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バトンリレー  作者: 銀世界かけら
第一章 『accel~アクセル~』
7/9

②雪里→  『ガールズトーク』






「とまあ、朱希君のとの出会いはこんな感じだったかな」



「…………」


 冬らしく、すでに夕陽が西に傾いていた学校帰りの喫茶店。


 そんな衆人環視の中で、私は、目の前の女の子に、長々と初めて鈴鐘学園中等部にやってきた“あの日”のことを話していた。


 話している最中に、あの時の嬉しさやら恥ずかしさやらがよみがえって来て、テンパってしまった話の話を、目の前に座る女の子は彼女なりに咀嚼しているのか、二人の間に沈黙が流れる。

 静かな雰囲気は、恥ずかしさに溺れるだけだから、なんか反応を示してほしい私である。




「誰よ……、誰なのよそのイケメンは~~~!!」




 ですよね~。


 何の前触れもなく、大絶叫がカフェ内に響いた。ハッとした顔になって、ペコペコと周囲に向かって頭を下げる目の前の女の子。まるで漫画なオーバーな驚き方を目の当たりにした私は思わず苦笑い。


 ともあれ、やったね! 私の話を聞いていた女の子―風音かざねから見てみても、あの時の男の子の行動はイケメンに感じるみたいだ。




「そもそもアタシ、雪里せつりが初日にそんな体験をしてたなんてこと自体、今初めて知ったわよ。大丈夫だったの雪里? あー、なんかむかついてきた。雪里を馬鹿にした野郎を今すぐブッ飛ばさなきゃぁ、このたえぎる怒りは収まりそうにないわね」




 風音は本気で私を心配してくれているらしい。私は、もうあんまり気にしていないことなので、あははーっと苦笑いで応じる。




 「うん、大丈夫だよ。もう二年前のことだしね。それに、ほら。男の子が助けてくれたから」



「雪里のいうその男の子が、あの朱希あかきなのよね。到底信じられなけど。いや信じたくないんだけど。……なによあいつ。案外かっこいい所あるじゃない」



「本当、朱希君かっこよかったんよー」



 本気の本気でかっこよかった。誰かに助けてほしかった時に、私を助けにきてくれた男の子。それはまるで―――




「……おーい雪里。戻ってこーい。なんか上の空だぞー」




 私の顔の前でパタパタと手を動かす風音。



 は!? となって私は顔をあげた。風音にわかるくらいに、私はにやけてたのかだろうか。もしそうだとしたら、死ぬほど恥ずかしいと思った。

 


「うんうん。雪里、ごちそうさまです」



「何が!?」



 声を荒げ、戸惑いを浮かべる私に、意味ありげに笑う風音。


 うん、大丈夫だ。まだばれてない! ……よね?




 「で? ……雪里は朱希のどこが好きなの?」



 「っ!」




 ぎゃーー!! 私はただただ絶叫するしかなかった。もちろん自分の中で。


ばれてる! なんでか知らないけどばれているよー!


一旦落ち着け、白山雪里。ここで動揺しちゃだめだ。乗り切れ、私!

あたかも何を言われたかわからない風でいこう。




「ナニヲイッテイルノカシラ、カザネハ。フフ、フフフフフ――」



「いやー、そんな棒読みで言われてもねぇ。あと雪里さ、顔赤過ぎ」




私はハッとなって、頬に手を当ててみた。うーんと首をひねる。鏡がないので何とも言えないが、私のほっぺたんこ、言うほど赤いかな。




「うんうん。純情乙女のリアクション、あざっす」




 え! 何!? もしかして私、風音にまんまと、乗せられてたんか?

 実際どうだったかは確認しようがないが、騙されたという敗北感が、私の身に染みた。

 



「雪里」


「なんでしょう?」



 もう私は騙されない。ドンとこいと私は身構える。



「朱希君」


「……」


「朱希君」


「………っ!」


ひいらぎ朱希あかきプリンセス様」


「~~~~!」



 一体なんなのでしょうか、この拷問染みた仕打ちは。



「それにしても雪里っ、どんどん赤くなってくね。はははっ! こりゃいい。最高だわ!」



「風音~。あぁ、ひっどいよ~~」



「そしてアタシは、この遊びを“あれあれ? タコサンが釣れたよ”と命名して、大々的に世界に売り出すことにするわ」



「もうワタシ、風音なんか知らない!」



 私はほっぺたんこを、ぷくーと膨らまして、ぷいっと横を向く。もちろん私の顔は熱を帯びたように熱かった。


 このやり取りの中でわかったことがただ一つ。


 目の前の女、鳴澤なるさわ風音かざね。彼女はきっと悪魔の生まれ変わりか何かなんだ。悪魔恐るべし!



