第一章 『理想』0
どうしてこんなことになったんだろう…
灰色の空から降り注ぐ雨。その雨は段々激しさを増して、体に突き刺さるように強く降り注いでいる。時刻は日差しの殆どない夕方。陰気なしめじめとした雰囲気と、周りの壁に構成されている古い赤煉瓦の暗い色、その全てがか弱い人間の心を砕いてしまう絶望に変わろうとしている。
人気のない細道に、少女は一人佇んでいる。空がゴロゴロと鳴いて崩れてきそうになっていても、風が冷たい雨を運んで全身寒気を感じさせるほど吹いていても、彼女の目には狂った『狩猟家』のような輝きを覗かせる。
どうして…
びしょ濡れになった制服と同じように、髪もまたびしょ濡れで頬にべったりと張りついている。それでも、彼女の注意はただ、壁に囲まれた細道の奥にある何かのみに向いている。唇をかみしめ、銀色の武器を血管が浮き出るほど右手で強く握りしめているその少女は、細い体を震わせていた。
うつ伏せになっている人の体、錆色の液体、その液体を洗い流す雨、雷の音、液体、湿気、血の匂いがするような錯覚…
血…
その瞬間だった。後ろから一瞬何かが光ったのは。
か、雷…?
いや…
反射的に後ろに振り向いた少女。細道の入り口に誰かが立っているのが見えたが、暗闇のせいでその誰かが黒い陰にしか見えなかった。片手で傘を刺し、もう片手で折り畳み式の携帯電話を目線と同じ高さで握ったまま、その誰かがこちらの方をまっすぐ見つめてくる。
「ち、違う…」
少女は乾いた喉から声を絞り出そうとしたが、その誰かが携帯のボタンを押すのをただじっとして見ていること以外、他に何もできることがなかったのだ。
またフラッシュが光った。
「…違う、違うの!」
乾いた叫び声も、セメントの道に落とされたナイフの音も、何もかも雷の音にもみ消され聞こえなくなってしまった。