第7話 鏡地の歴史 〜中〜
ソロンとキロンは驚きが隠せない様子で、こう問うた。
「ちょ、ちょっと待てよ、あいつら死んだのか!? じゃあ、一体誰にやられたんだロン!まさかーー」
「そんなの、殺されたんなら犯人は決まってんじゃねぇか!そりゃ、魔女に決まってんだーー」
「そんなこと、お前らが1番知ってるんじゃないのか?」
次々に自分の見解を述べる彼らに、クレオはそう言った。
「ーーは?どういうことだロン!」
「お前俺を疑ってんロンか?」
彼らはそう反論するが、もはやクレオの耳には入っていない。もう、犯人はわかっている。これは予想じゃない。
「ソロン、キロン、おめェらが殺したんだろ」
先程まで口を開かなかった彼、ビアスは突然そう言い放った。
クレオはなぜ自分以外に犯人を知っている者がいるのか疑問に思ったが、今大切なことは、大事な仲間を殺した殺人者への怒りの方が広く彼の気持ちであり、実際にそれが彼の心を支配していた。
「お前達は処刑だ、ソロン、キロン」
クレオは彼らの反論も聞かずにアニロビ王国に殺人者がいるとして、兵士に手錠をかけさせ、ソロンとキロンを処刑台に連れていった。
ーーそう、昨日の晩、あの銀色の髪の少女は自分にこう言った。
「ピタとミュソンは殺されたよ」
そんな馬鹿な。彼らは多少の剣術なら身につけているし、そこら辺の通り魔に刺されるなどといったことは起こるまい。
「何を言ってる、まず、誰だお前は」
「私はホラティで、ミトラの魔女」
彼女はなんともない様子で自分の自己紹介をした。
なんだと。魔女だと? ミトラの。しかし、そんな名前聞いたことがない。魔女は全部で5人じゃなかったのか?
こいつ、からかっているのか?
「私はミトラの中でも、プトラよりの考えだよ、だからあまり周りには知られてないの」
なるほど。そこは理解した。では、なぜ死んだと証明できるのか。なにか根拠があるのか。
「なぜ知ってるんだ、何か証拠があるのか」
「前にね、あの兄弟が私に尋ねてきたの」
彼女は窓からクレオの部屋の中にゆっくり跨ぐようにして入ってきて、そう言った。
「彼ら、ピュティア様が持ってる聖書が欲しいっていって、そのためにはピタとミュソンが邪魔だって言ったの、それで次の日ねーー」
彼女は部屋を進んでクレオの近くに行き、耳元で優しくこう囁いた。
「『アイツらを殺してきた』って言ったの」
なんと彼女の声の気持ちの良いことか。この声を聞くだけで全ての蓄積された疲労が取れ、癒しがもたらされる。まるで母親の子守唄のような。
美しい、そして癒しの声。
ーーそうか、あいつらか、あいつらが殺したのか。
「だから、彼らは罰されるべきだと思うの」
銀色の髪の少女、ホラティは甘い声でそう続けた。
そうだ。罰されるべきだ。死ぬべきだ。仲間を殺した罪は重い。
ーーだから、今、ソロンとキロン、彼らはその罪をここで償わなければならない。
そして、手錠のついた彼らの頭を処刑台の上にある木ーー、2つの凹みがある器具の上に固定させる。
「なにか言うことはあるか」
クレオは処刑台の上で首を並べる彼らにそう言った。
「冤罪だロン!なんもしてないロン!」
「魔女だ!魔女の仕業だロン!助けーー」
口々にそういう彼らを見てクレオは思う。
ーー見苦しい。仲間の殺害、死して償え。
先に5メートルほどもある巨大な刃が付いたロープを、右手をかざし唱える。
「ーー切れよ」
とたん、かざした手から鋭い光の矢が放たれ、ある程度太さのあるロープをいとも容易く切り裂いた。
そして、2人の罪人を、無残に処刑したのだった。
ーー影で笑う、悪意に満ちた魔性の女に気づかずに。
