④雪里→ 『本当の気持ち』
朱希君を好きなのは本当のこと。
彼とは、数回言葉を交わした程度で、それももう二年くらいも前のだけど。
それでも、好き。
恋に落ちるのはいつだって突然だ、とよく大人はそう言う。だけど私は、そんな簡単に人が人を好きなるはずがないんだと、反対のことを思っていた。誰かと毎日を過ごしていく中で恋心は生まれていくのだと。
でも、それは一昔前のことだ。唐突に誰かを好きになることがあることを、今の私が身をもって体験してしまった。
思えば、私の恋は、朱希君に出会ったその日から、すでに始まっていたんだと思う。
私、白山雪里は、柊朱希に恋をした。それは私にとっての、初恋。
だからだろう。初めて、“好き”という気持ちを知ってしまった私は、赤子が駄々をこねた末におもちゃを得たように、誰かを好きになったことのない期間を埋めるように、無我夢中に恋に落ちていった。
気がつけば、彼を見かけるたびに目で追って、すれ違うたびに心臓がドキドキと高鳴っていた。
恋というものは不思議で、今までに見たことがない色を、私に見せてくる。彼のことを想像するたびに、嬉しい気持ちや幸せな気持ちが、私に運ばれてくるかのようだった。
柊朱希という人間を、蚊帳の外から見ていられるだけで、私はとてつもなく満ち足りた気持ちでいたのだ。
でも、時が経つにつれて、他の感情も生まれていった。その感情は、私のわがままな欲望で、彼と話したいだとか、もっと彼を知りたいだとか、会いたいとか、そういうもの。それらの思いが、私の中の優しいものを覆い隠すように深く降り積もっていった。
しかしながら、私は臆病者だったようだ。
朱希君は人気者でモテるから、私みたいな女の子が想いなんて伝えてもいい迷惑にしかならないのだと。どれほど私が好きと思っていても、そのことは変えられないものなんだと。これまで自分自身にそう信じ込ませてきた。
告白するうんぬんはさて置き、軽く話しかけて、友達になることはできた。少し考えればわかることだ。でも、私はそのことにも目をつぶってきた。
朱希君の前に立つことを想像してしまうと生まれる恥ずかしさを、私はきっと彼の前でも隠すことができなくて、結果的に彼には私の想いが伝わってしまう。それを私は恐れていたんだと思う。
大好きな気持ちを抱えたまま、彼と接し続けるなんて器用なことは私にはできそうにもなかった。
そんな風に、私は何かと理由をつけてきた。
でもこんなものなんて、実際は私のただの見苦しい強がりでしかない。
傷つくのが怖い。傷つけられるのが怖い。拒絶されるのが怖い。好きと言うのが怖かった。
理屈なんて、本当の気持ちを心の奥底に隠してしまう蓋みたいだ。
偽り、誤魔化して、片思いをしてきたから、もうすぐ二年が経とうとしている。風音は、そんな私をすごいと言ってくれたが、私は自分自身が情けなくてしょうがない。その事実がひどく私を傷つける。
いつだって私は意気地なしで、泣き虫で、弱虫だ。
好きだからこそ、頑なにそれを毛嫌い、素直になれないなんて、なんて自分は府抜けているんんだろうか。そんな私が、思いに報われないのは当たり前だ。
恋に勝負どころか、ステージに立ってすらいないんだから。
本当は、好きだって叫びたいだけなのに。でもそれが一番難しいことなんて、わかっていた。ただ、みんなは勇気で、その壁を乗り越えている。
伝えなければ、何も始まらない。
愛そうとしていても、愛されないようにと、私は振舞っているのだと遠回り指摘された気もする。
風音に問いかけられて、その当たり前のことに気づかされた。
とても今さらだけども、知れて良かったと、私は噛みしめる。きっと言われなかったらどうせ、今までのようにズルズルともう一年を過ごしていただろうから。
断られてもいい。好きじゃなくてもいい。でも、無傷のままで人を愛そうとするのは罪だ。
ただ、私が朱希君を好きという事実は、誰にも、もちろん私にも変えてはいけない真実なんだと思う。
好きな人には好きって伝えなきゃいけない。その想いが叶わなかったら、ベットの上とかで思いっきり泣けばいい。
気がついちゃえば、もどかしい気持ちを抱え生きていた自分が、いっそバカバカしいとさえ思った。
―――そうだよ。何を私は長く苦しみ続けていたんだろう
ふっ、と私は微笑んだ。
好きな人に好きと伝える。それはまるで、世界で一番素敵なこと。
そのことを大切に噛みしめるようにして。