しかし、さすがにいつまでも独身を貫くわけにもいかず、国王より直々に、嫁を取るように言われてしまったのだ。

国王から直々に話があったのは多分、マルセス家の次期当主が生まれないと、監獄を受け継ぐ人間が他にいないからだろう。

しかし、悪徳伯爵の元へ喜んで嫁いでくる貴族の女などいない。

そこでシュナイダーはあてつけるように、放蕩の末没落した公爵家のご令嬢、スカーレットを金に物を言わせて娶ることにしたのだ。

金のない公爵には散々嫌味を言ってやり、彼らにとっては宝玉にも等しい一人娘のスカーレットを取り上げた。

もちろんそんな経緯なのでスカーレットはシュナイダーのことを毛虫のように嫌っている。だが、没落した貴族に金を出してくれる者はいない。

スカーレットは、毛虫のように嫌っているシュナイダーと結婚式を行い、悲劇的にもその純潔を散らす・・・ 予定だったのだ。

シュナイダーが毒で倒れてしまうまでは。


確かにそれだけ聞けば、スカーレットが毒を盛ったと言われても不自然ではない。

だが、確証もないのにいきなり牢屋に入れるとは、かなり強引な話だ。

まるで初めから彼女の仕業だと決めつけているような感じさえある。


とにかく、好感度大幅マイナスからのスタートだってことは間違いないな。



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