そしてクレオとビアス、タレスはその後女神ピュティアがいるといわれている、アイセデュオに向かった。そして、最もそこで女神のいる地、メテオラに近いとされるネイビス島で、最北端に位置するピュティアの像のある、大きな泉に行き、今回の騒動について説明をした。
「ピュティア様、今回我々人間のような下界のもの達が、神の領域に近づこうとするという私利私欲のために仲間を殺したことについて、お詫びを申し上げます。今後はこのようなことが起こらぬように日々精進して参りたいとーー」
「ーーねぇ、あんた達って、ほんと間抜けよね、きゃははっ!」
この場に居ないはずの魔女ーー、リクトーが、残虐な笑みで笑いながら、そう言った。
ーーーーどういう、ことだ。
ーーなぜ、彼女が。
周りを見渡すと、ビアスとリクトーの2人。タレスの影はない。
「ーーお前、なぜここにいる、タレスはどこだ!」
「こっわーいこわい! そんな怒んないでよねー、きゃはっ!」
クレオの怒りの声を聞いてもなお、彼女のその楽しそうな表情は、形をくずさない。
わけがわからない。どこから出てきて、タレスはどこへ。
ビアスを見ても、その表情を見る限り、答えは得られそうになかった。
「えっとねー、何から話そうかな! まあとりあえずーー」
クレオは次の彼女の言葉を耳にしたあと、戦慄した。
「ピタとミュソン、私がやっちゃった! きゃはっ!」
やってはならないことをしてしまった。ーーそう、ソロンとキロンを、無罪の彼らを、何も知らない彼らを処刑してしまったのだ。
彼らは自分ではないと、最後まで言っていたのに。なぜその言葉を信じてあげられなかったのか。なぜ、なぜ、なぜーー。
いや、これは何かの冗談かもしれない。魔女の遊び心が、クレオを弄んでいるのかもしれない。
それに、ホラティという魔女は言っていた。やったのはソロンとキロンだと。彼女は信用出来る。
ーーなぜ信用できるのか。それはーー、
それはーー、
それはーー、
ーーなぜだ。ホラティも魔女の1人。敵対勢力の1人ではないか。
何故そんなことがわかっていながら、信用してしまったのか。ーーそれは、あの声。優しい声。温もりのある声。癒しの声。心を幸せで満たすような、そんな声。
魔女。なぜ彼女らはそう呼ばれるのか。
ただ魔力が高く、魔術が人の域を超えていると言うだけではない。性である。魔女の性格は基本的に過激的な思想と残虐性を兼ね備えた、しかし美貌を持った女であるから。
そんな女を信用したのが今の自分。なんという様だ。魔女を信用し、仲間を殺人鬼に仕立てあげ、その功績を女神に知ってもらおうというのか。
なんと愚かな者であろうか。
「俺のせいだ」
ふとビアスはそう言い放った。
自分のせいで2人は死んだ。 魔女ではなく、自分が犯人だと。
誰でもない、自分が。
「分かった? 君たち賢人は、知識があると言いながら、人間としての素養は何も兼ね備えてないわけ! 魔性の女って私たちのこと言ってるけど、本物の魔性ってのは、君たちの精神のことを言うんじゃないの?自分の仲間も信じずに、あまーい言葉に惑わされて! きゃははっ! 醜いね!馬鹿だね!愚かだね! どうしようもないクズだね! よく今までのうのうと生きてこられたね! そんなの人間として恥ずかしくない? だよね?そう思うよね?だったらさーー」
彼女はクレオとビアスのこの数日の行いを散々酷評した後、
「ーー死んで償いなよ」
そういって、崩壊しかけていた彼らの精神を力ずくで崩壊させた。
「魔女の言う通りだ、クレオ、俺達はもう重すぎる罪を犯してしまった」
どうしようもない無力感が彼らの胸中を支配する。
「どうすればいいんだ、俺達はどうやって生きていけばーー」
