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「昔からお前は単純だからね。俺はいいと思うよ」

 にこにこと笑みを浮かべながら高科はそう言った。彼のバイト中の休憩時間を狙って呼び出したので、彼の格好はガソリンスタンドの制服の上にダウンジャケットを羽織っただけの、寒そうなものだった。

「単純って、そんなことはないだろう」

「いや、俺はいまだに覚えているんだけど、中学のとき寛子ちゃんに惚れた理由、ハンカチを拾ってくれたとかそんなんだっただろ」マドンナと呼ばれていたクラスメイトである。「基本的に恋愛体質なんだと思うよ」

「そうかなあ」そんな自覚は当然なかった。「美奈子と付き合っているときはそんなにふらふらしなかったぞ」

「そりゃ、ぶつける相手が居ればそうだろうよ。今はそれがないから、目に新しいものには飛びついちゃうんだよ。身内の贔屓目で言えば、姉ちゃんは美人だからな」缶のお汁粉をじじむさく啜っている。「別に俺はありだと思うよ。二人とも暗いところから脱却できるなら、万々歳だよ」

「そう簡単に言うけどなあ」

「不安要素があるのか?」

「その、失恋した相手というのはどうしてもネックだよ。何かちょっとでも情報はないの?」

 唸るようにして中空を睨んだが、

「俺も詳しくは知らないんだよな。十年くらいの付き合いって話はされてるけど、じゃあそれが高校生のときの人なのか、もう少し遡って中学生のときの人なのかも、判断できない。大体そんな長く親しくしている男が居たかどうか。家に連れてきたこともあるよって言っていたけど、少なからず俺の記憶にはなくて、全然誰だかわかんないんだよね」

「でも僕から聞くよりは、弟であるお前からのほうが聞きやすい部分はあるだろ?」

「いやあ」視線をこちらに向ける。「身内のそういう話って結構聞きにくいもんでしょ。お前だってお姉さんの恋愛遍歴をわざわざ聞いたりしないだろ?」

 それは確かにその通りであったが、姉の場合は正孝さんという確固たる存在があったから、それ以外に問うべき論点がなかったのも事実である。少々レアケースと言ってもいい。

 ガソリンスタンドから程近い公園のベンチに二人で並んでいる。冬の空は厚い雲に隠され、星らしい輝きはひとつも見えない。夜気に白く染まる吐息だけが繰り返し目に映る。

「そういえばお前、香織さんにミナコの由来話したのか?」

 不意に思い出し、そう責め立てるように訊ねると、

「したかなあ」

 そうやってとぼけた顔をしている。

「したんだよ。だって香織さんから美奈子の名前が出たんだから。お前以外に居ないだろ」

「ちょっと記憶にないや。してたならごめん」

「まあいいけどさ。それも会話のきっかけになったし」

「なんだよ、ならもっと純粋に感謝してくれてもいいんだぜ」そんなことを言って高科は笑った。それから時計を見て、「ま、俺はお前と姉ちゃんがくっついても何も文句ないよ。元々お前とは兄弟みたいなものだからな」

「やめろよ、気持ち悪い」

「そろそろ戻るよ」缶を押し付けてきてベンチから立ち上がると大きく伸びをした。「でもとりあえず働けよ、貯金だってそんなにないんだろ? 一人暮らしなんだし、いつまでもだらだらしてらんないんだから」

「兄弟と言うより、今は母親みたいな言い草だな」

「こら、翔太ちゃま、ちゃんと働くざます!」

「うちの母さんそんなんじゃないよ」高科の冗談を笑う。「まあ、がんばるよ。お前もがんばれ。呼び出して悪かったな」

「いいんだよ。進展することを期待しておくよ。それじゃあな」

 片手を上げて、すぐにそれをダウンジャケットのポケットに仕舞いこむと、身を小さくして、一足先に公園を出て行った。

 緩慢にお汁粉を飲み干してから、僕も家路につく。

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