「ご、ごめんって雪里。悪気はなくてね、つい雪里をいじってみたら面白かったからつい、ってこれじゃあ確信犯じゃない! じゃなくて。雪里~。ね、機嫌直して! うん、アタシが悪かった! この通り!」



 パン! と手を合わせて私に向かい謝ってくる風音。


 うん、見ちゃだめだ。彼女は悪魔っこ。耳を傾けたら、呪われちゃう。こういうのは、視線は合わせないことが一番いい。


 私は風音に対して、知らんぷいを継続することにした。




「ああ、そうだ。ねぇ雪里さん。お腹すかない? なんか食べようよ。今、期間限定の人気商品が出てるんだって」



 バッと顔をあげる私。私のきらきらと輝いた目が、風音の目線とぶつかった。


 ああ、そうか。瞬間私は気がついてしまった。



 わかったことがもう一つ。



 私は、安い女の子のようです。








* * *





 この喫茶店は、今や若者に大人気のチェーン店で、メニューには、可愛いかったり、おしゃれだったりする飲み物やスイーツが数多くある。

 そして、年に数回ほど、不定期に期間限定メニューというものが出たりもする。


 で、私は何が言いたいかというと、今、私の目の前には今週限定で販売をしている天使を形作ったパンケーキがあるわけであって。女子中学生の心を一瞬で鷲掴みしてくるものが、ここにあるわけであって。



「~~~っ!」



「一体、雪里は何とそんなに戦っているのよ」



 不屈の精神と、風音の優しさとです。私は心の中で、そう呟く。



 でも実際のところ、このパンケーキを食べたら、私のプライドは無いのかと言われるような気がしてならなかった。

 ましてや、悪魔が手配したパンケーキこと商品名=天使の翼。そんなおいしそうな物、食してなるものか。



「すごくおいしいのに。まあ食べないなら、アタシが全部食べちゃうけど?」



 それだけは絶対だめという意味を込めて私はぶんぶんと左右に手を振る。

 そして私は、その勢いのまま、握ったフォークをパンケーキに突き刺して、それを口の中へと運んだ。


 うん、完敗だ。もう私の負けでいいよ。


 この誘惑を振り切れないのが女子中学生なんだ。



 私は後悔なんてひとかけらも抱かず、東京で流行りのスイーツを頬張った。


 瞬間、私の舌が科学反応を起こしたかのように歓喜した。




「~! 何やこれ、なまらウンメーなぁ」




 口の中でとろける生クリーム。噛むたびに湧き出るシロップとフワフワの生地。かすかに鼻を突き抜けてくる上品なバターの香り。


 舌がとろけるとはこういうことだったと私は知った。こんなにも、こんなにも美味しいものがこの世にあっていいものなんだろうか。




「ははは。なによ幸せそうな顔しちゃって。しかも、あまりの美味しさで、素が出ちゃってるし」



 私はハッとなって口元を思わず隠してしまう。

 風音の言う私の“素”とは方言のことを指しているとわかったからだ。



「それにしても雪里さ。だいぶ東京らしい言葉を使うようになってきたよね。それにだいぶ東京慣れしてきた。まだ方言の名残があるのはしょうがないけど、アタシから言わせてみれば、それはそれでポイント高いし」



 私は、今風音が言ったことを、噛みしめる。


 思えば私は、東京に引っ越してからというもの、使う言葉を東京のそれに矯正してきたつもりだった。登校初日に絡んできた男たちに、私の言葉遣いを小馬鹿にされたことも、もちろんそうだが、それだけから矯正の発想に至ったわけでもない。


