第5話 帰り道
とりあえず、レイアの家で色々話すことになったが、今聞きたいことは山ほどある。いち早くこの世界の情報を収集して、不安を取り除きたい。
「なあ、俺、この世界のことを全く知らないんだ」
まず、自分がこの世界の住民でないことから説明しなければ。死んで目が覚めたらここにいたのだと。
「え、どこから来たの? アリシア? アイセデュオ? あでもあそこは空にあるから、アリシア? あでもあそこも鎖国政策してるからないか、てことはアリサルファ?」
次々と知らない名前がレイアの口から飛び出すが、おそらくどれも地球を意味するものでは無い。ということはこの世界の地名か国名かその辺だろう。
「いや、地球ってとこで、空の向こうにある」
信じてもらえるか分からないが、とりあえず自分が宇宙人的な存在であることを伝えた。
「チキュー!?君も!?」
彼女は驚きながら、そう言った。君もかと。
「待て、2つ問題点がある」
「え?」
レイアはレイの意味することがわからず、あっけらかんとしている。
そんな彼女に、
「1つ目、俺はレイだ、『君』じゃない」
5分前に言ったのにもう忘れているのか。鶏め。
「2つ目、『も』ってなんだ、『君も』って」
そう、レイアのさっきの一言はまるで他にも地球から来た何者かがいるとでも言うような言い草であった。
だとしたら、彼女は地球から来たことを覚えているのか。
他の全てを忘れてしまったが、地球出身であることは覚えているというのか。
そうか、やっぱり彼女は、レイアは地球出身でーー、
「ごめんごめん! 間違えた! ああ、『も』っていうのは、昔にチキューってとこから来たって言う人と会ったからね!」
なんだ、とんだ期待外れかよ。こいつはダメだな、なんも覚えていない。
ーーん?今、他にも地球人と会ったって言ったか? まぁそれは後でいい。どうせ近いうちに出てくるだろう。
「とりあえず話を戻そう、ここはなんていう世界だ?
なんて惑星だ?なんて名前の国だ?」
世界という単語は分かるだろうが、惑星だとか国だとかそういう概念があるのかさえ分からない。
だんだん自分の異世界知識に疑問を持ち始めたレイは、憶測より、話を聞く方が正確で、早いと判断した。
「俺は死んで目を覚ましたらここにいたんだ、この先どうすりゃいい?」
「待って待って! 質問多すぎ! もっとゆっくりしてくれないとわかんないよ!」
レイアは頭の回転が遅いらしい。実質的に3つしか質問していないのに。
「えっと、惑星? って何かはわからないけど、ここは鏡地! フラジールって呼ぶ人もいるよ」
キョーチ?なんだそれは。そして別名らしき名前ーー、
「フラジール? それって英語?」
「エーゴ?なにそれ?」
彼女はきょとんとしている。そうか、英語、他言語という概念がないのか。
「いや、なんでもない」
フラジール。英語でそれは割れ物とか、割れやすいとかを意味する。なに? 怖いんですけど。危なっかしい名前なんですけど。誰がつけたの? こんな物騒な名前。
「それと、この国の名前はアニロビ!アニロビ王国!」
なんとRPGチックな名前。どうせ数日後に魔物とかが襲ってきて、この国救ってヒーローだって言われるようになって、王様にご褒美もらってーー、
「あ、あと、この街はロワ! 『アニロビの庭』って呼ばれてる!」
なるほど、この世界にも街はあるのか。じゃあ、あの川と山しかないところはーー、
「もう1つあって、マルーセってところ! そこは『アニロビの玄関』って言われるところで、大きめの森が1つ、周りは川だらけの街! 船が主な移動手段かな!」
なんてこった、あれも街だったのか。今思えばこの中世風の世界に船という設定的矛盾があった。あれはどういうことだろう。まぁいい、後になって分かるだろう。
とりあえず、大まかな状況は分かった。リスポーンしたのはアニロビ王国のマルーセで、船に乗ってロワにきて今に至ると。
「あ、マルーセには魔女のおうちがあるらしいから気をつけてね!なんでも、森の中にある、ボロボロの家だとか! 行ったことないからあんまりわかんないけど」
魔女もいるのか。異世界に出てくる魔女は大体強い。あと悪者。味方になったり、いいことをするようなやつらでは決してない。
後に装備整えて戦うことになりそうだ。万が一あの森であってみろ、即死だ。まあそんなボロ屋など見覚えないし、魔女にも会っていないのだから、知ったこっちゃないが。