これから生きていく中で、何を軸にすれば、何を頼ればいいのか。
今までは自分の知識を頼りに、自分の志を信じて生きてきた。
しかし今はもう、知識と志は役に立たない。
仲間の主張を聞かずにやってきた結果、こうなった。もうどうしようもない。
しかし、生きるためには何かしら軸になるものを見つけなければーー、
そんな思いを抱くクレオの切れかけの紐のような精神を、ビアスはばっさりと切り落とすようにこう言った。
「もう俺たちに、生きていく資格はないんだ」
そう、もうビアスとクレオ、この2人には生きていく資格はない。彼らが信じてきた派閥、プトラの仲間たちを信じず、魔性の女の言うことを疑いなしに信じたのだから。
もう今すぐにでもと思っていた2人に、リクトーはこんな事を提案した。
「ーー手伝ってあげよっか?わたし"たち"が!きゃはっ!」
その直後に、ピュティア像の後ろから、5人の人影が現れた。そしてその影は徐々に、姿を露わにしーー、
「ケキルです」
「アメディ!えへ!」
「エレフィ」
「カニディでーす! え! 殺していいの!?こいつら! やるやる!あは!」
「ホラティです、よろしくお願いします」
ミトラの魔女が全員、この地に現れた。
「な!? ミトラの魔女は仲が悪いはずじゃ……!」
ミトラの魔女はあまり仲が良くないと聞いた。昔、ある少女に。銀色の髪の。
「だーれがそんなこといったのー? きゃはっ!噂を丸呑みにしちゃダメってお母さんに言われなかったー?きゃははっ!」
「私です、耳元で囁いたらすぐ信じてくれましたよ」
「何それ! 馬鹿だな! そんなことよりいつ殺せるの!?」
次々に魔女達は思ったことを言っている。もう、何がどうなっているのか、クレオとビアスには分からなかった。
「あ、ビアスさん、クレオさん、数日ぶりかな? 元気だった?」
銀色髪の魔女、ホラティはあけすけに笑いながら彼らに挨拶した。
リクトーは呆気にとられているクレオとビアスをけらけらと笑った後で、
「言い残したことはないかな? じゃあ本題に入ろう! 死に方その1! 豚になって、焼かれて食われる! 死に方その2! 毒殺される! 死に方その3! ぶっ殺される! はい!選んで!きゃはっ!」
正直、どの死に方も嫌であるが、死ぬしかもう選択肢はない。ここで逃げ出そうとしても、魔女はこれだけいる。無駄な試みと言えよう。
ーービアスは恐らく、『死に方その3、ぶっ殺される』を選んでいる。
彼は涙を流しながら、とんだ悔いを残したと、己は怠惰な人間だったと、自分を罰するべきだという表情で。
その1は無残すぎる。焼かれるのは苦しそうだ。 その2も苦しむだろう。瞬殺されるであろうその3なら、痛みを伴わず、知らぬ間に殺されていそうだ。
もう、こんな重罪を犯した自分たちに、死に方を選ぶ権利などないのだろうが、もし選ばせてもらえるのならば、苦しみを伴わない死をーー。
クレオもまた、ゆっくりと目を閉じた。そして、死期を待つ。自分は生きていてはならない。死ぬのがこの償いに最も適している。
「その3ってことでいいんだねー? んじゃあカニちゃん! やっちゃってー! 」
「やっとか!! てゆーか、あんたらほんと馬鹿だね! むしろむかつく! 腹立たしい! うざい! 消えて? 消えろ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえーーー!!!!」
彼女はそう言いながら大きな黒い鎌を、光る右手から左手で取り出すと、大きく振りかぶって、彼らの首を楽しそうに、子供が公園で遊ぶ時の顔のような、そんな笑顔で今真っ二つにしてーー、
「待て!」