 私は、単純に田舎っぽさがにじみ出てくる方言が嫌になったのだ。地元ではそんなこと一切感じなかったけど、ここ東京では、妙に息苦しかった。

 私以外の皆がナマリなく喋っているためか、普通に毎日を送るだけで、私は田舎もんであるという事実を周囲から指摘されている気がしてならなかった。そのため私は、東京の子らしく振舞ってきたのだ。


 だから風音からの言葉は、努力が報われているよと言われている気がして、ひどく私を安心させた。




「ワタシもいつまでも田舎くさいのは嫌だからさ」



「うん。雪里はもう立派に東京慣れしてるよ」



「でもねでもね、渋谷とか原宿とか都会の中の都会みたいな。人がいっぱいいて、建物がたくさんひしめき合ってる所行くと、未だに感激しちゃうな。やっぱり東京はすごいなーって」



「逆にアタシは、草木に囲まれている自然がいっぱいの場所もいいなって思っちゃいけど。だから、雪里の地元に遊びにいったら楽しいだろうなぁとか」



「ワタシも田舎が嫌いとかじゃないんだけど、ワタシ小さい頃から都会に憧れてたからね。それよりもワタシの地元かー。機会があったら一緒にいこっか。と言っても何にもないところなんだけどね」



「よし、今から楽しみにしとくわ!」



「ふふっ、あんまり期待せずに期待しといって。ほんと、自然しかないので」




 二人で笑い合う。こうして笑っていると不思議に思ってしまう自分がいた。

 

 部活も違ければ、性格も似ているとは胸を張っては言えない私と風音が、どうしてここまで仲良くなったんだろうって。一緒にいて楽しいって思える関係にまでなったんだろうって。

 一年生のとき、同じクラスになっただけなのに。

 



