Her Side3
初めて彼のご両親にご挨拶した日のことも、生涯忘れることはない出来事の一つ。
恋愛経験が無い私は、彼氏の母には歓迎されず、それを宥めつつ質問してくる父。
という、偏見に満ち溢れたイメージしか持ち合わせていなかった。
付き合い始めた翌日にご挨拶に行くことになる事態を想定していなかったので、こういう場合の対処方法を誰にも聞いてこなかった。
ただ、前日にお会いした豆狸の女将さんが掛けてくださった言葉を思い出していた。
『変に作らず、ありのままの自分』
その言葉を心の中で繰り返していた。
手ぶらでご挨拶に行くことは出来ないことくらいの常識は持ち合わせているので、彼に頼んで東京でも聞いたことのある有名なケーキ屋さんに連れて行ってもらうことにした。
偶然にもその本店が彼のマンションから車で5分の場所にあったから。という単純な理由よりも
「有名なので私自身も食べてみたい」という好奇心が勝ったのは秘密です。
「え?あっこでええのん?」
少し拍子抜けしたようだったけれども、彼にリサーチした結果ご両親はチーズケーキがお好きらしい事も踏まえて、そのお店の看板メニューであるチーズケーキを手土産にすることに決定。
(実家や同業のお友達用にも買って、私が帰宅する日に宅配をお願いしたのは言うまでもないです)
「今日は軽く『お付き合いしてま〜す』のノリでええんやで」
ケーキ屋さんから、彼のマンション方向に戻ること2分。
「めっちゃ近所やで」
とは聞いていたけど、驚くほど近い場所にご実家のマンションがあった。
玄関を上がる前に、出迎えて下さったご両親に
「野間口裕美香と申します。英之さんとお付き合いさせていただいております。よろしくお願い致します」
と、カチコチになりながらも、何とか噛まずに自己紹介ができた。声優やってて良かった。
豆狸の女将さんの言う通り、ご両親は初対面からとても優しかったのですぐに打ち解けてお話をすることができるようになったけれども、それこそが優しさ溢れるご両親のお陰だったんだと思う。
昨日のうちに豆狸の女将さんから連絡が入っていたことを教えてもらった。
「シノさんの言ってた通り、すごく素敵な人やねぇ」
と、お母さんが会ってすぐに言ってくれた言葉と
「英之の母です。こんなにすぐに来てくれはるなんて、本当にありがとうございます」
お母さんがすごく丁寧に頭を下げて自己紹介とお礼を言ってくれたことを、昨日のことのように憶えている。
お母さんの第一印象は、すっごい美人。女優さんでも通るかも知れない。横顔が彼とソックリ。
お父さんは俳優の柴田恭兵さんのような二枚目俳優さんな感じ。無口なのも同じだけど、声が彼とほぼ同じ。
このお二人の結婚が新聞記事になったことが頷けるほど美形なご両親だ。
そして保寺家の人々で共通していることがある。
「全員小顔!」なのだ。この小顔遺伝子の中に私みたいなノーマル顔遺伝子を持ち込んでも良いのか躊躇われるほどに、均整のとれた小顔が並んでいる。
彼は一見コワモテなのに、目や鼻などはイケメンパーツで構成されていることも納得だ。
目は細いけどところはお父さん似だけれど、お母さん似でハッキリ二重だし、お父さん似で鼻が高い。輪郭と耳の形がお母さんに似ている。二人に似たのか口元キリリだ。
ここまでのイケメンファミリーはアニメでしか見たことがないな。
もう一つは、全員若く見えるという事実。
彼も実年齢より七〜八歳若く見えるけれども、ご両親は私の両親と同い年のはず。
つまりは六十歳のはずなのに、お二人とも五十代前半にしか見えない。
彼と同じで無口なお父さんが喋った言葉数は少ないけれども
「裕美香さん、二十歳でまだ学生さんなのに、声優さんのお仕事もされてるの?」
と、お父さんが質問してくれると
「歌手としても活動してるアーティストやってのに」
という具合に、彼が返す。
「お前に聞いてへんわ!」
とお父さんが彼に言うと
「え!?ってことは芸能人なの??!!」
と、二人の喧嘩腰の会話にも動じず、マイペースで驚くお母さん。
お義母さんのこの性格、大好きです。
常に前向きで、明るくて、いつも笑顔で、それでいて何事にも動じない。でも、ちょっと天然。
見習いたいと思える、本当に尊敬できるお姑さんです。
「そう言えばこの出来の悪い警察官から聞いたけど、ご両親は私らと同い年でいらっしゃるらしいね」
「あ、はい!今年60歳になりましたので、同い年かと…。え?出来の悪い…??」
「あ、気にせんでええよ。親父は俺のことを褒めたことは一度も無いし、自慢にもならない恥さらしだと思ってらっしゃるから」
と、彼が横から言ってくる。
「事実やろうが!いつまでも巡査部長程度でゴロツキおって…」
「はいはい。わかったわかった。英之、お買い物行くんでしょ?裕美香さんと二人でデート楽しんでらっしゃい。お父さんはサッサとキーの用意して。英之は忘れ物ない?ね?裕美香さん」
そう言って私の手を引いて立ち上がらせてくれた。
「この二人はいつもこんなやけど、仲はいいから、これでええんよ」
私の耳元でそう囁くと、ニッコリ笑ってくれた。
この時の笑顔も私の心にはしっかり焼き付いてますよ。お義母さん。
あなたの笑顔をこれからの私の人生の笑顔の見本にします。
お義母さんが英之さんやお姉さんに向けていたあの優しい笑顔を、私は私たちの子供に振りまいて、未来永劫残して行くつもりです。保寺家の家宝の一つとして。