いや待てよ、あった気がする。森の中に廃屋。いや、いい。深く考えない方が吉だ。俺は何も見なかった。うん。
レイアが快く情報を提供してくれたおかげで、概ね自分のやるべき事が見えてきた。まあ、急ぐ必要もないのだから、ゆっくりやっていけばいいか。
もし死んでなかったら、今頃昼寝してるだろう。はあ、こんなことになるなんて。今更もっと注意を払っていればよかったなどと思いながら歩みを続ける。
レイアの肩に乗っているフクロウは終始こちらを見ていたような気がしたが、そんなことには気を留めず、これからの予定を立ててゆく。
ーー歩きながら思っていたことなのだが、なんと綺麗な町並みであろうか。
空気は澄んでいるし、色鮮やかな小鳥は上機嫌に歌を歌っているように感じる。
どの建物も上品であり、花も多い。まるで、テレビで見たイタリアのような世界。
これは、『アニロビの庭』と呼ばれる理由に納得出来る。
しばらくして、レイアは立ち止まった。そして、
「着いた! ここが私の家!」
そこは、普通の、どこにでもあるような彼女の家だった。
「なーにー? その『あー、思ったよりたいしたことなかったー』みたいな顔! いいから入るよっ!」
「いや、別にそんなことねぇよ」
そんな言い訳をいいながら、中に入っていくレイアのあとに続く。
「おじさん、おばさん、ただいまーっ!」
レイアは元気よく家族の名前を呼んだ。
ーーそうか、記憶喪失、だったな。
「記憶喪失になってた時、おじさんとおばさんに拾ってもらったんだ、私の家族はあの二人とヨルちゃんだけ!」
レイアは、レイの心中を察したかのように、自分の家族との関係を簡単に説明した。
「おかえり!レイア!」
「おかえり! ん?この方はどなた?」
レイアの里親であるおじさん、おばさんは奥の部屋から姿を現し、レイの存在を確認した後にそう彼女に問うた。
「えっと、この人はレイ! 私の知り合いらしいの!」
彼女はおばさんの問いに可愛らしい笑顔でそう答えた。
「あら、そうなの!仲良くしてあげてね」
おばさんは優しい笑顔でそう微笑んだ。その後で、こう続けた。
「まあ、ゆっくりしていって! 私達は今からお買い物に行ってくるから」
「気をつけてね!」
レイアがそういった後、おじさんとおばさんは仲良く話しながらいってきます、と、そういって家をあとにした。
「よし! とりあえずそうだなー、質問1!」
彼女は自分の髪を人差し指でくるくる巻いた後で、そう言った。
「レイはここに来る前何してたの?」
普通、この後に続く返しは、学校っていう所で友達と遊んだり、いろんな所にいったりして過ごしたよとか、そんなものだろう。
しかしレイにこの質問は、第1問にして、第6問並の難易度であった。
何故ならば、何もしてこなかったからだ。友達と呼べる存在もいなければ、家族とどこかへ出かけた記憶もない。
「ゲームとか漫画とか読んでたかな」
何もしてなかったなどとそんな間抜けなことをいうのはプライドが許せないので、苦し紛れにそう言った。
「ゲーム?マンガ?なにそれー」
「異世界知識を身につけるための教科書みたいなもんだ」
そんな訳の分からない説明を聞いた後で、彼女は目を輝かせながらーー、
「なにそれ! すごっ! 占星術の文書みたいな感じだね!」
「占星術の文書ってのがなんだか知んねぇけどまぁそんな感じだ」
とりあえずわからない単語は置いといて、ニュアンスは間違っていないだろうと思う。
「じゃあ、歴史とか好きな感じ?」
歴史。まぁ嫌いじゃない。天文学とか神話とか、人が作ったもの、人に関係するもの全てに興味があった。
「嫌いじゃないけど」
「じゃあ、この世界の歴史について教えてあげる!」
この世界の歴史を知ることで、なにか大きな鍵を握れるかもしれない。この先なにか問題に直面した時にも備えて歴史を知ることは大変重要なことだといえる。
「ああ、頼む、まずお前の言ってた魔女から教えてくれ」
この世界のことを知る上で、魔女という存在を分析することは必要不可欠。魔法がある時点で、魔女はまずかなりの手練であるだろう。魔力的なものが一般のそれをはるかに凌ぐのだろう。はあ、強そう。絶対戦いたくないなあ。
そんな弱音を心の中で吐いてまもなく、2人は椅子に座った。そして、レイアの、フラジールの歴史についての説明が始まった。
肩にのる、フクロウを膝の上に置いた後で。