「でさ雪里、朱希のどこが好きなのさ」



「っ! 風音~。急にこないでよぉ」



「あの雪里が恋愛話かぁ。何かすごく新鮮だよ、大人の階段上ったね雪里」



「……あ~あ。なんで風音にばれちゃうかなー」



「ばれるもなにも、アタシ元々知ってたわよ?」



「え!?」




 意外すぎる事実に固まるしかない私。




「何よ、今更になって驚くこと?」



「え、え!? なんで!? なんで知ってたの? 私、誰にも話したことなかったのに」




 私が訳がわからずに戸惑っていると、その私に対して、なにやら「は~」と風音はため息を吐いた。




「雪里、本気でそれ言ってんの?」



 どうやら風音は私に呆れているように見えた。




「あ、もしかして東京生まれの女の子は人の心を読み取れるテレパシーみたいなもの―」



「ないわよそんなもの」



 私の推測をバッサリと切り捨てる風音。東京っ子恐るべし。風音は再び、ため息をついていた。



「あのねえ、雪里あんた、アタシに知られていないとでも思ってたの? 会うたんびにアタシに朱希のことを聞いてきて。」



「あ!」



 確かに、思い返してみると私は風音に朱希君について、たくさん話を聞いていた。



「あんなに恋する乙女の顔で毎回アタシに聞いてきて、アタシが気がつかないわけないじゃない」



「やだ私。なんでしつこく風音に朱希君のことを教えてもらってたのかなぁ……」



「それはアタシのセリフよ……はぁ、なんかどこか抜けてるのよねぇ雪里は。いや違うか、恋という病が雪里のことを狂わしているのかも」



 私は、うーん、と、なにやら唸っている風音に話しかける。



「風音」



「ん?」



「ありがとうね。いつもワタシの話に付き合ってくれてて」



「いやいや、それはいいんだけどさ。アタシも結構、朱希のことを雪里に話すの楽しいからさ」



「うん」



「でも一番肝心の、雪里の気持ちとかは聞いたことないからそこは安心してよ」



「ワタシが知らない間に、自分が朱希君が好きなことを話すほど、ワタシだってアンポンナスじゃあないよぉ」



「ははっ、アンポンナスって言葉初めて聞いたわ。それにしても……朱希かぁ」



「風音は朱希君とすごく仲いいんだよね。ワタシは、風音が羨ましいよぁ」



「あいつと仲良くしててもバカが移るだけよ。あいつは基本的にバカよバカ」



「朱希君は、バカじゃないもん。すっごくかっこいいんだよ!」



「はいはい、ごちそうさま。アタシだって、恥ずかしいから言いたくないけど、あいつはいい奴だって胸を張って言えるつもり。じゃなかったら一緒になんていないわよ」



 何なんだろう。風音が朱希君をあいつ呼ばわりするたびに胸に痛みが走る。


「雪里はさあ。朱希のことをいつから好きなの?」



「えっとね。……一年生の時から……かな?」



「それって朱希に助けられたっていうあの日辺りの?」



 私は恥ずかしくなってきたので、無言で肯定する。

 その私を見て、風音は心底びっくりした顔になった。



「あっちゃぁ。そんな前からあいつのことを好きだったとは知らなかった。アタシその時期は流石に気がつかなかったわ。あいつも雪里を助けたなんて言わないし。」



「朱希君、もうワタシを助けたこと忘れてるのかも知れないし」



「ん? どういうこと。そんなに人って思い出を忘れるもんじゃないでしょ? ましてや自分の前で号泣してた女の子のことなんかなおさら」



「多分朱希君にとって、その思い出は悪い思い出なんだと、ワタシは思うなぁ。そもそもワタシ、その日以来、朱希君と会っていないどころか、話してもいないし」



「え!? 雪里、今なんて言ったの?」



「あれから一度も朱希君とは関わりがないの」



「たったの一度も?」



「うん。一度も……ない」



 私と風音の間を沈黙が吹き抜けた。そんな雰囲気が嫌で、私は口を動かした。



 「朱希君との思い出は、あの日あの場所のたった一つしかないけど私にとってはとってもとっても大切な思い出。気がついたら、好きになっちゃていた自分がいて。……それからずっとずっと朱希君が、好きなの」



 「人ってこんなにも長く片思いできるもんなんだってアタシは知ったよ。二年かぁ。雪里は逆にすごいよ。失礼かもしんなけど、アタシだったら一度会話をしたぐらいの相手を二年間ずっと好きでいるのは絶対に無理だなぁ」



 私は、風音の言ったことを噛みしめるように考える。

 すると、朱希君と出会ったあの日から、すでに二年も経っているという事実がぐるぐると私の中に渦巻いて、とても寂しくなった。

 


 「ワタシだってそう思っているよ。でも一度生まれちゃった“好き”は、ワタシの中でどんどん膨れ上がってきてワタシにはもうどうすることもできないんだよ」



 「じゃあ、どうして雪里は朱希に話しかけたり何だりしないわけ? その想いに従って行動をすればいいじゃない」



 本当どうしてだろう。私が朱希君にアクションを起こしていれば、何かが変わっていたかもしれないのに。とっくに友達にはなれていたはずなのに。



 「……多分それは、私が臆病で、迷っているから。朱希君に話しかける絶好の機会ばかり見つめていて、話しかけることを……恐れているから」




 私の言葉に覆い隠すように、風音が聞いてきた。




 「ねえ雪里。そんなんでいいことなんてあるの?」




 あるわけない。行き場をなくした好きという気持ちを、無理やり私の中に縛りつけることが、いいことになるわけなんてない。


 心が痛くなって。苦しくなって。悲しくなって。そんな日々が生まれてきただけだ。




 「なんか、説教をするみたいで好きじゃないんだけど、朱希さ、あいつなんかやるときは意外とやる奴じゃない? だからなのかな、周囲には妙にかっこよく映るっているみたいでさあ。結構、告白とかされているみたいだし。まあ本人は、恋愛にあんま興味がないみたいだから全部断っているみたいだけどさ」




 やっぱり朱希君、かっこいいからモテるんだ。

 

 告白してきた人を皆、断っている? それは朗報だ。うん。雪里、良かったじゃない。告白しなくてよかったじゃない。…………ってバカか私は!




「何にもせずに戦わないで、想いを抱えたままあと一年も過ごすつもりなら、……いや、何でもない」

 



 私は、一体どうすればいいんだろう。


 風音は最後に、私に問いかけてきた。





 「雪里は、それで本当にいいの?」





 その風音の質問がひどく重たい。





 ―――私は……何がしたいんだろう。





 ――私は、私は……


 



 風音がそろそろ帰ろうかと言うまで、私は一人考え続けた。

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