第1話 日常の開幕と閉幕
何か硬いもので頭を叩かれたような感触と、それによって響いた甲高い音を耳で聞き取り、重い頭をあげる。
ゆっくりと焦点を合わせ、ぼやけていた視界の中のものが徐々に形を成してゆく。そして今、はっきりと形を作りーー、
「バカ者が! これで何回目だと思っとる!」
中央部で重度の砂漠化が進み、これが地球であったなら深刻な環境問題といえる頭を赤くしながら、右手に丸めた教科書を持った先生が鬼の形相で、鼻息荒く憤慨していた。
痛えな、髪の毛生やしてから言え、なんてことを言えば被害倍増になることがわからないほど愚かではないので、そんなことは言わずにそっと心の中に留めておく。
そんなことはさておき、『さっきのできごと』を振り返る。
ーーあれは夢だ。
そう、あれは夢だった。死んだ夢だった。
ただ、死んだ夢、で終わっていればさほど問題はない。
怖かった、夢でよかった、とかそんな事を思うだけでよかっただろう。
しかし、あれは普通の夢ではなかった。内容が、ではない。作りが、である。
普通、夢は3人称だったはず。簡単に説明すれば、サバイバルゲームみたいなものだ。主人公の背中も見れるし、後ろの敵の位置も見れる。夢は、そんな第三者視点の感じだったはず。
もちろんそこに音はなければ色もない。何も感じない。痛みも、苦しみも、楽しみも、喜びも。
しかしあの夢は違った。明らかに1人称だった。
ことりの鳴き声、人々の話し声。何しろ、あのブレーキ音とクラクション、タイヤとアスファルトが擦れる嫌な音が聞こえていた。
色もあった。花壇の鮮やかな花の色、車のライトの色。
あんな夢は初めてだった。
「考えてもわかんねぇな、まぁいいや、寝よ」
「話聞いとるのか! バカタレが!」
あまり夢のことは深く考えないようにしよう。人が嫌なことを運命はやりたがる。
それよりも今大事なのは寝ること。寝て充電することにしよう。
頭をもう何度か叩かれた気がしたが、そんなことは放っておいて、下校時間になるまで寝ることにした。
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「んぁれ?」
誰もいない。
そう思いながら、時計を見てみるとーー、
「もう5時かよ、ってかなんで誰も起こしてくんねぇの?」
まあ起こしてくれる友達いねぇんだけど。
そんなことを思いながら眠気のまだ残る中、階段を降り、グラウンドの運動部を横目に校門を出た。
家は学校のすぐ近くで、歩いて5分ほどの距離。
校門を出て右に曲がり、裏路地を少しまっすぐ行き、大通りを跨いで左手にある。そして、夢の中で、その大通りで俺は引かれた。死んだ。
ーー正夢というのがある。念の為、慎重に渡ることにした。
前後左右しっかり見て、車が1台走ってきているのを確認し、
「よし、これ過ぎたらーー」
渡る、はずだった。
「え?」
車は歩道めがけてーー、否、レイめがけて一直線に猛進している。
よく見ると運転手は発作でも起こしたのか、意識を失っている。夢で見たものと多少の違いはあったが、この感じだと、必ずあの世行きである。
「ウソだろ」
死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
もうダメだ。夢ではあんなに冷静だったのに、実際起きるとこうも焦るものか。
死ぬ時はもっとかっこよく、冷静で、勇ましい姿で死にたいものだった。悔いは、ないけどーー、
「あいつにあの世で会えるかな」
そう思ったのを最後に、レイはアスファルトに血と内蔵を派手に撒き散らし、一瞬で肉の塊と化した。
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意識の覚醒とともに、乾いた喉の不快な感触と、死ぬ寸前のできごとの惨さを喉の奥で味わいながらレイは目をゆっくりと開いた。
「な、何が起きた……?」
俺はたった今、死んだ。死んだはずでーー、
「こ、ここどこだ? な、なにが、起きてる……?」
ーー日が真上にあるではないか。
空を見上げると、こちらを嘲笑するかのように見下ろす太陽がそこにはあった。
死んだのは学校の帰り道。すなわち、夕方。なのに日が真上に。
そして、ゲームやアニメでよくみる動物や生き物、花なども見える。
「どうやら俺はーー」
転生したようだ。しかも異世界に。
神様が、チャンスはあると、やり直せると言っているのか。こんなクズにもチャンスを与えるというのか。
今まで何もしてこなかったやつにも、救いの手を差し伸べてくれるというのか。
神様にもいい所があるじゃないか。俺のゲームで培った異世界知識、存分に使わせてもらおう。
「異世界でかわい子ちゃんとルンルン生活楽しみだな、へへっ」
異世界での生活を満喫しようと心に決めるレイ。
ーー彼はまだ、知らない。
この世界のことを、生前いた世界のことを、神様のことを。
ーーそして、彼自身のことをも。