突如、魔女でもない、ビアスやクレオでもない、第3者の声を聞いて、その場にいた者全てが戸惑いを隠せず、声のする方に顔を向けた。
そこには、青色の短髪の40代程の男が、右手に杖を持って立っていた。杖はその先端に白と赤の花のような模様が入った水晶がはめられ、そこからは淡い光が放たれていた。
「ロ、ローゼン!?」
魔女達は口を揃えて、彼の名を、そう言った。
ーーローゼン。
魔術を最初に作り出した男、伝説の魔術創造者。今までどこに住んでいて、何をしていたのかは誰にもわからなかった。
「なぜあなたがここにいるのですか!?」
キルケーはその美貌を驚きで崩しはしなかったが、やはり理解できなかったのか、いつもより少し大きい声でローゼンに問いを投げかけた。
「彼らは悪くない、許してやってはくれんか」
彼はその問いに答えず、2人の罪人への許しを魔女に乞うた。
ーーこれから更生しろと、そういうのか。
この罪を死せずして背負って生きろと。
クレオは伝説の男、ローゼンの主張を聞いて、それでも自分を許すことは出来なかった。
「何言ってやがる、こいつらはあたしにぶっ殺されるんだよ! なあ! だから邪魔すーー」
邪魔をするなと、カニディがそう言いかけた途端、ローゼンの掲げた手から、この世のものとは思えないほど強烈な光が6人の魔女に照らされ、魔女達はその叫び声と共に光に包まれた。
そして、その光が消えてからも、彼女達の姿は見えなかった。
ーー代わりにそこにはひとつの壺が転がっていた。
そしてローゼンはその壺へゆっくりと歩いてゆき、拾い上げた後でこう言った。
「君たちは甘すぎる。仲間の死の原因が自分たちで、その罪を償いきれないから死ぬと? 死して償うと?」
甘すぎる。そう、甘かった。ぬるかった。この数日の間、クレオの考えは甘かった。ビアスもそう思っているはずだ。
この数日だけではない。生きてきた時間に行った全ての行為が、甘かったのかもしれない。だから、だからこそ、だからこその死の償いで、神様に許しを乞おうというのにーー。
「ーー穏健派はどうなる?」
そんなこと、知ったことか。自分たちが進行する女神を殺そうとした時点で、穏健派など存在しないも同じだ。
「それで終わって、いいのか?」
「ーーーー」
じゃあどうしろと。このまま生きたとして、これから穏健派をどうしていけと。代表の1人は神を裏切り、代表の2人は仲間を裏切り魔女を信じたのだ。
「ーーもう、道が、ない……」
道がない。生きる道が。知識の威厳は空回りした。大失態だ。
自分への奢りは、もう、いい。
「ーーそれが甘いと言っとるんだ!!」
ローゼンはクレオの弱音を、決して許さなかった。
神に許しを乞うことさえも許さなかった。
「罪を犯したなら、必ず背負え! 途中で投げ出すな! 今、お前達がやるべき事は逃げることじゃない! 死ぬことじゃない! 自分たちが生み出した危機は自分たちで解決しろ!!」
彼は、そう言った。危機を、ミトラ派の魔の手から、世界を救えと。この先崩れるだろう平和の均衡を2人で保てと。
ーー罪を背負って、強く生きろと。
もし、1つだけ願いを言うのなら、その罪を忘れたい、ただそれだけだった。
心の優しい神様ならば、忘れさせてくれただろう。しかし、今目の前にいるのは、魔術を作り上げた、伝説の、強き男。
「生きろ、強く」
彼はそういった後で、ここから去ろうとする。
「ーーローゼン様、どこへゆくおつもりですか?」
「ーーメテオラへ」
彼は、ピュティアの元へ行くといった。
償わなければならない。罪を。そのためには、まず、神に言うべきことがある。
「我々も連れていってください」
「ーーついてこい」